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■夏の日の想い出・止まれ進め(17)
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彼女は不安そうな顔で入ってきた。事務員の野本石好(いしす)が笑顔で出て行き
「おはようございます。アポイントはございましたでしょうか」
と尋ねる。
「おはようございます。平田と申します。大宮万葉先生に紹介していただいて面接を受けに来たのですが」
と彼女が言った声を聴いて、野本は内心ギョッとしたものの、表情には出さない。
「はい、平田様。承っております。こちらでお待ちください」
と言って“消毒済み”の紙が貼られた第3応接室に通す。
小玉藤香看護師がそこに入り、
「大変恐れ入りますが、COVID-19の感染検査をさせていただいていいですか?」
「はい」
それで小玉看護師は鼻の粘液を採取させてもらい、検査キットに掛けた。一方野本は
「検査結果が出るまでの間に簡単なペーパーテストに解答していただけますか。スマホの電卓は使っていいです」
と言って筆記試験の紙を渡した。ごく簡単な常識テストである。
検査キットで陰性が出る。野本は
「感染検査は陰性でした。そろそろ答案用紙よろしいですか?」
と言って回収する。
点数は90点である。8角形の内角の和をきちんと 6π と答え(*17)、気体を30℃から60℃に気体を加熱した時の体積比をちゃんと約1.1倍と答えているので理系の基礎知識がしっかりしているようである。体積比問題は、理科の苦手な人は全く分からず、シャルルの法則(*18)がうろ覚えの人は絶対温度に直すのを忘れて2倍と答えたりする。
(*17) n角形の内角の和は(n-2)π、度でいえば(n-2)×180度である。度ではなくラジアンで解答しているところが“できる”。
簡単な考察で正n角形のひとつの角は、π−2π/nだから、これをn倍すればnπ−2π=(n−2)π。一般のn角形は正n角形から角度が増減するだけだから正n角形について考えれば充分であった。
(*18) 理想気体の体積は、絶対温度に比例し(シャルルの法則)、圧力に反比例する(ボイルの法則)。どちらがどちらか分からなくなったら、“ボイルしない(加熱しない)のがボイルの法則”と覚えておけばよい。絶対温度は摂氏から273.15度を引いたものだが、だいたい-270くらいとまで覚えておけば充分な精度の計算が得られる。
この問題の場合、273.15で計算すれば1.09896。でも元々の有効桁数が2桁だから約1,1となる。270で計算しても330÷300=1.1。電卓使って良いと言っているが、実はこの程度の計算に電卓は要らない。
精密な計算はコンピョータに任せればいいので、人間に求められることは大雑把な概算をして“見当を付ける”ことである。この仕事をしたら費用は1億か2億かみたいな“見当を付ける”能力というのはビジネスパーソンにはとても大事。
#が4つ付いた調性記号を見せて「長調なら何調ですか?」には正しくホ長調と答えた。これは最後の#をシと読めば良い。最後の#はDの所に付いてるから、D#がシでEがドになる。つまりホ長調である。
(最後の♭はファと読めば良い)
「この中で仲間外れの楽器は?(ホルン/チューバ/サキソフォン/トランペット)」
には正しく「サキソフォン」と答えている(これだけ木管楽器)。
一方で現在のフランス大統領の名前が答えられなかった。答えはエマニュエル・マクロンだが、マクロンだけでもよい。
また桃の生産量が1位の都道府県は?というのに岡山と答えたが、岡山は意外に低く6位である。1位は山梨。
↓2020年産の桃の生産量ランキング
1.山梨/2.福島/3.長野/4.山形/5.和歌山/6.岡山/7.新潟/8.青森/9.香川/10.岐阜
コスモスが面接する。向こうは社長が出てくるとは思っていなかったようで恐縮していた。
「△△△大学の理学部を出て・・・この会社はソフトハウスか何かですか」
「はい。そこでSEをしていました。社内で仕事する時は服装は自由でいいよと言われたので普通のレディススーツで勤務していました。でもお客さんの所に出掛けて折衝する時は男性の格好してくれと言われて、それは妥協して紳士物のスーツを着ていましたが、少しずつ目に見えない圧迫を感じるようになって。実績からすると私が係長に昇進する順番だったのに後輩の男性が昇進しましたし」
「まあその手の男女差別ってありがちですよね」
と言いながら、コスモスは彼女の履歴書を確認するが、この履歴書には性別欄が無い!
