[携帯Top] [文字サイズ]
■春雷(9)
[*
前p 0
目次 #
次p]
(C)Eriko Kawaguchi 2017-11-04
17時にひとつ前のザルツィッヒ・ザッハトルテ(しょっぱいケーキという意味)の演奏が終わり、機材が片付けられる。マリは詩津紅や美耶とおしゃべりしているが、ケイは簡易ベッドに横になって寝ている。直前に起こしてと言っていたようである。今年はローズ+リリーは毎回参加していた横須賀のサマー・ロックフェスティバルにも参加しない。夏フェスはこの苗場のみだが、本当はこの苗場でさえ欠席したい気分だったろう。
やがて17:40になり、風花がケイを起こす。トイレに行って来てメイクを直す。目を瞑って集中している。1分前、青葉も含めて伴奏者がステージに上がっていく。物凄い歓声が沸き上がる。17:54ジャストにケイとマリがステージに姿を現す。ひときわ歓声が高くなる。酒向さんのドラムスが打たれて伴奏が始まり、最初の曲『夜ノ始まり』を演奏した。
17:54から演奏が始まるのはこの日の日没に合わせたものであるが、こんなに雨が降っているのでは、日没も何もあったものではない。しかしそれでもローズ+リリーに特別な配慮をしてもらったことに敬意を表して、きちんと17:54に始めた。
今日のライブでは、年末年始ツアーの時より、やや簡易化されたアレンジを使用していて、参加人数も少し減らしてある。今回青葉が担当した楽器は龍笛とアルトサックスのみである(年末のツアーでは篠笛とフルートも吹いた)。龍笛は屋外で雨になりそうだったのもありサブの花梨製のを持って来ている。メインの花梨製(曾祖母の形見)のを吹くと、超常現象(?)が起きやすいので、それを防ぐ意味もある。
それでも『神秘の里』を演奏中には近隣の(?)龍が2体やってきて上空を舞っていた。観客の中に上空を見ている人がけっこういるので、みんな何か来ていると感じ取っているのだろう。
ピカッと稲光がしたものの、その雷を、上空に居た龍が蹴散らしてしまった!それで雷の光は途中で曲がって、山のかなり上の方に落ちた。あの瞬間をもし誰かが撮影していたら、ちょっと信じられないようなものが写っていたかも知れない。
やがて9曲目の『ピンザンティン』をみんなお玉を振って歌い、ラストの『あの夏の日』はマリとケイだけで演奏して、1時間のライブを終えた。ケイが弾くピアノの音の余韻が消えたのが18:54ジャストで、それと同時に割れるような拍手が4万人の大観衆から送られる。ふたりはステージ最前面に立って、何度も何度もお辞儀をしていた。
次の演奏者がいるので、全員で協力して楽器の撤収をする。5分でステージ上からの撤収を終える。ケイのエルグランドと近藤さんのヴェルファイアを持って来ているので、それに楽器や機材を積み込む。矢鳴さんと風花が運転して出発した(風花はローズ+リリーの演奏には参加していない)。ふたりはそのまま越後湯沢までこの車を持っていく。近藤さんと鷹野さんが助手席に乗った。氷川さんが運転するプリウスαにケイとマリ、ケイの従姉2人と従姪の七美花が乗り込み出発する。助手席には七星さんが乗っている。
他のメンバーはこのまま徹夜したい人(ケイの伯母の風帆など)を除いて駐車場まで歩いて行く。佐良さんが運転するバスで帰ることにする。補助席まで出すと、乗車希望の人は全員乗る計算だったが、実際
「あと2人乗車可能だね」
という状態であった。
「2人まだ来ていない人がいたりして」
「まあ今夜帰りたければあと少しはシャトルバスも運行されるし」
ということでバスは出発し、雨がかなり激しくなってきたこともあり、少し時間が掛かって、21時頃にやっと越後湯沢に到着した。
みんなはホテルまで行くのだが、青葉だけは越後湯沢駅で降ろしてもらい新幹線に乗った。
越後湯沢22:24 (Maxとき350) 22:49高崎23:02 (あさま631) 23:53長野
