広告:ここはグリーン・ウッド (第5巻) (白泉社文庫)
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■女の子たちの卒業(9)

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(C)Eriko Kawaguchi 2015-09-20
 
3月28日、千葉。
 
もやもやする気分を解消しようと麻依子はボールとバッシュを持ち、近くの市民体育館に出かけた。ドリブルしてゴールめがけてレイアップシュートをする。きれいに入る。うん。いい感覚。なんかこういうのしてると気持ちが整理されてくるなあ。
 
そんなことを思いながら黙々と練習していた時、
「済みません。まだ使われますか?」
という声が掛かる。
 
見ると事務の人だ。時計を見たら借りてから1時間10分経ってる。ありゃー。麻依子は1時間ということで体育館を借りていたのである。
 
「済みません。もう上がります」
と事務の人に言い、引き上げようとしていたら、向こうからやってきた人物に見覚えがある。
 
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「あれ〜、溝口さんだ」
「愛沢さん!」
 
それは旭川A商業に居た1学年上の選手、愛沢国香であった。彼女が1年生だった年までは、A商業は長い間、旭川3強(L女子高・R高校・A商業)のひとつだったのである。その後N高校とM高校が台頭してきて勢力図が完全に書き換えられてしまった。しかしその激変する環境の中でも彼女の存在感は格別であった。
 
「溝口さん、こっちに出てきたの?」
「ええ。千葉県内の実業団チームに入るつもりで出てきたんですけどね。その肝心のチームが3月いっぱいで廃部になっちゃうんですよ」
「あらら」
「どうしようかと思った所で」
「だったらさ、溝口さんうちのチームに入らない?クラブチームでお給料とかは出ないんだけど」
「愛沢さんがおられるチームなら結構楽しめそうですね」
 
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同日、大阪。
 
貴司が運転するアウディはいつしか自分の住んでいるマンションの近くまで来てしまった。帰宅する時の頭の中の回路が勝手に働いてしまったようだ。
 
「千里、僕のマンションに来る?」
 
正直千里を裸に剥いてみたい気分なのである。
 
「彼女がいるのに、私を連れ込むのはどうかと思うなあ」
「じゃ、もう少しドライブしよう」
「うん」
 
それで貴司は千里(せんり)ICで環状線に乗ると西進し、池田ICから中国道に乗った。いつしかふたりはひたすらバスケットの話をしていた。貴司は人と会うと結局バスケの話しかしていない気もするのだが、とりわけ千里と話していると、他の人に話しているのより楽しい気がしてしまう。
 
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貴司はいつしか「男になってしまった」千里とはもう別れようなどと思っていたことを忘れかけていた。
 
そしてその頃、やっと貴司はあることに気づいてしまう。
 
千里って・・・・こうやって男の声で話していても、なんか女の子が話しているように聞こえない? そんなことを考えてから、そういえばこないだ電話で初めて千里の男声を聞いた時もそんなこと思ったじゃん、というのを今更ながら思い出した。
 
今日は最初は千里が男みたいな格好をして男の声で話していること自体がショックでそこまで頭が回らなかったのだが、少し冷静になって千里の話し方を聞いていると、紛れもなく女の子がしゃべっているようにしか聞こえないのだ。この声を録音して誰かに聞かせても、たぶん人は「低い声の女の人ですね」くらいにしか言わないのではないか?
 
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そんなことを考えていた時
「ああ、もう面倒くさい。このカツラ外しちゃうね。これ蒸れて蒸れて」
と言って千里がカツラを外してしまった。
 
長い髪が飛び出してきて、貴司はドキッとした。
 
「どうしたの?」
と言って微笑む千里の顔が可愛いと思ってしまった。男の声で言われても、可愛いことは可愛い。
 
「いや、何でも」
 
車は中国自動車道からやがて山陽道に入り、三木JCTにさしかかるが貴司は何となく神戸方面に分岐した。
 
「あ、明石海峡大橋を渡る?」
と千里は訊いた。
 
「え?橋があるんだっけ?」
と貴司。
 
「こちらは明石海峡大橋を渡って淡路島に行くルート」
「あれ〜? 淡路島ってこの辺にあったんだっけ?」
「夜の橋もいいかもね」
 
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同日、東京国士館。
 
家元は公演の冒頭、
 
「長い修行期間をやっと卒業して家元を襲名させて頂きますが、これからも人一倍精進して芸を磨いていきたいと思いますので、よろしくお願いします」
 
と挨拶をした。それを聞いていて冬子は、自分がこれから歩む道も長い道のりになるんだろうなと思い、政子とふたりで2月に吹き込んだ「長い道」のことを思い起こしていた。
 
襲名披露公演は家元自身の歌唱を含む若山流三家のトップ数人の演奏、鶴音たち《鶴家》四姉妹による演奏など有力派閥のトップの演奏、また何人かの特に優秀な歌い手の演奏などが続き3時間ほどに及ぶ。その後、赤坂のホテルに移動してのパーティーが終了したのはもう夕方近くであった。冬子たちは出席者にお土産を渡して送り出していく。それがだいたいはけた頃、見送りの列の先頭に居た家元さんが
 
