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■春雷(2)

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6月17-18日(土日)はアクアの音源の仕上がり確認と、PVの制作状況を見にまた東京に出ていく。この月は移動距離が凄いことになっていた。
 
「青葉ちゃん、いっそ首都圏の大学に転籍したら?」
「それやると、大学に全く通えないほど忙しくなりそうな気もします」
「ああ、あり得る」
 
6月24日は北陸地区国立大学総合体育大会であったが、これは高岡総合プールで自宅の近くなので金沢での大会より楽だった。
 
そして7月1-2日はまた名古屋まで往復してきて日本ガイシアリーナで中部学生選手権に出た。青葉たちK大水泳部女子は2位になり、インカレに団体出場することができることになった(1位は名古屋C大学の290点)。青葉は400m,800mの自由形および400メドレーで優勝、200メドレーでも3位で、合計76点、更に女子400リレーで2位、800リレーと400メドレーリレーで優勝で合計114点ということで、総得点279点の実に3分の2に関わっている。
 
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青葉以外で得点を積み上げてくれたのは、杏梨が400mの3位(16)+200m9位(8)の24点、部長の香奈恵も200m平泳ぎ6位(13)+100m平泳ぎ12位(5)で18点、そして1年生の希美が400メドレー7位(12)+200平泳ぎ優勝(20)・100平泳ぎ4位(15)で47点で、実はこの4人で点数をほとんど稼いでいるのである。
 

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名古屋まで往復して来たばかりなのに青葉は7月4日にはまた東京に出て行く。
 
アクアのCDが7月5日(水)に発売されるので、その発売記者会見に出るのが主目的である。その前に4日午後から少し打合せしようということだったので、青葉は大学は休んで朝から新幹線に乗って東京に出てくることにした。
 
打合せは午後からなので、お昼は彪志と一緒に東京駅付近で食べようということで連絡しておいた。彪志はこの日は日曜日に出勤した代休になっていた。
 
ところが新幹線に乗って軽井沢を過ぎたあたりから、急に自分の体力が奪われる感覚があった。これはお互いにパワーを融通しあえることにしている、天津子か菊枝が使っているものと思ったが、事前連絡が無かったのを不思議に思う。連絡もできないほどの緊急事態が起きているのか。
 
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青葉は自分のパワーが奪われるので、千里からも融通してもらうが、その千里から「何かあったの?」とメールがあった。それで「天津子ちゃんか菊枝さんが使っているんだと思う」と返信しておいた。
 

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列車は11:40到着予定だったのだが、途中信号故障とかで遅れて12:00少し前に東京駅に到着した。青葉は東京駅に降りた時、何か変な感覚があった。
 
『なんだろう?これ』
と思うが、青葉にはその感覚の正体が分からない。しかし後ろにいる雪娘と蜻蛉が物凄い警戒態勢になっている。海坊主が
 
『おい、青葉、悪いこといわない。この駅はまずい。次の新幹線で大宮でもいいから待避しろ』
と言う。
 
『えー!?そういう訳にもいかないよ』
と言い、彪志を探す。それで彪志とスマホで連絡を取りながら何とか落ち合う。しかし海坊主の忠告に従い、お昼は東京駅ではなく新宿駅で取ることにして、中央線ホームに移動しようとした。
 
ところが移動中に物凄い爆発音を聞く。
 
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「何?何?」
 
そしてそのすぐ後、今度は物凄い発光現象があった。
 

「何なの〜?」
と青葉が思わず声を挙げると、後ろに居る《姫様》が
 
『今爆発音のあった近くで、千里が死んだ』
と言う。
 
「うっそー!?」
と声を挙げ、青葉は彪志を誘って、そちらのホームに駆けていく。
 
それでエスカレーターを駆け上がった時、目の前に天津子がいるのを見る。
 
「青葉! どうしよう。千里さん死んじゃったよ!!」
と天津子が言った。
 
青葉は千里の傍に寄る。見ると確かに青葉の目にも千里は絶命しているように見えた。しかし青葉は思い出した。千里は以前言っていた。
 
「私よく心臓が停まっているけど、すぐ再起動できるから」
「心臓の再稼働ってどうやるの?」
「足を動かせば心臓も動くよ。手くらいじゃダメ。足が良い」
 
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「千里、実は君は死んでいるのでは?」
と桃香が言った。
「あまり生きている自信無ーい」
などと千里は答えていた。
 