そして予約していた長野駅前のホテルに泊まる。そして朝一番の金沢行き新幹線に乗り込む。
長野611 (はくたか591) 7:38金沢7:48 (路線バス) 8:23K大学中央
大学の授業(今日は期末試験)は8:50からなので、これで間に合うのである。青葉は昨夜の新幹線ではひたすら寝ていた(高崎での乗り換えは雪娘に起こしてもらった)ものの、今朝は長野から金沢までずっとノートを読んで試験に備えていた。
期末試験は4時限目(16:00終了)まで、みっちりあり、青葉は一時的に放電状態になって、理系キャンパスと文系キャンパスの間に架かっている連絡橋の所でぼーっとして遙か下にある池を眺めていた。
声を掛けられる。
「青葉ちゃん、自殺するつもりじゃないよね?」
声を掛けてきたのは、奥村君である。
「うん。大丈夫。今放電中」
と笑顔で答えてから奥村君に言う。
「でも今日は可愛い服着てきたね」
「こういう服を着た方が気合いが入るんだよね〜」
と奥村君は答える。
「うん。そういうこと言う人は割と多い」
「今日の試験は小論文みたいなのばかりで疲れた」
「そういうのは脳が一時的に過労状態になるよね〜」
それで2人でボーっとした状態のまま話していたら
「お前ら心中とかじゃないよな?」
という声が掛かる。
ああ、女の子2人、橋の上でぼーっとしてたら、声を掛けたくなるかもねと青葉は思った。
しかし声を掛けたのは吉田君である。
「まさか。まだ30年くらいは死ぬつもりはない」
と青葉。
「30年と言わず80年くらい生きなよ」
と奥村君が言う。
「私あまり長くは生きられない気がするんだよね」
と青葉は言う。ずっと小さい頃、美鳳から青葉の寿命は50歳くらいと言われたことがあるのである。ただしそれは青葉が『ふつうでない生き方』を選択した結果であり、あの時に青葉が『ふつうの人生』を選んでいたら13歳で死んでいたと言われた。それは多分震災で死んでいたのだろうと青葉は思っている。
「だったら、川上、俺がお前に新しい予言をしてやる」
と吉田君は言った。
「川上は73歳まで生きる」
青葉は彼が80歳とか90歳とかいう《切りのいい数字》ではなく、妙に細かい73という数字を言ったことで、青葉はその数字を信じていいような気がした。そうだよね。未来なんて変わるもんだし。
「じゃ73歳まで頑張ろうかな」
「ああ。頑張れ」
「だけどまだ明るい内で良かったよ」
と吉田君は言った。
「何か?」
「お前たち知らない?この橋に夕方のいわゆる逢魔が時に、ここから身投げして死んだ学生の幽霊が出るという話」
「ここで死んだの!?」
「そういう噂は聞いた」
「だってここそんなに古くないでしょ?」
「金沢城から引っ越して20年くらいじゃないかなあ」
「自殺者が出てるんだ?」
「自殺する学生は毎年いると思うけど」
「ここから飛び降りて?」
「そのあたりはよく分からん」
その時、奥村君が言った。
「だけど日が落ちてからはこの橋通るのけっこう怖いことあるよ。人も少なくて寂しいしさ」
「ああ、女だと襲われるかもという怖さあるだろうな」
と吉田君。
「それはちょっとあるけど、それとは別の怖さという気がするよ」
と奥村君。
「私は怖いと思ったことないけど」
と青葉が言うと
「川上は強いから、大丈夫だろ。川上は迷ってる幽霊なんて成仏させちゃうだろうし、痴漢とかに遭っても撃退するだろうし」
と吉田君は言う。
その時、唐突に青葉は思いついた。
「ね、ハルちゃん、吉田君、今夜、真夜中に時間ある?」
「真夜中って?」
「深夜・・・2時頃」
「そんな時間に何するの?」
「ドライブ。2時間くらいかな」
「なぜそんな夜中に」
「実は・・・」
といって、青葉は先日放送局から“タクシーただ乗り幽霊”のことで調査依頼されたことを話した。
「放送局の車で昼間走ってもらったんだけど、私何も感じなかったのよね。今考えてみると、あれは悪条件が3つ重なっていたと思う。深夜ではなく昼間だったこと、番組に使うかもということで撮影していたこと、そして私自身が強すぎたこと」
