[*
前頁][0
目次][#
次頁]
ゲームはロースコアで進む。どちらもよく攻めるがよく守るので、なかなか点数が入らない。どちらも1度ずつ24秒のヴァイオレーションまでおかしてしまった。それで第1ピリオドを終えて18対19と旭川N高校が1点のリードであったが点数としては完全に拮抗している。旭川N高校は19点の内、9点が千里のスリー、8点が暢子の得点で、このふたりで得点のほとんどを稼いでいた。一方秋田N高校では、18点の内、倉野さんが8点、中折さんが6点で、やはりこの2人で得点の大半を稼いでいる。
中折さんは2ポイントは3つ入れたもののスリーは2回撃って2回とも千里にブロックされている。一方千里はスリーを5回撃ち、2回は中折さんにブロックされたものの、3つは入れている。結果的にはふたりとも3回ゴールを決めたのだが、スリーポイントとツーポイントの差で9点と6点の差が出ている。
「完璧に競ってるね」
「うん。引き締めて行こう」
「ひとつひとつ確実に」
「失敗した時は即忘れて気持ちを引きずらないこと」
「そうそう。反省するのは試合が終わってから」
「でもほんとバスケって心のゲームだよね」
「そうそう。気持ちで負けたら勝ち目がない」
「お互いに最高の精神で戦った時、初めて身体の記憶の勝負になる」
「もっとも3回戦以上は、最高の精神で戦うのが前提だけどね」
「そして最後は運の勝負」
「私たち、割と運は良いかも」
「最後はラッキーガールの私に任せて」
と夏恋が言うと
「この試合に夏恋の働きで勝ったら幸運の女神に進化だな」
と久井奈さんが言った。
「私、むしろレギュラーに進化したい」
「まあ、それは本人の努力で」
第2ピリオド。向こうは倉野さんと中折さんを下げて、別のフォワードとシューティングガードを出してきた。こちらは千里と暢子はそのまま出ているが、他のメンツは雪子・透子・揚羽に変えている。
このピリオドで千里をマークした堀内さんは、マークが上手い!と思わせられた。瞬発力があるので、千里の細かい動きによく付いてくる。こちらをじっと観察しているので、なかなか隙ができない。
彼女は得点力はあまり無い感じであったが、ほんとにマークは上手い。千里にスリーを3つも入れられたので、守備の専門家を入れてきたのだろう。ベンチに座っている中折さんが自分をじっと見詰めているのを千里は感じていた。
旭川N高校の攻撃。雪子がボールを運んでいき、左側に居る千里が厳しくマークされているのを見る。右側に居る透子さんにパスする。もらってすぐ撃つ。
きれいに入る。
次の攻撃機会。
やはり相手の守備は千里と暢子を警戒している。そこで雪子はまた透子さんにパス。
撃って入る。
次の攻撃機会。
2度続けて透子さんがスリーを入れたので、それまで暢子をマークしていた荒川さんが透子さんのマークに入っている。
それを見た雪子は制限区域に飛び込んで行った暢子にパス。暢子はそこから強引にシュート。
入る。
更に暢子が得点するパターンをもう一度やったら、今度は千里をマークしていた堀内さんが暢子のマーカーに付いた。すると雪子は今度は千里にパスする。そこから撃って3点。
結局このピリオド、雪子は透子・暢子・千里の中で最もマークの弱い人にパスしてそこから得点するパターンで攻めまくった。またシュートが外れた場合もリバウンドの専門家・揚羽が入っているので、彼女がリバウンドを取りまくってリカバーする。
たまらず向こうは途中でタイムを取って(*1)メンバーチェンジし、もうひとりマークに強い人を入れてきて、千里・暢子・透子の3人を強烈にマークしたが、結果的に向こうの得点力は落ちてしまった。
(*1)ゲームが中断せずに続いているとメンバー交替ができない。しかしタイムアウトは1ピリオド1回しか取れない。そのためメンバーチェンジをするためにわざとファウルをする場合さえある。
それで結局この第2ピリオドは14対20と6点差が付き、前半の累計得点は32対39となる。第2ピリオドでは結局透子が2回、千里も2回スリーを入れている。
ハーフタイムの間に事務局からアナウンスがあった。
「台風接近のため、場外に設置しております巨大スクリーンを場内に移設することになりました。作業のため玄関およびロビーで多数の機材を動かしますので、お気を付け下さい」
「ああ。本格的にやばくなってきたみたいね」
と千里たちは休憩しながら言う。
「どうも九州直撃コースっぽい」
「お使いに行ってもらってる昭ちゃん大丈夫かな?」
「危険を感じたら自転車は放置して、タクシーとかで帰って来いとは言ってあるけどね」
「そのくらいの判断はできるでしょ」
「昭ちゃん軽そうだもんね。簡単に風で飛びそう」
「あの子、何キロだっけ?」
「50kgって言ってたよ」
「軽〜い」
「女子としても軽いよね」
50kgはふつうの女子高生としてはほぼ平均だが、体格の良いバスケガールから見ると、軽い部類である。身長180cmの留実子は体重も70kgある(でも体重85kgの鞠古君は留実子をお姫様抱っこしてくれるらしい)。千里でさえこの時期は55kgほどである。
「シリコン入れておっぱい大きくしたらその分重くなるよ」
「おっぱいって何キロあるんだろ?」
「Eカップの場合で左右合わせて2kgらしい」
「そんなにあるのか」
「デカ乳の子は肩が凝るって分かる」
「胸に砂糖の袋1つずつ下げてるようなもの」
「Hカップなら3kgかな」
「凄い」