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「お疲れ様でした。ありがとうございました」
と言ってスタッフ一同にも笑顔で御礼をする。
 
56歳で家元を継承した4代目若山桜盛は元アイドル歌手・ロックシンガーという変わった経歴の持ち主である。彼女は冬子を認めて声を掛けてくれた。
 
「あなた大変だったみたいね」
「いえ、そちらにご迷惑掛けたりしないかと気が気でなりませんでした」
「いや、私こそ姉が先月もハリウッドスターと派手なスキャンダルやって正直義絶したい気分だった」
 
本来の家元候補であった彼女の姉はもう20年以上アメリカに住んでいて女優をしているが、これまでも何度か男性俳優や歌手とのスキャンダルが報道されている。若山一派では彼女の存在を黙殺している。
 
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「冬ちゃんが民謡の名取りというのには、気づいた週刊誌とかは居なかったみたいね」
とそばに付いていた大幹部のひとりが言っている。
 
「すみませーん。まだこの子、名取りになってないんですよ」
と乙女伯母が恐縮して言う。
 
「あ、そうだっけ?」
「若山鶴冬という名前は既に用意しているし、師範になるだけの技量もあるんですけど、本人が民謡の先生にはならないと言うし。でもまあ大学を卒業したあたりで民謡やるやらないに関係無く、強制的に渡そうかと」
 
「ああ、それでいいんじゃない?そのお披露目の時は私も呼んで。それまでずっとアイドルやる?」
「そうですね。申し訳無いですが私はポップスの方でやっていくので40歳くらいまではアイドルでもいいかなと」
 
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「うんうん、それでいいと思うよ」
 
と笑顔で言ってから家元は確認するように小声で言った。
「もう身体は直して女の子になってるんだよね?」
 
「すみませーん。それもまだです。あれって20歳すぎないと手術してくれないんですよ」
と冬子が答える。
 
すると乙女が
「たぶん20歳になったらすぐ手術して成人式にはちゃんと女の身体で出ることになると思いますから」
と言ったのだが、家元は更に冬子のそばに寄って言った。
 
「ね、ね、私も色々コネあるからさ。高校生でも性転換手術してくれる病院知ってるけど、紹介してあげようか?」
 
冬子が困ったような顔をしていたが、すぐ後ろにいた春絵は一瞬顔をしかめた。
 

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貴司が運転する車はやがて明石海峡大橋を渡る。
 
「わあ」
と千里はその夜景に感動の声をあげた。貴司も
「美しい!」
などと言っている。
 
「景色に見とれて事故起こさないようにね」
「気をつける!」
 
「そうだ。確か道の駅があったはずだよ。次のIC降りてみようよ」
と千里が言うので
「うん」
と貴司も答えて淡路ICを降りる。道の駅は幸いにも案内板があったので、それを頼りに辿り着く。ふたりは車を降りて目の前に架かる巨大な橋の夜景を見つめた。ふたりはしばし無言になる。
 

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「きれいだね」
と千里は橋を見て言った。
 
え!?
 
「今、千里、女の子の声を出したよね?」
と貴司は訊いたのだが
「気のせいでは」
と千里は男声で答える。
 
あれ〜〜〜!?
 
しかし貴司は更に千里の性別疑惑を深めてしまった。
 
男物の服を着ているが、長い髪、偽装で塗っていた眉も拭き取っていつもの千里の細い眉になっている。風にたなびく千里の髪が美しい。
 

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「それで貴司、その子と結婚するの?」
と千里は訊いた。
 
「え?」
 
貴司は正直芦耶とのことをまだそこまでは考えていなかったので、千里から訊かれて困ってしまった。
 
どうしようか?
 
「私、前から言ってたけどさ。貴司、他の子と結婚してもいいんだよ」
「ほんとにいいの?」
「貴司がたとえ他の女の子と結婚したって、私は貴司の最初の妻だから」
 
千里の言葉に貴司は千里をじっと見つめてしまった。
 
「私ね、自分はリリスかも知れないと思うんだよね」
「リリスって・・・」
「知らない?アダムの最初の妻だよ。聖書の創世記をよくよく読むとアダムには最初にアダムとセットで作られた妻と、後からアダムのあばら骨から作られた妻がいたことが分かる。最初のアダムと一緒に作られた妻がリリス。アダムの肋骨から作られた妻がエヴァ(英語読み:イブ)だよ」
 
