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■春宵(6)
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11月下旬。真倫は頻繁に吐き気を感じるようになった。
「どうしたの?」
「なんかこないだから調子悪いのよね」
「病院行ってみる?」
「そうだなあ」
それで近所の内科に行ってみたのだが、40代の男性内科医は
「あんた妊娠してるよ。隣に行きなさい」
と言われ、隣の敷地でお姉さんが開業している産婦人科に回されてしまった。
「でも、私、男なんですけど」
とお姉さんの産婦人科医に真倫は訴える。
「あなたの身体、どう見ても女なんだけど」
「急に変わっちゃったんです。先月までは男だったのに」
「ああ。それはたまにあるんですよ。本来は女なのに、男みたいな外見で生まれてしまうケースで、自然に本来の性に戻ってしまうってことはあるんですよ。あなたは確かに女性であるという診断書を書きますから、それで裁判所に申請して性別を訂正してください」
「私、結婚しているんですけど、どうなるんでしょう?」
「相手は女性?」
「戸籍上は女性なので、私が戸籍上男性だから、ちょうどよくて婚姻できたんです。でも彼も私と同時に本当の男に変わってしまったんですよ」
「だったら彼はあなたと逆のケースですね。本来は男だったのに、何らかの原因で女の子みたいな外見で生まれてしまった。それが本来の男の姿に戻っただけです。たまにあるんですよ」
「双方が同時に本来の姿に戻るってあるんでしょうか?」
「珍しいですけど、あり得ないことではないですね」
真倫と佐理はこの件で双方の両親に相談した。両親たちは仰天し、弁護士さんの所にも行って相談した結果、やはり性別を訂正しようということになった。
なお母子手帳については、真倫の妊娠診断書も持った上で、弁護士さん同伴で市役所に行ってみた。それで状況を説明して、性別の変更をこれから申請するという前提で、市長さん決裁で母子手帳は発行してもらえた。おかげで真倫は健康保険証ではまだ男であっても母親教室などに参加することができた。
各々あらためて診断書を取った上で12月初旬に家庭裁判所に性別の訂正を申請。パターン化している“性別の変更”と違って“性別の訂正”は結構もめるケースもあるのだが、何と言っても真倫が妊娠しているという事実があるので、裁判所は2人の性別訂正を認めてくれた。
2月にふたりは晴れて、真倫は女性、佐理は男性に戸籍が訂正される(結婚式の祝詞で読み上げられたように、本当に真倫は三女、佐理は次男になった)。
真倫は今度は改性届けを提出した!
(学生課で尋ねたら、最近はたまに性別が変わる人がいるので、改性届けのフォームが存在するということで真倫はその届けのフォームをプリントしてもらい、記入して提出した)
佐理も同時に改性届けを提出した。学生課の人は「あなたたちが4人目と5人目ですね」などと言っていた。確かにそうそうあることではないだろう。
婚姻届けは無効となってしまったが、2人はあらためて、佐理が夫・真倫が妻という婚姻届けを3月3日に再提出した(前回の婚姻届けは佐理が妻・真倫が夫になっていた)。
離婚して再婚するのであれば普通は待婚期間(100日)が必要(民法733条)だが、同じ人と結婚する場合は必要無い。これは待婚期間というのは生まれた子供の父親が不明になるのを避けるためだからであり、同じ相手との結婚ではその恐れがないからである(法的な規定としては明文化されていないが、法律の趣旨からそのように運用されている)。そしてそもそも2人は離婚したのではなく、婚姻自体が無効になった(婚姻していなかったのと同じな)ので、待婚期間適用の対象ではない。
そういう訳で、ふたりの婚姻届けは問題無く受け付けられた。念のため弁護士さんにも付いていってもらったのだが、役場の受付の人は「同じ相手との結婚なら問題ないですよ」と言って受け付けてくれた。
真倫は2020年7月7日に可愛い女の子・花音(かのん)を出産。ふたりはパパとママになった。
「赤ちゃんを産むのがこんなに辛いとは思わなかった」
と真倫は泣き言を言ったが
「でも頑張ったね」
と佐理は妻をいたわった。
赤ちゃんの名前「かのん」はふたりが新しい性別になった時に居た町・観音寺市からとったものである。佐理は「銭形」から「ジェニー」という案を出したが、真倫が却下。真倫が提案した「かのん」を佐理も受け入れた。
子供を産むのにも結構お金が掛かったし、子育てにもかなりお金が必要になることが予想されたので、佐理は大学を辞めて働くと言った。しかし双方の両親は
「せっかく国立大学に入ったのにもったいない」
と言い、ふたりの在学中の子育て費用は双方の両親で負担してあげることにした。それで真倫も佐理も子育てしながら大学生を続けた。
真倫か佐理のお母さん(時には真倫のお姉さん)が大学構内の食堂などで赤ちゃんの世話をしていて、休み時間になったら、真倫がおっぱいをあげに行くなどしていた。
真倫は妊娠中も大学を休まず、大きなお腹を抱えたまま講義を受けた。出産の直後はさすがに出て行けなかったが、すぐ夏休みに突入したので、産褥期はのんびりと米子の実家で暮らした。(前期の試験は9月なので問題なかった)
そういう訳で、真倫は一度も生理を経験しないまま妊娠したので、彼女が生理を経験するのは子供を産んで1年経過した、2021年の秋になる。でもすぐに次の子を妊娠してしまったので、生理は半年くらいしか経験しないまま2度目の妊娠期間に入った。真倫は大学卒業後の2022年11月に次女・来夢(らいむ)を産んだ。真倫が再度生理を経験するのは2024年に入ってからである。
