広告:兄が妹で妹が兄で。(3)-KCx-ARIA-車谷-晴子
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■女の子たちの水面下工作(2)

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15時などという遅い時間から始まるので、何時まで掛かるのだろうと思ったのだが、そもそも参加校が5校しか無かった。私立では千里たちのN高校とL女子高、それに公立のA高校・M高校・J高校である。L女子高とM高校にはバスケでも知っている顔があった。兼部なのか助っ人なのか。
 
千里たちは3番目に出て行く。最初、千里はソプラノの列の中に入っている。ただし出やすいようにいちばん前の列である。先生の指揮、京子の伴奏で課題曲を歌うが、完璧にぶっつけ本番である。歌詞も曲も頭に入っていないので近くで歌っている子に合わせて歌う。京子はさすがに本番前に5−6回練習していた。千里も練習しないの?と言われたが「それ弾くだけで凄まじいエネルギー消費するからパス」と答えておいた。
 
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ステージには27人の歌唱者がいるのだが、実際に歌っているのは部員16人と、千里たちぶっつけ本番で歌っている6人くらいで、残りは実は口パクだ。梨乃などもいかにも歌っているかのように大きく口を開けているが実は声を出していない。
 
千里は隣の声を聞きながらではあったが結構気持ちよく歌うことができた。曲が終わりピアニストを交代する。千里がソプラノの隊列を離れピアノの所に行き、そこに課題曲のピアノを弾いた京子が代わりに入る。
 
先生の合図で伴奏を始める。最初はほんとに簡単な伴奏である。ピアノの初心者でもちょっと練習すれば弾ける程度の演奏である。それでAメロの終わりまで行くのだが、間奏の所から両手三連符の連続という少しピアノが弾ける人でも練習が必要な部分が始まる。やがて曲はBメロ(千里は最初弾いた時はサビと思ったのだが、むしろBメロのようであった)に入るが、忙しい譜面は続く。
 
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そしてCメロに突入する所でイ短調(A-minor)から#3つの嬰ヘ短調(F#-minor)に転調する。そして更に♭4つのヘ短調(F-minor)へと半音低くなる。千里がこの30分ほどの間に「発見」した大きなポイントは、#3つの調から♭4つの調への移動は「全体が半音下がるだけ!」ということだった。その発見でこの譜面が凄く易しくなった気さえしたのである。
 
右手3連符・左手8分音符という所は、実はジャズ系の曲では普通にやっている演奏なので、いったん頭の中にそのロジックが確立すると、そんなに難しくは無い。左手はほぼ自動で演奏している感じで、気持ちの90%は右手に集中している。そして12連符や7連符はもう気合い!で弾きこなす。
 
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そこまでやってしまうと最後の四分音符や八分音符だけの伴奏部分はここまで弾きこなした自分への御褒美のようにさえ感じられた。
 
美しく終始したら、客席から凄い拍手が湧いた。
 
この曲を選んだ人はこの演奏し終わった時の快感がたまらなかったのではないかと千里は思った。
 

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千里たちの後はL女子高が演奏した後、会場を提供しているA高校が演奏して締めくくる。
 
そして短い休憩のあと、結果が発表される。A高校が金賞、L女子高と千里たちのN高校が銀賞、残る2校が銅賞であった。
 
部長のレモンが壇上にあがって銀賞の賞状をもらってきた。
 
「銀賞って何かあるの?」
「いや賞状だけ」
「金賞になると道大会に進出するんだけどね」
「へー」
「実はここ数年、毎年道大会に進出しているのはA高校」
「むむ」
「バスケでのL女子高みたいなものか」
「でもL女子高は去年も今年も決勝リーグに残れなかったからなあ」
「L女子高の監督は進退伺い出したらしいね」
「きびしー」
「慰留されたらしいけど」
「いや監督は悪くないと思う。たまたまの巡り合わせだと思うもん」
「それでも結果を出せないと追及されるのが常勝校の厳しさ」
 
