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■春暁(5)
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(C)Eriko Kawaguchi 2020-07-07
11月下旬。ほぼ完成して、検査待ちになっていた津幡“火牛”アリーナに、ふらりと〒〒テレビの石崎柚布・制作部長がやってきた。
ちょうど(非番だったので)私設プールに泳ぎに来てから、“プレオープン”しているムーラン津幡店でお昼を食べていた皆山幸花が気づいて
「お疲れ様です、部長。工事の進捗視察か何かですか?」
と尋ねる。
「ああ、皆山君だったね。今日は川上君は?」
「川上は水連に呼ばれて今東京に行っているんですよ」
「あらら」
「どうせですから、工事の進捗見ていかれませんか?」
「うん」
それで幸花が案内して、既に作業員はほとんどおらず、技師のような人が数人歩き回っている、火牛アリーナに案内する。
「広いね!」
と部長は感心していた。播磨工務店の七瀬さんが気づいてこちらに寄ってきて色々説明してくれた。部長は説明にひとつずつ頷いては感心していたようである。
「アクアゾーンの方は土地の購入がまた完了していないので着工していないのですが、プールの方も見られませんか?」
「川上君の私設プールってやつ?見てもいいの?」
「部長ならいいですよ」
と言って、幸花は部長を案内する。駐車場の管理室から階段を降りた所にエレベーターがあるので「秘密基地みたいだね」と面白がっていた。
エレベータを降りて幸花が“女子更衣室”を通過して向こうへ行こうとするので部長は立ち止まる。
「ごめん。男子更衣室はどこだっけ?」
「ありません」
「無いの?」
「このプールは女子専用ですから」
「そこに僕が入っていいの?」
「今だけ女子ということで」
「あはは。じゃ、ちょっだけ性転換して」
と部長も悪ノリして、それでもちょっと不安そうな顔で女子更衣室を通過してプールサイドに出た。
「これも広いね。よく地下にこれだけの施設を作ったね」
「幡山(ジャネ)さんがリクエストして、川上も、まあお金はあるしということで作っちゃったみたいです。長距離選手は1回泳ぐのにも凄い時間がかかって、その間コースを占有するのが普通のプールでは困難なんですよ。コースを共用したら思いっきり泳げないし。ここなら使っているのが10人程度ですし、実際問題として、日本代表候補の、川上、幡山さん、南野さん、永井さん、竹下さん、金堂さん、は、各々1コース独占して練習しています」
「それは快適だろうね」
「それにここは24時間使えるから、川上にしても、南野さんにしても、卒論を書きながら、空いた時間に練習できていいんですよ」
「他の選手が羨ましがる環境かもね」
「仙台の金堂さんも、ずっとここに居たいと言っていましたが、高校生は学校があるから、来週仙台に戻るらしいですよ」
「まあ高校生は仕方ないよね」
そんな話をしていた時、石崎部長はふと気づいて言った。
「そういえば、川上君は4月から、どこのクラブに所属するの?」
「あ、それなんですけどね」
と幸花が話しかけた時、ちょうど水からあがってきた南野里美が言った。
「その件なんですけど、もし可能だったら、部長さんからも言ってあげてもらえませんか?川上さんは3月で大学卒業とともに水泳はやめるって言っているんですよ」
「それは世間が許さん」
と石崎は言った。
「ですよね。川上さんは世界水泳で金メダルを取ったから、たとえ4月の日本選手権で2位以内に入らなかったとしても、日本代表に選ばれるのは確実なんですよ。そんな選手が大学卒業するから辞めます、なんて言ったら非難囂々ですよ」
と南野は言う。
「実は今日川上が水連に呼ばれて行ったのもその件で心配されてのことみたいで」
「どこか彼女が所属できそうなクラブは無いの?」
「幡山さんが所属している百万石スイミングクラブに入らないかと幡山さんも勧誘していたんですが、実はあそこにはASテレビの資本が入っているんですよね。1%程度ですけど。どうもそれを気にしているみたいで」
「ああ」
「全国に教場を持っているSTスイミングクラブも彼女に興味を持っているんですよ。でもあそこは北陸には教場がなくて、名古屋か京都に行かなければならないのが嫌みたいで」
「北陸から離れられるのは困る」
と部長。
「ですよね。だから私たちもどうしたものかと思って。名前だけでもいいから百万石SCに籍を置かせてもらったらと言っているんですけど」
と幸花。
すると、石崎部長は思いついたように言った。
「ねぇ、皆山君、新しいスイミングクラブを作るのって、どのくらいお金かかるの?」
「え?スイミングクラブを作るんですか?社団法人日本スイミングクラブ協会の審査に通る必要がありますが、この審査はわりと緩いんですよ。法人格があるのが原則ですけど、実は個人運営で加入しているクラブも存在します。基本的にはプールが存在して運営スタッフがいればOKです」
「会費は?」
「年会費は確か数万円だったと思います。入会費がもう少しかかるかも知れませんが」
「だったら、〒〒スイミングクラブとかを作っちゃおうよ」
「へー!」
「皆山君、君を会長に任命しよう」
「え〜〜〜〜〜!?」
と言ってから、幸花は小さい声で尋ねた。
「あのぉ、会長の報酬は?」
「手弁当で」
と石崎柚布は言った。
12月20日にケイナとマリナの“結婚式と新婚旅行”がテレビで放送されて以来、2人は多数の人から結婚祝いをもらってしまった。
ハワイからの帰国直後にケイ・雨宮先生・タカから頂いたのを始め、蔵田孝治さんからも、帰国した後で渡されたし、事務所の社長、事務所の他のタレントさん一同(代表:遠上笑美子のそっくりさんだけど男という、遠下美笑干)からももらう。
ローザ+リリンを自分たちの番組でたくさん使ってくれたネルネルの2人からも頂いたし、番組の左蔵プロデューサーや、アシスタントの内野音子さん、ローズクォーツのサト・ヤス・マキ、UTPの須藤社長と大宮副社長、なども御祝儀をくれた。
ローズ+リリーのマリはどういう趣味なのか、宝くじを送ってきたが、それが100万円当たったのでびっくりした!