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「知らなかった」
 
※創世記1-27.神はご自分にかたどって人を創造された。神にかたどって創造された。男と女に創造された/創世記2-21.人が眠り込むと、あばら骨の一部を抜き取り、その跡を肉でふさがれた。そして、人から抜き取ったあばら骨で女を造り上げられた。/最初に男と女を作ったと書かれているのに後でアダムの肋骨からエヴァを作ったという記述もある問題は多くの学者を古来より悩ませている。この1-27で記述されているアダムとセットで作られた女がリリスではないかという思想は700-1000年頃の神秘文書(Alphabet of Ben Sirach)に由来し、近世の神秘学者の間で広まったもので、むろんキリスト教の正統な教えの中には無い概念である。
 
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「リリスはアダムと対等の権利を要求した。それが不愉快なアダムはリリスと別れておとなしいエヴァと結婚し、アダムとエヴァの子孫が人類になる。だからリリスは子孫を残せなかったんだな」
と千里は説明する。
 
※人間にはアダムとエヴァの子孫とアダムとリリスの子孫が居て、リリスの子孫が魔術などの超常的な能力を持つという考え方もある。
 
「へー」
「リリスは騎乗位を好んだのに対してアダムは正常位を好んだのでふたりは別れることになり、自分の言う通りに何でも受け入れてくれるエヴァとアダムは結婚したらしい」
 
(これは上記「Alphabet of Ben Sirach」に書かれていることである:彼女は言った「私はあなたの下で寝るのは嫌だ」。彼は言った「俺はお前の下に寝るのは嫌だ。俺が上になる。そもそも俺の方が地位は上なのだから、お前が下になる方がうまく行くようになっているんだ」。リリスは言った「私たちは等しく大地から造られたものだから地位的な上下関係は無いはず」)
 
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「僕、騎乗位も割と好きだけど」
「ふふふ」
 
貴司ってわりと「する」より「される」方が好きみたいだもんね、と千里は思う。BLなら間違い無く「受け」のキャラだ。
 
「でも正直、僕は自分がよく分からない。確かに千里とは違う女の子と結婚するかも知れない。今の彼女ではないかも知れないけど」
 
「うん。女の子でも男の子でも男の娘でもいいよ。祝福してあげるから」
 
「男の子と結婚する趣味は無いよ!」
「ほんとかなぁ。貴司それ怪しい気がするけど。男の娘なら?」
「うーん。。。可愛かったらあり得るかも。でも男の娘と結婚するくらいなら千里と結婚したい。男の娘じゃ子供も産めないし」
 
「その時はその子の代わりに私が貴司の子供を産んであげるよ」
 
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「・・・・・」
「どうしたの?」
「やはり、千里って子供が産めるんだよね?」
「まさか」
「やはり千里って嘘つきだ」
 

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橋を見ながらの会話も結局はいつしかバスケの話ばかりになっていった。そして貴司は、千里が男装して男声でしゃべっていても、それが全然気にならなくなっていることに気づいていた。そういえば、千里の丸刈り頭を高校の時に最初見た時はショックだったけど、見慣れると平気になったもんなあ、などと思い起こす。やはり、千里って基本が女の子なんだ。そう思った瞬間、唐突に千里とセックスした時のことを思い出して、あそこがピクリと反応したのを貴司は意識した。千里、こんな男みたいな格好してても、たぶんあそこは女の形だよね?僕のを入れられるよね?千里としゃべりながら、そんなことまで想像してしまい、ドキドキしてしまった。
 
やがて遅いし帰ろうかということになり、取り敢えずトイレに行くことにした。それでトイレの方に向かっていたら、通り掛かった車の中から突然ドンという音がして車が揺れた。びっくりして目を遣ると車内で男女が裸になって戦闘中?のようなので、慌てて目をそらした。しかしそんなのを目撃して鼓動が速まるのを感じた。
 
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トイレの前まで来て、貴司は当然男子トイレに入るが(大きくなりかけていたのでおしっこを出すため少し鎮めるのに苦労した)、千里は女子トイレに入った。
 
「千里って、そういう格好してても女子トイレ使うんだ?」
「私が男子トイレ使う訳ないじゃん」
「さっき普段は男子トイレで立ってするとか言ってなかった?」
「まさか。私、立っておしっこなんてできないもん」
 
「やはり千里、ちんちん無いんだよね?」
「私は男の子だよ。おちんちんもタマタマもあるよ」
「じゃ、そのちんちんって何cmあるのさ?」
「そうだなあ。1cm未満だと思うけど」
「それクリトリスなんじゃないの?」
「一緒にお風呂に入って確かめてみる?」
 
貴司はドキっとした。貴司は実は千里と一緒にお風呂に入ったことがない。
 
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千里と一緒にお風呂に入ってみたいよー!!!
 
この時点で貴司はもはや芦耶のことが頭の中からきれいに抜け落ちてしまっていた。貴司の頭の中にはもう既に千里のことしか無かった。
 

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女の子たちの卒業(9)

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