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■春雷(4)

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打合せは8日の朝から夜12時まで続き、いったん解散した後、9日のまた朝から夕方まで掛けてやっと終わった。全員くたくたになっていた。青葉は終わったらうちに来てと冬子(ケイ)から言われていたので、そちらに行ったが、冬子もアルバムの制作準備でかなり大変な様子であった。
 
「冬子さん、自分を棚に上げて言いますけど、疲れた身体で演奏してもまともな演奏になりませんからね。充分休養を取って演奏しないと、ライブとかに来てくださった方にも悪いし、CDを買ってくれた人もがっかりさせますからね」
 
「うん。ありがとう。気をつけるよ」
 
冬子は今回は特に何か用事があったのではない様子であった。音楽業界のことについていくつか意見を交わしたが、青葉も疲れているので、混乱していた気がする。話すつもりの無かった、先日のクロガーの東京駅での事件のことも大半を話してしまった気がした。
 
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しかし千里姉がいったん死亡して蘇生したこと、その影響で霊的な能力をほぼ失っており、おそらくスポーツ選手としての能力や音楽の演奏能力、作曲能力などもかなり落ちて、回復には数年かかりそうだと言うと、冬子はかなりのショックを受けていたようである。ここ3年ほど、冬子は千里姉を自分の良きライバルと思って、頑張ってきていた感じであった。
 

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青葉は翌7月10日、朝一番の新幹線で金沢に戻り、2時間目から授業に出席した。
 
7月13日(木)。学校から帰ると、青葉のもとに裁判所からの通知が届いていた。ドキドキしながら開封する。
 
《申立人の性別の取り扱いを男から女に変更する》
 
と書かれている。青葉は胸が熱くなって、涙が出てきた。
 
「どうだった?」
と心配そうに朋子が訊く。
 
「認可された」
と言って、一転笑顔になった青葉は通知を朋子に見せた。
 
「良かったね。これであんたも完全な女の子だね」
と朋子も笑顔で言った。
 

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各種手続きはこの結果が戸籍や住民票に反映されるのを待ち、今月下旬くらいにすることにする。青葉は自分と同様、大学在学中に、性別だけを変更し、名前は変更していない和実に電話して、どことどこに届けを出すか、またその順序について確認した。千里も同様のはずだが、今精神的に不安定な感じでもあるし、千里姉は本当に21歳の時に性別を変更したのか、かなり怪しい気がした。だいたい17歳の時に作ったパスポートが性別Fになっていたというし!
 
「お店の方は最近どう?」
と和実に様子を訊く。
 
「凄く好調。やはりボニアートアサドや、TKRのアーティストのイベントを頻繁にやったことで、知名度があがって、利用者が多いからバス会社も仙台駅や一番町方面からの土日のバスの便を増やしてくれたんだよ」
 
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「それは凄い!」
「町内会の方から、便利になったって感謝されたり」
「地域とうまくやっていけるのはいいね」
 
「結局、毎週土曜日は大規模イベントの貸切日ということになって、ボニアートアサドは月1回の登場で定演、そのほか、ζζプロのアーティストが2回と§§ミュージックの中学生の練習生を集めた信濃町ガールズが月1回定演することになって」
 
「その話、秋風コスモスさんからも聞いた。コスモスさんって遣り手だなと思ったよ」
 
「ボニアート・アサドが現役高校生だから、敢えて競合しにくいによう中学生限定にしたことで、ボニアート・アサドの妹分みたいに思ってもらえている感じと言っていた」
 
「そのあたりもよく考えているみたいね。もっとも中学生たちはタダで毎月新幹線に乗って仙台旅行が出来るというのを喜んでいる雰囲気もあるみたい」
 
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「楽しいだろうね」
 

「それで毎週日曜日はカフェは通常運用で、午後5時間にわたってTKRのアーティストの連続ライブ。土日に営業するから、代わりに月曜日あるいは連休の翌日はお昼時と夕飯時だけの限定営業にして、私とライム・マキコの3人だけでやることにしている」
 
「平日のお客さんって、どういう層なの?」
「近所のオフィスに勤めている人。これはそんなに多くないけど、近くにあまり食べる所が無かったから助かったと言われてる。それから、近くにT大農学部の付属農場があるんだよ」
「へー!」
「そこの学生さんがお昼食べにとか、演習が終わった後、寄ってくれるんだよね」
「それはいいね」
「昼間、店を閉めている時は『現在ハイバネート中です。このボタンを押すと、リジュームします』と書いている。いつでも私は自宅の方に居るし」
 
