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その貝は唐突に道に落ちているのだという。
会社で大失敗をしたサラリーマンが「どこかに消えてしまいたい」とつぶやいたら、貝は口を開けた。男が中に入ると貝は口を閉じた。そのあと男の姿を見たものは誰もいなかった。
借金で苦しんで結婚式ができずにいるカップルが「お金がほしい」とつぶやいたら、貝は口を開けた。二人が中に入ると貝は口を閉じた。数分後貝が口を開けたとき、意識を失ったカップルが中から転がり出してきた。二人の手には100万円の札束が握られていた。二人は律儀にもこのお金を拾得物として警察に届けたが誰も名乗りでなかったため、全額二人のものになった。
ある女が恋に破れて「もう、女なんかやめてやる」とつぶやいた。すると貝が口を開けた。女が中にはいると、貝は口を閉じた。数分後、貝が口を開けたとき、中から意識を失った一人の男が転がりだしてきた。
私はその人物を介抱した。その人物は自分の変身にショックを覚えながらも満足げであった。彼が去ったあと、私はドキドキしながら「私も同じようにして」と言った。貝は口を開き、私は中に入った。数分後、私は貝の外へ転がり出た。
ちゃんと変わったかな? 私はおそるおそる、あそこに手を伸ばした。私はとんでもない間違いに気づいた。曖昧なことを言ってはいけないものだと思った。
本数が増えていた。
もう貝の姿はどこにも見えなかった。
(1980年代の作品。元々は電話ボックスであった。1999年に貝に改変)