「でも桃香、私が死んでるように見えたら、足を数回動かしてみてよ。それでたぶん蘇生するから」
と千里が桃香に言っていた。
 

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青葉は千里の右足をしっかり持つと激しく数回動かした。
 
すると千里はパチリと目を開け、むっくと起き上がった。死んだと思っていた千里が起き上がったので天津子が「きゃっ」と声をあげる。
 
そして千里は立ち上がると、少し離れたホームの所に人だかりがしている所に走って行った。千里がいきなり飛び降りるので、青葉は自殺!?と焦って近寄る。すると千里は線路に落ちていた30歳くらいの男性を抱え上げ、隣の線路に待避した。その直後に電車が入って来て、今千里たちの居た所を通過する。
 
青葉は、ちー姉、なんて無茶するんだ!?と思った。ほんの少しでもタイミングが遅れていたらちー姉も一緒に電車に、はねられていた。
 

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青葉は、そして彪志と天津子も反対側のホームに駆けていく。
 
千里は既に倒れていた男性をホームに居た人の協力で上にあげ、自分もあがっていた。
 
「ちー姉、大丈夫?」
と青葉は声を掛ける。
 
「平気平気」
と千里は言うが・・・青葉は千里を見て、全然大丈夫じゃない!と思った。そもそもオーラがほとんど無い。これではまるで霊感の無い人間である。
 
「ちー姉、私の後ろに居る雪娘が見えるよね?」
「雪娘?何かお菓子の名前?」
「・・・・ゆう姫は見えるよね?」
「何のこと?」
 
千里はとぼけているのではなく、どうも本当に見えないようだし、本当に雪娘とか、ゆう姫の名前を忘れているように青葉は感じた。
 

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その時、その《ゆう姫》が青葉に言った。
 
『この子、巫女の力を失っている』
『え〜〜!?』
『そもそもよく蘇生したものだ』
『どうも羽衣さんが千里姉の力を借りたらしいのですが、その時、力を持っていきすぎたみたいで』
『完全放電している。今は霊感のかけらも無い』
 
それで青葉はおそるおそる訊く。
『姫様、千里姉のパワーはどのくらいで回復しますか?』
 
青葉のその問いに対して《ゆう姫》は答えた。
 
『青葉、ショックかも知れないが良くお聞き。この力の喪失は不可逆だよ。もうこの子は霊的な力を行使することは今後無いだろう。この子は仮死状態じゃなくて本当に死んでいた。青葉が蘇生させただけでも奇跡なんだよ』
 
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青葉はその言葉を聞いて青ざめてしまった。
 

千里姉は助けた男性と電話番号だけ交換していた。駅の職員さんが色々聞きたいのでと言ったものの、千里は
 
「試合があるので急いでいるので」
と言って、名刺を助役さんに渡したまま、山手線の方に急ぐ。青葉と彪志も頷き合い、千里の後を追った。天津子は師匠が心配なのであとで連絡すると言っていた。羽衣さんもかなりの重傷らしい。
 
それで赤羽駅まで来て、千里は走って行こうとしたが、青葉が停め、駅前に停まっていたタクシーに乗り、一緒にナショナル・トレーニング・センターまで行く。青葉はタクシーの中から秋風コスモスに連絡し、姉の醍醐春海が事故に遭い、それに付いていたいので、打合せは夕方くらいにしてもらえないかと連絡した。コスモスも事故というので驚き、詳細が分かったら連絡してと言っていた。
 
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ナショナル・トレーニング・センターは本来は部外者は入れないのだが、選手の親族ということで、やや無理に中に入れてもらった。それで千里は練習場に走って行ったものの、集合時間に遅れてしまったようで、かなり叱られていた。
 
