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■春雷(13)
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(C)Eriko Kawaguchi 2017-11-05
青葉は結局、阿倍子に案内してもらって何とかJR大阪駅に辿り着いた。それで御礼を言ってから別れ、冬子たちの音源制作に参加するのに東京行きの切符を買おうとして、唐突にあることを思いついた。
「京平君、ありがとう。凄いこと思いついちゃった」
〒〒テレビの神谷内さんに電話する。
「こういうことを思いついたんです。こういうの放送法違反になりますか?」
と言って青葉は今思いついた計画を話した。
「いわゆるサブリミナルのように、視聴者が感知できない方法で、何らかのメッセージを伝達することは、民放連のガイドラインに違反するんです。でも例えばですよ、こういう方法を採れば、行けるかもしれません」
と言って神谷内さんは放送の仕方について、逆提案してきた。
「なるほど、日本の法律上は、たとえば呪いで人を殺すなんてのは《不可能犯》とみなされるといったのを逆用するんですね」
「そうです。呪符というものに効果があるとは、法律上認められないですから」
「どっちみち、私そちらに行きます」
「お願いします。それで細かいことを打ち合わせましょう」
それで青葉は、東京入りが数日遅れることを(ケイは多分忙しいだろうから)風花に連絡し、新幹線で東京に行くのではなく、サンダーバードで金沢に舞い戻ることにした。
金沢では、連絡を取り合って、結局その日8月3日の夕方、HH院に、青葉と神谷内さんが集まり、白田住職と会った。
例の杉の植え替えについては、もう古い杉の焼け残りは掘り起こして、現在境内の観音堂に仮安置してあるということで、青葉もそちらにお参りさせてもらった。
「実は明日新しい杉を植える予定なんです」
「早かったですね!それに同席させて頂いてよろしいですか」
「むしろぜひお願いします」
寺務所の応接室で会談する。青葉が★★院で頂いてきた護符を見せると
「この護符は凄い!」
と住職が言っている。やはりパワーを感じるのだろう。
「それでこの護符を番組で撮影して画面に出しちゃおうという魂胆なんですよ。★★院側の許可は取りました」
と青葉。
「『こんな護符を作って、市内巡回して飛散した霊を回収しようという計画なんです』と放送しようと思います」
「ところが実はこの護符を映して石川県中に霊的にばらまくことに意味があるんですよね」
「県内に大量の分身が生成されるでしょうね」
「もう30年以上前ですが、本物の幽霊をテレビで映しちゃった時、全国にその分身が発生して、あちこちで異変が発生したことがあったらしいです。今回はその逆をやるわけですね」
と神谷内さん。
「25年ほど前に、ネットでもそういうことがあったと先輩から聞きました。まだインターネットが普及する前で、パソコン通信のRTC (Realtime Conference) というチャットルームにたまたま霊的な能力の高い人が集まっていた時、ひとりの参加者が自分のそばにいた霊のことを報告したら、そのチャットルームにいた人たちのパソコンがみんな異常を起こしたらしいです。むろんチャットに参加していた人たちも全員、その瞬間、背中にぞぞっとする感覚があったらしいです。私の先輩の場合、チャットに使用していたマックのディスクが世にも奇妙な壊れ方をして、ディスクがクラインの壺状態になってしまったとかで、結局OSを再インストールする羽目になったそうです」
と青葉。
「それも電波やネットで霊が拡散したんだろうね」
と住職。
クラインの壺というのはAというフォルダの中にBというフォルダがあり、Bの中にA自身が入っている状態である。Aを削除しようとしても、中にBがあり、そのBを先に削除しようとすると、その中にAがあり、・・・となって、永久に削除できない。問答無用にフォーマットしてしまう以外に救いようが無い。
これは実は瞬法さんの実体験である。
「その巡回する車はどうします?」
と住職。
「放送局の車を使おうかと思っているのですが」
と神谷内さんは言ったが
「うちのお寺の車を使いませんか?」
と住職は言った。
「その方がいいかもしれませんね」
「車から降りない霊がいたら、こちらで処理できますし」
「それは助かります。そういう場合はどうしようかとも思ったんですよ」
「車の運転手は誰が務めましょうか?」
「私が運転しますよ」
と青葉は言ったが、神谷内さんは
「ビジュアル的には、川上さんはむしろ後部座席に乗って頂くと助かるのですが」
と言う。カメラマンが助手席に乗って、後部座席の青葉を撮影するという態勢である。
それでお寺の若いお坊さんに頼もうかなどとも言っていた時、青葉のスマホに着信がある。千里姉だ!?
