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■夏の日の想い出・第三章(7)

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年明けて、2012年1月中旬。私たちの会社 UTP(宇都宮プロジェクト)は事務所の引っ越しをした。
 
美智子が2009年8月3日に芸能マネージメント業を創業した時は、とにかくお金が無かったから、家賃の安い所を探して、常磐線沿いの金町駅の近くにワンルームマンションを借り、そこを自宅兼事務所にしていた。家賃は月3万円だったという。
 
しかし翌年6月に私たちとの契約が出来て、いよいよ本格的な活動に入るという時点で、さすがに金町は不便なので、新宿から京王線で3つ行った笹塚駅から歩いて7分(不動産屋さん見解では5分)の所に3DKのマンションを借りて、そこに登記を移した。家賃は月15万円であった。もちろんオートロックでは無い。私にはオートロックのマンションに住めと要求した癖に!(美智子本人の住居は調布の安アパートに移した)
 
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ともかくも、ここで私たちは1年半にわたって活動していたのである。
 
しかし、2011年に『夏の日の思い出/キュピパラ・ペポリカ』がヒットして、それまで△△社・○○プロから借りていた活動資金を一気に返済することもできて少し資金的な余裕ができたことから、秋頃から、もう少し便利な場所に移動しようかという機運になってきた。
 
ひとつには機材や楽器などの置き場所の問題があった。事務所で所有している機材などを事務所内の一室に置いているものの、そこが満杯ぎみになりつつあった。また事務所で所有している楽器でも、ふつうのギターやキーボードなどはそこに置いておけるが、やや高価なものは盗難の危険を考えると、ここには置けず、実は私のマンションに置いていた。
 
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そしてそれ以上に不便していたのがスタジオの問題だった。一応新宿の貸しスタジオの1室を年間契約で借りっぱなしにしていて、24時間自由に使うことができるようにしていたのだが、そこまで移動するのに電車の待ち時間まで入れてどうしても20分以上掛かるので、この時間のロスを何とかしたいというのがあった。
 
それが、ちょうど、借りている貸しスタジオから歩いて2分という場所に良い物件が見つかったので引っ越すことにしたのである。これまでの事務所が60平米だったのに対して、今度の事務所はその倍の120平米で、ぐっと広くなったが家賃は3倍の45万円である。周囲の相場からするとかなり安い賃料のようであったが、築年数が30年たっているのと、不景気で借り手が少ないことからこの値段で出したようであった。それでも結構な負担である。
 
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「まあ、全然売れなかったら、不便で安い所に引っ越そう」
「みっちゃん、提案。セコムしようよ」
「そうだなあ。やはりしないとまずいかな?」
「絶対まずい」
 
ということで、新事務所はセコムとの契約もすることにした。
 
しかし新宿駅の徒歩圏内ということで、中央線沿いの政子の家からも、東西線沿いのうちのマンション、そして大学からもアクセスが容易になったので、かなり便利になった。
 
私のマンションに置いていた楽器のうちの半分くらいを新事務所に移動した。また、事務所の一室に300万掛けて本格的な防音加工を施し、ここでも一応の練習や簡易な音源製作ができるようにした。電子ピアノにドラムスセット、アンプ、録音・編集用のパソコンなども設置した。必要に応じて隣接する機材倉庫から小型のグランドビアノやバージナル(弦を横に張った小型チェンバロ)を直接運び込めるよう、そちらとのドアが広く開くようにした。
 
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これまでの事務所では3つの部屋の内、1つが機材・楽器・CD・譜面などの倉庫、1つが事務室、1つが応接室兼会議室になっていて、その応接室に自分たちで防音マットを敷き、壁と天井に防音板を貼り付けて、ドアも防音タイプのものに交換して簡易防音室にし、アコスティック・ギターや電子ピアノを弾きながらの作曲や編曲程度はできるようにはしていたのだが、エレキギターの音を出すのは憚られたし、やはり部屋のやりくり上、けっこうな無理があった。
 
