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■春宵(13)
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(C)Eriko Kawaguchi 2020-07-04
2019年11月。ハワイに“新婚旅行”に行った、ケイナとマリナは、ホノルル市内で行われた“結婚式”の翌日、午前中の便で帰国した。
HNL 11/13 10:15 (HA5394 767) 11/14 14:30 NRT (9'15)
HAはハワイアン航空である(実際にはJALのコードシェア便)
成田で入国手続きをして、スカイライナーに乗ろうと駅に向かっていたら
「君たち、おめでとう」
と声を掛ける人がいる。振り返ると、雨宮三森である!
「おはようございます。昨日はたいへんお世話になりました」
と2人は挨拶する(日付変更線を越えているから本当は一昨日)。
「もう帰ってきたのね。ハワイで1年くらいゆっくりしてくれば良かったのに」
「1年も居たら、首になります」
「あんたたちも大変ね。ハネムーンベイビーは製造できた?」
「それ無理です。私たち2人とも男だし」
とケイナが言うと
「あら、私、男の娘をはらませて2人も子供産ませたわよ」
などと雨宮は言う。
「男の娘をはらませるって、雨宮先生、女性なのにどうやってはらませるんですか?」
とケイナが尋ねると、雨宮は言った。
「何言ってるの?私は男よ」
「ご冗談を」
「私が男にみえない?」
「女性に見えます!」
と先生の性別を知っていたマリナも言う。
「あんたたち、目が悪いんじゃない?眼科に行った方がいいわよ」
と雨宮先生。
「しかし先生がもし男性であったとしても、男の娘は妊娠できないと思いますが」
「そんなの気合いよ。マリナちゃんも気合いで妊娠して、ケイナの赤ちゃんを産んであげるといいね」
「そうですねぇ。まあセックスしたら妊娠するかもしれませんが」
とマリナは言ったが
「すみません。私はゲイではないので、男同士のセックスはできません」
とケイナ。
「あら、ふたりとも性転換手術受けて女性になったのに、ケイナちゃんはマリナちゃんを奥さんにするために、わざわざ、また、ちんちんを付ける手術したんでしょ?そのちんちんでセックスすればいいじゃん」
「なんか物凄く誤解されている気が」
とケイナは言ったが、マリナはドキッとした顔をしていた。
「そうだ。あんたたち、ちょっと付き合いなさい」
「はい」
雨宮先生は上島先生の権威が墜ちてしまった今、この芸能界で最も力を持っている作曲家のひとりでもある。その先生に「付き合いなさい」と言われたら、芸能界では下っ端(内野音子によれば“中の下”)のローザ+リリンとしては付いて行かざるを得ない。実は事務所から戻って来たら話があると言われていたものの、そちらにはメールを入れて、雨宮先生に付き合うことにした。
それで付いていくと、銀座の高そうなお店に入るが、雨宮先生はここはおごってくれた。ここで夕食を食べる、ついでにお酒(ドンペリを2本も開けた)も飲むが、ケイナは先生に相伴したものの、マリナは「妊娠していたら赤ちゃんに良くないから」と言ってお酒は遠慮させてもらった。
「そうそう。新婚妻はお酒は控えたほうが無難よね」
と先生も理解を示してくれて、しつこくは勧めなかった。
銀座のお店では、如何にして男の娘を孕ませるか、という講義を拝聴することになったが、正直、訳の分からない話ばかりだった!