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「だけど千里ちゃん凄かったね」
と顧問の先生は言った。
 
「ん?」
「いや、終わるまでは動揺とかさせちゃいけないからと思って言わなかったんだけどね」
「うん?」
 
「実際問題として音符と実際の音が合っているのは7割程度だった」
と先生。
 
「へ?」
「後は全然譜面と違うんだけど、それでもコードはほぼ合ってるし、リズムは合ってるし。歌うのには全く支障が無かったんだよね」
 
「あ、なんか少し違うなとは思った」
とレモンが言う。
 
「本当はドミラの所をラドミで弾いたりとか、本当はEm7の所をG6で代用したりとか(Em7はE-G-B-D, G6はG-B-D-Eで構成音が同じ)、分散和音の途中の音がソの所をソ#にしたりとか、そういう違いなんで、全然気付かなかった人が大半だと思う。気付いた人も、別アレンジだと思ったかも」
「あははは」
 
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「譜面と違う弾き方して、それで破綻しないなんて天才なのでは?」
と麻里愛が言うが
「いや、千里は変人なのだよ」
と蓮菜が言い
 
「確かに天才より変人かも」
と何だかみんな納得していた。
 

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7月2日(月)。コーラス部の大会があった翌日。千里はN高校の山本先生、バスケ部の南野コーチと一緒に旭川空港から羽田に向かった。
 
実はバスケットボール協会から呼び出されたのである。千里の性別に関して、昨年秋に旭川市内の総合病院の婦人科で検査されて「医学的に女子である」という診断が出ていたのだが「念のため再確認したい」と言われた。
 
協会の医学委員会の委員長Qさんという男性、委員会のメンバーの婦人科担当Lさんという女性から名刺を頂く。ふたりとも医師の資格を持っているようでこの場でも白衣を着ていた。
 
「ご足労頂いてありがとうございます。選手の性別に関しては、報道などには出ていないものの、実は結構微妙なケースがこれまでもあってその都度色々と対処してきていたのですが、村山さんのケースがきっかけになって、昨年秋にかなりの議論をして、一応の内部的な指針が固まったのは大きかったんですよ」
などと言われる。
 
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「やはり半陰陽のケースが多かったんでしょう?」
と千里は自ら言う。
 
「そうです。でも千里さんと似たような感じで元々男性であったものの去勢しているというケースも実は数件あったんですよ。女子選手と認めるか男子の方に出てもらうかは、その都度その選手の身体的な状況を確認して判断していたのですけどね。性転換手術まで受けたケースは村山さんが初めてだったのですが。ちなみに性転換手術を受けたのはいつですか? これは協会には上げず、医学委員会内部だけの話にしますので教えて頂けませんか?」
とダイレクトに尋ねられる。
 
「約1年前です」
と千里は明解に答えた。山本先生と南野コーチが少し驚いていた。
 
「これ公式のものではないのですが、手術の明細です。どっちみち性別の変更は20歳まで出来ないしと思ったので正式の診断書とか取ってないのですよ」
と言って千里は病院の書類を見せる。
 
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「タイ語かな?」
と委員長のQさんが目を細めたが、婦人科のLさんが
「私、読めますよ」
と言ってその書類を見る。
 
「日付は7月18日と書かれていますね。陰茎と陰嚢の切除。大陰唇・小陰唇・陰核・膣の形成。ああ。睾丸は既に除去済みだったんですね?」
 
この書類は美鳳からもらったものであるが、美鳳は「この書類は本物」と言っていた。どうも騒動の発端は美鳳さんの悪戯っぽいので少し責任を感じているようであった。
 
「そうです。性転換手術の1年前に去勢しています。すみません、そちらは書類がありません」
「いいですよ。だったら去勢から既に2年経っているんですね!」
とL先生は言ったが、千里はそれには直接答えず
 
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「女性ホルモンは中1の時から摂取していますから、それ以前に男性機能は死んでいたはずです」
とだけ言った。
 
「なるほど」
 
「だったらオリンピックの基準もクリアしてるよね?」
と委員長さんがLさんを見ながら言う。
 
「この手術の明細、コピー取らせてもらっていいですか?」
「どうぞ」
 

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「いや実はね。秋に討議した時は僕もそういうの無知だったんだけど、最近は実際は男性器が付いているにもかかわらず、まるで女性の股間であるかのように偽装するテクニックがあるんですね?」
と委員長さん。
 
