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■春暁(11)

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2020年1月、氷川はローズ+リリーのアルバム『十二月』の来月発売に向けて、大量の作業をこなしていた。夜遅くまで会社で仕事をしていた時、氷川は急に吐き気を覚え、(女子)トイレに駆け込んだ。
 
ちょうど男子トイレから出て来た八雲礼朗(礼江)が彼女を見て心配し、女子トイレの中に入って声を掛けた。
 
この時点でまだ残っていたのが礼朗(礼江)と真友子の2人だけだったので、自分に彼女を保護する責任があると考えたのである。実際こういうケースで放置して帰ってしまえば保護責任者遺棄罪になる(泥酔して倒れている友人を見捨てて帰った後、友人が死亡したようなケースと同様)。
 
「まゆちゃん、大丈夫?」
とちゃんと女声で声を掛ける。
 
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「うん。大丈夫と思う。のりちゃん、ありがとう」
 
しかし、礼朗(礼江)は、真友子が個室から出てくるまで待っていてくれた。
 
「のりちゃん、ちゃんと女子トイレに入れるじゃん。その勇気がないみたいによく言ってるくせに」
と真友子は言った。
 
「まあ会社の外では女子トイレに入ることが多いし」
「中途半端だなあ。ちゃんと加藤部長に女になりました。明日からは女の格好で勤務します、と言えばいいのに」
「ごめん。勇気が無い」
と礼朗(礼江)は言った上で
 
「でもほんとに大丈夫?過労じゃない?何か手伝えることがあったら手伝うよ」
と言う。
 
「まあ過労はあるかもね」
と言いながら、結局礼朗(礼江)に、営業のためのメール書きを少し手伝ってもらうことにした。
 
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「せっかく助手の光恵ちゃんもいるんだから、どんどん彼女を使えばいいのに」
「嫁入り前の娘を深夜まで作業させるのが気の毒で」
「まゆちゃんだって、嫁入り前の娘なのに」
と礼朗(礼江)が言った時、真友子は急に自分の置かれた立場が悲しくなり、泣き出してしまった。
 
「どうしたの?」
と礼朗(礼江)は慌てて、真友子の背中を撫でてあげた。しかし真友子は涙が停まらなくなり、結局礼朗(礼江)にハグされて、やっと涙が止まる。
 

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「やっぱり疲れているんだよ。今日はもう帰りなよ」
と礼朗(礼江)は言った。
 
「そうしようかな」
 
「送っていくよ」
「お願いしようかな」
 
それで礼朗(礼江)は真友子と一緒に戸締まりをしてからオフィスを出る。地下の駐車場まで一緒にエレベータで降りる。
 
礼朗(礼江)がフォルクスワーゲン・ポロ (TSI Highline 1197cc flash-red 7AT)の後部座席を開けて勧めるので、真友子は後部座席左側(助手席の後)に乗り込んだ。
 
「やはり、のりちゃん女の子だから、赤い車だよね」
「これ買った時、加藤さんから『赤なの?』と渋い顔で言われたんだけど、担当するアーティストが女性が多いから、この方がいいでしょうと言ったら納得してくれたよ」
 
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「確かに、のりちゃん、男性のアーティストは担当したことないもんね」
「初期の頃はあったけど、もう7−8年担当してないと思う」
 
それで真友子も、この子ならいいかなと思ったので、川崎市内の自宅マンション前まで送ってもらった。ここは新丸子駅の近くで、東急東横線(約20分)で渋谷に出れば、★★レコードのある表参道は地下鉄で1駅だし、ケイたちが住んでいる恵比寿もJRで1駅である。新丸子のすぐ隣が武蔵小杉だから、東横線が止まっている時も500mほど離れた武蔵小杉駅まで行けば何とかなる。そして便利なわりにここは家賃相場が低い。
 
