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■夏の日の想い出・第三章(4)

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そういう訳で、私と政子は大学1年の夏に、正式な芸能活動契約を結び、歌手としてカムバックしたものの、実際にはボーカル・デュオとしてはほとんど休眠状態が続き、『恋座流星群』『神様お願い』という2つの一般発売しないCDを出したほかは、他のアーティストへの楽曲提供をするだけの、限定的な活動を続けていた。
 
そのような状況をひっくり返す元になったのが2011年7月22日に突然発売することになった,ローズクォーツの『夏の日の想い出/キュピパラ・ペポリカ』
というシングルだった。
 
7月18日夜、私は高校時代からの親友、仁恵の誕生日に政子と一緒にお祝いをしに行ってて、突然『キュピパラ・ペポリカ』という不思議な曲ができてしまった。その直後、私たちに高校生の時以来、楽曲を提供してくれている売れっ子作曲家の上島先生から電話が掛かってきて、面白い曲が出来たので歌って欲しい。すぐCDも発売しちゃおう、などと言って、先生が★★レコードの町添部長に直接電話を入れて4日後の22日に発売するという話を付けてしまった!
 
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★★レコードの売上の2〜3割を稼ぎ出している上島先生の気まぐれなので、町添さんも緊急に対応せざるを得なかったようであった。曲が出来てから4日後にCDを発売するなんて無茶苦茶すぎたが、美智子は19日朝からローズクォーツのメンバーを招集し、2日間で録音をした。収録した曲は『夏の日の思い出』
『キュピパラ・ペポリカ』『聖少女』『不思議なパラソル』『南十字星』
『斎太郎節』の6曲である。
 
この時、多重録音の回数を少しでも減らして、できるだけ短時間で音源を完成させたいということから、政子にも音源製作に参加してもらった。
 
そして音源は21日の早朝ミキシング作業が終わり朝9:54に★★レコードに持ち込んだ(21日朝10時がタイムリミットと言われた)。★★レコードでは緊急に工場に回してプレス作業をした。工場からは全部プレスしてから納品してもらうのではなく、とにかくプレス終わった分をどんどん持って来てもらう対応をし、来た分を社員が車や飛行機で全国各地のCDショップへ運んだ。それと並行して、社内でもCD-Rを使って1万枚焼いた。結局発売初日に東京など大都市のショップで売った分はこのCD-R版になった。(このCD-R版『夏の日の思い出』
は後にプレミアムが付いて未開封美品はヤフオクで1万円以上で取引されていた)
 
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★★レコードではこれまでローズクォーツの曲はだいたい10万枚程度売れていたので、今回も工場には10万枚の発注をしたつもりだった・・・・が、とにかく緊急の作業で、やりとりに混乱があり、10万枚の発注が2回なされた形になって工場では24日の日曜日までに20万枚プレスしてしまった。伝票を見て担当の南も青くなった(10万枚は売値1億円分)のだが、それが結果的に怪我の功名になった。
 
このシングルは事前の宣伝も何も無しでのいきなりの発売であったにも関わらず最初の一週間で15万枚売れてしまったのであった。10万枚しかプレスしていなかったら品不足になるところだった。24日夜時点での売上速報値の合計が8万枚あったのを見て、町添部長はすぐ更に30万枚の追加プレスを命じた。
 
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宣伝も力を入れた。各地のFM局に頼み込んで生番組を中心に『夏の日の思い出』
『キュピパラ・ペポリカ』『聖少女』の3曲を盛んに流してもらったのだが、『夏の日の思い出』は何か郷愁を誘うような曲、『キュピパラ・ペポリカ』はとにかくも不思議な曲、そして『聖少女』は何か癒やされていくような曲、として各局のパーソナリティさんたちに気に入ってもらい、途中から自主的にかなり流してもらった。
 
私たちも22日から31日に掛けてローズクォーツの4人で日本列島を駆け巡り、全国50ヶ所でキャンペーン・ライブとサイン会を行い、また各地のFM局にも生出演した。またこのキャンペーンで移動している最中に、宮城県の仙台市内で撮影した映像をPVとして編集しyoutubeに上げたら凄まじいダウンロード回数になり、これが有償ダウンロードもかなり押し上げたようであった。
 