新しい事務所の防音室(-75dB)は防音性が完璧なので、深夜にエレキギターを鳴らしても、外には全く聞こえなかった。上の階と下の階で入居者さんに協力をお願いしてdB(デシベル)数を測定したのだが、防音室内でエレキギターを最大音量で鳴らしてみても、上下階では15dBしか無かった。木の葉のふれあう音が20dBで、それ以下である。ビル自体の防音性も良いようである。そもそも上下階とも普通の会社の事務所なので夜間は人がいないし大丈夫ですよと言ってもらった。
 
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「これだけ防音性が高かったらセックスで少々声出しても平気だよね」
と政子が唐突に言う。
「あんたたち、前の事務所でセックスとかしてたの?」と美智子が訊く。
「2回くらいしたかな」
「この部屋ではセックス禁止」と美智子。
「いいじゃん、誰もいない時は」と政子。
「だめ」
「はーい」
たまたま事務所に来ていた宝珠さんが笑っていた。
 
「でも若いっていいなあ。何の制約も無しに突っ走れる」と宝珠さん。「七星(ななせ)さんたちは、結婚しないんですか?」と私は訊いた。
「そうだねー。お互いにバツ1だしね。少し臆病になってる面もあるかな。でも何かの間違いでその気になったらするかも」
「今、住まいは別々?」
「うん。お互いオフの時はずっと一緒にいる時もあるけどね。マリちゃんとケイちゃんは一緒に住んでるんだよね?」
 
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「ええ」
「結婚しないの?」
「私が性別変更して女同士になっちゃったから籍入れられないし」
「紙は関係無いんじゃない?夫婦かってのは本人たちの意識の問題でしょ?」
「そのお言葉、そのまま七星さんにお返しします」
「むむ。しまった」
 
しかし政子はこの新しい事務所の防音室がとても気に入って、事務所で待機している時は、よくこの部屋に入って歌の練習をしていたし、2月にスターキッズがUTPの契約アーティストになってからは、宝珠さんもよくここで管楽器の練習をしていた。宝珠さんがここに来ている率が高くなったので、私と政子も宝珠さんと話す機会が増え、親密度が上がった。
 
新事務所の構成は、一応、事務室、応接室兼会議室、第二応接室兼待合室、防音室、倉庫兼仮眠室、ということになる。この他にキッチンとトイレ、バスが付いている。夏になるとバスルームでシャワーを浴びてくる人も結構出た。
 
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2月にスターキッズがUTPと契約するきっかけになったのが、アニメのテーマソングに関する事件であった。
 
2月5日に放送開始のアニメ番組のテーマ曲を上島先生が書いて、AYAとローズ+リリーが歌っていたのだが、その前夜、上島先生の浮気現場を写した写真が盗撮され、5日付けのスポーツ紙に載ることになった。そして情報をつかんだスポンサーから緊急に連絡が入った。
 
「まさか子供向けの番組のテーマ曲にスキャンダル起こした作曲家の作品なんて使いませんよね?」
とスポンサーさんは言った。
 
番組の開始日なのに、その日の朝の新聞に上島先生の浮気写真が載っているというのは、あまりにも間が悪い。
 
そういう訳で、翌朝の放送で上島作品が使えなくなってしまった。私たちは深夜にテレビ局で開かれた緊急会議に招集され、そこで明日の放送に私たちが書いた曲を流したいと言われた。
 
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ちょうどこの日、ローズクォーツは博多に居た。朝までに戻ってくる手段が無いので、私たちは以前から交流のあった、近藤さんと宝珠さんを中心とするバンド、スターキッズに深夜スタジオに来てもらい、明日の朝のアニメのテーマ曲の録音をして、何とか放送に間に合わせた。
 
それが『天使に逢えたら/影たちの夜』であったが、この曲は元々がとても良い曲であったので、大ヒットとなり、ローズ+リリーにとって3枚目のミリオンヒットとなった。(そもそも政子がライブ活動を嫌がったりしていなければ、私たちはこの曲でカムバック・デビューする予定だったのである)
 

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この事件には更に余波があった。
 
元々このアニメのテーマ曲は、オープニングをAYAが歌い、エンディングをローズ+リリーが歌う予定であった(どちらも上島先生の作品)。
 
それが上島先生のスキャンダルの結果、上島作品が使えなくなったので、私たちの作品を使うことになり、オープニングはAYAが歌う『天使に逢えたら』、エンディングはローズ+リリーが歌う『影たちの夜』を使うことになった。
 
