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■娘たちのフィータス(4)

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2015/1/20 23:13.
 
『来るぞ。気をつけろ』
と《こうちゃん》が警告した。千里も強烈な呪いがこちらに飛んでくるのを感じた。あと30秒くらいで到達する。車の周囲に超強烈な結界を張る。これで(たぶん)この程度の呪いは跳ね返せるだろう。象みたいなのが2〜3頭飛んできたら分からないけど。強すぎたかも知れないけど大は小を兼ねるよね?
 
ところが千里たちが呪いを感知した数秒後、車が大きく“左”に横滑りした。政子は「きゃーっ」と悲鳴をあげてハンドルを思いっきり“右”に切った。
 
当然車はスピンする。
 
『くうちゃん!』
『任せろ』
 

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《くうちゃん》が千里・政子・冬子の3人を車外の空中に連れ出してくれた。冬子は確か元体操選手だったよなと思い、そちらは多分自分で何とかするだろうと思って千里は政子の身体に手を伸ばすと引き寄せて抱くようにして着地した。
 
車は激しくスピンしてデリネーターを倒して道路外に飛び出したが、そこでなぜか2つに分身した!? 車が裁断されたのではなく、どちらも完全な形のカローラ・フィールダーである。
 
『何あれ?』
と訊くと、《くうちゃん》も
『分からん』
と言った。
 
片方のフィールダーはデリネーターを倒した時に横転し、そのまま天井を下にしてひっくり返り炎上してしまう。しかしもう一方のフィールダーは転倒せず回転しながら、地面にめりこむようにして停止した。
 
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『どうも運動エネルギーの水平成分と垂直成分に別れたようだ』
と《くうちゃん》
『等しく分身したの?』
と千里は訊いた。
 
『中の荷物は全て水平成分の方に行った。分かった。炎上しているのはこの車の1週間後の姿だよ。あと5分で元の時間に戻る。時間が折りたたまれている』
 
『それって1週間後に走行中に炎上したりするわけ?』
『仕方ない。その時はまた中に乗っている人物を脱出させてやるよ』
『よろしく。冬子にはしばらく車に大事なもの載せないように言っておかなくちゃ』
 
《くうちゃん》は、その無事停止した方の車を、掛かったままの千里の結界をうまく利用して“光学迷彩”のように隠してしまった。結果的にひっくり返って炎上している車のほうだけ見えている。
 
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《くうちゃん》が車を隠した次の瞬間、誰かが掛けた“呪い”が車に到達する。嘘だろ?何あれ?と千里は思う。ヒグマの倍くらいありそうな、巨大な黒い猛獣のようなものであった。さっきは結界強すぎたかな?と思ったけど、あの強さで良かったみたいだ。もっと弱かったら危なかった。
 
しかし、目標となる車が既に転倒して炎上しているので、“呪い”は目標を見失い、ロケット並みの凄いスピードで北東の方向に戻って行った。
 
『凄いスピードだ。第1宇宙速度並み。こうちゃんより速くない?』
などと千里が思ったら、《こうちゃん》がムッとしたように言う。
 
『俺は第3宇宙速度くらい出るぞ。あんな奴、結界なんか作らなくても俺が倒してやったのに』
 
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それはそうだろうけど(いざという時は頼ろうと思ったけど)、その場合、さすがに《こうちゃん》自身も怪我無しという訳にはいかないだろうと思った。
 
飛んで行った方角的には、術者はどうも栃木か福島付近に居たようだなと思った。まあ、無事では済むまいが・・・と思っていたら、30秒ほどの後、彼らの末路が一瞬見えて、千里は厳しい顔をした。《こうちゃん》も感じ取ったようで、一瞬表情が変わった。
 

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その時、着地後しゃがんでいた冬子が立ち上がり、こちらを見た。それで千里も表情を緩めて冬子に
「怪我してない?」
と尋ねた。
 
「うん。大丈夫そう」
と冬子は自分の身体を触りながら言った。
 
「無事着地できたみたいね。冬、たしか元体操選手だったよね?」
「体操は習ったけど、選手ではないよ」
「男の子を装ってたけど、レオタードになったらちんちん無いことがバレて、あんた女の子じゃんと言われて出場できなかったんだっけ?」
 
「何それ〜?」
 
「政子がそんなこと言ってた気がする」
「政子の妄想だと思う」
「そうなの?」
 
政子も冬子がキスをしたら意識回復した。
 
しかし2人とも炎上するフィールダーを呆然として見ている。
 
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「車に何か大事なもの載ってなかった?」
と千里が訊くと譜面やパソコンがあったけど、パソコンのディスクの中身は毎日バックアップ取っているから1日分だけ頑張ればいいと思うと冬子は言った。
 
