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■春雷(3)
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翌7月5日。青葉は何と言っても千里のことが気になったので、朝から用賀のアパートまで出かけて行った。すると千里は今から出かける所のようである。
「荷物が多いね」
「こちらの旅行用バッグは、パソコンと37鍵キーボードに五線紙。午前中にカラオケ屋さんで作曲をする。こちらのスポーツバッグはボールとバッシュと、バスケットウェアに着換え用の下着。午後からはバスケの練習をする」
「ちー姉、昨夜はJソフトに今日から復帰すると言ってなかったっけ?」
「それがこのヤマゴちゃんが、私は会社には時々行くだけでいいと言うから」
と千里は言っている。
「ヤマゴ?」
と言って青葉は千里がiPhoneに取り付けているリスのストラップを見た。するとそのリスがしゃべった。
「おい、お前。千里に伝えたいことがあれば俺に伝えろ。ちゃんと伝言するから」
などとリスは言っている。
「ふーん。君、私にそういう言い方するの?」
と青葉がそのリスに言うと、リスはビクッとしたようである。
「あのぉ、千里さんにお伝えしたいことがありましたら、私にお伝え下さい。私がちゃんとお伝え直しますので」
とリスは言い直した。
「よしよし。じゃ君の通信鍵をもらうね」
と言って、青葉はそのリスを撫でて『心の声』で通信できるようにした。
これは天津子に似た“臭い”がする。たぶん羽衣さんが付けた眷属ではないかと青葉は思った。
青葉は千里の様子を観察したかったので、カラオケ屋さんや体育館に同行していい?と尋ねる。
「邪魔はせずにじっとしているから」
「青葉ならいいよ」
それで一緒にまずはカラオケ屋さんに行った。千里は現在、東郷誠一名義でアイドル歌手に渡す曲を頼まれていて、それを書いているようである。歌詞は今朝、相棒の葵照子(琴尾蓮菜)が送って来たらしい。
見ていると千里は最初その歌詞を朗読して、歌詞の持つ抑揚を確認していた。そして、そこから、いきなり五線紙に音符を記入していく。つまり日本語の抑揚に合わせて音の高低を決めているのだろうが、単純変換ではなく、歌詞の持っている「流れ」のようなものをうまく組み込んでいく。青葉はその作業が美事だと思った。
まるで人工知能が作業しているかのような作曲作業だが、この歌詞の持つ流れそのものを組み込むのはコンピュータには無理だと思った。そこにあるものをそのままの姿で感じ取る、感受性のようなものがないとうまくいかない。
そして千里はあれだけの事故に遭ったにもかかわらずその感受性は全く落ちていないように思えた。
結局千里はその2時間ほどでメロディーを完成してしまった。続きは明日またやるということである。
一緒にモスバーガーでお昼を食べた後、この日は三鷹市の体育館まで行き練習を始めた。
「川崎のレッドインパルスの体育館に行くんじゃなかったんだ?」
「それがなんか向こうの体育館は電気系統が故障してて1週間くらい使えないんだって。だからそれまでは各自ジョギングとかしていてくれという連絡があったんだけど、私はジョギングよりシュート練習したいから、空いてる体育館を探したんだよ」
「なるほどー」
川崎の体育館が使えないと連絡したのは《きーちゃん》に頼まれた《つーちゃん》で、(事務の)川西靖子の声色を真似て連絡したのだが、そのことを千里1は知るよしも無い。千里3が帰国するまでは千里1に川崎に行かれるとまずいのである。
しかしこの日の千里1は全然スリーが入らなかった。見ていると5本に1本くらいしか入らないようである。本人もずいぶん首をひねっている。千里姉がこんなにスリーを外すのは初めて見た、と青葉は球拾い係をしてあげながら思った。
「ちー姉、夕方からアクアのCD発売記者会見やるんだけど、ちー姉も来る?」
「パスで。私体調があまりよくないみたいだから悪いけど休んでる」
「それがいいかもね」
それで千里姉はまだ練習を続けていたが、青葉は14時すぎに姉と別れて体育館を出た。その後、何かあった時のため、千里姉の傍に笹竹を付けておいた。
青葉が体育館の後向かったのは、アクアの前マネージャー鱒渕水帆が入院している病院である。
青葉は、彼女の顔を見た瞬間、自分が変な顔をしないように抑えるのに苦労した。青葉の見た感じでは『助けようが無い』気がした。これよく4月に倒れて以来2ヶ月も持ちこたえたと思ったが、逆にそう考えると、この人の生命力が物凄く強いのかもという気もした。もしそうなら助かる一縷の望みもあるのかも知れない。