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「あ、その表現いいな。でも希望美ちゃんを放置してお店に出て大丈夫?淳さんはなかなか仙台に来られないんでしょ?」
 
和実の家は実質和実と赤ちゃんの希望美だけで住んでいる状態である。
 
「月曜日はトワイライトがお休みだから、お姉ちゃんがたいてい来てくれているんだよ」
 
「なるほど!」
 
トワイライトというのは、和実の姉・胡桃が石巻市で共同経営者になっている美容室である。
 
「一応、お店にベビーベッド置いてるから、そこに寝かせて仕事することもある」
「そういう体制もできてるんだ!」
 
「まだ平日にライブやってくれるアーティストは10組しか確保してないんだよね。常時募集中。私が聞いてみて一応人に聞かせられるレベルかなと思ったら仮採用でライブをしてもらって、3回のライブの間にイイネボタンを10個以上押してもらったら、再度3回演奏決定」
 
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「ああ、それも面白い。イイネボタンってあるんだ!」
「うん。客席に取り付けた。伊藤君に工作してもらった」
「伊藤さん、かなりクレールにハマり込んでない?」
「管理部長に任命しようかと言ったけど、もっとハマりこみそうだからパスと言っていた」
「ああ」
 

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青葉は13日の夜は母とふたりで市内の割烹料理店に行き、性別が変更できたことの、ささやかなお祝いをした。桃香に連絡すると、おめでとうと言って、祝福してくれた。千里はさっきまで一緒に居て夕食を食べたんだけどということだった。それで千里の携帯に掛けてみるもつながらない。それでメールを送っておくことにした。
 
が・・・3つ電話番号が登録されていることに青葉は悩む。
 
どれでもいいよね〜。と思って、適当にひとつ選んで送ったら、即返事があり《おめでとう!これで青葉も立派な女の子だね。今から練習なんで明日また連絡するね》
ということであった。
 
この時間から、練習!?と青葉は驚く。
 
きっと・・・自分の力が落ちたのを自覚して、物凄く努力しているのではないかと青葉は考え、自分も頑張らなくちゃと思った。
 
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(青葉が送ったのは千里2のメールアドレスで、千里2はこの時間帯から、アメリカ・フィラデルバーグでスワローズの練習が始まる所であった)
 

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バスケット協会は翌7月14日(金)、大野百合絵の怪我に伴い、村山千里を日本代表に緊急召集したことを発表した。
 
このニュースに一番驚愕したのが青葉である。
 
青葉はすぐに千里に電話した。
 
最初3つ並んでいる電話番号の中の2番目に掛けたのだが、ずっと呼び出し音が鳴るだけでつながらない。それで青葉は1番目の番号に掛けてみた。
 
つながる。
 
「代表復帰おめでとう」
「ありがとう。こちらも昨夜は電話できなかったけど、性別変更の認可、おめでとう」
「ありがとう。嬉しいんだけど、本当に私、女の子ということでいいのかなあ、赤ちゃんも産めないのにとか思ったりして」
 
「青葉は赤ちゃん、産めると思うよ」
「うーん・・・」
 
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「でも私も、春先から調子落としていたからね。4日にはほんとにふがいない試合してしまって。代表から落とされて、ちょっと奮起したよ」
 
「ちー姉、電話を通してもパワーが伝わってくる。だいぶ元気になったね」
 
正直、千里姉がこんなにパワーを回復させているのが信じられない思いなのである。千里姉はどこかにパワーの貯金でもあったのか!?
 