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ダウンロード販売の方は、iTunes, レコチョク, 着うたフルはどうしても販売開始が月末以降になってしまったので、それまでは★★レコードが運営している有償ダウンロードサイトでのみ売っていたが、会員登録していなくてもクレジットや電子マネーで購入できるし、DRMフリーに設定していたのが好感されたようで、そこからのダウンロードだけでも月末までに10万件を超えた。(★★レコードとしては自社サイトでのダウンロードは利益率が高いので、かえって助かる)
 
そういう訳で、この曲は発売後わずか10日間でCDとダウンロードあわせて45万枚を売り、月明けからは通常のCD流通網にも乗り、iTunes, レコチョク, Amazon, 着うたフル, でも売るようになって、売上は伸び続け、10月末にはとうとう100万枚を超えて、ローズクォーツとして初のミリオン・ヒットになったのであった。
 
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2011年11月25日に私は★★レコードの町添部長と都内の料亭で昼食を取りながら会談をしたのだが、その席で部長から「君は見事に復活したね」と言われた。
 
「この世界ではどんなに売れていた歌手でも、いったん休養をはさんでから、復帰した場合、どうしても以前ほどの売上は出ないものだ。君はローズ+リリーで何十万枚ものセールスを上げてはいたけど、その後1年半くらいの休養期間があったからね。ローズクォーツという形で君がこの世界に戻ってきて最初のCDが10万枚だったから、まあまあの線かなと思っていたら、『夏の日の思い出』
で100万枚突破。これはほんとにレアなことだよ」
 
「ありがとうございます。それも私たちの休養期間に、部長が、未発表音源を駆使してベストアルバムを出してくれたり、私たちをラジオの生番組に出してくれたり、諸事情で一般販売はできなかったものの『恋座流星群』『神様お願い』
をプレスして放送局やカラオケなどに配ってくれた、お陰だと思います。あれでファンのテンションが維持されましたから」
と私は答えた。
 
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「うん。ファンってのは熱心に応援してくれていたファンほど、いったん冷めてしまうと、なかなか購買行動に戻ってくれないものだからね。しかしローズ+リリーの方のアルバムも好調だね」と言われる。
 
その年、ローズ+リリーはふたつのアルバムを出した。昨年録音したものの発売がのびのびになっていた『Rose+Lily after 2 years』と、今年録音して秋に発売した『Rose+Lily after 3 years』である。
 
部長と会談した時点で『after 2 years』は45万枚ほど、『after 3 years』も35万枚ほど売れていた。アルバムが好調だったため、ローズ+リリーのシングルも制作されることになり、ほんの10日ほど前にふたつのシングル
『涙のピアス/花模様』と『可愛くなろう/恋の間違い探し』が発売されたばかりであった。ローズ+リリーのシングルは2009年1月に『甘い蜜/涙の影』
以来、2年10ヶ月ぶりの発売であった。アルバムのセールスに押されているのかシングルも好調に売れていて、ランキングの上位に入っていた。
 
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「そうですね。私も夏頃まではローズクォーツを中心にやっていき、ローズ+リリーの方は、アマチュアに近い活動で続けていってもいいかな、くらいに思っていたのですが、ローズ+リリーの方も売れているので、そちらも考えて行かなければいけませんね」
 
と私もその時点ではそんな答え方をしていた。
 

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部長からはもうひとつ、私の恋愛問題についても尋ねられて、私は正直に答えておいた。
 
私はその年の秋に、高校の同級生であった木原正望と久しぶりに再会し恋愛関係になった。私は自分の性別問題があったので、結婚などは考えられないと思っていたのだが、彼のお母さんが私のことを気に入ってくれて、今すぐ婚約みたいな話になってしまったのだが、私が「自分はまだフリーでいたい」とわがままなことを言い、現時点での婚約を謝絶した。
 
そして正望が弁護士志望で、どっちみち大学を出たあと法科大学院に通い、司法修習生をして、弁護士になり、としていたら、どっちみち結婚できるのは7年くらい先だからということで、私たちの関係は7年後に再度考えることにしようと言って、それまでは婚約もせずに「恋人」という関係でいようということで同意したのであった。
 
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町添部長も、その話を聞いて、個人の問題だから強制したりはできないけど、今の時点での婚約は歓迎できないが、7年後ならまあいいかななどと言ってくれた。
 