ともかくも青葉は彼女の手を握って、特に生命維持に関わる膵臓を中心にヒーリングをした。これは・・・毎日自分がヒーリングしてあげないとどんなに頑張っても年内には命の炎が燃え尽きると思った。しかし自分に助けられるかの自信も無かった。
青葉は結局鱒渕さん、及び、ずっと付いているらしい彼女のお母さんと色々話をしながら、1時間以上、病院に滞在した。
青葉は病院を出ると、今日の発売記者会見が行われる青山ヒルズに向かった。まずは14階にあるTKRのオフィスに行く。
元々★★レコードが14-15階の2フロアを丸ごと使用していたのだが、その内14階の3割くらいをTKRに又貸ししているのである。ここには千里や冬子たちが設立したドライバー会社★★情報サービスも1部屋★★レコードから又借りしている。ただ、その借り賃が結構高いので、駐車場の使える所に引っ越そうかという話もあるらしい。冬子のお友達の仁恵や琴絵が勤めている★★チャンネルも以前はここに間借りしていたのだが、現在は新宿の商業ビルに移転している。
記者会見はアクアが学校の授業を終えてこちらに出てくるのを待って18:00から行われる。一部の民放局の夕方の情報番組で生放送してもらえることになっている。
青葉は、コスモス社長、現在アクアのマネージングをしている沢村さん、TKRの三田原課長、そしてバックバンドであるエレメントガードのリーダー・ヤコと打合せをした。
だいたいの打合せをした所で三田原さんから
「大宮さん、お姉さんの醍醐春海さん、日本代表の方は残念でしたね」
と言われる。昨日の夕方バスケ協会のサイトで公表されたことをもうキャッチしているのは凄いと青葉は思った。一般のニュースに流れたりするような話ではないのに。
「済みません。ご期待に添えなくて」
と青葉が言うと、コスモスが
「事故に遭われたらしくて、その影響じゃないんですかね?」
と言う。
「交通事故ですか?」
「いえ。交通事故ではありません。ちょっと霊関係のトラブルなんですよ。他では言わないで欲しいのですが、今回は姉を含めて、私の把握している範囲で霊能者が10人ほどやられてしまいました。亡くなった人もあります」
「とんでもない悪霊か何かですか?」
「そんな感じです。でもこれ色々微妙な問題が関わるので、あくまで内密に」
「分かりました」
「その悪霊は今どうなっているんですか?」
とヤコが訊く。
「処理が終わりました。日本で最強の霊能者の人と姉とのコンビで何とか処理できたんですけど、その人も姉も重傷です」
「わぁ・・・」
「その問題自体は闇から闇の中へ」
「それがいいんでしょうね」
昨夜天津子と情報交換したのだが、東京駅で羽衣が千里姉の全パワーを借りて倒した“奇術師”(?)レフ・クロガーの素性はどうもハッキリしないらしい。昨年アメリカ国内のホテルでショーをしていた所をテレビ局関係者が見つけ、番組に出演させて突然話題になったらしいが、アメリカ国内で情報を集積しているいくつかのサイトでは、クロガーのそれ以前の経歴を知る人が全くいないので、外国人ではという憶測なども出ていたらしい。
『モールス』あるいは『ぼくのエリ〜200歳の少女』(どちらも同じ原作の映画化)などという映画もあったが、襲う対象をうまく選べば、吸血鬼は意外に発覚しないまま闇の中で生きていけるのかも知れない。ただ「普通の」吸血鬼にしてはクロガーはあまりにも強すぎた。ひょっとしたら数年に一度どこかでこの世の「ほころび」を通って漏れてくる邪悪な魂に支配された存在だったのかも知れないと羽衣は言っていたという。
17時頃、川崎ゆりこの運転する車に乗ってアクアが青山ヒルズに到着する。ゆりこも4月以降、かなりアクアのマネージングに駆り出されているようである。他には吉田和紗もゴールデンウィークのツアー以降、沢村さんを助けてアクアのサブマネージャーのような仕事をしているが「忙しい!」と言っていた。コスモス社長は彼女には、苦労を掛けたから来年にはデビューさせてあげるからねと言っているらしい。芸名も桜木ワルツと決まった。彼女も運転免許は持っているものの、さすがにまだ若葉マークの和紗が運転する車にアクアを乗せる訳にはいかないので、今日のドライバーは川崎ゆりこであった。
ゆりこは昨年は1年間に5万kmを走っており、結局2015年6月に東名で起こしたフェード現象による事故以降はほぼ無事故である。コスモスや紅川さんの信頼もあついようである。
