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■春暁(4)
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「そういえば、政子さん、ガス爆発は大変でしたね」
と青葉はお見舞いを言った。
「あれ、ほんとにびっくりしたよ。F-22で爆撃されたかと思った」
などと政子は言っている。
「でも政子さんのご実家は被害無かったんでしょう?」
「そうそう。うちは庭木が3本折れただけ。でも向いの家とか反対側の隣の家は、あれ以来、雨漏りがするようになってさ」
「ありゃあ」
「江戸時代に作られた掛け軸が雨漏りで塗れて、修復に数百万円かかるって」
「ヒェー!」
「結局、3軒とも家を建て直すことにしたらしい」
「だったら補償額が凄まじいのでは?」
「3軒合わせて3億6000万円。それとうちにも、庭木が折れた分の補償+お詫び賃で500万円、合計3億6500万円、補償するということで話がまとまったみたい。掛け軸の修復代は別途」
「凄い金額だ」
「さすがにそれだけ補償すると自分の所まで再建できないし、ここに引き続き住むのも申し訳無いということで、あの土地を売るという話だったから、私が買ったんだよ。現金で1億8千万円渡したから「助かります」と言って、取り敢えず、補償しないといけない3軒にまずは6000万ずつ払ったみたい」
「まあポンと現金で2億払える人は少ないですからね」
と言いつつ、青葉は自分もこないだ7億円の土地を現金で買っちゃったなと思った。
「その家のおじちゃんには、小さい頃、縁日とか連れていってもらったこともあったし、こういう時は助け合いだよね」
「いいと思いますよ」
「それでさ、明日でいいから、土地の浄霊とかしてくれない。ガス爆発が起きた土地をそのまま使うのは、問題がありそうな気がしてさ」
「何かあるかも知れませんね。行きますよ」
と青葉は答えた。
それで夜通しの音源制作が終わった後、明け方少し仮眠してから、妃美貴さんの運転するリーフ(政子の車)で、政子の実家に行ってみた。
青葉は現地を見てから腕を組んだ。これは・・・手に負えない。よくこんな所に人間が住んでいられたものだ。
『姫様?』
『千里を呼ぶというのに1票』
『ですね』
姫様の力でなら浄化できると思ったのだが、やはりわざわざ自分の手を煩わせるのは好きではないようだ。それに人間界のことは人間で何とかしろというのが、姫様のポリシーでもある。
それで青葉は、政子の家に入ると、千里1を呼び出した。1番に頼んだのは、2も3もちょうど試合に掛かっていたのと、元々土地関係の処理は1番が最も得意だからである。
1番さんは来てくれはしたものの土地を見ると腕を組んで
「ここに住む気?」
と政子に訊いた。
「取り敢えず駐車場にしようと思っているんだけど」
と政子。
政子には細かい説明ができないので、政子のお母さんが代わって説明してくれた。
元々自宅のガレージを潰して、そこに離れを建てるつもりだった。それで車は近くの月極駐車場に駐めるつもりだった。ガレージを崩そうと言っていた時に、隣のガス爆発があった。それで、離れは予定通りガレージ跡に建て、政子が購入した隣の土地には簡易車庫を建てて、車を置こうかと思っていると。
「まあ車を置くくらいならいいか。人が住めるようにするには、2〜3年かかる」
と千里1は言った。
「よほど凄いんだ!」
と政子も驚いている。
「少しずつ浄化されていくようになる仕掛けを作っておくよ。車を駐めるのは最短でも3月以降にして。浄化が間に合わない」
3ヶ月でそこまで浄化するつもりか。凄いなと青葉は思った。
「分かった!4月くらいから置くことにするよ」
と政子。
「それがいいね。ガレージ作る時は、コンクリートの床の厚さを最低50cm以上に」
「お母さん、覚えておいて」
と政子は自分の母に言った。政子が覚えてる訳が無い。
「了解です」
と政子のお母さんも言った。