そういう訳で、ここはローズ+リリーの仕事をするにはとても便利な場所である。真友子はケイたちが2014年春に恵比寿に引っ越したのに合わせて、2014年夏にここの賃貸マンション(家賃7万)に引っ越した(それまでは八王子の実家から通勤していたが、仕事が遅くなり2時とか3時に帰宅すると親から文句を言われていた)。
 
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それでマンション前に停めてもらい、真友子はお礼を言って車を降りる。そして、エントランスの方に向かおうとしたのだが、途中で急に気分が悪くなって、座りこんでしまった。
 
車を発進させていた礼朗(礼江)がバックミラーで気付き、車を再度停止させて駆け寄ってくる。
 
「まゆちゃん、病院に連れて行くよ」
「大丈夫だと思う。休んでいれば平気」
「だったら部屋まで連れて行こう。ちょっと待って」
 
ちょうどマンションの向かいにTimesの駐車場があったので、礼朗(礼江)はそこに車を入れて駐める。そして真友子に付き添って、部屋まで行った。正直、真友子も自分ひとりでちゃんと部屋まで行けるか不安を感じたので、心強く感じた。
 
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礼朗(礼江)は真友子がベッドにたどりつくまで見守ってくれた。
 
「1時間くらい付いてるよ」
「でも遅いのに」
「急に具合が悪くなったらまずいし」
 
「だったら泊まっていく?女同士だし」
「そうしようかな」
 
と礼朗(礼江)は言ってから
 
「そうだ。下着だけでも交換した方がいいよ。私、部屋の外に出てるから」
と言った。
 
「そうだね」
と言って、真友子は立ち上がろうとしたか、立てずにまたベッドに座り込んでしまう。
 
「やはり病院に行ったほうがよくない?」
「大丈夫。悪いけど、リビングにある引出しから、適当な下着持って来てくれない?」
「分かった」
 
男性の友人にはこんなこと頼めないが、のりちゃんは女の子だからいいよね、と真友子は思った。
 
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礼朗(礼江)はすぐに、パンティとキャミソール、それにパジャマの上下を持ってきてくれた。
 
「パンティはできるだけ布面積の多そうなの持って来た。身体を冷やさないように。それとブラジャーは締め付けるからつけないほうがいいよね?」
 
この人、なんて細かい所に気が回るんだろうと真友子は思った。布面積のことまで考えてくれるって凄い、と思ってから、この人が女性アーティストに信頼される所以(ゆえん)の一端が分かった気もした。
 
「じゅ部屋の外に出てるね。何かあったら呼んで。私今夜はリビングで休ませてもらうよ」
 
「あ、だったらそこに畳んである毛布と掛け布団を持ってって。あと暖房を掛けておいて」
 
「OKOK」
 
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それで礼朗(礼江)は毛布と布団を持って出て行った。
 

真友子は服を脱ぐと、持って来てもらったパンティとキャミソールを身につけ、パジャマの上下を着て、布団の中に潜り込んだ。やはり疲れが溜まっているのだろう。真友子はすぐに眠ってしまった。
 
ふと目が覚める。スマホを見ると4時である。会社を出たのが確か2時過ぎだったから、30分でここに着いたとして1時間半くらい寝たようである。真友子はトイレに行ってからまた寝ようと思った。
 
リビングに行くと、、礼朗(礼江)がソファの上で毛布と布団をかぶって寝ていた。後でよくよく御礼を言わなきゃと思う。トイレに行ってから、部屋に戻ろうとした時、礼朗(礼江)が目を覚ましたようである。
 
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「まゆちゃん、大丈夫?」
「うん。少し寝たらだいぶ調子良くなった」
「まゆちゃんいつも一所懸命だからなあ。たまにはサボったりした方がいいよ」
「そのことばはそのままのりちゃんに返す」
「ふふ。お休み」
「お休み」
 