お店で3時間くらい飲み食いして(伝票をチラ見したら、代金が50万円もしたのでマリナも驚いた。いくらドンペリ2本開けたとしても、全く恐ろしいお店だ)、
先生は
「河岸(かし)を替えよう」
と言い、タクシーに乗る。
「あれ?ここは」
「うん。ケイのマンションだね」
エントランスで呼び鈴を鳴らすかと思ったら、雨宮先生は“持っている鍵”をタッチして、エントランスを開け、エレベータで32階に上がる。そして“鍵”でドアを開けて中に入ってしまった。ケイナとマリナは顔を見合わせたが、先生に続いて中に入った。
入っていった時、エントランスの近くに三毛猫が居て、こちらを見て「ニャー」と鳴くと、トコトコと奥の方に走って行った。
「あの子がお留守番かな?」
とケイナ。
「ひとりで餌とか大丈夫なのかな?」
とマリナは心配する。
雨宮先生は
「ここの所、ケイもマリも郷愁村に籠もって『十二月(じゅうにつき)』の制作やってるから、ここは留守なのよ」
と言っている。
「それで鍵を預かっているんですか?」
「いんや。私はリダン♂♀(リダンリダンと読む)の信子から預かった」
「鹿島信子さんが、いつもここの鍵を持っているんですか?」
「いんや。信子は山森水絵ちゃんから預かったと言ってた」
「人間関係が分からない!」
「要するに、ケイさんたちの知らない所で、鍵が流通してるんですか?」
「まあ、ここはたまり場だからね。お酒も勝手に飲んでいいし」
と言って、先生が棚から勝手にレミー・マルタンを取り出していたら
「いらっしゃいませ、雨宮先生、ローザ+リリンさん」
と声がある。
雨宮先生がギョッとして、その高そうなレミー・マルタンの瓶を落としそうになったが、3人の中で唯一アルコールの入っていないマリナが何とかキャッチした。
「サンクス」
「いえいえ」
それで声のした方を見ると、女子高生くらいの女の子が立っている。
「私はお留守番の左倉アキです。すみません。つい眠ってしまっていたので、応対に出るのが遅れました」
「いや、鍵持っていたので勝手に入らせてもらったけど」
「はい、雨宮先生でしたら、いつでもどうぞ」
「よしよし」
アキがリビングのソファを勧めるので3人ともそちらに座る。アキは冷えた“キリン・アルカリイオンの水”と氷を持って来てくれたが、女子高生に酌をさせるわけにはいかないので、マリナが水割りを作って、先生とケイナに勧めた。
「ケイ先生・マリ先生は、ここのところ熊谷市の郷愁村にずっと籠もっておられたのですが、今日はBH音楽賞があるので大阪に行っておられるんですよ。明日のお昼くらいに一度こちらに戻られると思います」
「そうか。だったら、明日のお昼まで飲み明かそう」
「え〜〜!?」
と声をあげたのはケイナである。
「ところでアキちゃんは何歳?」
とマリナが尋ねた。
「19歳になりました」
「惜しい!今年が2022年なら、18歳成人でお酒が飲めるのに」
と雨宮先生が言うが、
「先生、2022年になっても、飲酒・喫煙は20歳以上です」
とマリナは注意する。
「そうだっけ?」
「飲酒・喫煙のほか、ギャンブル、あと大型免許とかも20歳以上ですね。性別変更は18歳からできるようになりますが」
「あれこれ面倒くさいね」
「混乱すると思いますよ」
「でもアキちゃんは寝ててね。酔っ払いさんたちのお世話は私がするから」
とマリナは言ったのだが、
「妊婦に無理はさせられない。お世話係を呼ぶ」
と言って、雨宮先生は誰かを呼び出していた。
やってきたのはローズクォーツのタカである。
「あんた、なんで男みたいな格好してるのよ?」
と雨宮先生は文句を言う。
「あれは番組の演出です。私は女装の趣味はありません」
「せっかく、あんたのために性転換手術の予約をしてあげたのに」
「それは先生が手術受けられてください」
しかしともかくも“代わり”が来たので、アキもマリナも奥の部屋で休ませてもらい(実際マリナは旅疲れで眠かった)、その夜は、雨宮先生・ケイナ・タカの3人で飲み明かしたのであった。
「この3人、全員外見は女に見えるのに、実は3人ともちんちん付いてるのが凄い」
などとケイナが言っていたが、タカは
「今日は女装してないけど」
と言っていた。
マリナが翌朝起きてリビングに出てくると3人ともダウンしていた。テーブルに、レミーマルタンの空き瓶、響30年の空き瓶、ジョニーウォーカーブルーラベルの空き瓶が転がっている。高いお酒を飲んでるなあと思う。マリもケイもお酒は飲まないが、ファンから送られてくるので、もっぱらここによく出入りしている、鮎川ゆま、音羽・光帆などが飲んでいるし、しばしば段ボール箱に詰めて持ち帰ったりしているとは聞いていたが。
アキちゃんが朝御飯を作るのでマリナも彼女を手伝った。タカは目を覚まして一緒に朝御飯を食べたが、ケイナと雨宮先生は酔い潰れているので放置した。
「でも響30年が凄く美味しいと思ったよ」