青葉は以前呉羽ヒロミの身体の状態について、自分が傍に居ない状況で調べてもらい、やっと真相が分かったことがあることを思い出していた。青葉自身が強すぎるので、青葉がいることで現象が現れにくくなることがある。また、青葉は怖いと思わなくても、普通の人なら怖いと思うものもあるかも知れない。
「だったら俺たち何するの?」
「深夜に吉田君の運転で、ハルちゃんが後部座席に乗って、城北大通りを往復してもらえないかな。それで特にハルちゃんが少しでも変な感じのした場所を記録して欲しいのよ」
「俺はいいけど」
「ボクもいいよ」
「だけど夜中に場所を記録するのは難しいよ。外の様子よく分からないし」
「時刻を記録すればいい。他に信号で停まった時の時刻も記録する。そうすれば後で比例計算すると場所は分かる」
「なるほど!」
「川上はどこにいるの?」
「私はどちらかの端で待機してるよ」
「車は?」
「私が高岡からアクアを運転してくる。それでふたりを各々のアパートで拾えばいいよね?」
「ボクは森本だけど大丈夫?」
「住所教えてもらえばナビで辿り着く」
「俺のアパートは覚えてる?」
「覚えてる」
「それなら俺のアパートと奥村のアパートの間の移動で既に現場を通れたりして」
「そうかも」
「だったら、良かったら奥村、俺のアパートに来てない?襲ったりしないからさ。川上は城北大通りじゃなくて、山環通ってくるだろ?」
「うん。そうなると思う」
「それで川上は俺のアパートで待機していて、俺と奥村が城北大通りを往復してくる」
「なるほどー」
「ボクは吉田君のことは信頼しているから大丈夫だよ」
それで結局、青葉が夜中1時半頃、吉田君のアパートに行くことにした。青葉はいったん明日香たちと一緒にアクアで高岡に戻り、夜中高岡からそのアクアを運転して金沢市内の吉田君のアパートに行くことにする。
その日、金沢から高岡へのアクアでの移動では、青葉が苗場との往復で疲れているので明日香が運転してくれた。
「ごめんねー。朝も運転してもらったのに」
「平気平気。最近は美由紀も騒がないし」
と明日香。
「最近は明日香もだいぶうまくなったよ」
と美由紀。
明日香は既に若葉マークも卒業している。
「そうだ。今夜アクアを使うから、念のためカナショクに寄って給油したいんだけど、いい?」
と青葉が言った。カナショクというのは、金沢近辺にいくつか支店のある、激安給油所である。
「OKOK」
と言って、明日香は山環の東長江ICを降りてS大学のそばを通り、城北大通りとN字状に“変則交差”して国道8号線に出る。少し走って、カナショク東店に入った。青葉が給油して満タンにした。
車は再び明日香の運転で津幡バイパス・津幡北バイパスを通って高岡市に向かう。
「でも今夜使うって、どこか遠出するの?」
「ううん。夜中にちょっと金沢市内で幽霊探し」
「幽霊〜〜!?」
それで結局、青葉はタクシーただ乗り幽霊のことを話すことになる。
「面白そう!」
とみんな言っている。
「私もタクシーただ乗り幽霊見たーい」
という声もあるが、
「美由紀は霊感ゼロだから無理だな」
などと言われている。
「じゃ私は吉田の家でおやつ食べて待ってるよ」
と美由紀。
「だったら私が、明日香が運転する時の記録係をしよう」
などと世梨奈は言っている。
そういう訳で、結局、夜0時すぎに青葉がアクアで美由紀・世梨奈・明日香を拾い、金沢市内の吉田君のアパートまで行くことにした。それで最初は吉田君がアクアを運転して後部座席の奥村君が記録係、2度目は明日香が運転して、世梨奈が後部座席に乗って記録係をするという話がまとまってしまう。青葉は車内から吉田君に電話してそのことを伝えた。
「いいけど、俺の部屋散らかってるし、ヌードの載った雑誌とかも転がっているけど」
「ああ、そんなの気にする子はいないから大丈夫」
[*
前p 0
目次 #
次p]
春雷(9)