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■夏の日の想い出・二足のわらじ(9)
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2022年2月23日(水)夕方。
花園裕紀は、S学園とL高校に合格した後コスモス社長と話し、社長から
「つまり君は女子高に通うか、女子寮に引っ越すか、どちらかを選ばないといけないわけだ」
と言われてガーンと思った。コスモス社長が帰った後、川崎ゆりこ副社長から電話が掛かってくる。
「一葉ちゃん、アクアの映画に出てくれることになったのね」
「はい。未熟者ですがよろしくお願いします」
「うん。助かるよ。最初木下宏紀を考えていたんだけど『ぼく舞音ちゃんのバックバンドや吹き替え役で忙しいです』と言って逃げるからさ。それにこの役、いかにも心細い感じの男の子の役なんだよ。木下ちゃんだと、しっかりしすぎているからね。それで木下ちゃんが、誰か適当な子を推薦しますよと言うから頼むと言ったんだけど、確かに君なら頼りなさげだからピッタリだよ」
これ褒められてるのか、けなされてるのか。
「それで信濃町ガールズ続けてくれるのね?」
「はい。あまりできが良くなくて申し訳ないですけど」
「ううん。君は歌もダンスも上手いからとても助かるよ。まあ4月からは高校生になるからミューズだけどねって、そうだ。君の進学先の高校がまだ決まってないみたいというので社長が心配してたけど、どこか受けた?」
「あ。はい。それも木下ちゃんがお世話をしてくれて。まだ願書締め切ってなかった高校3つに願書出して受験して、3つの内2つに合格しました。その内どちらかに行くつもりです。月末までに入学手続きをしないといけないので今週中にどちらに行くか決めるつもりです」
「へー?どことどこ?」
「世田谷区のS学園と葛飾区のL高校です」
「・・・・・・」
ゆりこはしばらく沈黙した。
「ねえ、S学園って今井葉月が出た高校だと思うけど、あそこ女子高校だよね」
「はい」
「L高校は男子寮からは遠い。朝は1時間半かかる」
「ああ、やはりそのくらい掛かりますか」
「だから上田信希(直江ヒカル)は、男子寮からの通学を諦めて女子寮に引っ越した」
「らしいですね」
「だから君は女子高に通うか、女子寮に引っ越すか、どちらかを選ばなければいけないわけだ」
「コスモス社長からもそれ指摘されて、どうしよう?と思った所でした」
「ああ。社長からも言われたか。でどうするの?」
「どうしましょう?」
「とりあえずすぐ決めきれないなら、両方入学手続きしときなよ。それで行かないほうは辞退する」
「そうします。両方手続きします」
「入学金足りなかったら貸すよ」
「入学金は出せると思います」
お給料はたくさんもらってるけど、忙しくて使う所も無いもんね。
「ちなみに女子校に行った場合、健康診断とか身体測定というものがある」
「あ」
「だから男の身体のまま女子校に入学するのは無理」
考えてなかったぁ!
でもそれだったらSY女子高校も無理だったのでは?と思う。
「だから入学までに性転換しとかないとヤバい」
やっぱり性転換かぁ!
性転換手術受けるのはいいけど、あまり女の子になりたくないなあ。
(↑この微妙な心情が裕紀である。彼は別にペニスが必要なものと思っていない)
だったらぼくはL高校に行くしかないのかなと裕紀は思った。
「それでもし君がL高校に通うために女子寮に引っ越してきた場合、女子寮生たちは君がほんとに女なのか確認しようとする」
裕紀の脳裏に信濃町ガールズになってすぐの頃“解剖”されたことを思い出す。あれやられるとヤバいなと思う(隠しカメラまで仕掛けられるとは思ってもいない)。
「だから入寮までに、最低でもおっぱいを大きくして、陰裂くらいは形成しておかないとヤバい」
それってほとんど性転換じゃないの〜?
「まあ君の場合は既に男性器は除去済みという話だったから女子寮に入るのは君さえ入りたいと言えばいつでもOKだけど、入寮までに豊胸手術かヒアルロン注射によるプティ豊胸、それに陰裂形成術は受けとかないといけないかもね」
割れ目ちゃん作るくらいはいいけど(←いいのか?)おっぱい大きくしちゃったら、まるで女の子じゃん。つまりぼくどちらを選んでも、女の子になる手術受けないといけないってこと??
