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■女の子たちの水面下工作(1)

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(C)Eriko Kawaguchi 2014-08-03
 
出羽三山は羽黒山・月山・湯殿山という3つの山の神社で構成されている。その中で羽黒山は冬季もずっと除雪がされていて一年中参拝が可能であり、ここには三山の神を併せ祭った「三神合祭殿」がある。ここは車ですぐ近くまで行くことができる(麓に駐めて遊歩道を歩いて登っても良い。すると、五重塔を見ることができる)。
 
湯殿山は4月下旬から11月上旬まで参拝可能で、駐車場に車を駐めてから、シャトルバスに乗って「奥の院」への道を登って行く(バスが通る道を歩いて登ってもよい)。
 
いちばん厳しいのが月山であり、参拝は7月上旬から9月中旬までの期間に限られており、8合目までは車で行くことができる(凄い道なので、山道に慣れてないドライバーには辛いと思う)が、その後は3時間ほど歩いて登る必要がある。月山神社には里宮が無いので、月山神社に参拝したい人はこの登山を敢行する必要がある。むろん登山靴や杖・雨具・非常食など軽登山の装備が必要だ。
 
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一応開山は7月1日なのだが、しっかりとした装備でそれ以前に登る人たちもいることはいる。その人たちの間で、この年こんな噂が広がった。
 
「ビバークして仮眠してたら、ドンドンドンドンと規則的な音が聞こえた」
「あ、俺も聴いた。何だろうと思ってそちらを見たら、一瞬バスケットボールをドリブルしてる女の子の姿が見えた」
「俺、ドリブルしてる女の子とぶつかりそうになったけど、向こうがスッと横に飛んで俺の左側を通過して行った」
「俺はボールがゴールを揺らすような音を聴いた」
 

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「千里、最近皆勤賞だよね」
 
とL女子高との練習試合の後、千里は暢子に言われた。この所千里たちN高校女子バスケ部は、L女子高バスケ部、M高校女子バスケ部、N高校とM高校の男子バスケ部合同チームとの練習試合を毎日やっている。元々N高女子とM高女子はしばしば練習試合をしていた(千里は男子バスケ部時代からこれに参加していた)が、これで千里たちはL女子高の溝口さんや登山さんたちとも随分親しくなった。
 
暢子が言っているのは千里が最近毎日部活に出て来て、結果的に練習試合にも毎日出ていることである。
 
「ああ。1年生の頃は週に1〜2回しか練習に出て来てなかったよね」
と久井奈さんからも言われる。
 
「千里は最初だけ頑張るけど、中だるみが激しいんですよ」
と留実子が言う。
 
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「やはり女子バスケ部に移動になってから少し頑張るようになった?」
「うーん。それは少しはあるかも。やはり男の人の中で練習するのって、何かやりにくかった」
 
「いや、それは真駒君たちも言っていた。女子が1人入っていると色々と面倒なことが多かったみたい」
と久井奈さんは言う。
 
真駒さんたち3年生男子は既にバスケ部から実質引退し、専門学校への進学、または就職に向けて資格試験などの勉強に追われているし、職場体験などに行っている人もいる。男子バスケ部は2年の北岡君・氷山君を中心とするチームに移行している。
 
「やはり千里は最初から女子バスケ部に入るべきだった」
「結局そういう話になるのか」
 

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「だけど毎日練習に出て来ているからかなあ。千里の最近の進化は凄いよ」
と久井奈さんが言う。
 
「うん。シュートでは負けるけど、瞬発力や運動能力では勝っている自信があったのに、最近ちょっとお尻に火が点いている」
と暢子が言う。
 
「やはりそれでだよね。最近、暢子も気合いが凄いもん」
とみどりさん。
 
「うん。千里に負ける訳にはいかんと思って頑張ってるよ」
と暢子。
 
「千里、部活の時以外でもかなり練習してるでしょ?」
と穂礼さん。
 
「それ学校にバレたら叱られるから内緒にしといてください」
と本人。
 
「何時間くらい練習してるの?」
「そうだなあ。20時間くらいかな」
 
「・・・・・」
 

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「今日で百日満行だよ」
と美鳳が千里に言った。
 
「おお、おめでとう」
「ありがとうございます」
 
千里はいつものように湯殿山の温泉につかりながら、他の修行者たちと山駆けの疲れを癒やしていた。
 
「でも頑張ったね」
と姿の見えない他の修行者から言われる。
 
「この百日の間にかなり体力を付けたよね」
「最初はみなさんに全然付いていけなかったんですけど、何とか少し遅れるくらいまでレベルアップしました」
 
「まあ今年は初心者が多かったから易しいルートを多くしたのもあると思う」
「行方不明者が出なかったしね」
 
行方不明者ってどうなるんだろ?と千里は不安を感じた。
 
「来年はもう少し厳しいから」
「私、来年も参加するんですか?」
 
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「千里は299年後まで修行の予約が入っているから」
「生きてないと思いますけど」
「別に肉体の寿命とは関係無いよ」
「肉体が無い方が便利なこともあるけど、今すぐ肉体放棄しない?」
「まだこの世に未練があるので」
「まあどっちみちあと84年ほどで肉体は手放すことになるけどね」
「寿命の話はしないように」
 