まあ性別なんて些細なことだけどね。
「この春に唐突に閑職への異動を命じられて、私を色々かばってくれていた女性の課長さんが結婚を機に2月に退職していたのもあって潮時かなと思って辞めました」
「なるほどそういう事情でしたか」
「それで職安で仕事を探していたのですが、たいてい面接の段階で向こうが逃げ腰の感じになって飲食店関係も含めて10社ほど面接を受けたもののダメでした。そんな時、同じ高校で1年下だって川上青葉さんに都内で偶然遭遇して、§§ミュージックさんなら多分性別は気にせず採ってくれるよとお聞きして、紹介状まで書いて下さって」
「うん。川上さんからも話は聞いた。紹介状は読んだ。希望の職種とかはありますか」
「一応SEを3年やって、言語はJava, C, C++, Objective C, Java Script, Perl, PHP は書けます。HTMLも書けます。ほかの言語も必要があれば頑張って覚えます」
「人と話すのは好き?」
「話すこと自体は好きです。できたらあまり男装はしたくないのですが」
「女性のかたに無理に男装を強要したり、男性のかたに無理に女装を強要することはありませんよ」
「よかった」
「個人情報で大変失礼ですが、去勢とか性転換手術とかはなさってますか?」
「去勢は大学時代にしました。性転換手術はお金が無くてなかなか受けられないんですよ。名前は変更しましたので現在“ゆかり”が戸籍上の名前です」
「分かりました。個人情報を本当は訊いてはいけないのですが、そのあたりを確認しておかないと投入できる仕事が変わってくるものですから」
「いえ、気にしませんよ」
「人と話すのが好きなら、マネージャーをやってもらえませんか?」
「はい!」
「ただどうしても労働時間が不規則で長くなりがちなんですよ」
「それはSE時代に徹夜とかもたくさんしてますから平気です」
そういうことで2022年7月、平田ゆかり(青葉の高校の1年先輩:なんと2013.10.11以来10年ぶりの登場)は信濃町ガールズの担当に投入されることになった。ただし“ゆかり”が三陸セレンの本名“菱田ユカリ”と紛らわしいので“平田結花子”の名前を使ってもらうことにした。
§§ミュージックのスタッフ不足問題では職安や就職斡旋会社にもずっと募集を出しているのだが、8月にまた2人採用した。
白山琴代(22)。今春音楽系の大学を出た。専門は管楽器で木管楽器はたいてい吹けるし、ピアノも歌もうまい。服飾関係の会社に勤めたが試用期間中に5回遅刻して不採用になったらしい。元々朝が弱いタイプ。熱意はあるので採用した。高知県出身であることもあり、徳島県出身の薬王みなみのマネージャーとする。
薬王みなみはこれまでパール&ルビー班だったが分離する。永田秋世を薬王専任として、白山と2人で担当してもらう。元々永田は主として薬王を見ていた。
鎌倉竹菜(21)。専門学校を出た後、ネット記事のライターを1年やったが体力が続かず契約解除した。ファンクラブ報の執筆部門に応募してきたのだが、この子むしろマネージャーができるのではと感じた向こうの社長さんから、こちらに紹介されてきた。
中学高校では吹奏楽部でホルンを吹いていた。金管楽器は大抵吹ける。ピアノは“少し弾ける”。歌もわりと上手く合唱部の助っ人もしていた。完璧に人手不足になっている信濃町ガールズ担当にする。提示された給料を見て「こんなにもらえるなら頑張ります」と言っていた。ライター時代は徹夜作業をせざるを得ないが、月間の報酬は歩合制なので10万程度しかなく生理用品買うお金にも困っていたらしい。
「うちは女性のタレント、社員には生理用品無料配布ですから」
「嬉しいです」
しかし信濃町ガールズ担当はライターより忙しかったりして。
ちなみに名前は鎌倉だが、熱海の出身!