さっき千里も言っていたように今日は試合の予定があったらしい。
 
それで青葉たちはアメリカの女子大生チームとの練習試合を観戦したのだが、千里は精彩を欠いていた、というより、ほとんどまともなプレイができない状態だった。ドリブルは失敗するし、スティールされるし、得意のスリーが全く入らない。
 
それですぐにベンチに下げられる。そして試合終了後、代表落ちを宣告された。
 

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「ちー姉、アパートまで送って行くよ」
と青葉は、さすがに意気消沈しているふうの千里に声を掛けた。
 
一緒に合宿所の部屋の荷物の片付けを手伝う。重い物などは彪志に持ってもらい駐車場に駐めているミラとの間を3往復くらいして荷物を片付け、簡単に掃除もして退出する。鍵を事務室に返却する。
 
千里が合宿所の玄関をじっと見ていたので青葉は声を掛けた。
 
「今年はダメかも知れないけど、来年の代表活動はたぶん年末くらいからでしょう?基礎トレーニングとかして、身体を鍛え直そうよ」
 
たぶん・・・霊的な力の回復には時間が掛かっても千里姉の鍛え抜かれた肉体は比較的短時間で運動能力を回復するのではと青葉は思ったのである。それにしても2年くらいは掛かるかも、という気はした。東京五輪に間に合うかどうかくらいかなとは思ったが、取り敢えず年末くらいというのを提示してみたのである。
 
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千里は
「ありがとう」
と青葉に言うと、一緒に経堂の桃香のアパートまで行った。
 
その上で、彪志に買物その他を頼んで!青葉は小田急で新宿まで出て、JRに乗り換えて信濃町まで行った。§§ミュージックの事務所で秋風コスモス社長に遅くなったお詫びをする。
 
「醍醐先生、どういう事故に遭われたんですか?」
とコスモスが心配そうに訊く。
 
「詳細は言えないのですが、一時的に心臓が停まったんですよ」
「え〜〜〜!?」
「取り敢えずしばらく安静にしておこうということで、入院まではしていないのですが、日本代表からもしばらく外れて静養しようということになったようで」
 
と青葉は状況をできるだけソフトに説明した。
 
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「ひょっとしたら作曲活動とかにも影響が出る可能性もあります」
「わぁ」
 
コスモスはお大事にしてくださいと言って、お見舞いまで言付かった。
 

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その日は夜10時くらいまで打合せ、その時青葉はアクアの新しいマネージャーが決まりそうだという話を聞いた。
 
「へー。それは良かったですね。どういう人なんですか?」
「以前演歌歌手のマネージャーをなさっていて、音楽業界には久しぶりの復帰らしいんですけどね。でもアクアのことはよく理解して下さっているようで」
「へー」
 
アクアをよく理解って、時々「理解しすぎ」の人がいるけど、そちらは大丈夫かな?と少し不安になった。
 
青葉は鱒渕さんの様子も聞いたのだが、やはり身体全体の機能が低下していて危険な状態が続いているということだった。青葉は明日、午後にでもお見舞いしたいと言っておいた。
 

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青葉はその日はやはり心配だったので、経堂の桃香のアパートに行った。ここは2DKに限り無く近い1Kである。台所の広さもDKと呼ぶには僅かに面積が足りないらしいし、居室も本来2部屋にするつもりが狭い部屋2個より広い部屋1個の方が価値が出るのではということで、建てた後で1部屋にしてしまったらしい。それで1室なのだが、まるで2室のような作りになっている。
 
ここの奥の部屋(?)の方にベビー布団が敷かれていてそこに早月が寝ており、その隣に桃香は寝ている。千里が泊まり込む時は、大抵手前の部屋(?)に敷いた布団で寝ているらしい。今日は彪志は千里の状態を心配してずっと付いていてくれた。この日の千里は、桃香から見てもかなりおかしかったのだが、桃香は4月の落雷以降、千里はずっとおかしかったと言う。取り敢えずしばらくはゆっくり休むといいと言ったのだが、結局23時頃、用賀のアパートで寝ると言って帰っていった。青葉と彪志は千里を用賀まで送って行ってから、東急で渋谷に出、JRに乗り換えて大宮に戻った。
 
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