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■春雷(10)
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そういう訳で青葉は帰宅すると、取り敢えず仮眠した。苗場で雨の降る中演奏に参加し、その後新幹線の乗り継ぎで帰って来て、大学で1日試験を受けて、疲労がかなり溜まっている。熟睡していたが、23:40くらいに母が
「青葉、あんた夜中出かけるんじゃないの?」
と言って起こしてくれた。
それで母が作ってくれていたおにぎりを持ち、アクアで出かける。
いくら20歳とはいえ、娘が夜中に出かけるのは心配する所だが、どの子の親も青葉の顔を見ると「青葉ちゃんと一緒なら安心ね」と言ってくれた。
「青葉、母ちゃんたちに信用があるなあ」
という声がある。
「色々そのあたりは複雑な心情もあるのだけど、取り敢えずみんな金沢まで寝てて」
「うん。寝てる」
それで青葉の母が作ってくれたおにぎりを分けて食べてから、みんな眠ってしまった。
青葉は深夜の8号線を運転していてふと思った。千里姉は大学生の時から、ずっと東京近辺に住んでいて、彼氏の貴司さんは大阪に住んでいて頻繁に車で東京と大阪を往復していたみたいだけど、よく体力が持ったよなあ。
・・・と考えていて、唐突に気付いた。
そうだ!あれって実は眷属に運転させていたのではなかろうか。だから千里姉自身は車内でぐっすり寝ていて、現地で貴司さんとのデートを楽しんでいたのだろう。
でも・・・そもそもなぜ千里姉は貴司さんの居る大阪方面の大学に行かなかったんだ!?と疑問を持った。最初から大阪方面の大学に行っていたら、たぶん2人はとっくの昔に結婚していただろう。
などと考えていて、青葉は自分もなぜ東京方面の大学に進学して、彪志さんと同棲しなかったのか?と桃香から訊かれたことを思い出して苦笑した。
結局天然女に生まれなかったことで持っている引け目の気持ちなんだろうなと青葉は初めて千里姉の心情が理解できた気分だった。
1時半頃、吉田君のアパート前に到着する。
「夜中だから音とか声とかあまり立てないようにね」
と言ってから車を降りる。
それでみんなそっと階段を登って吉田君の部屋に行った。吉田君は車が到着した音で気付いていたので、4人が玄関の前まで来ると、すぐドアを開けてくれた。
「お邪魔しまーす」
と言って中に入る。
部屋の中に少し背の高い女の子が座っているので
「あれ?吉田の彼女?」
などと美由紀が言う。
「あ、いや」
と《彼女》は声を出して恥ずかしがっている。
青葉は
「私の友だちだよ」
と言った。
「なーんだ」
「吉田に何か変なことされなかった?」
と明日香が《彼女》に尋ねた。
「大丈夫です」
と《彼女》。
その時、世梨奈が言った。
「もしかして、中学で一緒だった奥村君の妹さん?」
「あ、そういえば似てるね」
と美由紀。
「というか、そっくりという感じ」
と明日香。
「奥村君が性転換したらこうなりそうって雰囲気」
などと世梨奈が言った。
「性転換!?」
といって3人は顔を見合わせる。
「あのぉ、まさか」
と明日香が恐る恐る訊く。
「ごめーん。奥村春貴、本人です」
と奥村君。
「うっそー!?」
「女の子になっちゃったの?」
「ううん。女装してるだけ」
「身体はいじってないの?」
「うん。別に女の子になりたい訳じゃないから。でも試験中でさ、試験の時はこういう格好した方が気合いが入って頭がよく働くんだよ。だからたまたまこういう服を着て出てきていた」
と奥村君は言っている。
「女性ホルモンも飲んでないの?」
「飲んでない。でも顔のむだ毛と足のむだ毛はレーザー脱毛しちゃった」
「へー!」
「俺の場合は、ヒゲとすね毛なんだけど、奥村の場合は、顔のむだ毛と足のむだ毛らしい」
と吉田君。
「私はヒゲかも知れん」
と割と毛深い美由紀が言っている。
「試験の時以外は、女の子の格好しないの?」
と明日香が訊く。
「大学に入ってすぐの頃は、けっこう中性的な格好してたんだけど、最近はもう下着はずっと女の子の下着しかつけてない。男物の下着は数枚だけ残して捨てちゃった。トップは女の子仕様のポロシャツとかブラウスとかだけど、ボトムはレディスパンツのことが多い。今日みたいにスカート穿いてる日はそう多くない」
と奥村君は言う。
「じゃスカート穿いて学校行く日もあるんだ?」
「月に2〜3回かなあ」
「お友達とかは?」
「入学して最初の頃は、男子のクラスメイトとかと一緒にコンパとか行ってたけど、その後誘われなくなった。時々女子のクラスメイトにお茶に誘われることがある」
「だったら既に女の子とみなされているね」
と明日香。
「だから、彼のことは私は『ハルちゃん』と呼んでいるよ。女の子に準じて」
と青葉は言う。
「じゃあ私たちも『ハルちゃん』で」
と明日香。
「ハルちゃんも私たちのこと、名前で呼んでいいよ」
と世梨奈。
「ありがとう。そうさせてもらおうかな」
と奥村君。
「でも青葉、『彼』と言っていたね」