18:00の時報とともに、エレメントガードの伴奏が始まり、アクアが今日発売されたCDの曲をいづれもショートバージョンで歌った。背景にはPVのアニメが流されている。
演奏が終わって、18:05くらいからコスモスにより、今回の歌の趣旨や説明などが行われた。その後質疑応答に入る。
「『ビキニの憧れ』ですが、PVに出てきた女の子がアクアさんに似ている気がしたのですが、アクアさんがビキニになっている訳ではないですよね?」
「お配りした歌詞を見て頂ければ分かると思いますが、ボクはビキニの女の子に憧れて見ている側です」
とアクアは笑顔で答える。
「1日に発売された写真集も見ましたが、アクアさん、ビキニを付けても物凄く可愛いのですが」
「あれはうまく乗せられて着てしまいましたが、個人的にビキニを着る趣味はありません」
とアクアは笑顔で答えている。
「ビキニの水着は個人では持っておられないんですか?」
「持っていなかったのですが、写真集が少しフライングで月末あたりから一部の書店に並んで以来、かなり私の所にファンの方から、ビキニの水着が送られてきています」
「その水着はどうなさるんですか?」
「いつものように、全国の福祉施設などに寄付させて頂くことになると思います」
「ご自分では着ないんですね?」
「ええ、一応ボクは男の子なので」
「『サンダーボルト〜青天の霹靂(へきれき)』ですが、雷に撃たれたような衝撃だと言って描写しているシーンが物凄くリアルなんですが、これはどなたか実際に雷に撃たれた方のお話とか聞いたのでしょうか」
という質問もある。
「姉の醍醐春海は実は、この4月に本当に雷に撃たれたんですよ」
と青葉は厳しい顔で答える。
記者たちが物凄く騒ぐ。
「傘を差していた所に落雷して、傘は燃えたのですが、姉は無傷で、一時的には意識を失ったものの、病院に運ばれて1時間ほどで意識を回復しました。その後丸一日検査されましたが、全く異常はないとのことでした」
と言いつつ、実際にはかなり脳内に異常があるよなあと青葉は思う。
「今日、醍醐さんがご欠席なのも、その影響ですか?」
「いえ、今回欠席になったのは、ちょうどバスケット女子日本代表の合宿をしている最中だったためです。ただ実際には姉は今回は日本代表から漏れてしまいました。やはり落雷の影響がプレイに出ているようで」
と青葉は言っておく。昨日の事故のことは、こういう場では言えない。
「やはり雷に撃たれたりしたら、色々影響が出るんでしょうね」
「はい。物忘れとかが酷いと言っていました。徐々に回復していくとは思いますが。でも自分が雷に撃たれたのを早速ネタにして、こういう曲を書いてしまう醍醐は、さすがプロ根性だと思いました」
と青葉が言うと、記者席には笑いが起きていた。
質疑応答は制作準備中のアクア主演の映画のことまで含めて1時間ほど続いたが、テレビの番組で生放送されたのは最初の15分ほどであったようだ。千里が落雷に遭った話なども生放送では流れていない(翌日のワイドショーなどでは取り上げられていた)。
記者会見が終わった後、アクアはいくつかの雑誌から引き続き取材を受けていた。そちらはコスモスたちに任せて青葉は20:12東京発の《はくたか577》で高岡に帰還した。
青葉はその週の土曜日、7月8日にはK大学と富山市のT大学との合同記録会があったものの、これはパスして!7月7日金曜日の授業が終わった後、今日の車の運転は明日香にお願いして、自身は金沢駅から新幹線に乗り東京に出た。疲れがたまっているので、新幹線の中ではひたすら眠っていた。
7月8-9日はアクアの夏休みのツアーや、冬に公開する映画の主題歌などに関する打合せをした。出席者は、プロデューサーの青葉、ディレクターの和泉、それにコスモス社長、三田原課長、映画の制作責任者さん、ツアーを主宰する★★クリエイティブの担当者である。
青葉は★★レコード系の打合せではやたらと人数が増える傾向があるが、TKRの場合はごく少数で突っ込んだ話をすることが多いなと思った。
今回の打合せでは、やはりアクアが昨年のサマフェスで倒れた問題があるので、いかにアクアを休ませるかというので、映画制作側とツアー側との意思統一を図った。昨年の場合は、映画関係者とライブ担当者がバラバラで動いていてそのしわ寄せがアクア本人に来てしまったという反省もあった。今回は映画の制作者側も協力的であった。
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