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■女の子たちの卒業(13)

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(C)Eriko Kawaguchi 2015-09-21
 
千里は4月1-5日は出羽の冬山修行に参加する傍ら、旭川で引越の荷物をまとめて送ったり、高校や中学の友人と会ったりして過ごし、5日は再度留萌の実家にも顔を出した。そして6日に旭川→羽田の飛行機で東京に出てきて、千葉市内の借りたアパートに入るが、まだ旭川から送った荷物が届いていない(引越シーズンなのでこの時期はどうしても到着に時間が掛かる)ので外食でもするかと思って出ていて雨宮先生に遭遇した。
 
そして雨宮先生に乗せられてインプレッサ・スポーツワゴンの中古を買ってしまった。先生はその後千里を高級ホテルのディナーに連れて行ってくれたが貴司とのことでもやもやしたものがあったこともあり、雨宮先生に乗せられてワインをかなり飲んだ。
 
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4月8日にはC大学の入学式が行われる。これに千里はレディススーツを着て出席した。一緒になった鮎奈(C大学医学部)が
 
「おぉ、千里の普通の格好だ」
と言って喜んでいた。
 
彼女とも千里は中性的な声で会話しておいたのだが、入学式の中で国歌斉唱する時だけ、千里は女声で歌った。それで鮎奈は
「そういう声も出るのか?」
 
と言っていた。
 
「だいぶ練習したよ。でもまだ試運転中」
「声変わりする前の声と声質が違う」
「うん。あの声には多分戻れないと思う」
「でもちゃんと女の子の声に聞こえるよ」
「ありがとう」
 
実際問題としてこの時期はまだ、中性的な声(ささやき声を発展させたもの)はストレス無く使えるものの、女声の方はまだ長時間維持するのが辛かったのである。千里が女声を普通に使えるようになるのは、実は6月頃、吉子の結婚式の直前くらいである。
 
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一方貴司は韓国での仕事が、相手企業の条件闘争のためけっこう手間取り、4月8日(水)になってやっと妥結して帰国することができた。
 
会社で報告をした後帰宅し、疲れたぁと思ってマンションでぐったりとしていたら芦耶から電話がある。
 
「聖道さん、こんばんは」
「・・・・。ね。貴司、私たち結構親しい仲だよね?」
「うん」
「私のこと、名前で呼んでくれないの?」
 
「いや、その・・・」
「それとも貴司、私以外に恋人いるんだっけ?」
「いないよぉ。僕が好きなのは君だけだよ」
 
と言いつつ、千里のことがとっても気に掛かる。
 
「例の3万円のバレンタインくれた子は?」
「いや、だからあれは男だって」
 
ということにしちゃったからなあ。千里も男装で来るから芦耶を紹介してくれなんて言ってたし。さすがにそれはできない気がするけど。
 
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「その人、どこに住んでいるの?」
「あ、えっと。千葉だけど」
「遠いね!」
 
自分のライバルかも?と思う子がそんなに遠くに住んでいるというのは意外だった。確かに、それらしき子を見かけたのは、例のタクシーの中で消えた?という事件の時だけだ。遠くにいるからめったに見ないのか。
 
たぶんあの事件は、本人が乗ろうとしたものの直前で中断し、それに気づかずにタクシーのドライバーが発進してしまったか何かで起きた出来事なのだろう、と芦耶は解釈していた。
 
「でも出張お疲れ様」
「うん。疲れた。今週いっぱいは代休をもらえることになった」
「良かったね」
 
と言ってから芦耶は思いつく。
 
「ね、お休みならデートでもしない?」
「うん。そうだなあ」
「日帰りデートでいいよ。車で出て、香川まで行って讃岐うどん食べてこようよ」
「え?四国?フェリーで渡るんだっけ?」
「橋だよ!」
 
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「あ、そうか。橋があったんだっけ?」
「行きは淡路島経由で行って、帰りは瀬戸大橋で岡山に戻ってくればいいよ」
 
あ、そうか!こないだ千里と一緒に淡路島まで行ったんだというのを貴司はやっと思い出した。
 
「でもそれかなり距離がない?」
「大丈夫だよ。充分日帰りできるよ」
 
と言って、ノンストップで走ればねと心の中で付け加える。日帰りということにしておいて、途中でたくさん休憩させて、一晩泊まることにすれば・・・・。車中泊でもいいなあ。狭い所でするのも楽しそうだし、などと芦耶は考えていた。
 
(千里(せんり)から高松までは淡路島経由で200km, 岡山経由で250km程度である。往復450kmは「車の運転に慣れた人」なら楽勝で日帰りできる道のりだ。ちなみに先日の千里(ちさと)とのドライブは大阪→淡路が70km, 淡路→京都が100kmほどであるが、結局車中泊して丸一日かかっている)
 
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「うーん。じゃ明日梅田あたりで落ち合おうか?」
「高速に入りやすいように、私がそちらのマンションに行くよ」
 
と芦耶は言う。こないだはヨドバシ梅田店に行こうとして大阪駅周辺を3周もしたからなあ、などと思い起こす。
 
「うん。分かった」
と貴司も答えた。
 

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なんかむしゃくしゃした気分だった佐藤玲央美は、偶然見かけたパチンコ屋に入ってみた。
 
なんか凄い所だなあ、と思ったものの実は玲央美はパチンコの仕方を知らない。それで素直にお店の人に「初めてなんですけど」と訊いてみたら、人の良さそうなおばちゃんが親切に教えてくれた。適当な空いている台の所に座らせ
 
