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(C) Eriki Kawaguchi 2019-08-12
龍虎は1月9日(金)こそ早退したものの、ローズ+リリーと一緒に列島を駆け巡った10-12日の連休が明けての 13-16日(火−金)は「平日なので仕事は原則として入れない」という方針に従い、学業に専念して授業が終わったらそのまま自宅に戻る生活を送ることができた。
龍虎は事務所から東京−熊谷の新幹線定期(FREX)を渡された。3ヶ月定期で199,400円という金額にギョッとする(「通学」ではないのでFREXパルは使えない)。
「こんなに使いますかね?」
と思わず言った。
東京−熊谷間の料金は運賃1140円+自由席特急料金2050円の合計3190円なので、199400÷3190=62.5で、3ヶ月間に63回以上乗車したら元が取れることになる。1ヶ月に10回お仕事をした場合、3ヶ月で30往復、60回乗車になるので微妙だと思ったが、偶然事務所に来ていた千里が
「絶対土日だけで済む訳無い」
と言った。やはり「平日はやむを得ない時以外は仕事を入れない」という“口約束”は、すぐにも反故(ほご)にされそう!と思った。ひろかちゃん、ありさちゃんもかなり忙しそうだもんなあ。
(この時期、ひろか・ありさが忙しかったのは§§プロの主力タレントが相次いでダウンしたり引退したりして、その2人でカバーしていたためもある)
「新幹線でも間に合わなくなったら、自家用飛行機通勤かな」
「そんなの、どこに着陸するんです!?」
17日(土)は『ときめき病院物語』の撮影があったので、龍虎は新幹線で東京に出て撮影に臨んだ。この日も鱒渕が撮影に付き合ってくれたが、最初は業界のしきたりなども分からないだろうというので、日野ソナタもサポートで入ってくれ、鱒渕も助かった。多数の役者さんやスタッフがいる中、どういう順番で挨拶すればいいかなど、ソナタが居なかったら、全く見当もつかない所だった。
この日、龍虎は学生服を着て放送局のスタジオに入ったのだが、現地合流した鱒渕は“彼女が”男装しているのを見て
「あら、男役もするから、その気分を出すために男の子の服を着てきたの?」
などと尋ねた。
「その男女両方の役をやるの、けっこう大変なんですよね。気持ちのスイッチが必要で」
とアクアは答える。
「やはり男の子の役をする時は、男の子になったつもりで演じるのね」
「そうなんですよ。男役の時は男の子のつもりで、女役の時は女の子のつもりで」
ふたりの会話は実は噛み合っていないのだが、そのことにお互い気付いていない!そしてその会話を聞いていた日野ソナタも、噛み合っていないことに気付いていない!
なお、ボディダブルを務める天月西湖(この時点ではまだ“今井葉月”の名前は付いていない)は、女役に気持ちを慣らすため、セーラー服を着てスタジオ入りしていたので、鱒渕は“彼女”のことも、普通に女の子と思い込んでいた。この時期まだ西湖は女声が出せなかったのだが、鱒渕は声の低い女の子と思っていた。
西湖はこの時点ではまだ小学6年生だが、中学生役をするので、学生服は4月からの進学もあるからと自分で買って、セーラー服も川崎ゆりこに用意してもらって自宅に数着!置いていた。なお、西湖は小さい頃から舞台でたくさん女の子役を演じているので、スカートを穿いて人前に出たり出歩いたりするのは全く平気である。
18日(日)は、3つの放送局で、4つのバラエティ番組の撮影があったのだが、この日のアクアの付き添いは日野ソナタが単独でした。鱒渕は19日(月)に実は卒業制作のデモンストレーションが入っていた。それで
「日曜日は何時頃終わりますかね?」
と尋ねて
「何か用事でもあるの?」
