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「彼」は道を歩いていた。雲行きが怪しい。
急がねば。
その日ニュースは隣の国の核実験を伝えていた。放射能を含んだ雨に
当たるのは好きではない。
しかし駅まではまだかなり遠い。とうとうポツリポツリと降ってきた。「彼」は小走りに走り出した。しかし雨はどんどん強くなってくる。
やがて「彼」はもう走るのをやめてしまった。駅までまだ10分以上
かかるのに、もう既にずぶぬれに近い状態になってしまったから。
諦めてとぼとぼ歩いていると、雨も気持ちがいい。放射能のことは
忘れることにした。少しくらいあたっても害はあるまい。
しかしその時「彼」は何かの違和感を感じて立ち止まった。
横に今日は休みのデパートがあって、ガラスに自分の姿が映って
いる。胸のあたりに何か違和感がある。服はびっしょり濡れていた。
その塗れた服が身体に吸い付いて、身体の線がくっきり出ている。
そのガラスの中のずぶぬれの自分の胸の付近の服は、きれいな半円形
の出っ張りを2つ描き出していた。
(2003.4.8)