「ちょっと失礼します」
と言って立ち上がり、廊下に出て電話を取る。
「ああ、青葉。インドに行って来たお土産を持ってそちらに移動中なんだけど、今夜居るよね?」
「今夜は居るけど、今どこ?」
「今、梓川SA」
もうそんなに来ているのか!
「ちー姉、いつまで居られるの?」
「8月5日の19時が限界。日本時間で8月6日0時から試合があるから、日本時間の5日20時集合なんだよね〜」
うーん。。。。日本時間でって、海外の試合なのか?たぶん直前まで眷属を現地に置いておいて、直前に入れ替わるつもりなのだろう。しかし千里姉もこういう言い方するって、開き直ってるな。あるいは脳が壊れて無警戒になっているのか??
「だったら、ちー姉、明日1日ちょっと付き合ってもらえない?」
「何するの?」
「して欲しいのは運転手。ちょっとややこしい霊的なものの処理なんだよ」
「いいよ」
それで電話を切ってから青葉は言った。
「うまい具合に私の姉がこちらに来るらしいんです。姉に運転手をしてもらってもいいですか。国際C級ライセンス持ちのドライバーです」
「それは凄い!ぜひお願いします」
と神谷内さんが言った。住職も異論は無いようである。
《霊の回収車》巡回のコースについては、その後青葉と住職で話し合ってルートを決めた。市内巡回約4時間コースで、メインの通りと霊が溜まりやすい場所をほぼ網羅している。おそらく今回の件に無関係の霊も相当拾うだろうがそれは問題無いし一緒に供養してしまいますよと住職は言った。車にはお寺の観音堂に置かれている高さ1mほどの観音像にも“同乗”してもらう。明日のスケジュールはこんな感じである。
8月4日(金)
10:00-11:00 新しい杉を植える。
11:00-11:15 供養の法要
24:00-28:00 霊の回収巡回
これらの様子を撮影し先日分と一緒に編集して、番組の放送は8月11日24:10-24:40の『いしかわ・いこかな』の中で行われる予定である。これだけのネタが溜まればその日の放送はまるごとタクシーただ乗り幽霊の話になるだろうと神谷内さんは言っていた。
「放送をやった直後にですね、その落ち穂拾いをしたらどうでしょう?」
と若い僧から提案がある。
「ああ、それはいいね」
と住職。
青葉は千里姉にメールを送り、8月11日24:30-28:30 (8月12日0:30-4:30) くらいにも再度運転をお願いできないかと尋ねた。20分ほど後に電話があり、それもOKということであった。
青葉は結局その日は高岡に戻り、自宅で千里が来るのを待った。
「ただいまあ」
と言って千里は23時頃、戻って来た。乗ってきた車はオーリスである。
(オーリスに乗っているのは間違い無く千里2である。他の千里はこの車の存在を知らない)
「これベンガルールお土産のお菓子。ちょっと好みがあるかも知れないけど」
と言って出してくれたのは、Mysore Pakと書かれた羊羹(ようかん)に似たお菓子である。
「グラムという、ひよこ豆(*1)の一種をすりつぶした粉(gram flour)を使って、水羊羹みたいにしたお菓子なんですよ。ベンガルールの近くのマイソール(Mysore)という所の名物みたいなんですけどね」
(*1)ひよこ豆はchickpeaの訳だが、chickをchickenの変化系と誤認した訳ともいわれる。この豆は鶏とは無関係。chickはラテン語のcicerが語源でこの名前の由来は古代の哲学者キケロ(Cicero)との説もある。
「あとベンガルールは白檀(びゃくだん, sandalwood)の名産地なんだよ。インドの白檀の大半があの付近で生産されているということで、白檀のお香を買ってきた。桃香はこの匂いが苦手だと言ってたから、お母さんと青葉にあげるね」
と言って、お香の箱を1個ずつ渡す。
「凄い香りね。これどうすればいいの?」
と朋子が言っている。
「仏檀でふつうの線香代わりに焚くといいと思うよ」
「ああ、それでいいなら使えそう」
