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■女の子たちの卒業(3)

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「最近XANFUSの売れ行き凄いみたいね」
 
深見鏡子は海岸沿いの堤防の上の道を自転車を走らせながら携帯で久しぶりに桂木織絵(音羽)と話していた。
 
「うん。この1月からたくさんイベントやテレビに出たのでかなり知名度があがったんだよ。おかげでこないだ出した『おどろうぜ、ヤング』だけじゃなくて前作の『さよなら、あなた』まで売れているんだよ」
 
「でも『おどろうぜ、ヤング』はヤングなんて死語使ったのが受けたね」
「そうそう。私も最初タイトル聞いた時は、ちょっと待て、と思ったけどさ。東郷誠一さんって、こういうものに対するセンスが凄くいいみたい」
 
音羽は音楽活動の話からやがて東京での生活の話に移り、こちらは刺激的ではあるけど、お魚が美味しくないし空気が悪いと不満を言っていた。
 
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「友だちできた?」
「びみょー。特に歌手の仕事でけっこう学校休んでるでしょ。なんか棚上げされてる感じなんだよね。クラスメイトたちから」
「まあ、それは芸能人の宿命だよ」
 
「御飯はどうしてるんだったっけ?」
「社長の奥さんが作ってくれてるんだよね。プロに任せた方がおいしい料理食べられるだろうけど、高校生以下のタレントさんは家庭的な方がいいんじゃないかって。だから社長の娘さんたちと一緒におしゃべりしながら。住んでいるアパートは社長の家の隣なんだよ。ごはんとお風呂は社長の家に行く」
 
「半ば下宿生活みたいなものか。そこ他にもそんな感じのタレントさん居るの?」
「うん。北海道出身の練習生で田崎利奈ちゃんって子と、Parking Serviceのアリスちゃん。あの子は実家が高知だから」
 
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「それって男の娘だよね!?」
「そうそう。でもほとんど女の子にしか見えないよ。声だけは男だけどね」
「へー」
「こないだなんか一緒にお風呂入っちゃったよ」
「うそー!? 入れるの?」
「うん。女湯に突撃したことは過去何度かあると言ってた。取り敢えず裸になった程度では男には見えないし」
 
「ちょっと待って。それってもう性転換手術済みなわけ?」
「まだ手術はしてないって。女性ホルモンは飲んでいるらしいよ。だから実胸がAカップくらいあるんだよね」
「へー。でも手術してないんだったら、ちんちん付いてるんでしょ?」
「付いてるって言ってた。でも上手に隠してるんだって」
「隠せるもんなの〜? お風呂で」
「うん。1m程度の距離から見た分には見えなかった。あ、おっぱいの触りっこはしたから、もう少し至近距離に近づいてるな」
 
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「男の娘とおっぱいの触りっこだと〜?」
 
と叫んだ時、鏡子は突然空中を舞う感覚があった。
 
え? 何これ? どうして私、空を飛んでるの???
 
鏡子が自転車で走っていた道が、突然無くなっていたのである。
 
凄まじい衝撃音が聞こえて、織絵はびっくりした。
 
「鏡子!鏡子!どうしたの?」
 
織絵が彼女の名前をずっと呼びつつけていたら、30秒ほどで反応があった。
 
「私、生きてるみたい」
「怪我は?」
「自転車メチャクチャ〜」
「鏡子の怪我は?」
「うーん。何か身体が動かないんだよね。私、どうしたんだろう?」
 
「いったん切るから、すぐ救急車呼んで」
「うん。そうする。でも空中を飛ぶのって気持ちいいね」
 
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病院に搬送された鏡子はMRIを取られた上で、駆けつけて来た母親の同意書を取って手術室に運び込まれ緊急手術を受けた。
 
骨盤骨折は場合によっては大出血を伴い、生命に危険があるのだが、幸いにも内臓は損傷しておらず出血も大したことは無かったので、単純に骨を正しい位置に戻して固定するだけで済むということであった。それでもいったん切開して折れている部分にインプラントを入れてボルトで固定する。
 