それで千里1は知人(?)を呼んで何かを持ってこさせ、それを使って何か仕掛けを作ったようであったが、青葉には良くは分からなかった。どうも四隅に何かを埋めたようだが、他にも何か色々していた。また、折れた槇の木の代わりの木は知り合いの植木業者さん?に電話して持って来させ、すぐに植えてしまった。その新しい槇の木はどうやって育てたのか、神聖な空気を漂わせていた。折れた3本の木については
「私が持っている製材所で乾燥させていい?」
というので政子もOKした。千里は栃木県内に製材所を持っているらしい。
「急いで乾燥させるから、春以降にここにガレージ建てる時に建材に使うといいよ。そしたら車を守ってくれる」
「ああ、それは理想的」
と政子も同意した。
「これ幾ら払えばいい?」
と政子は訊いた。
「たぶん実費で1000万円かかったよね?」
と青葉は姉に訊いた。
「まあ仕掛けの材料費が1200万円かな。あれを作れる所は日本には2ヶ所しかなくて」
と言って、青葉をチラっと見たので、“2ヶ所”の内のひとつは、高野山の瞬醒さんか!と察した。でも「私には使い方分からないよぉ」と青葉は思う。
「だったら2000万円払うよ!」
と政子は言い、お母さんにスマホを操作してもらって、千里姉の口座に2000万円振り込んだ。すると、千里姉は福島県の神社の名前が入った額面2000万円の受領書を政子に渡した。
「税務処理の時は寄付金として処理できるはず」
「お母さん、これ会計士さんに渡して」
と政子はその受領書をお母さんに渡した。確かに本人が持っておくと危ない。しかし神社に払ったのが2000万円ということは、千里姉の取り分は無し?
と思ったら、お母さんがそのことに気づいて言った。
「政子、千里さんと青葉さんに、プラス500万円くらいずつ払いなさいよ」
「うん、そうする」
それでまたお母さんにスマホを操作してもらい、500万円ずつ、千里姉の口座と青葉の口座に振り込んでくれた。私何もしてないけど!と青葉は思った。
それで高岡に帰ろうと思っていたら、秋風コスモスから連絡がある。千里姉もいるなら、ぜひ一緒にと言うが、政子は「私も付いて行っていい?」と訊く。それでコスモスの了承(嫌そうだったが)を取り、結局3人で一緒に信濃町の§§ミュージックの事務所に出て行った。
「実は、先日はケイさんからも意見を聞いたのですが」
と言って、来春にデビューさせる予定の、東雲はるこ・町田朱美のペアの名前を決めたいということだった。
「2人組で出すんですか!」
と青葉は初耳だったので驚いたが、千里姉は
「ああ、それはいいですね。はるこちゃんは歌もダンスも上手いけど、精神的に弱い面があるから、親友の朱美ちゃんと一緒なら大丈夫」
と賛意を示した。
「町田朱美ちゃんって、元男の子で性転換手術して女の子になったんだったっけ?」
などと政子が訊く。
「朱美ちゃんは生まれながらの女の子だよ」
と千里姉は答える。
「あれ〜?はるこちゃんの方だっけ?」
「彼女も天然女子ですけど。ちゃんと生理もありますし」
とコスモス。
「あれれ?誰と混同したんだろう?」
「アクアでは?」
などとコスモスは言っている。
「アクア、いつ性転換手術したの?」
「性転換手術を受ける場合、3ヶ月くらい休ませないといけないので、本人に意向を再確認したのですが、手術を受ける気はないと言うので、代わりにドイツに行って写真集を撮ってきたんですよ」
とコスモスは言った。
「写真集撮ったの?見せて見せて」
「まだ編集中なんですけどね」
と言ってコスモスがデータの入っているDVDを政子に渡すと、政子は事務所のパソコンを借りて、それを閲覧して「可愛い!」とか「もうこのまま女の子に改造したい」とか言いながら見ている。
それで、コスモス、千里姉(千里1)、青葉の3人で話し合った。
「東雲はるこ・町田朱美って、名前は、朝の時間帯を表す、しののめ・あけぼのから採ったんだったよね」
と千里姉は言った。
「そうなんですよね」
「だったら、その時間帯のことを詠んだ、枕草子の一節」