「本格的な性転換手術するにしても簡易な手術にしても、手術代は貸すよ。だから思い切って完全な性転換手術受けたら?」
「すみません。少し考えさせてください」
「うん。まあ手術のことは3月末までに考えればいいけど、入学手続きは両方しときなよ」
「そうします」
ぼくやはり中学卒業と共に男の子卒業?
ぼくやはり女の子になるしかないの??
裕紀は悩んだものの、取り敢えず2月24日(木)、S学園とL高校の入学金を振り込み、その振込票を提示して入学手続きを済ませた。
裕紀は豊胸手術ってどんなのだろう?と思って調べてみた。すると一般的なものとしては、シリコンの詰まったバッグを胸の皮膚の下に埋め込むものであることが分かる。そしてその埋め込む位置が(主として)2通りある。
・大胸筋下法:最も深い位置に入れる。シリコンバッグを入れているのが分かりにくい。でも回復に時間が掛かるし、腕を動かす度に痛みがある。
・乳腺下法:浅い位置に入れる。胸の谷間ができやすいし、胸の揺れ方が自然。傷みは比較的少ない。但しいかにもシリコンバッグを入れてますというのが分かる、
動画とか無いかなと思って検索してみると手術の動画があったので見てみた。
・・・・・・
嫌だ!
絶対受けたくない!
と思った。裕紀は性転換手術の動画も見たことがあるが、そちらは特に拒否感は無かった。むしろきれいな形になるなあと感動した。ペニスの皮を裏返すと、一瞬で男が女に変わる所はまるで魔法でも見てる感じでその部分だけ何度も繰り返し再生した。こんな手術なら受けてもいいなあと思った、受けるつもりはないけど、受けるのが嫌ではない気がした。でも豊胸手術は嫌だと思った。
こんなの受けたくないよぉと思っている時、“プティ豊胸”というのがあることに気付く。こちらはヒアルロン酸をバストに注射で注入するだけである。ただしヒアルロン酸は身体に吸収されてしまうので効果はせいぜい1年くらいのようである。でも1年も持つのなら、その間に女性ホルモンを飲んで、本当のバストを大きくすればいいというのに思い至る。
この方法がいいかもしれないなあと思う。手術受ける必要無いし。もしおっぱい大きくしないといけないならこの方法だなと思った。
取り敢えず胸を巨大な包丁?みたいな刃物で切られるのは回避できそうと思い、ホッとした。
2月25日(金)、川崎ゆりこから電話が掛かってくる。
「裕紀ちゃんさ、ちょっとドラマに出てくんない?」
「はい」
「美高鏡子さんが君の演技力を見たいと言ってるから」
「はい!」
つまりテスト出演ということなのだろう。
裕紀の出番は27日(日)らしいので、その日撮影が行われる千葉市内の大型スタジオに行くことにする。
2月26日はセレンとクロムが部屋に来て
「一葉ちゃん、今日時間ある?」
と訊く。
「今日は空いてるけど」
と言うと
「じゃちょっと顔貸して」
と言われ、立山煌君も一緒に4人で女子寮地下のスタジオに行き、常滑舞音の制作に6時間ほど参加してきた(詳細後述)。
女装させられて!ピアノを弾いてきた!