それで真友子は寝室に行こうとしたのだが、寝室の入口でまた座り込んでしまった。礼朗(礼江)が飛び起きて駆け寄ってくる。
 
「やばいよ、病院行こうよ。それとも救急車呼ぼうか?」
 
「ごめーん。本当に大丈夫だから。実は妊娠しているだけなの。だから平気。これつわりの症状だと思う」
 
「妊娠してるの?妊婦が深夜まで仕事したらダメだよ」
 
「だって、私課長だし」
「そんなの奥山さんたちもいるし、私たちもいるんだから、どんどん仕事を投げればいい」
 
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現在制作部のJPOP部門は、氷川課長の下に、奥山・佐々木という2人の上級係長、そして八重垣虎夫(FTM)・八雲礼江(MTF?MTX?)・福本深春(天然女性)という3人の係長がいる。この他に、制作部次長の南さんや制作部長付の森元さんもバックアップ可能である。
 

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「加藤さんには話した?」
「まだ」
 
「あれ?だったら、まゆちゃん結婚するの?」
と礼朗(礼江)が尋ねた時、真友子は泣き出してしまった。
 
礼朗(礼江)はびっくりするが、取り敢えず真友子にベッドに行くように言い、結局、礼朗(礼江)が支えてあげて、真友子はベッドに寝た。
 
「実は、彼から結婚はできないと言われた。だからひとりで産むつもり」
 
「中絶という選択肢は無いんだ?」
 
「彼からは中絶してくれと言われるかと思ったけど、産んでいいみたいだし、出産費用とか、養育費も出すと言われてる。認知もすると言われているから、産もうと思う」
 
「そこまでしてくれるのに、どうして結婚しないの?」
 
と礼朗(礼江)は言ってから
 
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「もしかして不倫?」
と尋ねた。
 
「まだ不倫ではない。でも彼には他にも恋人がいて、そちらと結婚したいらしいのよ」
 
「向こうもまだ結婚してないのなら、妊娠もしてるんだし、こちらが強いよ。結婚してくれと言いなよ」
 

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「それが向こうの恋人も妊娠しているらしくて」
「あぁ」
 
「それに元々、私と彼は描く家庭像に隔たりがあるのよ。彼は奥さんにはいつも家に居てほしいと言うけど、私は仕事やめたくないし、仕事をしてたら深夜まで仕事したり、何日も家を不在にすることもあるし。だから折り合いがつかないからいったん別れたんだけど、その後、精神的にくたくたくになっている時期に偶然出会って、それで仲が復活してしまって」
 
と真友子が言ったとき、礼朗(礼江)は腕を組んで、難しい顔をした。
 
「ねえ、その相手って、まさかうちの兄貴?」
「どうして分かっちゃうの?」
と真友子は叫ぶように言った。
 
「だって以前付き合ってたじゃん」
「うん。あの時は別れたんだけとね」
「それに兄貴は今、高木佳南と付き合っているし」
「それも知っているんだ?」
 
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高木佳南は東郷誠一先生の娘で、女優をしている。八雲春朗は妊娠までさせておいて振るなんてことは、絶対にできない相手であった。結果的には真友子がその割を食った形になる。
 

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礼朗(礼江)はしばらく考えていたが、やがて言った。
 
「兄貴が認知するという話、断りなよ。兄貴が認知した子供をまゆちゃんが産んだら、まゆちゃん、高木佳南に睨まれて、この業界で仕事ができなくなっちゃうよ」
 
「そうかも知れない気はした。だから辞表書かないといけないかなと思った」
 
「まゆちゃんがいないと、ローズ+リリーが回らない。他に代われるような人はいないよ。ケイちゃんはいいとしてマリちゃんみたいな、とんでもない子を自由に活動させた上で、ちゃんと管理もできる人は他に居ない」
 