「ここにお金入れたら玉が出てくるから。それでハンドル回せば玉が打たれてここに入ったらまた玉が出てくるのよ」
と言われるのでやってみる。おばちゃんはしばらく付いていたが大丈夫そうだなと見て、入口の方に戻って行った。
 
すると玲央美がしばらくやっていた時、突然派手な音楽が鳴り始めたかと思うと、皿に物凄い数の玉が流れ出してきて「何だ?何だ?」と思う。
 
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焦って隣で打っていた中年女性に
「すみません。これどうしたらいいんでしょう?壊れちゃったのかなあ」
と尋ねた。
 
「あんた、それ大当たり」
「え?どうすればいいんですか?」
「あんたもしかして初めて?」
「はい」
「ビギナーズラックかぁ! だったら悪いこと言わない。ここでやめて換金した方が良い」
と彼女は言った。
 
玲央美が換金も知らないというので、結局その女性は自分の打つのを中断して玲央美の手伝いをしてくれた。玉のたくさん入った箱を持って店の奥に行き、大量のケースに入った地金と交換する。
 
「その金属の板みたいなの、どうするんですか?」
「まあ、一緒に来てごらん」
 
それで彼女は玲央美を連れて店を出る。しばらく歩いて何か窓口だけがあって多数のおじさん・おばさんが並んでいる所に来た。前に並んでいたおじさんが「それ凄いね!」と驚いている。玲央美はさっぱり訳が分からない。
 
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やがて玲央美の番が来る。付き添ってくれていた女性が大量の金地金を出すと、窓口の人は確認して、玲央美に8万6千円も渡してくれた。
 
「こんなにもらっていいの?」
と玲央美が戸惑っているので
「だってあんたが当てたんだろ?」
と女性は言った。
 

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玲央美がシステムをさっぱり分かっていないようなので、
「じゃ御飯でも食べながら説明するよ」
と彼女は言う。
「ぜひ御飯代は私に出させてください」
「んー。じゃ、大当たりのお裾分けにあずかろうかな」
と彼女も言った。
 
それで結局近くの牛丼屋に入り、一緒に牛丼の大盛りを食べながら彼女はパチンコのシステムを詳しく説明してくれた。
 
「なんか面倒くさいことするんですね。それお店でそのまま現金をもらえるようにした方がシンプルなのに」
「それをやると賭博罪になるからさ」
「へー」
「日本で公的に賭博が許されているのは競馬や競輪などの公営ギャンブルと、みずほ銀行が運営している宝くじ、日本スポーツ振興センターがやってるtotoだけ。だからパチンコ屋ではあくまで景品を出す。その景品を景品交換所で現金に換える。その景品は景品問屋が買ってパチンコ屋に納入する。これを三店方式と言ってそれで賭博罪に問われないようにしているんだよ」
 
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「実質賭博じゃないですか!」
 
「まあ、警察とパチンコ業界の妥協の産物だね。日本人って建前と本音の使い分けが甚だしいから」
「確かに」
 
「ところであんた一瞬オカマさんかと思ったけど、本物の女みたいだね」
と彼女は言う。
「私、よく誤解されるみたい」
と玲央美も答えて笑う。
 
「あ」
と彼女は突然言った。
「あんた、佐藤玲央美じゃん」
と彼女。
「わ、ご存じでしたか」
「私のこと知らないよね?」
と彼女が言う。
 
玲央美は少し考えてから言った。
「倉敷K高校のアシスタントコーチさんですよね?」
 
「凄いね。よく覚えてるね」
「なんか旭川N高校の村山千里が因縁ありそうな顔をしていました」
「あいつは私の弟子なんだよ」
「へー!」
 
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「佐藤さんは、どこの大学に行ったんだっけ?」
「大学には入ってません。Wリーグのスカイ・スクイレルに入団したのですが」
「嘘!あそこ廃部になっちゃったね!」
「そうなんですよ。間が悪いというか」
「じゃどこに行くの?」
「今の所あてがないです。取り敢えず今、電話オペレータのバイトしてます」
 
「どこかの実業団にでも渡り付けてあげようか?私、けっこうコネあるよ」
と藍川真璃子は言った。
 
玲央美は少し考えた。
「実は私、ウィンターカップで燃え尽きてしまった気持ちで」
「あれ凄い試合だったもんね!」
「私だけでなく、村山千里も燃え尽きてしまったみたいで少し心配してるんです」
「ふーん・・・」
 
と藍川はしばらく考えていた。
 
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「すっごく悪いこと考えちゃった」
と彼女は本当に悪戯っぽい笑顔で言った。
 
「は?」
 
「あんたと千里をふたりまとめて鍛え直してやるよ」
 
「えっと・・・K高校の方は?」
「クビ」
「あらら」
「監督が交代になっちゃってさ。だからスタッフも全員解雇された」
「そうだったんですか」
 
「それで私も暇もてあましてたしね。千里をちょっとからかってやろうかとも思ったんだけど、どうもあんたの方が面白そうだし。佐藤さん、あんた今すぐバスケやる気持ちになれなくても、一緒にジョギングとか、水泳とかやって少し基礎的な体力を鍛えない?」
 
「そうですね。実は今バスケットのボールを触るのにも少し抵抗感があったんですけど、そういう練習ならしてもいいかな」
「じゃ明日から、私と一緒に基礎練習」
 
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「はい!」
と玲央美は明るく返事した。
 
「あ、すみません。お名前何でしたっけ?」
「あ、私は藍川真璃子」
「まりこさんですね。よろしくお願いします」
「うん、ゆるゆるとやっていこうね」
「あ、そのくらいが良いです。今私あまり頑張れないから」
 
藍川は微笑んで頷いていた。
 

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