所要時間は30分程度ですよと言われ、下半身に麻酔を掛けられた上で、手術は進行していく。
 
ただ、骨盤の骨折ということで、将来妊娠した時に流産しやすくなる可能性があります、帝王切開を選択しなければならない可能性もあります、というのが手術前の同意事項の中に書かれていたが「まあ私、結婚とかしないかも知れないし、いいけどね」などと本人は考えていた。
 
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でも参ったなあ・・・と思いながら鏡子は医師が作業する音を聞いていたが、落下した時に感じた風のことを思い出していたら、唐突に強烈なメロディーが頭の中に浮かんできた。
 
「看護婦さん」
と鏡子が呼ぶので
「どうしました?気分でも悪い?」
と女性看護師が尋ねる。
 
「いえ。何か書くものを取ってもらえません?」
「はあ?」
「今、すっごくいいメロディーが浮かんじゃって。書き留めておきたいんです」
「でも・・・」
 
看護師は医師を見る。
 
「君、今手術中なんだけど」
「でも、今書き留めておかないと絶対忘れちゃう。これ、ベートーヴェンの『運命』並みの名曲だと思うんです」
 
すると医師はその『運命』というのに苦笑して
「ベートーヴェン・レベルなら仕方ないね。じゃ書いてもいいけど、気分が悪くなったり血圧が低下したりしたら中止してもらうよ」
と言った。
 
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「ありがとうございます」
 
それで鏡子は看護師から、レポート用紙と鉛筆をもらい、そこに今思いついたメロディーをドレミ方式で書き始めた。ページの先頭には DOWN STORM というタイトルを記入した。
 

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翌日3月3日(火)。
 
千里はまた早朝から高校の女子制服を着てN高校に出かけて行き、シューター教室をした。晴鹿はまだ戻って来ていないものの、智加たちが熱心に千里の指導のもと、練習をしていた。朝練が終わって帰ろうとしていたら、ちょうど出勤してきた担任の先生と遭遇する。
 
「お前卒業したのでは?」
「13日朝までは練習があるんですよ」
「大変だな!」
「でも1年間ほんとにお世話になりました」
「たくさん宿題作るのは大変だったけど、お前がしっかりやってるから作り甲斐があったよ」
「いえ、ほんとにあれのお陰で助かりました」
「まあこの後も頑張れ」
「ありがとうございます」
 
校門の所まで美輪子が迎えに来てくれていて、空港まで送ってくれる。それで旭川905-1050羽田で東京都内に入る。またまたKARIONのコンサートである。今日はひな祭りということで女子限定ライブを都内のホールでするのである。
 
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この日は女子限定ライブということで、伴奏者やコーラス隊は全員スカートを穿いた。トラベリング・ベルズの5人までスカートを穿かされていた。黒木さんなどは楽しそうにして、フラメンコの真似などしているが、相沢さんなどは嫌そうな顔をしていた。
 
身体の大きなドラムスの鐘崎さん(DAI)などは、本来膝下スカートのはずがミディ・スカートという感じになっているが、そのスカート姿にあまり違和感が無い。
 
「DAIさん、けっこうスカートがハマってますね」
などと小風が楽しそうに言っている。
 
「もうこのバンドは色々変なこともやらされるから、開き直ってます」
などと本人は言っている。
 
「そうだ。みんな楽器に擬態するなんてどうだろ?」
などと黒木さんが言い出す。
 
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「何それ?」
「ギター弾く人はギターに擬態、トランペット吹く人はトランペットに擬態、ドラムス打つ人はドラムスに擬態」
「ギターやトランペットはまだ分かるが、ドラムスはどんな格好になるんだ?」
 

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「へー、春休みに全国ツアーをするんだ?」
 
と3月3日に学校で谷口日登美は友人で昨年秋にXANFUSの光帆としてデビューした吉野美来と話していた。今年は3月1日が日曜日だったので、2日に卒業式をした高校が多かった。それで在校生も通常の授業は3月3日から再開されたのである。
 