しかし、このスキャンダルには当初 AYA まで巻き込まれてしまっていたので(誤解であることが判明していたのだが、朝の放送にはその弁明が間に合わない状況であった)、初回だけ、私とマリと宝珠さんの3人で歌った特別版をオープニングで流した。
 
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それで AYA の「スキャンダル」というのは単純な誤解であったことがすぐに証明されたので、2回目の放送からは AYA と宝珠さんのふたりで歌うバージョンに差し替えた。
 
ところがこの差し替えに対して「外されたマリちゃんとケイちゃんが可哀想」
という声が大量に放送局に寄せられた。
 
私たちとしては元々オープニングはAYAが歌い、エンディングを私たちが歌う予定だったのでその形に戻しただけのつもりだったのだが、歌手として実績のあるAYAが限定活動中のローズ+リリーから仕事を奪った、みたいな書き方をしている人が多かった。私たちは困惑したが、AYA本人まで自分のブログで「本当はマリちゃん・ケイちゃんと一緒に歌いたかったのよね」などと書いたこともあり(この件は所属事務所の社長さんからキツいお叱りをくらった)、結局、この部分の録り直しをすることにした。
 
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新たにボーカル4人で歌うアレンジをして、スターキッズの演奏部分はそのまま、ボーカルだけ、AYAのメインボーカルに私と政子と宝珠さんが加わって歌う形で収録したものを作った。そして第4回目の放送からオープニングは4人で歌う版に変更したのである。
 
ところがこの変更に今度はAYAのファンから「AYAだけで歌っていたのに」と不満の声が出た。一方でローズ+リリーのファンからも「第1回に流したバージョンはケイちゃんがメインボーカルだったのに」とそちらもまだ不満ということで、不穏な空気が流れ始めた。
 
そこで私たちはAYAと連絡を取り合い、★★レコードの町添さんにお願いして私たちが「仲良し」であることをアピールできる場を作ってもらった。ラジオの番組に、ローズ+リリーとAYA、更には宝珠さんまで呼んでもらい、司会者そっちのけで4人でしゃべりまくった。4人が仲良さそうな様子に双方のファンも「仲良しならいいか」という雰囲気になって、この騒動はやっと収まった。
 
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そしてこの番組で「誰?あの格好良いお姉さん?」という感じで宝珠さんのファンが大量発生し、スターキッズ単独のCDを発売しようという気運も高まったのであった。
 

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スターキッズはインディーズ版のCDではインストゥルメンタルの曲ばかり演奏していたが、実際のライブでは近藤さんがボーカルを取って歌う曲もやっていた。しかしメジャーレーベルからスターキッズのCDを出すということになった時点で、加藤課長は「宝珠さん、歌が上手いじゃないですか。歌って下さいよ」
と言い、宝珠さんをメインボーカルにした曲を入れることになった。
(ライブで宝珠さんが歌わないのはサックスかフルートを吹いているからである!)
 
最初のCDは、私と政子が書いた曲を中心に、近藤さんと宝珠さんの共作(名義は Star=Kid )を混ぜ、1曲だけローズクォーツのマキが書いた曲も入れて、全体が物語になるように構成した。
 
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Prelude No.5 (Mari and Kei) ※,  
Lovers Serenade (Mari and Kei) ★, 
Starlight Nocturne (Mari and Kei) ※, 
I want your call (Star=Kid), 
Grand slam (Star=Kid), 
Mirror Game (Star=Kid), 
Intermezzo 77 (Mari and Kei), 
Fuga for two (Mari and Kei) ★, 
Forest Air (Star=Kid), 
From Skyscraper (Maki), 
Morning Kids Menuet (Mari and Kei), 
Can't stop Dancing: Tomaranai... (Mari and Kei) ※ 
 
(※:Vo.Nanase, ★:Vo.Nanase and Reiji)
 
3月下旬に制作しゴールデンウィーク中に発売されたこのメジャーデビューアルバム『Prelude No.5』は、半分くらいがインストゥルメンタル、歌詞のあるものも全部英語という、通好みの構成であったにも関わらず、宝珠さんのファンが事前に発生していたことから結構売れて、いきなりゴールドディスクを達成した。
 
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■夏の日の想い出・第三章(7)

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