と訊かれたので卒業制作のことを言ったら
「だったら、18日は休みなさい」
と田所が言った。それで18日は、鱒渕は大学に行き、制作品(ビデオ作品)の最終的な調整作業をしたのである。
19-23日、龍虎は放課後にデビューシングルの音源製作をしたので、学校が終わった後、タクシーで熊谷駅に行き、新幹線(熊谷16:01-16:40東京)で東京に出る。この5日だけで既に10回乗車なので、龍虎は千里の言ったことが正しかったことを認識した。
スタジオに入り、伴奏してくれるゴールデンシックスのメンバーと一緒に作業をした。放送局に入るわけではないから、カジュアルな格好でおいでよ、と龍虎とは旧知のゴールデンシックス・花野子が言ったので、龍虎は新幹線の中で学生服から、トレーナーとジーンズ(パンツ)に着換えてスタジオに入った。
しかし、スタジオに入ると
「龍ちゃん、普段着ているような服を着なさいと言ったじゃん」
と花野子に言われて、速攻でスカートに穿き換えさせられる。
(なぜか龍虎に合うサイズのスカートがある)
ついでにジーンズのパンツは没収されてしまった。それでその日はスカートのまま帰ることになる(帰りは東京23:00-23:39熊谷)。そしてズボンを没収されてしまったので仕方なく(?)、翌日からは東京に向かう新幹線の中で、学生服を脱いでトレーナーにスカートという格好に着換えることにした。
(龍虎は男物の服をあまり持っていない−着ていると川南や彩佳に取り上げられてしまう−明らかなセクハラだが、本人はセクハラされて嬉しがっている)
鱒渕は19-20日は卒業制作の関係で出て来られなかったが、21-23日はアクアの制作に同席した。それで鱒渕はアクアがスカートを穿いている所しか見ていない。
24日(土)はまた『ときめき病院物語』の撮影があり、龍虎は学生服を着て放送局に行ったが、鱒渕は男役をするので気持ちを男の子にするため男装しているのだろうと思っていた(例によって西湖はセーラー服でスタジオ入りしている)。
24日は撮影終了後、都内のホテルに泊まり、翌日は朝からスタジオに入って、デビューシングルの最終的な歌唱録音をした。これが昼過ぎに完了し、龍虎は
「お疲れ様でしたぁ!」
とゴールデンシックスのメンバーや氷川さん、鱒渕さんに挨拶をして、新幹線で熊谷市の自宅に戻った。
自宅に戻ると母から
「セーラー服受け取ってきたよ」
と言われる。
先日、夏恋が注文してくれた、龍虎が通う中学の女子制服ができあがってきていたのである。
「早速着てみる?」
と母から訊かれる。
「そうだなあ。せっかく作ってもらったし、ちょっと試着してみようかな」
「うん」
それで着てみたが、リボンの結び方が分からない。龍虎はここの中学のセーラー服をこれまで何度も着せられているのだが、リボンはだいたい彩佳や宏恵が結んでくれていた。それで結局彩佳に電話して、リボンの結び方教えてと言ったら、すぐ来てくれて、何度も練習させてくれた。それでだいたいの要領は分かったものの、これきれいに結べるようになるには結構な練習が必要だなと感じた。
彩佳も自分のセーラー服を持って来ていたので着替えて2人並び母に記念写真を撮ってもらう。
「じゃ一緒にお出かけしよ」
と彩佳が誘う。
「え〜?恥ずかしいよぉ」
「何を今更」
結局、宏恵も呼んで3人セーラー服姿でお出かけし、ロッテリアに入ってしばしおしゃべりしていた。するとそこに偶然週刊誌記者が入って来て、龍虎たちが着ている制服が“アクアが通っている中学の女子制服”であることに気付き、3人は“アクア君の通う中学の女生徒”としてインタビューを受けることになった。しかし記者は最後まで、自分がアクア本人と話していることに全く気付かなかったようであった!
1月28日(水).