「うん。昨日決まったのよ。2枚目のシングルが凄い好調だったから全国5箇所でツアーしようと」
「5箇所というと?」
 
「東京・名古屋・大阪・福岡・金沢」
「札幌とか行かないの?」
「飛行機で行かないといけない所は予算が・・・」
「ああ、泳いでいく訳にもいかないしね」
 
「日程はこれなんだけどね」
と行って美来はパンフレットを見せる。
 
「3月25日(水)金沢、27日(金)名古屋 28日(土)東京 29日(日)大阪 31日(火)福岡。なんかハードスケジュールでは?」
「最初東京・大阪・名古屋の金土日3日間だったのを無理矢理前後に金沢と福岡を入れたというか。実は金沢は計画では札幌だったんだけど、予算が出ないということで」
「たいへんね〜」
「日登美どれか来られない。チケットはあげるからさ」
 
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「私この春休みは塾の合宿に行くんだよね〜」
「ありゃ〜」
「でも金沢に行こうかな」
「へー!」
「実は26日から4月1日まで一週間、和倉温泉なのよね。合宿前に美来たちのライブを見ようかな」
「たいへんね〜!」
 

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千里は3月3日のライブも早い時間帯に終わったので、20:25の羽田→新千歳の便で旭川に帰還した(旭川帰着0:25)。
 
3月4-5日は朝と放課後にシューター教室をして昼間は学校の図書館で「レ・ミゼラブル」とか「谷間の百合」「赤と黒」など小説を読みまくっていた。
 
その4日のお昼には□□大学医学部の合格発表が行われた。千里は合格していた。
 
早速職員室に行き、教頭先生に合格の報告をした。
 
「おお、凄い! 頑張ったね」
と教頭先生は笑顔で言う。担任の先生や宇田先生なども寄ってきて千里を祝福してくれた。千里たちに「大学合格の課題」を出した**先生も寄ってきて
 
「村山君すごいね!」
と褒めてくれた。たぶんこの先生も自分がまさか□□の医学部に合格するとは思っていなかったろうなという気がした。おそらくはこの先生の純粋な意地悪だったのであろう。しかし千里は美事にその課題をクリアして、バスケ部の来期の活動を後押しすることになった。
 
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「どうするの?□□大学に入る?」
「いえ入りません。すぐに辞退の意向を伝えようと思います」
「それC大学の結果が出てからでもいいのでは?」
「うちは貧乏だから、どっちみち私立の医学部なんて無理ですよ」
 
「確かに桁違いに学費が掛かるからなあ」
 
「それに早く辞退を伝えたほうが、その分1人でも早く繰上合格者に連絡が行くことになりますし。たぶん繰上合格になる付近の人たちがいちばんここに入りたい人たちなんですよ」
「言えるね、それ」
 

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5日の夕方、美輪子とふたりで御飯を食べていたら、またまた変な財テクの勧誘電話が掛かってきた。美輪子が断るのに苦労していたので千里が出て男声で断ると。向こうも引っ込んだようであった。
 
「なんかここの電話番号が変なリストに載ってしまっているんじゃない?」
「うん。たぶんそうだと思う」
「電話番号変えたほうがいいかもよ」
「そうしようかなあ。千里がいるうちは何とかなるだろうけど」
 
「私が出て行ったら、入れ替わりに浅谷さんを住まわせたら?」
「あいつ、軟弱だからセールスの電話をピシッとは断れないかも」
「ああ、それは修行が足りない」
 
そんなことを言っていたら、また家電に着信がある。
 
千里と美輪子は顔を見合わせる。
 
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しっかり断ったつもりが、まだ諦めていなかったのだろうか。
 
千里は怒った表情になって受話器を取った。男声で警告する。
 
「ちょっとしつこくすると警察に訴えるよ」
 
すると向こうは
 
「ごめんなさい!」
と言ったが、その声は聞き覚えのある声だった。
 
「え?貴司?」
と言ってしまってから、千里は自分が男声で話していることに気づき、顔がかぁっと赤くなった。
 
「ね、まさか千里なの?」
と貴司が言う。
 
いやだー。絶対に貴司にはこの男声、聞かれたくないと思っていたのに。
 
「うん。ごめん。ちょっとしつこいセールスの電話があって、それと間違えちゃって」
「ごめんね。最初携帯の方に掛けたんだけど、電池切れっぽかったから」
と貴司が言う。
 
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あ、そういえば2日くらい前に充電したきりだった。
 

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女の子たちの卒業(3)

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