と言って、千里姉はその部分を暗誦した。
「春はあけぼの。やうやう白くなりゆく山際、少し明かりて紫だちたる雲の細くたなびきたる」
「この紫だちたる雲、という風景が素敵だと思うんだよ。だから何か紫色を連想するような名前をつけたらどうだろう」
「ああ、それはいいですね」
とコスモスも感心したように言う。
するとアクアの写真を熱心に見ていた政子が
「紫式部とか?」
などというので、
「ライバルの名前はやめましょうよ」
とコスモスは言った。
「それもそうか。だったらアメジストとか、タンザナイトとか、アイオライトとか」
と政子はなおもアクアの写真を見ながら鉱物の名前をあげる。
「花の名前もいいですよね。ラベンダーとかあやめとか、すみれとか」
と青葉は植物系の候補をあげる。
が、ここで千里姉はひとこと言った。
「ラピスラズリ」
「ああ!」
「ラベンダーもアメジストも悪くないけど、2人組だから、合成語っぽい名前がいいと思う。それにラベンダーは、元モー娘。の田中れいなちゃんが作ったLoVendoЯ(ラベンダー)もあるし」
と千里姉は説明した。
すると明らかに危ない妄想をしながらアクアの写真を見ている政子も
「ラピスラズリも悪くないね」
と言ったので、彼女たちのユニット名は“ラピスラズリ”と決まった。
ケイナとマリナは年末を前にして、ここの所、あまりにも多忙で、なかなか自宅にも戻れなかったのだが、少しだけ時間が取れたので、どちらかが郵便物のチェックで自宅まで往復してくることにする。じゃんけんしたらマリナが負けたので、マリナはUTPの桜川悠子が運転する車で西東京市の自宅マンションまで連れていってもらった。
電車に乗ると寝過ごしそうだし、自分で車を運転すると事故りそうだし、タクシーではあまりにも高いしと悩んでいたら、UTP副社長の大宮さんが悠子に
「彼女を運んであげて。女性を運ぶから女性がいいでしょう」
などと言ってくれた。
自分はこの事務所では女性扱いなんだなとマリナは思った。
(ギャラはUTP→ザマーミロ鉄板→水崎学名義の口座と振り込まれるので、マリナの新しい本名はどちらの事務所にも開示していない)
「そういえば悠子さん、離婚なさったということで、大変でしたね」
と道すがらマリナは彼女に言った。
「いや、離婚してホッとしました」
「そうなんですか?」
「結婚するまでは優しい人だったんですよ。でも結婚してみたら、お酒を飲むと乱暴する癖があって」
「ああ・・・」
「赤ちゃん産むまでは我慢してたけど、赤ちゃん産んでからは、子供にも暴力振るうから、もう生後1ヶ月で逃げ出すように別居して。その後、母に頼んで弁護士つけてもらって交渉して、養育費3万円で妥結して離婚したんです」
「ああ。お母さんが支援してくれたんですね。でも3万円じゃ足りないでしょう?」
「離婚交渉をこれ以上長引かせたくなかったから」
「ほんとに大変でしたね!」
「私は仕事に生きる女です。頑張ります」
「いや、ほんとにそれは頑張って下さい」
とマリナは彼女に同情した。
それで悠子がマンション近くのコンビニに車を駐めて待っている間にマリナはマンションに行き、郵便物をチェックした。水道料金の督促状が来ているのでゲッと思う。ここは家賃(約7万)をマリナの口座から、水道・ガス・電気・NHK・NTT・プロバイダ料金(以前は合計5万程あったが今年はあまり家に居ないので、毎月2万程度)はケイナ(火野慶太)名義の口座からの引き落としにしている。
「あいつ、たくさんギャラもらっているはずなのに、なんで残高不足になるんだよ?」
と文句を言う。停められては困るので、振込票を持って出て、コンビニで払おうと思った。
ふと1通の手紙に気づく。
家庭裁判所からである。
マリナは自分が来て良かったと思った。まだこれはケイナには知られたくない。
開封する。
大きく息をつく。
ああ。とうとう虹を越えちゃった、とマリナは思った。
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