「はい。タックと言います。私も手術を受けるまではずっとそうしていました。実は付いていても見た目が女の子であるだけでも、私たちみたいな者にとっては、凄く精神を安定させてくれるんですよ」
と千里は言う。
 
なるほど「タックではなく本物」であることを再確認しておこうということだったのかなと千里は委員長さんの言葉で考えた。
 
「ああ、やはりその精神的な安定を求めてそうするんでしょうね。それで病院で検査されたのなら、さすがにそういう偽装はバレるとは思うのですが、村山さんの道大会での成績が凄かったので、念のためこういう問題に詳しい医師にチェックさせてもらえないかと思いまして」
と委員長さん。
 
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千里は道大会でスリーポイント女王として表彰されている。得点女王はM高校の橘花であった。
 
まあ成績が良すぎる女子選手の多くは一度はこんなこと言われて性別チェックをされてるよな、と千里は思った。留実子も昨年検査されていたし、橘花も180cmの長身ということもあり、中学生の時に一度性別の検査を受けさせられたことがあるらしい。
 
「全然構いません。本番に向けての練習に支障が出ない範囲でいくらでも検査してください」
と千里は笑顔で言った。
 

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それで婦人科のL先生と一緒に病院に移動する。血液とおしっこを取られた後で、いきなり全裸にされ身体の全体をチェックされる。結果的にはこれが一番重要だったようである。国際大会などで議論の対象にされてしまうような選手はしばしば見た目がかなり男っぽい。
 
「アンダーバストとトップバストの差が18cm。Dカップですね。あれ?これは」
「Sub-qを打ってます。プチ豊胸です」
 
バストにヒアルロン酸の注射をしていることは《いんちゃん》に教えてもらっていた。
 
「なるほど。打つ前でも多分Cカップくらいですよね」
「はい、そんなものだと思います。Sub-qはそんなに大きくできませんから。打った当時はBカップ未満だったんですよ。でも性転換した後、本来の胸のお肉も随分増えた感じがします」
 
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「ああ、そう言う人はいますよ。既に去勢が終わっているなら性転換手術自体ではホルモン状態は変わらないはずなんだけど人間の身体って不思議なのよね。身体のお肉の付き方も完璧に女の子の付き方だよね」
 
「私、中学の頃から、そう言われてました」
「だけど美事に贅肉が無い。全身筋肉」
「リハビリを兼ねて、かなり鍛え上げましたから」
 
「内診台に乗ってもらえます?」
「はい」
 

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内診台に乗せられるのは(自分の記憶の中では)2度目なのだが「何度乗っても恥ずかしいな」と思ってしまったので、多分5−6回は乗せられているんだろうなと千里は思った。
 
「凄くきれいに作ってあるね。形がごく自然。これ見ただけでは婦人科医でも天然女性と思ってしまうかも。傷はもう完全に治ってるね」
「はい。痛みも全くありません」
 
「ダイレーションはしてます?」
「一応ふだんは留め置き用のダイレーターを入れてますが、週に1度は普通のダイレーターも使ってちゃんとダイレーションします」
「うん。ここまで治癒してたら1週間に1度でいいかもね。膣の中を確認したいんだけど、クスコ入れていい?」
「どうぞ」
 
とは返事するが、これ苦手だぁ、と千里は思ってしまったので、多分過去にも何度か入れられているんだろうなと千里は思った。
 
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千里の肉体と記憶は別々に動いていると美鳳から言われてはいるが、実際には身体自体が覚えてる記憶もあるようだと千里は感じていた。
 
「膣の内側は自然に湿度が出ているみたいね」
「尿道の組織を膣壁の一部として利用しているらしいです。それである程度の湿度が出るんだとお医者さんからは言われました。本物の女性ほどではないのですが」
「それは最新の手法だね」
 
と言って医師は千里の膣の内部を観察している。ああ、先生はバルトリン腺には気付かなかったな、と思ってから、千里は自分にバルトリン腺があるんだっけ??と疑問を感じた。
 
「あれ?膣のいちばん奥にその先に通じる穴がある」
「擬似的に子宮口を作ってあるらしいです」
「へー。そういう手法は初めて聞いた」
 
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