つまり自分は100歳くらいで死ぬということだろうか。しかしその100歳って、歴史的な100歳なのだろうか?それとも肉体年齢での100歳なのだろうか?と千里は疑問に思った。毎年この修行をしていれば1年につき100日ずつ余分に寿命を消費するから84年間は歴史的には66年くらいに相当するはずだ。まあ82歳まで生きたら充分かなという気もしないではないけど。
 
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「だけど最近はなんか歩きながらずっとそのボールを雪面に打ち付けてたね」
とひとりの修行者から言われる。
 
「ドリブルの練習です」
「ああ、籠球とかいうやつだっけ?」
「はい、そうです。インターハイと言って今度全国大会に出るので」
「それに優勝したら世界大会?」
「いえ、インターハイはそこまでです」
 
「だけどそんなことやりながら、ちゃんと私たちに付いてこられたのは偉い」
「凄い人たちが出てくる大会だから」
 
「凄い人たちというと、ボールを4個同時にドリブルするとか?」
「それは曲芸です!」
 
「私、50年ほど前にバスケットやってた。世界選手権に出たよ」
という人がいる。
 
「おぉ、凄い」
「でも当時とはルールが結構変わっているんだろうなあ」
 
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「たぶん50年前はスリーポイントのルールが無かったのではないかと」
「あ、そうそう。今は遠くから撃って入ったら3点もらえるんだよね」
「ええ。おかげで私みたいな小さな身体の選手でも点数が取れるようになりました。このルールができるまでは体格のある人絶対有利のスポーツだったんです」
「そういう体格のハンディを埋めるルール作るのは良いことだと思う」
「やはりスポーツはゲームだからね」
 
「私、当時は2点にしかならなかったけど、その遠くから入れるの大得意だったんだよ」
「わぁ、すごい」
 
「何なら千里に憑依してあげようか。シュートの精度上げる自信あるよ」
「いえ。遠慮しておきます。自分の力だけでプレイしなかったらアンフェアです」
 
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「千里って、そのアンフェアってのが嫌いみたいね」
「そうですね」
「そのためにわざわざ性転換までしたんだもんね」
「そういうことになるかも知れないですね」
 
「バスケットの試合に出るために、おちんちん取っちゃうというのは、ある意味凄い根性だ」
「私そのネタで18禁漫画書く自信ある」
「あははは」
 
「じゃさ、今年は百日満行はしちゃったけど、毎晩2時間くらい、私と一緒にシュートの練習しない?」
「はい、それならお願いします」
「よし」
 
「場所は?」
「月山山頂で」
「はい」
「美鳳さん、私とこの子を毎晩召喚してよ」
「おっけー」
 
その年の夏、月山神社の裏手にバスケットのゴールが設置されていた。参拝者から尋ねられると、神職さんはお告げがあってここに置いているんですよと答えたらしい。
 
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そのバスケのゴールが夜中に音がするという噂があったものの、その周囲で人影を見たものは居ない。しかし月山にお参りするとバスケットが上手くなるという噂が広がり、実際に山形県と秋田県のインターハイ代表・国体代表がお参りに来たらしいというツイートがネットには流れていた。
 

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7月1日(日)。千里は午前中にバスケ部の練習に出た後、お弁当を食べてから、女子制服に着換えて旭川A高校に向かった。この日行われる合唱コンクールにコーラス部の助っ人として出るためである。
 
結局、千里・蓮菜・鮎奈・京子・花野子・梨乃・麻里愛とDRKのメンバーが7人参加している。後から考えてみたら、後に《第2期ゴールデンシックス》と呼ばれたメンバーであった。しかし当時京子や梨乃はあまり歌に自信が無くて
 
「口パクでもいいんだよね?」
 
と勧誘したレモンに言っていた。何でも最低25人で出なければならないのに、コーラス部のメンツだけでは16人しかいなくて全然メンツが足りなかったらしい。最終的には助っ人を千里たち7人以外にも5人調達して28人にし、1〜2人当日休んでも何とかなるようにしたということだった。バスケ部の夏恋も助っ人で出て来ている。彼女は大会で行った先でカラオケを歌っているのを聞いたことがあるが、結構歌が上手い。しかも貴重なアルトだ。
 