冬子は新しくリーフとエルグランドを買ったので、カローラ・フィールダーは売却することにし、佐野君が高く買ってくれるお店を知っているからと言うので、一緒に行くことにした。この時、フィールダーには佐野君だけが乗っており、冬子と政子は、佐野君の奥さん・麻央が運転するインテグラに乗ってフィールダーの後を付いて行っていた。
ところがその途中、フィールダーは何かを避けるようにして急ハンドルを切ったが、その勢いで道路から逸脱し、斜面を滑落して炎上してしまった。冬子はすぐ斜面を降りようとした麻央を捉まえ、政子にそのまま押さえているよう言って、自分で斜面を慎重に降りて行こうとした。
ところが佐野君は目の前に立っていた。
麻央が泣いて佐野君に抱きついた。
「怪我は?」
と冬子が訊く。
「大丈夫みたい」
とまだ呆然とした佐野君が自分の身体をあっちこち触ってみて答える。
「どうなってんの?」
「分からない。気付いたら、そこに居た」
もちろん先日の約束に基づいて《くうちゃん》が彼を車外に転送したのである。車が滑落を始めた瞬間に転送したし、今回は1人だけだったし、予め“心の準備”もしていたので、ちゃんと地面に着地させる所までしてあげた。先日はさすがの《くうちゃん》も3人を車外に出すだけで精一杯だったのである。空中に揚げたのは、地面に置くとスピンしている車にはねられる可能性も考えた一瞬の判断である。今回は車が滑落していったので、地面に置いてもはねられる可能性は無かった。
冬子は谷底で激しく燃えているフィールダーを見て
「これは本当は一週間前の中央道で炎上したんだ」
と思った。
JAFを呼んで車を引き上げてもらい、来てくれた人の工場に運んで廃車処理をしてもらってから、もう夕方になってしまったが、冬子は佐野君たちを料亭に招いて、1週間前の出来事を語った。
「本当はあの車は1週間前に燃えたんだと思う。でもきっと神様が私と政子を助けてくれたんじゃないかな。だから今日の事故はその埋め合わせ、辻褄合わせが起きただけで佐野君のせいじゃないから、悪く思ったりしないで」
「だったらあの車があんなに激しく燃えたのも納得いく。中古車屋さんに行くのに必要な程度の燃料しか積んでなかったのに」
と佐野君も言った。
「あの時は神戸まで行くのに満タンにしていたからね」
「じゃ、やっぱり私が燃やしちゃったのね」
と政子が言う。
「気にすることないよ。それで中田、たくさん運転の練習する気になったんだろ?」
と佐野君。
「だったら、私、私たちの身代わりになる形になったフィールダーちゃんのためにも頑張って運転も歌も練習する」
と政子。
「うん。事故ってさ、どうしても起きちゃうけど、それをバネに努力すれば次は簡単には事故を起こさないように自分が成長できるんだよ」
と佐野君は言った。
「じゃ、利春はこの後せめて半年は事故を起こさないようにしない?」
と麻央が言うと、佐野君は頭を掻いていた。
阿倍子の所に通ってきてくれる家政婦さんは2人で、だいたい1日交替で来てくれることになっている。基本的には、前日頼んでいた買物をしてから昼前にうちに来てくれる。本当は規約違反らしいのだが、キャッシュカードを預けて、ATMでお金を引き出してきてもらうこともある。
そしてその後、家事をしながら阿倍子とおしゃべりをしている。実際何時間も掛けてするような家事も無いので、阿倍子のそばにいて話し相手になり、血圧・脈拍・体温・体重を測って、体調管理と雑用をこなすのが主たる仕事という感じである。そして晩御飯を作ってから夕方には帰っていく。今の所医者からカロリー制限などはされていないので、おやつなどを買ってきてもらい、一緒に食べたりすることもある。
その日、阿倍子は家政婦さんが帰った後の夕方8時頃、突然タコ焼きが食べたくなった。貴司がいたらタコ焼き器で作ってくれるのだが(阿倍子はタコ焼きを焼くのが苦手である)、貴司が帰宅するのは稀である。だいたい会社が終わったら、兵庫県にある夜間も使用できる体育館に移動し、そこで深夜まで練習をしている。帰りの電車が無くなってしまうので、そのまま泊まって朝直接会社に出かける。つまり全く帰宅しない。
以前、ほんとうに練習しているのだろうか?浮気とかじゃないよね?と思い、同行させてもらったこともあるが、実際夜遅くまで練習を続ける姿を目にして、凄いなあと思った。これなら自宅に戻る暇も無い訳だ!社員選手ってほんとに忙しいんだなと思った(その日は阿倍子は播但線最終で姫路に出て姫路市内で泊まった:駅までは市川ドラゴンズの女性選手がバイクで送ってくれた)。
そういう訳で、阿倍子は《外出禁止》を貴司から言われているものの、タコ焼き買いに行くくらいいいよね?と思い、マンションを出た。雨が降っていたので傘を差して道を歩いて行く。千里中央駅の前に屋台のタコ焼き屋さんが出ていたので、そこで1パック買った。
それで帰ろうとしていた時、阿倍子は突然貴司との約束を破って外出したことで罪悪感を感じた。貴司さん私のこと心配して外出禁止と言っていたのに、私、破っちゃった。これで本当に気分が悪くなったりしたら、言い訳もできない。
ところがそんなことを考えた瞬間、本当に気分が悪いような気がしてきたのである。
「えーん。どうしよう?このくらい大丈夫と思ったのに」
結局、立っているのも辛いので、うずくまってしまった。傘も落としてしまい雨が当たる。タコ焼きのパックも落として水たまりに落ちてしまった。
立てない。
ああ、やはり出歩いたのまずかったかな。タコ焼きくらい我慢すればよかったと後悔するが、どうにもならない。