「本人の自己認識としては男ということだから」
「女の子だとは思ってないんだ?」
「うん」
「でも英語の時間は先生から、Ms Okumuraと呼ばれると」
「呼ばれてる。代名詞のSheでうけられる」
「トイレとかどうしてるの?」
「大学で最初の頃男子トイレに入っていたんだけど、クラスメイトの女の子たちから、女子トイレ使いなよと唆されて最近はほとんど女子トイレばかり」
「ちんちん立つ?」
などと美由紀がダイレクトなことを訊く。
「ごめーん。そのあたりは企業秘密にさせて」
「まあいいか」
「もし間違って性転換手術されちゃったらどうする?」
「その時はふつうに女として生きていける自信はある」
「でも自主的に性転換したい訳ではない?」
「うん。男として生きて行くつもり。だからこういう格好していられるのも大学生の間だけかなあ」
「いや、それは社会人になってもプライベートでは女装していていいと思うよ」
「あ、それはするかも」
「会社では男、自宅では女であればいいんだよね」
「服装はね。中身は男のつもりなんだけど」
「恋愛対象は?」
「ボク、バイセクシャルかも」
「だったら、その内、お嫁さんになれるかもね」
「ウェディングドレスって着てみたい気はする」
「きっとお嫁さんになってという男の人現れるよ」
「うん、ハルちゃん美人だもん」
そういう訳で奥村君のことでしばし盛り上がった上で、吉田君と奥村君の2人でアクアで出かけて行った。その間、青葉たち4人はひたすらおしゃべりに興じていた。但し、次運転する予定の明日香だけは仮眠していた。途中で用意していたおやつが無くなり、青葉は近くのコンビニまで買い出しに行ってきた。
持参の懐中電灯を持ち、それで道を照らしながら歩いていたのだが、人影のようなものを見た気がしてギョッとする。
しかしそれは道路まで張り出した樹木が偶然人の形のように見えただけであった。
「柳の下の幽霊とかいうけど、そもそも柳の木の形が幽霊みたいな雰囲気あるよなあ」
などと青葉は独りごとを言った。
やがて吉田君と奥村君が戻ってくる。
「何カ所か怪しい所はあった。でも明日香ちゃんと世梨奈ちゃんが戻ってからこの記録は見せるよ」
と奥村君は言っている。
「うん。その方がいいと思う」
「じゃ行ってくる」
と言って、明日香と世梨奈が出かけた。
「ちょっと疲れた。何か食う物無い?」
「あ、ごめーん。食べ尽くしたかも」
「コンビニ行ってこよう」
「じゃ私も行く」
ということで、青葉と吉田君がふたりでコンビニまで行く。
「私さっきコンビニに行った時、あそこで懐中電灯の光が木に当たって、一瞬人が立っているかと思ってギョッとした」
と青葉が言うと、
「うん。そこ俺も最初はぎょっとした。木が道路に張りだしているんだよな」
と吉田君も言う。
「この先にももう1ヶ所、張りだしていた木があって、そこも夜中に通るとギョッとしていたんだよ。でもそこは7月に落雷があって燃えてしまったんだよな」
「へー!雷!」
「消防車も出動してけっこうな騒ぎだったよ」
「延焼したら怖いもんね」
「どの辺だったかなあ」
と言って吉田君は懐中電灯を茂みの方に当てながら歩いていた。
「あ、ここだここだ」
と言って、吉田君が光を当てる。
「わあ、黒焦げ」
そこには結構大きな木ではなかったかと思われる木の下の方が数十cm黒焦げの状態で残っている。
「この残った部分はその内撤去するという話だったけど、まだ放置されてる」
「予算取るのがけっこう大変なのかもね」
そんなことを言っていた時、ふと青葉は思った。
自分が城北大通りを走っていて、何も琴線に引っかからなかったのは・・・・そこに何も無くなっていたからでは?
青葉たちがコンビニから戻って来てから1時間ほどして、明日香と世梨奈が戻って来た。
世梨奈がやはり
「何カ所か怪しい所はあった」
と言う。
それで世梨奈がマークした時刻を実際の地図上の場所に換算してマークしていく。奥山君が記録した時刻から換算してマークした地図と照合する。
「同じ場所で反応してるね」
「やはりこの両方が重なっている所は怪しいと思うよ」
奥山君が感じた場所は5つ、世梨奈が感じた場所は6つだが、その内の3ヶ所がほぼ同じ場所なのである。
「だったら明日学校が終わった後、この3ヶ所に行ってみるよ」
と青葉は言う。
「今夜はどうする?」
「今夜というよりもう今朝という気がする」
「このままここで寝るというのに1票」
「それがいい気がする」
「じゃこのままここでゴロ寝で」
「男女混じっているけど」
「ハルちゃんはこちらで一緒に寝ようよ」
「吉田は台所で」
「まあいいよ」
奥村君はやや戸惑っていたものの、青葉が
「私の隣に寝るといいよ」
と言うと、
「それだと少し気が楽な気がする」
と言って、横になった。
そういう訳でその夜(朝?)は、青葉も含めて女子4人と、女の子に準じると認められた?奥村君の合計5人が4畳半の和室に寝て、このアパートの主である、吉田君が1人台所に寝たのであった。
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