(ふたりは全く認識していないが実は佐理が染色体的にはXXなので、ふたりの間に生まれる子供は必ず女の子である)
ふたりは2022年3月に大学を卒業した。この時の成績は真倫が1番で佐理が2番だった。佐理が悔しがっていた。それで真倫は総代で卒業証書を受けとった。
佐理は大学を卒業後は松江市に本拠地を置く地方銀行に入社。良い給料をもらえたので、佐理は在学中の子育て費用を5年掛けて両親に返却した(5年かかったのは、来夢の妊娠中と出生後1年間は返済を保留させてもらったため)。
真倫は在学中には高校教諭の免許を取得。大学をトップで卒業したものの妊娠・子育てで就職できない。しかしネットを通して、主として学術系の翻訳をするようになり、そこそこの収入を得られるようになった。真倫は2024年春に母校の島根大学の大学院に入り2年間通って修士号を取得。結果的に教員免許を一種免許から専修免許に書き換えることができた。それで地元の塾の講師を経て、2028年春からは松江市内の私立高校の教師として教壇に立つことになる(そこの教師をしていた同級生が誘ってくれた)。
高校では新任の挨拶で
「私、生まれた時は男の子だったんですが、赤ちゃん産んだら戸籍が女になっちゃいました」
などと発言して生徒たちの度肝を抜く。
しかし“マドンナボーイ”と呼ばれて生徒たちに人気の教師になった。恋愛相談を持ちかける生徒も多かった。
佐理は真倫が妊娠した後はお金の節約のため大学のサッカー部を辞めてしまっていたのだが、銀行に就職してから、そこの会社の(男子)サッカー部に入り、練習を再開する(一応サッカー部を辞めた後も毎日10kmのジョギングや筋トレは欠かさなかった)が、すぐにエースになる。松江市内の島根地域リーグ・トップチームに勧誘されてそちらに移籍。チームは彼の活躍で翌年には中国地域リーグに昇格することができた。更にJFL昇格を夢見て土日は練習に励んでいる。
(女子サポーターからのファンメールが多いので、真倫は少し焼き餅を焼いている)
真倫と佐理のお守りは、花音が生まれてから2021年2月に一緒に再訪した“銭形”の近くで買った寛永通宝のレプリカである。これに紐を通してスマホのストラップとして使用している。
実はこの再訪した時に来夢を妊娠した可能性がある。2人が再訪した時に頼んだガイドさんは40代の女性であったが、この人、以前来た時に案内してもらった人の妹さんかな?なんか似てると思って2人は花音と一緒に案内を聞いていた。
芳野早百合は、女になって福岡に戻った後、自分の性別の変更についてネットで色々調べている内に、これは素人では手に負えないという結論に至った。それで弁護士会の法律相談に行って相談し、やはり弁護士に依頼した方がよいということになったので、性転換手術を考えて貯めていたお金から30万円支出して、市内の弁護士さんに依頼した。
早百合は弁護士さんに言われて、まずは市内の病院で詳細な性別診断をしてもらった。診断は様々な検査をし、内科医・婦人科医・心理士?などとたくさんお話をして丸2日がかりだった!
内容は早百合も予想した通りである。
・性染色体 XY 染色体的には男性である。
・性腺 卵巣を認める。組織検査により通常の卵巣であることを確認。月経は毎月来ている。睾丸は認められない。
・内性器 卵管・子宮を認める。前立腺は認められない。
・外性器 膣・大陰唇・小陰唇・陰核を認める。陰茎・陰嚢を認めない。尿道は通常の女性の位置に開口している。
・身体的特徴 乳房が発達しており体脂肪が女性的。髭・喉仏を認めない。第二次性徴は女性型に発現しており骨盤も女性型。身体的な特徴は完全に女性。
・ホルモンの状態 女性ホルモンは通常の女性の正常値の範囲。男性ホルモンも通常の女性の正常値の範囲。
・心理的な性 完全に女性的である。
・社会的な性 大学でもアルバイト先でも普通に女性として社会生活を送っている。女声コーラスグループで3年半活動している。2018年3月に早矢人から早百合に改名して以来、女性として社会的に適応している。
本人は夏頃までは男性器が存在したと主張しているが、医学的な検査ではそのような痕跡は認められない。性染色体がXYではあるが、女性の性腺と内性器を持って生まれたものの、染色体にひきずられる形で男性的な外見であったものと思われる。性腺・内性器が女性なので、成長に伴い、外性器も女性型に変化したものと推定される。この人は完全に女性であり、法的にも女性として扱われるべきである。
そういう訳で、性染色体以外、完全な女性という診断であった。それで11月に福岡家庭裁判所に性別の訂正を申請。早百合本人も裁判所に出頭して裁判官とお話をした結果、2020年1月に、早百合は性別を女性に訂正することができた。
そのため早百合は2020年春から、女性として就職することが可能となった。
早百合は“性別変更のモラトリウム”のため大学院に進学するつもりで就活は全くしていなかったのだが、唐突に女になってしまったのでお遍路から帰って以降、就職活動を始めた。
そもそも出遅れているし、卒論を書きながら、また性別訂正の作業を進めながらなので、なかなか時間が取れなかったものの、12月に地元の中堅企業の内定を取ることができた。
「なんで今頃就職活動してるの?」
と尋ねられたが(この時期にコンタクトしてくるというのは何か問題でも起こしてどこかに振られたのかとも思われたようである)、
「すみません。3年生の頃から就活するもんだとは全然知らなかったので」
と言ったら、呆れられたものの
「国立大の学生さんには時々そういうのんびりした人が居るんですよね。大学ではあまり積極的に就職のガイダンスやらないから」
と理解(?)してくれたようだった。
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