「あっ」
と冬子が声をあげる。
 
「何か?」
「Angelaが・・・」
「それって6000万円のヴァイオリン?」
「うん。でも私たちが助かっただけで運がいいとしなきゃ」
「それは被害の出すぎだなあ」
 

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と言うと千里は青葉に電話した。
 
「青葉、事故っちゃったんだけど、呪いを掛けた相手分かる?」
「怪我は?」
「全員無傷」
「よく無事だったね!ちょっと待って」
 
と言ってから青葉は“千里の目”を通してこちらを見た。千里には光学迷彩が無効なので、青葉にも、同じ車が2台あって、片方は炎上しているが片方は無事なのが見える。
 
青葉は呆れたように言った。
 
「何これ?」
 
「私も想定外の事態でさ」
「ホントに!?相手は分かったけど、それより呪いはターゲットを見失って、術者の所に戻って行ったと思う」
と青葉は言っている。
 
まあ向こうは死んだみたいだけどね。
 
「呪いは既(すんで)でかわしてるよね?」
「かわしてる。呪いは解けた」
「良かった」
 
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青葉はともかくも明日朝一番のサンダーバードで神戸に向かうと言っていた。それで千里は電話を切った。
 

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「呪いは青葉がうまく処理してくれたみたいだし、私たちは神戸に向かおうか」
と千里は言った。
 
「どうやって?」
と冬子が尋ねる。
 
「誰かが運転席に座って、あとふたりで車を押せばいいと思うんだ」
 
と千里は答えた。ちょうどその時“5分”経ったようである。
 
冬子も政子も目を丸くしている。
 
「この車今燃えてなかった?」
「気のせいでは。誰が押す?」
 
「それ腕力を考えたら、政子が運転席に座って私と千里で押すしかない」
 
「私が運転していいの?」
と政子が不安そうに訊く。
 
「ローに入れて。せーのでアクセル踏んで。道路に戻ったらすぐ停めて。それでふたりが乗り込んで後は私が運転する」
 
「分かった!」
 
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数回試みるがスタックから脱出できないので、車内に積んでいた仮眠用の毛布を下に敷いたら何とか脱出できた。それで車は路側帯まで戻り、そのあと千里が運転席に座り、後部座席に冬子と政子が乗って車は出発した。
 

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「今のは呪いにやられたの?」
 
「違うよ。今のは単なる事故。車が左に流されたらハンドルは左に切らなきゃ。それを右に切ったからスピンしたんだよ」
と千里が言う。
 
「え?左に切ったら、ますます左に行かない?」
などと政子は言っている。
 
その問題は冬子が紙に絵を描いて説明したら、政子もやっと理解したようだ。
 
「私のせいだったのか。ごめんなさい!」
「いや。政子のナイスプレイかも。その事故のおかげで、呪いは目標を見失って術者の所に帰っていった。政子のおかげで、冬子も政子も死を免れたんだよ」
 
「やはり死ぬはずだったの?」
「政子の事故のおかげで助かったんだな」
「うむむ」
 
多分千里の結界で呪いが跳ね返されたり、あるいは《こうちゃん》に反撃されて式神が逃げて行った場合より、死者の数は少なくて済んだだろうなと千里は思った。跳ね返されていたらたぶん倍返しになっていた。
 
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「それ術者はどうなるわけ?」
と冬子が訊いたが千里は答えた。
 
「それは考えなくてもいいと思う」
「分かった」
 
それで冬子はだいたいのことは分かったようである(政子は分かっていない)。
 

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神戸のイベントが行われている間に青葉も到着した。冬子たちを見て、完全に呪いはクリアされていることを確認してくれる。
 
その冬子たちに★★レコードから緊急に話がしたいという連絡が入った。それで冬子と政子は新幹線で東京に向かうことにし、千里は青葉を乗せて冬子のフィールダーで東京に戻ることにした。その帰路で青葉はスマホで情報を収集していた。
 
「東北道で不酸卑惨のメンバー5人が乗っていたワゴン車が横転して2名死亡だって」
と青葉が言う。
 
「青葉も最初から犯人は分かってたでしょ?」
「そんな気はしていた。ローズ+リリーを目の敵にしていたし。でもあの事故現場を、ちー姉の目を通して見た瞬間確信した」
 
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千里と青葉は東京に戻ると(冬子から預かった鍵で)恵比寿のマンションに入り、“怪しげなもの”を全部見つけ出した。そこにケイたちが帰宅した。
 