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しかし会場に集合した所で困った事実が判明する。
 
「え〜〜〜!?網子ちゃんが休み〜〜〜?」
「風邪で39度の熱出てて無理だって」
 
なんと今日の伴奏者が来てないのである。顧問の先生がすぐに事務局に連絡した所、N高の生徒・教職員あるいは校長が認めた人であれば認めるので14:45までに連絡してくれということであった。現在14:35である。10分以内に伴奏者を決める必要があるが、今ここに来ているメンツの中の誰かが弾くしかない。
 
「誰が弾く?」
「ってか誰が弾ける?」
 
「私どうせ口パクのつもりだったし弾こうか?」
と京子が名乗り出たものの、譜面を見てギブアップする。
 
「何これ〜〜〜!? 私には無理」
 
一緒に譜面を見ていた麻里愛が
「これ難しい。私でも2〜3日練習しないと弾く自信がない」
などと言う。
 
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「麻里愛が弾けないのなら誰も弾けないよ」
という声が出る。
 
「私が弾くしかないよね。指揮は代わりにレモンちゃんやってよ」
と顧問の先生が唇を噛み締めながら言った。恐らく先生も弾きこなす自信が無いのであろう。
 
その時
「千里、あんたが弾きなよ」
と蓮菜が言った。
 

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「麻里愛がギブアップする曲を私が弾けるわけない」
と千里は言ったが
 
「確かに千里なら弾けるかも。無茶苦茶即興・初見に強いもん」
と京子が言い出す。
 
「ちょっと弾いてみてよ」
と言って、譜面と電子キーボードを渡される。
 
「課題曲のは問題無いと思う。それこそ京子が弾いてもいい。でも自由曲の方が超絶難曲」
 
「そんな難しい曲弾ける訳無い」
「だからやってみてよ」
 
千里はやれやれと思ったが、とりあえずキーボードの前に座り譜面を見ながら弾き始める。最初は「わりと単純な伴奏だなあ」と思って弾き出す。調もイ短調だ。多少の変化記号はあるが大したことない。
 
ところが・・・・
 
サビ(?)の部分から突然両手とも三連符の連続になる。「なにこれ〜?」と心の中で思いながら千里はとにかく譜面に書いてある通り弾いていく。そして!突然転調する。#が3つもある!「うっそー」と思いながら必死で譜面を辿る。更に転調する。♭が4つもある!!「ひぇー」と思いながら弾いていく。そして見た瞬間何か訳が分からなかった九連符!心の中で悲鳴。右手と左手が交錯する。もはや自分でもどう弾いているのか把握不能。目は必死に音符を追うが、本当に譜面の通り弾いているかどうか自分でも自信が持てない。
 
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そんな凄まじい音符が続いた末に、いったんイ短調に戻る。ちょっとホッとする。
 
で安心していたら、右手が三連符を弾きながら左手は八分音符という恐ろしい箇所が到来する。「右脳と左脳が分裂しそう!」と思いながら何とか弾いていく。そして9連符・12連符・7連符の連続!という人間の感覚の限界に挑戦するような音符(さすがに適当に弾いた!!!)。
 
しかし最後の方はまた静かな伴奏になって曲は終始した。
 

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「すっごーーーい!!」
「よくこんなの一発で弾けるね!」
「千里、音楽大学のピアノ科に通るよ」
 
などとみんな騒ぐが本人はバタリと死んでいる。蓮菜が千里の背中をツンツンしている。
 
「死んだ。ごめーん。お葬式は一番安いのでいいから」
と30秒くらいたってからやっと本人の声。
 
「先生、課題曲は京子、自由曲は千里で」
とレモン。
 
「うん。それで連絡する」
と言って先生は事務局に電話し
「課題曲は橋口京子、自由曲は村山千里が伴奏します。はい、どちらもうちの生徒です。学年はどちらも2年生です」
と伝えた。
 
「だけど千里なんでこんなの弾けるの?」
「ほんとに弾けてた?」
「弾けてた」
「最後の方は自分でもちゃんと指が正しい鍵盤を打っているかどうか自信が無かった。音符を読むだけで神経の99%使ってた」
 
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「少々間違えても大丈夫だから、堂々と弾いて」
「うん。ハッタリだけは私行ける」
「そのハッタリが実は一番大事」
 
「村山さん、譜読みもせずにいきなり弾いたね」
と先生が言うが
「ああ、この子、譜読みしてもしなくても全然変わらないです」
と京子は言う。
 
「千里って天才なのか変人なのかよく分からないんですよ」
「たぶん変人で確定」
「千里って男か女かも良く分からないよね」
「たぶん女で確定」
 

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