多数の親戚からも、祝儀袋が送られて来た!
マリナは頂いた御祝儀の名義を確認してExcelで表を作り(幸いにも郵送でもらった人が多く住所が容易に確認できた)、内祝いとして商品券を送ることにした。
金額で悩んだのだが、ケイナは当てにならないし、事務所の社長も適当そうなのでマリナは結局ローズ+リリーのケイに相談した。それで5万円以下の人(多くは親戚)には5000円、それ以上の人(多くの人は芸能人)には3万円の商品券を送ることにした。ケイは「君たち忙しいでしょう?」と言い、サマーガールズ出版の近藤(妃美貴)さんに、この作業を代行させてくれたので助かった。この時期、マリナは本当に忙しかったのである。
ケイナ(慶太)のお母さんが西東京市のマンションにやってきて、
「あんたたち、国内でも披露宴しなさいよ」
と言ったが、
「今仕事か忙しくてできない」
とふたりは答えておいた。でもマリナは慶太のお母さんに
「ふつつかな嫁ですが、よろしくお願いします」
と挨拶する羽目になった!
(これに先立ち、慶太の両親は、マリナの実家を訪れて挨拶したらしい)
そういう訳で、マリナの性転換とケイナとの結婚は、完璧に既成事実になってしまった!!
またこれ以降、ふたりが東京からどこか地方に行って宿泊する時は必ずダブルルームを手配されることになった。そもそも航空券が「火野慶太・火野マリナ」の名義になっていた。マリナはもういいやと思い“火野マリナ”名義のマイレージカードも作ってしまった(従来の水崎学名義のマイレージカードは“赤”“青”ともに水崎マリナ名義に変更済みである)。
「なんか俺たちもう結婚したことになってしまったみたい」
と5cm空けて寝るダブルベッドの隣で慶太は言った。
「もういいんじゃない?私、慶太の奥さんということでいいよ」
とマリナは言ってみた。
「俺、ゲイじゃないんだけどなあ。。。まあいっか。どうせ今更、俺、女とは結婚できないだろうし。学のこと嫌いでもないし。なんかいつも料理とか作ってもらってるし」
と慶太も言った。
実はこの瞬間(慶太の結婚同意により)ふたりは本当に夫婦になってしまったのである。
(マリナ自身は結婚式で"I agree"と言った時から、慶太の妻のつもりでいる)
事務所(ザマーミロ鉄板)からも
「ギャラの振り込み口座の名義変更が必要だよね」
と言われたので、マリナは1個だけ(マリナ名義のクレカ決済のため)水崎マリナ名義に変更していたMS銀行の口座を事務所に届けた。実はJASRACにもこの口座を届けている。
「あれ?水崎なの?火野じゃないの?」
「まだ婚姻届けを出してないので?」
「まあ忙しいしね。3月で代理ボーカルが終わったら少しは時間取れるだろうから、そしたらたくさんお客さん呼んで、盛大な披露宴しようよ」
などと社長は言っていた。
盛大な披露宴!?恥ずかしー!とさすがのマリナも思った。
年明け早々に発売された『Brass Quarts flip side』はかなりの話題を呼んだ。昨年夏に発売された元の『Brass Quarts』(通称Aサイド)と聴き比べた人が多かったが、最初に指摘されたのが、
「演奏も歌も両者は重ならない」
ということだった。
少なくともflipサイドが、Aサイトの音源を流用し、声だけ電気的に男声に変えたもの、あるいは元々男声で吹き込んでいたもの(flipサイド)を電気的に女声に変えたのが先に発売されたAサイドであるわけではない、ということだった。
「伴奏も歌もちゃんと録り直している」
ここで10月のローズクォーツのツアーに参戦した人たちから情報が出てくる。
「ケイナとマリナは初日の札幌公演では男声で歌ったが、2日目の金沢以降は女声で歌っていた」
その内、どこからともなくこんな情報が流れてくる。
「『ミッドナイトはネルネル』ではケイナとマリナの声は電気的に女声に変換しています、という建前だったけど、実際には2人は撮影現場でふつうに女声で話していた」
恐らく出演者の誰かのリークではないかと思われた。
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