とタカは言っていた。
9時頃、日中のお留守番役をしている作詩家の大町ライトさんが来たので、アキちゃんは交替で帰宅した。大町さんは大宮万葉さんの親友らしい。
11時頃、ローズ+リリーの2人が帰宅する。
「おはようございます。お邪魔しております」
とマリナは挨拶したが、大町さんが
「雨宮先生に連れて来られたらしいんですよ」
と説明してくれた。
「ああ、いつものことだ」
とケイも半ば呆れているようである。
「だけどこうして見比べてみると、マリナちゃん、本当にマリさんに似てる」
と大町ライトさんが感心していた。
「ああ、マリナちゃんって凄く女性的な雰囲気持ってるから、特に似てるように感じるよね」
とケイも言っている。
「でも私、骨格が男なんですよね〜。だからビキニになると、見る人が見ると『男じゃん』と思われるみたい」
「それは仕方ないですよ。ケイちゃんみたいに、小学生の内に去勢して女性ホルモン摂っていた人みたいには、いかないもん」
と大町さんが言うので、マリは笑ってているが、ケイは困ったような顔をしている。ああ、ケイさんも色々勝手に思われている部分があるよなとマリナは思った。
「結局、マリナちゃん、性転換手術受けたんだっけ?ここだけの話」
とケイが尋ねる。
「少なくとも手術はしてないですね。『ミッドナイトはネルネル』で映された私の股間はCGで加工したものですよ」
「だとは思っていたけどね」
とケイが言ったところで、
「でもケイナとマリナは正式に結婚式を挙げたんだよ」
という声がある。
酔い潰れていた雨宮先生である。
「ほんとに?それはおめでとう!」
とケイが言った。
「一昨日、ハワイで結婚式を挙げたんだよ。私と蔵田孝治が立会人を務めた」
と雨宮先生。
(今日は11月15日で結婚式は12日なので本当は3日前。日付変更線を越えているので、雨宮も感覚がくるっている)。
「すごーい。ちゃん結婚したんだ?ふたりともウェディングドレス?」
とマリが尋ねる。
「困ったなあ。一応ふたりともドレスです」
とマリナは本当に困ったような顔をして答える。
「でもマリナちゃんがお嫁さんなんでしょう?」
「牧師さんの誓約の言葉では、私がwife, ケイナが husband と呼ばれました」
とマリナ。
「ハワイに新婚旅行に行って、旅先で挙式したのよ」
と雨宮先生。
「それは知らなかった。そうだ、お祝いあげるよ」
と言って、ケイは金庫を開けると。現金の入った祝儀袋(祝儀袋自体が、普通の御祝儀の分くらいの値段がしそうだ)をマリナに渡そうとする。
マリナは受けとらずに説明した。
「済みません。テレビ局の番組の撮影だったんですよ。私もケイナも結婚式やるなんて全然知らなくて、日本人カップルの結婚式があるから見学しませんかと言われて行ったら、私たちの結婚式だったんです」
「ああ、よくある話だ」
とタカ。
「でもそれで結婚したんでしょ?」
とマリ。
「結婚したことになっちゃったみたい」
とマリナ。
「だったら問題無いね」
と行ってケイが再度マリナに御祝儀を渡すので、マリナも受けとった。
「なんか凄い重いんですけど」
「芸能界ではこのくらいが普通だし」
「ああ。そういえば私も御祝儀渡してないや。ケイ、貸しといてよ」
と雨宮先生。
「いいですよ」
「ケイ、俺にも貸しといて。後で返すから」
とタカ。
「いいですよ」
と言って、ケイはまた金庫から祝儀袋2つと現金を出してきて、いったんタカと雨宮先生に渡す。そして2人が各々「星居隆明」「雨宮三森」と自筆して、マリナにその祝儀袋を渡した。
「こんなの受けとったら、ケイナが起きたら叱られそう」
とマリナは悩んでいる。
「今どき、女同士の結婚式なんて珍しくないよ。気にすることないって」
とケイ。
「私たち、結局女同士になるんですかね?」
とマリナは疑問を感じた。
「少なくとも男同士には見えない」
とマリ。
「ふたりとも10年以上、女として社会生活を送っているんだから、もう既に社会的には女性だと思う」
「そんなこと、先日、大宮万葉さんにも言われました」
「実はふたりとも性転換手術して、女の身体になっていたらしいけど、結婚するために、ケイナはわざわざまたちんちんを付ける手術したらしいよ」
と雨宮先生が言うので
「また変な噂を広めないで下さい」
とマリナは言ったが、
「大変だね」
とマリは信じている感じだ。
「でもこないだのローズクォーツのツアーの最中は、女子大生のミュージシャンたちと一緒に女湯に入っていたよね」
とタカがバラしてしまう。
「そうですね。あの時は、女湯にしか入れない状態だったから」
「やはり2人とも性転換してたんだ?」
「そのあたりはどう説明したらいいものか。あまりにも不思議なことが起きて」
とマリナは困っている。
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