「それは申し訳無いんだけど」
 
そこまで会話した所で、礼朗(礼江)は決断したように言った。
 
「よし。兄貴の代わりにボクが認知する」
 
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「え〜〜〜〜!?」
と氷川真友子は叫んだ。
 

ローザ+リリンは2019/2020の年末年始多忙であった。多分本家のローズ+リリー以上に多忙であった。
 
「ローズ+リリーは福井県の小浜市(おばまし)市でカウントダウンライブするんじゃないの?ここに居ていいの?」
「大丈夫。私たち、福島県の小浜町(おばままち)でカランコロンランチしてきたから」
 
「カランコロンって何?」
「牡丹灯籠知らない?駒下駄の音をカランコロンとさせて」
 
本当に彼ら(彼女ら?)が福島の小浜に行ったのかどうかは定かでない。
 
「そういえば鈴鹿美里ちゃんたちの出身地も小浜(おばま)だったっけ?」
とマリナは近くに居た鈴鹿美里に振った。
 
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「すみません。よく読み間違われるんですが、あそこは“こはまじま”(小浜島)なんですよ」
と美里が答えた。
 
ヤマハが開発したリゾート“はいむるぶし”(現在は他社の運営)のある島で、20年ほど前にNHKのドラマ『ちゅらさん』で取り上げられたことから、多くの人に広く知られるようになった。
 
鈴鹿美里の両親は、予定日より2ヶ月も前に、友人に会いに小浜島を訪れていて深夜、急に産気づき、現地の診療所に看護婦さんが1人いたたけだったのに、その看護婦さんの励ましと、素人だが子供を5人も産んでいた友人のお母さんの誘導で、産気づいてからわずか5時間ほどで双子を産み落としたのである。ある意味超安産である。(出生時刻は 3:08と6:21 朝になるとすぐに石垣島に搬送され、2人の赤ちゃんは集中治療室に入れられた)
 
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ローザ+リリンの1月上旬の日程
 
1/01 1:00-1:30 東京パティオの24時間ライブで演奏。
1/01 AM リレー式年始番組。PM 新春クイズ番組に出演。
1/02 大阪の新春イベントでローズクォーツの演奏(30分)
1/03 遊園地で新人歌手の前座(前説?)で登場
1/04 AM 甲府で街頭募金 PM 糸魚川市で1日署長
1/05 宮崎県日向市でNHKのどじまん収録
1/06 PM 体力番組にゲスト出演 夕方以降『少年探偵団』にローズ+リリー役で出演
1/07 PM NHKの教養番組 夜 ローズクォーツで音楽番組に出演
1/08 ものまね番組
1/09 『夜はネルネル』の撮影
1/10 全日本バスケ女子QFの中継ゲスト
1/11 アクアのライブに出演。新婚さん紹介番組に呼ばれる。
1/12 新潟でFM局主催の公開収録にローズクォーツで出演
1/13 釧路市の成人式にゲスト出演してトーク
 
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毎年恒例の東京パティオでのカウントダウン&ニューイヤー24時間ライブ(12/31 12:00- 1/01 12:00) には、今年ローズクォーツは深夜1:00-1:30の時間帯で出演。2人は0:30頃まで仮眠しておいてライブ30分前に起こしてもらい、歌った後は、近くのホテルを取ってもらいシャワーを浴びて寝た。ケイナはなかなか寝付けないようでダブルベッドの隣で何か、もぞもぞしていたがマリナは疲れているので、構わず眠った。
 
起きてから1月1日は、リレー式に芸能人を呼び出す年始番組に、内野音子から呼ばれて出演。聞いていなかったのでびっくりしたが、ライブの後泊まっていたホテルから駆け付け、司会者と10分くらいトークする。誰かを呼び出してというので、うさぎょ(近藤うさぎ・魚みちる)を呼んだら来てくれたので、助かったぁと思った。午後は最初から予定に入っていたクイズ番組にゲスト出演した。ふたりは雑学なので結構な高得点を出し「またいつか出てよ」と言ってもらった。
 
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春暁(11)

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