ピアノが上手いと褒められた。
この程度の小さな仕事はいつものことである(わりとギャラが美味しい)。
6時間の内訳は往復合計1時間、衣裳を着けるのに1時間、他の人の衣裳着けを待つのが1時間、撮影1時間、他の人が衣裳を脱ぐのを待つのが1時間、自分の衣裳を脱ぐのに1時間である。
(忙しい人ほど後から着けて先に脱ぐ)
衣裳を着けてる間はトイレに行けないので念のためと言われてオムツを着けさせられたが、何とかそれを使う羽目にはならなかった。水谷姉妹もやはりオムツを着けて同じ衣裳を着ていた。
「ちんちん付いてる人はオムツ着けるのが大変なんだけど、ちんちん無い人は楽だわ」
などと看護師さんが言っていたのは気にしないことにした。(ペニスが尿取りパッドに収まってくれないため。外れにくいようペニスに巻き付けておいても伸縮により外れてしまう。それで男性は漏れやすい)
2022年2月26日(土)から3月4日(金)までの7日間を掛けて今年の昔話シリーズ第1弾アクア主演『陽気なフィドル』の制作を行った。
実を言うと、昔話シリーズは昨年1年間で大ネタはたいだい使い切ってしまったので今年は名作劇場という感じにしようと言っていた。それで鳥山プロデューサーはその第1弾としてアクア主演『黄金の流星』を七浜宇菜共演で撮るつもりだった。
ところがその話に大和映像が興味を持ち、どんどん話が大きくなって映画を制作しようという話になった。コスモスが「アクアの負荷が大きすぎる」として拒否したものの、『お気に召すまま』の映画制作前にアクアの拘束時間20-30時間で何とかするからと言われるのでコスモスも納得した。
しかしそちらが映画になってしまったので、あらためてアクア主演長時間ドラマの第1弾としてこの物語が制作されることになったのである。
この物語はノルウェー民話の『小さなフリックとフィドル』(Veslefrikk med fela)とフィントランド民話の『魔法使いのプレゼント』を繋ぎ合わせたもので、脚本はこのシリーズに多数の脚本を書いている尾中菜緒(おなかなお)さんである。この2つの物語は日本では『うかれバイオリン』のタイトルで知られている民話の類話である。
『うかれバイオリン』はアンドルー・ラング作と書かれているものも多いが、ラングは童話作家ではなく童話収集家なので、どこかの国の童話を自身の童話集に収録したものと思われる。しかし日本で流通している民話の原作をラングの童話集の中に見付けきれない(継続調査中)。
上記ノルウェー民話『小さなフリックとフィドル』は、日本の『うかれバイオリン』にかなり近いので、ひょっとするとこれが原典である可能性もある(ラングの童話集にはこのタイトルで見ない。別のタイトルになっているかこれの類話を収録した可能性もある)。『魔法使いのプレゼント』はラングの "The Crimson Fairy Book"に "The Gifts of the Magician" のタイトルで収録されている。
今回尾中さんは原典を探しているうちに見付けたこの2つの民話をベースに脚本を執筆した。
昨年の昔話シリーズ第1作『火の鳥』でもそうだが、主演にアクアを使う最も大きなメリットは、日本であまり知られていない物語を使っても、アクアが出るというだけで視聴率が取れることである!アクアの出演料はとっても高いが、企画の自由度が高くなるのでクォリティを追及できる。そしてスポンサーを喜ばせる。だから逆に高いギャラを払える。
語り手(馬仲敦美)「昔あるところに貧乏なお百姓さんと息子がいました」
画面に登場したのは野良着を着た倉橋礼次郎とアクアである。
(放送時になぜ“娘”ではないのだ?と非難轟轟)
語り手「息子はフリックという名前でしたが、背が低いので“小(ちい)フリック”(Veslefrikk) と呼ばれていました。また息子は身体が弱かったので百姓仕事はできない感じでした。それでお父さんは息子を牛飼いか羊飼いにしようとあちこちの村に連れ回しましたが、フリックの体格を見ると誰も雇ってくれませんでした」
「ある町で商店主(*9) がうちの雑用係になら使ってもいいと言いました」
映像はエプロンを着けた秋風コスモスを映す。
語り手「お父さんは雑用係かぁと思いましたが、ここに預ければ取り敢えず御飯には困らないてしょう。それで3年間ここに預けることにしました。フリックはこの商家で、掃除・洗濯・売り子などをして一所懸命働きました」
映像は、アクアと粗末なワンピースを着た今井葉月が掃き掃除、拭き掃除、などをしたり、手回し洗濯機(『黄金の流星』でも使用予定のものをモンド・ブルーメの好意で使用)で洗濯したり、干したりしている。また売り子をしている所も映る(*10).
(*9) フリックを雇ってくれる人の職業はバリエーションによって様々である。鍛冶屋だったり、大農家であったり。今回直接の原典にしたもの(英訳)では"sheriff"となっている。これは州長官などと訳されるが、県知事みたいなものか。
(*10) この物語のバリエーションにはこの下働きの娘が失敗したのをかばって代わりにクビになるという展開もある。
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