「うん。まあ打たれ強いのが私の長所だし。ただごめん。しばらくは、青葉を霊的にはサポートしてあげられないかも」
「うん。いいよ。そちらはちー姉の回復を待つから、焦らず回復に努めて」
 
青葉もここ数年、霊的なお仕事で千里姉に頼りすぎていたかも知れないなと思い、本当に独り立ちできるように頑張ろうと思った。
 
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今回の事件では菊枝も重傷を負っていて、何かの時に頼れる人が居ないことを青葉は自覚している。
 
「私も20歳になったし。頑張らなくちゃ」
と青葉は自分に言い聞かせた。
 
なお、青葉は3つ並んでいた電話番号の内、今つながらなかった番号は削除した。
 
(つまり青葉のアドレス帳には千里2と3の携帯番号、および用賀のアパートの家電番号が残った)
 

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7月24日(月)、青葉が学食でお昼ごはんを食べていたら、40歳くらいの男性が水泳部の3年生(青葉の1学年上)皆山幸花と一緒にこちらに来る。
 
「ね、ね、青葉ちゃん、この人の話良かったら聞いてあげてくれない?」
と幸花は言う。
 
「はい?」
 
「初めまして。私(わたくし)、こういう者です」
と言って、男性は
 
《〒〒テレビ株式会社 制作部ディレクター 神谷内大》
 
と書かれた名刺を出した。
 
「初めまして。川上青葉と申します。そちら様のお名前は、「《かみやち・ひろし》さん?《かみやぢ・ひろし》さん?」
 
と青葉は尋ねる。
 
「さすが地元の人ですね。《かみやぢ》です」
と彼は答えた。
 
「苗字が3文字で名前が1文字なもので、2:2で切って《かみや・ないだい》とか読まれてしまうこともあるんですよ」
 
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「まあ山環(金沢外環状道路山側の略称)に神谷内(かみやち)インターがありますし、谷内という苗字はこの付近では《やち》あるいは《やぢ》と読むことが多いですから」
と青葉は言う。
 
「そうなんですよね。地元の人だとそれで分かっちゃうんですよ。あれ?でもあなた、イントネーションが北陸の人ではないですね」
 
「はい。埼玉県の大宮で生まれて、岩手県の大船渡で育ちました。もう北陸に来てから6年半経つんですけど、北陸のイントネーションになってくれないです」
「なるほどですねー」
 

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「それでちょっとご相談なんですが、川上さんは日本で五指に入る霊能者とお伺いしまして」
 
「それはさすがに大げさだと思います。口コミで私にできる程度のご相談事に対応しているだけなんですよ」
 
「それでは、もし対応できそうでしたら、ご相談に乗っては頂けないかと思いまして」
「どういうことでしょうか?」
 
「実はこの春頃から、金沢市内を中心にタクシーただ乗り幽霊が出没しているんですよ」
「タクシーただ乗りですか」
 
「こちらで取材して信頼がおけそうだと思った報告が3件なんですが、信頼性がハッキリしないものも含めると20件くらい起きているようで」
 
「それは随分多いですね」
 
「実はうちのテレビで夏なので怪談特集でもやろうと言ってネタを探していた時に、この噂にぶつかったんです。それでこれが発生した場所の地図なんですが」
 
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と言って彼は地図を広げた。
 
「明らかに旧国道8号付近に集中していますね」
「そうなんですよ!」
 
青葉はその地図の中に、昨年《飴買い幽霊》の事件で訪れた光覚寺もあることを認識した。
 

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「でも〒〒テレビさんなら、こういうお話なら、慈眼芳子さんがなさらないんですか?」
と青葉は訊いた。慈眼芳子さんは金沢近郊在住の霊能者で、しばしば〒〒テレビ制作の深夜番組に登場して、石川県内のミステリースポットを探訪したり、不幸な人生を送ってきた人に優しいアドバイスをしたりしている。
 
「実はですね。芸能人とかではないので、ご家族の意向もあって公表していないのですが、慈眼さんは、肝臓癌で闘病中なんですよ」
 
「そうだったんですか!」
「入退院を繰り返している状態で。とても事件の依頼とかができる状態ではなくて。それで誰か、信頼できそうな霊能者さんがいないかなと言っていた時に、皆山さんが、凄い人知っているとおっしゃったもので。
 
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「ごめーん。去年の事件のこと話しちゃった」
と皆山幸花は言っている。
 
「幸花さん、テレビ局でバイトか何かしてるの?」
「アシスタント・ディレクター」
「すごーい!」
「要するに雑用係」
 
「まあそれが実態だよね」
と神谷内さんは笑いながら言っている。
 
キー局だと多数の正社員がいるが、地方局は予算が無いので、バイトあるいはボランティアのADにかなり頼っているらしい。幸花の場合も一応バイトではあるものの、かなりの薄給でボランティアに近いと神谷内さんが言っていた。
 
 
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