正望との関係が進展する一方で私は政子との関係についてもお互いの気持ちを再確認することになった。
 
私と政子は高校生の頃から、しばしば性的な接触をしてはいたものの、あくまで「友だち同士のふざけ合い」と称していて、お互いの関係も「恋人」ではなく「友だち」であると周囲に主張していた。(誰も信じていなかったようであるが)
 
ローズ+リリーとしてキャンペーンやコンサートで地方に行った時、私たちは何度か同じ部屋で寝て、かなり深く愛しあっていたので、それに気づいた美智子は私たちに避妊具を渡して「好きだったら仕方ないけど、妊娠だけは避けて」と優しく言った。しかし実際には私たちは当時本当に「友だち」意識だったので、避妊具を使うような行為まではしていなかった。
 
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ローズ+リリーを休止することになった後も、私と政子はしばしば政子の家などで愛し合っていたし、高校を卒業した後は実質同棲状態になった。しかし私たちはあくまでも自分たちは友だちであると言っていた。その高校を卒業した直後に私たちは1度自分たちの関係について話し合ったこともある。
 
「冬は私を恋人にしたい?友だちでいたい?」
「もうしばらくは友だちでいたい」
「へへへ。実は私も今の所まだ友だちでいたい。とっても仲の良い友だち」
「うん。私とマーサって、とっても仲がいいよね」
 
そんなことを話して、私たちは「友だち」のままでいた。その関係は私が去勢しても性転換し戸籍上の性別を女に変更した後でも、ずっと変わらなかった。
 
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しかし、正望からプロポーズされ、その返事をいったん保留した晩、私は政子にとうとう「好き」と告白してしまった。そして政子も「好き」と言ってくれた。
 
「なぜ正望君と結婚できないと思うの?」
「正直に言う。私、マーサのことが好きだから」
「私も冬のこと、好きだよ」
 
その夜、私たちは、ふたりが女同士になった後で2度目のセックスをした(1度目はじゃれあっている内にハプニング的にしてしまったもの)。それはふたりが初めてお互いを恋人と認識した上でしたセックスだった。そしてもうふたりは恋人になったからということで「避妊具の御守り」のルールも終了にした。
 
それで、私と政子は恋人になったのだが、政子とちゃんと恋人になってみると、政子を愛すのと別の次元で、正望も愛せる気がしてしまった。そのことを政子に言うと、自分も私への愛と今付き合っている彼氏との愛とが矛盾しないと言う。
 
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そういう訳で、私と政子はお互いを恋人として認識しつつ、各々自分の彼氏との愛も維持していくことになったのであった。(琴絵から「大胆な二股」と言われた)
 
私は翌日正望に会い、婚約はできないけど、ずっと恋人でいたいと言った。正望は泣いていたが、恋人でいられるならそれでもいいと言い、私がその気になった時は、すぐに受け取ってくれるようにと、私に婚約指輪を買ってくれた。
 
私はその指輪をサイズ確認のために宝石店で1度だけ付けたが、正望の愛が伝わってきて、もうその場で受け取ってしまいたい気分になったけど我慢した。
 

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この11月25日(金)の町添さんとの会談のメインの議題は、実は新年からのFM番組の話であった。年内で放送終了する予定の番組の後番組(30分・月〜木)をローズクォーツでやってくれないかという依頼だった。
 
私たちはローズクォーツの4人に美智子・花枝・政子も加わって7人で企画を考えてデモ版のシナリオを作成し、月曜日に録音して提出したのだが、それがスポンサーの意向でNGになったという連絡が翌日あった。町添部長はとても申し訳無さそうに電話口で言っていたし、私たちもその手のことはよくあるので気にしていなかったのだが、その更に翌日30日、町添さんがうちの事務所に突然来訪した。
 
私たちはその日からレコーディングに入ったところで、みんなスタジオの方に行っていたのだが、町添さんが来て美智子・私・政子の3人に会いたがっているという連絡を留守番をしていた花枝から受けて、レコーディングの指揮はタカに頼んで(マキでは作業が進まない)、私たち3人は事務所に飛んで帰った。
 
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「お待たせして済みません」と美智子。
「いや、こちらも急に来たからね」と町添部長。
「で、何かありましたでしょうか?」
「実は例のFM番組の企画なんだけどね。それをローズ+リリーでやってもらえないかと思って」
「は?」
 
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