「これ処分しておきますね」
と青葉。
「よろしく」
 
「でもこれ誰か霊能者に定期的にこのマンションのチェックさせたほうがいいかも」
と千里は提案した。
 
「それかなり上級の人でないとまずいよね。今日見つけた中にはかなり巧妙なのがあった。でも私は遠いし。誰か適当な人居ないかなあ」
と青葉は悩んでいた。
 
「★★レコードの話は何だったの?」
「それがね」
 

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冬子は政子にもう寝るように言い、そのあと千里たちに説明した。
 
冬子たちは、★★レコードの会議室で、不酸卑惨のメンバーが自分のブログに昨夜23:13付けで「ローズ+リリーに今鉄槌を降ろした」という書き込みをしていたののスクリーンショットを見せられた。その書き込み自体は事務所の人が気付いて即消したので、拡散したりはしていないということだった。
 
その書き込みでは、彼らが先日急死した作曲家の本坂伸輔にも同様に呪いを掛けていたことが示唆されていた。
 
大胆な犯行声明だが、これが公になっていたとしても、現代の日本を含む多くの国では呪詛で人を殺すことは不可能であるとされているため、これは法的には「不能犯」と呼ばれ、たとえそのターゲットになった人が死亡したとしても“呪詛とは無関係の偶然”とされ、犯罪に問うことはできない。
 
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(だからデスノートで人を殺しても無罪であり、月も海砂も犯罪者ではない)
 

冬子も実は昨夜大宮万葉から緊急の連絡が入り、誰かが冬子たちに強烈な呪いを掛けたので、今夜は絶対運転しないで下さいと言われたこと、偶然醍醐春海が来たので、彼女に運転してもらって神戸まで行ったことを語った。
 
但し事故の事は話していない。そんなことを話したら、政子から運転免許を取り上げろと言われるのは目に見えている。
 
「結局、大宮万葉が私たちの車に結界を掛けて呪いから見えないようにしてくれたようなんです。それで掛けた呪いは術者の所に戻って行ったのだと思います」
と冬子は説明した。
 
「それで術を掛けた本人がやられてしまったのか」
「呪い返しという奴だね」
 
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★★レコードはケイたちに、専任のドライバーをつけるというのを提案してきた。
 
「ケイちゃん・マリちゃん、上島雷太さん、後藤正俊さん、田中晶星さん、醍醐春海・葵照子さん、スイート・ヴァニラズのElise,Londaさん。この6組でうちの売上げの9割を占めている」
と松前社長は言った。
 
それでその6組に無償でドライバーを付けて、仕事だけでなく個人的な用事ででも使ってもらえるようにしたいということだったのである。
 
「もちろん君たちに車の運転を禁止するわけではない。ケイちゃんにしろ醍醐君にしろ、運転しながら曲を思いつくんだとよく言ってるよね。だから自分で運転してもいいけど、ちょっとでもきついと思ったらその専任ドライバーを24時間いつでも遠慮無く呼び出して欲しい」
 
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「その運転手さんの体力が心配です」
 
「10人くらいでチームを組むので、その時対応できる人が対応する。彼らには充分な給与を払って他の仕事をしなくても大丈夫なようにするから」
 
「だったら安心ですね!」
 

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それで10人ほどからなるドライバーチームが発足し、ケイとマリの第1優先ドライバーとして佐良しのぶ、醍醐春海・葵照子の第1優先ドライバーとして矢鳴美里が就任することになる。これはドライバーチームの中心となることになった、鶴見と染宮の2人の個人的なコネで採用したものであった。なお上島は自分で独自にドライバーを雇うといって、ドライバー提供の話は辞退した。
 
なお、21日の夜は千里がインプで青葉を高岡まで送っていった。インプは実は土浦市にあったのだが《わっちゃん》に東京まで回送してもらっていた。青葉は
 
「さすがに、ちー姉ひとりでは無茶だよ。神戸までひとりで往復したばかりなのに」
 
と言って、深夜なのをいいことに半分くらいの行程を運転してくれた。。
 
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千里は1月22日(木)朝、高岡で青葉を降ろすと、そのまま(兵庫県)市川まで行き、軽く市川ラボの掃除をしてから、スペインでの練習開始時刻(日本時間21時)まで、ぐっすり眠った。
 
 
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