2022年の夏昇格オーディションおよびビデオガールコンテストで信濃町ガールズに加入したのは下記のメンツである。
横川光照(中3)(関東:鴨川市)“三国舜”
守口清美(中2)(関西:尼崎市)“夏江フローラ”
観音倭文(中2)(北陸:南砺市)“麻生ルミナ”
湯谷薫 中3 青森県むつ市 “川泉パフェ”
松崎典佳 中2 鹿児島県薩摩川内市 “月城たみよ”
吉坂恵夜 中2 愛知県大府市(東海)“筒木サリナ”
杜屋幸代 中1 茨城県水戸市(関東)“水巻イビザ”
吉川萌花 中2 富山県氷見市(北陸)“入瀬ホルン”
石塚舞菜 中3 奈良県御所市(関西)“山口ヨルカ”
この中で6月14日に学期途中で転入した三国舜以外の8人は9月1日からこちらの中学に転入する。手続きはだいたい8月上旬までには終わっており、夏休みの宿題まで渡されている。いきなり多忙になった川泉パフェ・月城たみよなどが山積みの宿題を見て悩んでいたようだが。
この中で
中3:山口ヨルカ
中2:夏江フローラ・麻生ルミナ・月城たみよ・筒木サリナ・入瀬ホルン
中1:水巻イビザ
の7人はいづれも足立区のE中学に女子生徒として転入した。月城たみよは
「あなた男子ですよね?」
と言われたもののマイナンバーカードを提示して女子として転入させてもらえた。学校側は性転換者?と思った雰囲気もあったが!
「まあ戸籍上も女性ということであれば、女子トイレ・女子更衣室の使用は認めることにします」
などと言っていた!
そして川泉パフェ(中3)は、世田谷区のF中学に転入した。
「青森県むつ市から参りました湯谷薫(ゆたに・かおる)です。よろしくお願いします」
と言って、7月下旬、川泉パフェはF中学に書類を提出した。青森の中学で着ていた女子制服を着ている。
「はい、よろしくね。教科書は新学期までに準備しておきますね」
などと言い、しばらく本人と会話していたが、唐突に“そのこと”に気付く。
「あれ?あなた書類の性別が間違ってますよ。この書類では男と印刷されている」
と校長は言った。
「あ、私、男なんです。男に見えません?」
「えーっと」
「戸籍上は男たけど、女子制服での通学を認めてもらってたんです」
「ああ、そういうことですか」
「これ、向こうの学校の生徒手帳です」
と言って、自分の生徒手帳を提示する。
「セーラー服で写ってるんだね!」
と校長は感心している。
「これちょっとコピー取らせてもらっていい?」
「はい、どうぞ」
「この生徒手帳の性別はなんか男女どちらにも取れる」
「男にチェックマーク付けてあるんですけど、チェックマークの線か長すぎて、男を消してるようにも見えますよね(←本当は自分で書き足した:公文書偽造)」
校長は「ちょっと待って」と言い、何人かの先生で協議していたようである。そして戻って来て言った
「そういうことでしたら、あなた女の子にしか見えないし、向こうでも女子制服で通学していたのであれば、女子制服での通学を認めます」
と校長は笑顔で言った。
「ありがとうございます」
「湯谷さんちょっと」
と言って白衣を着た女性教師に声を掛けられ、応接セットで話す。“養護教諭”の名刺をもらう。
「本当はこういうことを訊いてはいけないのだけど、もし良かったら教えて。あなた女性ホルモンを摂取してます?あるいは去勢手術を受けています?」
「女性ホルモンは小学5年生の時からダイアン35(ピル)を飲むようになって、中学に入ってからはプレマリン(エストロゲン:卵胞ホルモン)のジェネリックに変更して、2年になってからはプロベラ(プロゲステロン:黄体ホルモン)のジェネリックも一緒に飲むようにしました。プロゲステロン飲み始めてまだ1年半なのでおっぱいがまだAカップなんですよ。去勢手術は中学卒業したら受けてもいいと親からは言われています。実際は既に機能喪失してると思いますけどね」
「4年も女性ホルモン飲んでたら、そうだろうね!」
と言ってから更に尋ねる。
「向こうの学校ではトイレや更衣室はどうしてた?」
「トイレは女子トイレ使っていいと言われたので使ってました。更衣室は個室で着替えてと言われていたのですが、部活で着替える時は、たいてい女子部員たちと一緒に着替えてました」
「部活は何してたの?」
「チア部です。私1年間部長を務めました」
「凄いね!」
「実際問題として更衣室に部長がいないと連絡とかで支障を来すんですよ」
「ああそうだよね」
「その延長で体育の時間にもしばしば女子たちに女子更衣室に連行されて、結局女子のクラスメイトたちと一緒に着替えてましたね。私いつもタックしてるから、ショーツの上から見ても女の子の股間にしか見えないので」
「ああ、タックしてればほぼ問題無いよね」
タックを知ってるって、さすが都会の養護教諭だなとパフェは思った。実際はセレン・クロムなどを見ているから知っている。先生たちは、さくらについては実際にはもう性転換手術が終わっているのだろうと思っている
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夏の日の想い出・止まれ進め(17)