「青葉は使うよね?」
「うん。サンダルウッドはほとんど消耗品。ありがとう」
「白檀の扇子も買ってきたんだけど、桃香は『こんな女みたいなの使わない』と言って」
「じゃ、私にちょうだい」
と青葉が言ってもらう。
青葉は千里をずっと観察していた。さすがにオーラが物凄く小さいが、小さいなりにも、ちゃんと復活しているのが凄いと思った。もう既に普通の霊感体質の人程度の霊感は戻っているのではという気がした。あの大事故からほんの1ヶ月程度でここまで回復するって、どういう身体をしているのだろう。
「そういえば、ちー姉、6月にはレースに出たんだって?」
「そうそう。2年間に5回以上国内レースに出て順位認定されないとひとつ上のライセンスを取れないんだよ。昨年は結局1度も出られなかったから、今年頑張るつもり。今年既に3回出た。6月のが2度目で、先月末に3度目に出た」
「いつの間に!?」
「合宿の合間にね」
(実際は千里1や千里3がバスケの代表活動をしてくれていたので、その間に千里2がレースに出場していたのである)
「ひとつ上って国際B級ライセンス?」
「B級はさすがにドライバーの専業にならないと無理だと思う。私が狙っているのは国際C級」
「今がC級じゃないんだっけ?」
「今は『国際C級・レース除外』というライセンス」
と言って見せてくれた。
「レース除外って?レースに出るためのライセンスじゃないの?」
「国際ラリーやジムカーナには出られる。ダカール・ラリー(*2)にも出られるよ」
「わっ」
「だから普通の国際C級にグレードアップしたいんだよ」
「なるほどー」
(*2)昔のパリダカ(パリ・ダカール・ラリー)だが、現在のコースはアフリカではなく南米になっており、2017年はパラグアイのアスンシオンから、アルゼンチンのブエノスアイレスまでのコースで行われた。
青葉は母が先に寝た後で、千里と今回の、タクシーただ乗り幽霊の事件について話した。
「それ幽霊バイクの事件に似ているね」
と千里は言う。
「うん。基本的には同じタイプの事件だと思う。あの時は立山の神様のおかげで何とかなったし、小さな町だから強引な手法が使えたんだけど、今度は飛散した範囲が広いみたいだし、都会だから、あまり派手なことすると騒ぎになりそうで」
と青葉。
「あの時、立山で頂いた巻物って見られる?」
「うん」
と言ってから、青葉は千里姉にはこれがどう見えるものか気になった。
「これなんだけど、ちー姉にはどう見える?」
それで青葉は千里に巻物を渡す。
「何これ?何も書いてないんだ?」
あ・・・さすがに今の千里姉の状態では読めないか。仕方ないよなあと青葉は思う。
「もしかして馬鹿には見えない巻物とか?」
「裸の王様!?」
「裸の女王様だったりして」
「女王様の裸はまずいと思う」
その夜、青葉はなぜか目が覚めて時計を見たら3時だった。トイレに行ってこようかなと思い、階下に降りていく。
え!?
居間のテーブルに誰かが居て、青葉が立山で頂いてきた巻物を見ながら他の紙に毛筆で書き写している!?
青葉はそこに居るのが、瞬嶽師匠のように見えた。それでなぜ瞬嶽師匠がと思って呆然と立ち尽くしていたのだが、やがて書き終わって立ち上がり、こちらを向き直ったのをよく見ると千里姉だった。
しかし千里姉はまるで夢遊病者のように視線が定まらない状態で、青葉にも気付かないような感じで、そのまま階段を上にあがって行った(千里姉は桃香の部屋に泊まっている)。青葉はその様子を見送ってから、テーブルの所に行った。
巻物の隣に置かれた和紙に見たことのない祝詞が書かれていた。
きっとこれは・・・瞬嶽師匠が千里姉の身体を借りて、自分に伝えてくれたんだ!と青葉は思った。千里姉って、霊媒体質だもん。
『師匠、そしてちー姉、ありがとう』
と青葉は心の中で言って、その書き写された祝詞を抱きしめた。
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