「じゃ昭ちゃんにはHカップの胸を作ってあげれば体重も3kg増えるね」
「よし、それで行こう」
「じゃ昭ちゃんには取り敢えず豊胸手術を受けてもらおう」
第3ピリオド。向こうは倉野さん・中折さんを戻す。旭川N高校も暢子を休ませ寿絵を入れる。久井奈・千里・みどり・寿絵・留実子、というラインナップで行く。
このメンツでは、千里は中折さんとお互いにマーカーになったが、倉野さんはこちらの攻撃の時は留実子をマークしていた。向こうの攻撃の時は倉野さんにはみどりさんが付いたが、向こうが役者が1枚も2枚も上なので、マークを振り切って、どんどん得点していく。
それで第3ピリオド前半で向こうが14点・こちらが6点と秋田N高校ペースになり、累計得点は46対45と、ついに逆転される。
ここで旭川N高校がタイムを取りメンバーチェンジする。寿絵・みどりに代えて穂礼さん・揚羽を出す。倉野さんには穂礼さんがマーカーで入った。すると穂礼さんは経験豊かなので、相手のフェイントに簡単には騙されない。これで倉野さんの攻撃をかなり防ぐことになる。
一方リバウンドは揚羽と留実子というリバウンドに強い2人が入っているのでかなり勝率が高くなる。更に揚羽はけっこう貪欲な点取り屋さんなので、相手が上手いタイミングでブロックにジャンプしても、発射直前に空いてる筋を見つけてシュートするなどということをしてゴールを奪う。
こちらの攻撃。久井奈さんが千里を見るが、その時、千里は反対側にいる揚羽を見ている。その視線を見て一瞬中折さんが首を動かした瞬間、千里は足音も立てずに中折さんの前から姿を消している。
「え?」と中折さんが言った時には既に千里はボールを受け取っている。中折さんが必死でジャンプするも、距離が離れているので届かず。きれいに入って3点。
向こうの攻撃。2年生のポイントガードが運んできたボールを中折さんがいる位置よりずっと外側に投げる。中折さんはそれに飛びつくようにして取る。千里が詰め寄るが、中折さんのそばに寄る前に、彼女は既に体勢を整え直してシュートを放つ。きれいに入って3点。
こちらの攻撃。久井奈さんから普通に千里にパスが来る。千里はドリブルしながら中折さんと対峙する。複雑なフェイントを入れて、千里は彼女の左側を抜いて制限エリアに侵入する。荒川さんがフォローに来るが千里はそれよりも早くシュートを撃つ。
リングで跳ね返る。
がそこで留実子がジャンプしてタップ。
ボールはネットに飛び込む。2点。
向こうの攻撃。
中折さんがパスを受けて千里の前でドリブルしている。チラッと奥に居る沼口さんを見る。千里もそちらを見る。その瞬間中折さんは千里の左を抜こうとした。が千里はそれを読んでいて、顔は右を見ていても身体は左に動いて、巧みにドリブルの途中のボールをスティールしてしまう。
そして自らドリブルして速攻で攻め上がる。スリーポイントエリアの直前で停まってシュート。
バックボードにも当たらずきれいに決まって3点。
相手の攻撃。こちらが速攻だったので守備体制も早く固まっている。向こうはパスを回すが、なかなか中に飛び込む隙が無い。中折さんにボールが渡る。千里と対峙。一瞬右から抜こうとするポーズ。千里はそちらに上半身だけ動かすがむろん騙されない。更にフェイントを入れて中折さんがシュート。千里は思いっきりジャンプする。
が、軌道が高かったので千里のブロックは及ばず。ボールは直接ネットに飛び込んで3点。
この第3ピリオド後半はめまぐるしく逆転・再逆転が続いたが終わってみると累計で56対59と旭川N高校のリードは3点になっていた。第3ピリオド後半のみの点数でいえば旭川N高校14点と秋田N高校10点、第3ピリオド全体では旭川N高20点、秋田N高24点である。
「中折さんが千里に抜かれて『あれ?』って顔をしてたね」
と最後のインターバルにみどりさんが言う。
「第3ピリオド途中まで、私は抜く時に最初に右足を抜く側に向けておいたんだよ。それで中折さんはそれに気付いてそちら側に意識を持っていくようにした。そこで私は右足を抜くのと反対側に向けるようにした。それで美事に騙されたんだよ」
「なんか狐と狸の騙しあいみたいだ」
「どちらが狸だろう?」
「しかしこの短時間でそういう癖に気付く向こうも凄い」
「中折さんだから気付くと思った」
「それを逆手に取った訳か」
「次のピリオドはこれはもう通用しない」
「でも世の中、いろいろ騙し合いというのはあるよね」
「政治家とか株相場とか」
「面接試験なんかも結構そうだよ」
「男と女も騙し合い」
「恋愛って結構打算だよね」
「僕たちは割れ鍋に綴じ蓋だなあ」
などと留実子が言う。一時病気の治療のために女性ホルモンの投与なども受けてかなり女性化していた鞠古君はやはり男性能力はかなり弱いらしい。バストももう無いし、精子も復活したらしいが、やはり今でもかなり勃起しにくいらしい。一緒に一晩過ごしてもどうしても立ってくれなくてセックスできずに終わることもよくあるという。(フェラとかすると射精はするらしいが)一方の留実子は自分の性別認識問題で悩んでいる。
「千里たちもでしょ?」
と留実子は言う。
「そうかもねー」
貴司は女の子と話すのは苦手とよく言っている(その割りには浮気未遂が多いが)。でも女の子として完全でない自分とは話が弾むしフィーリングが合うようだ。お互いに「ちょうどいい」相手なのかも知れないという気もする。
[*
前頁][0
目次][#
次頁]
女の子たちのインターハイ・高2編(10)