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■夏の日の想い出・止まれ進め(11)
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7:35くらいに全員揃う。それで5曲通して練習したら、やはり最初の3曲はいいが、後の2曲は「演奏はできてるけど合格点ではない」と言われる。それで各々の楽器奏者に、直して欲しいところ、注意して欲しいところを指導する。
全員で演奏しているのを聴いててひとりひとりの演奏の問題点を指摘するってこの人すごっと思った。萌花は何ヶ所か注意されていたが、日和は特に注意されなかった。注意されなかったのは、日和とベースのプリムちゃんだけである。日和もこの子は能力が高そうと思って見ていた。
1時間近く練習して8:30すぎに「うん。合格点に達したね」と言われた。それで
「本番用の衣裳です」
と言って服が配られる。
白地に赤青緑の5cm幅程度の斜め線が入ったTシャツと白い膝丈スカートである。
どこで着替えるのかな?と思ったらみんなその場で着替えてるようだ。まいっか、全員女性みたいだしと思い、日和も着替えた。結局スカートで演奏するのか。知ってる人の前ではないからいいよね?
(全国で10万人くらいが観るのだが?)
衣裳に着替えてからもう一度合わせた。これは衣裳を着て緊張したのをほぐす意味もあったと思う。
そのあと8:50くらいにアリーナに移動した。
Bステージはちょうど甲斐姉妹と水谷姉妹だったようである。水谷姉妹が何か歌を歌っている。木の枝とか、机の端とかにやわらかい時計みたいなのが掛けてあるのは何だろうと思った。あと床に寝ている人がいるのは何してるんだろう?とも思う。
反対側のAステージでは既に別の演奏者がスタンバイしている。やがて8:58:30くらいで演奏が終了し、多くの拍手が聞こえた。水谷姉妹・甲斐姉妹が手を振っている。床に寝ていた人も起き上がって手を振っている。8:59:00 舞台照明が落ちる。アリーナ席の椅子が一斉に回転する。
すごーっ!
と思った。
Bステージで演奏していた人やダンサーたちは向こう側の階段から退場する。入場口と退場口を分けているのはきっと感染対策だろう。
Aステージの方は演奏が始まるまでの1分間がチューニングタイムで音合わせをし、また各々の楽器の音がきちんと聞こえていることを確認する。
9:00:00 Aステージのライトが点灯し、ドラムスのフィルインとともに、前奏が始まる。バックに並んでいたダンサーたちが踊り出す。ダンサーたちも伴奏者たちも登山の服みたいなのを着ている。
やがて前奏が終わるとともに立山煌くんが『山があるから山ガール』を歌いだした。彼、可愛いよねなどと思って見ている。
甲斐姉妹・水谷姉妹が歌っていたほうのBステージは楽器が片付けられている。ほんの5分ほどで楽器は撤収され、そのあと清掃、そして消毒が行われる、そして西宮ネオン用の楽器が設置される。ドラムスとヴィブラフォン、電子キーボードが設置されたところでステージに入ってくださいという指示がある。
ギター・ベースに信号ケーブルが接続される。日和が持つヴァイオリンにはピックップが取り付けられた。ヘッドフォンを渡される。消毒済みというシールが貼られた袋を破って取り出し、装着する。袋は回収される。
「あと10分」
という看板が掲げられる。ここでは反対側のステージで演奏が放送中だから大きな声などは出せない。
ダンサーの子たちが入ってくる。彼女たちも日和たちと同じ、三色のペイントがあるTシャツを着ている。下は紺色のミニスカートである。わあ、あんな短いスカートでなくて良かったと思う。あんな短いスカート穿いてと言われたら恥ずかしいよぉなどと思う。でも何人かショートパンツ穿いてる子がいるのは本人の好みかな?
「あと5分」
という看板が出たところできらきらしたスーツを着た西宮ネオンさんが登場する。伴奏者一同に会釈するので、こちらも会釈を返す。気持ちいい人だなと思った。
9:29. 立山煌の演奏が終わり、ステージライトが落ちる。こちらではチューニングが行われる。日和も急いで弦の音をGDAEに合わせた。ちゃんと弦を弾いた音が自分のヘッドフォンからも聞こえるのを認識する。ステージに向けたタイマーがカウントダウンしていく(後で聞いたがこれはバスケットの試合で使うタイマーらしい)。
タイマーが0になった瞬間ステージの照明が点灯し、邦生さんのドラムスが打たれる。日和も前奏を演奏し始める。ダンサーの子たちが踊り出す。そして前奏が終わるとともに西宮ネオン君の歌が始まった。
客席から多数の手拍子が聞こえてくる。こんな所で演奏するの気持ちいいなあと日和は思った。
ネオン君は1曲目を歌い終わってから客席に向かって挨拶をする。歓声が凄い。これリアルで観客入れてるのと変わらない気がする。司会者のレディススーツを着た女性(高校生くらい?)が出て来て、しばらくトークするが、そのトークの内容で笑い声や歓声などもある。日和も大量のモニター群を見ていたが、観客は女性が圧倒的のようである。ネオン君が結婚した時はファンが大量に減ったらしいけど、また少しずつ戻って来てるんじゃないかなあ。
2曲目に行く。司会者は下手脇の司会者台の所に戻る。タブレットを見ている。進行を確認しているのだろう。その司会者さんがギョッとした表情を見せた。日和たちもギョッとした。
ネオンが譜面と違う歌い方をしたのである。
譜面では1番・2番を歌ってからサビに行く。ところがネオンは1番のあと、2番を歌わずにそのままサビに行ってしまった。
瞬間的に反応したベースのプリムがサビ先頭の根音を弾き直した。他のメンツもすぐ譜面を飛ばしてサビの所に行く。ネオンも次の瞬間気付いたようだが、平然とそのままサビを歌い続ける。それで曲は予定より30秒ほど早く終わってしまった。
観客は特に気付かなかったようだ。時間調整などでこのくらい飛ばしたりするのはよくあることである。拍手の中、司会者が笑顔で出て来てネオンとトークする。司会者もネオンも間違ったことには全く触れない。ごく普通のトークである。でも多分本来より長めに話してから次の曲に行った。
3曲目を演奏し、少しトークして4曲目『夢のアーチ』に行く。難しい伴奏なので少し緊張したが、無難に演奏を終えることができた。このあと司会者とネオンがトークするが、司会者は舞台下に置かれた時計に目をやりながら話しているようだ。ここは微妙な時間調整が必要である。(演奏時間を正確にするためドラムスはクリック音を聞きながら演奏する)
「では最後の曲『西の街から』」
と言って、司会者は下がった。拍手の中、前奏が始まる。そしてネオンが歌い出す。この曲は次のような構成である。
A B A B S / A B S / C S / Coda
それで伴奏陣もネオンも演奏していたのだが、ネオンはAメロ・Bメロを2回歌って、最初のサビの後、いきなりCメロに行ってしまった!
(つまりAメロ・Bメロ・サビを飛ばしてしまった)
Aメロを弾こうとしていた伴奏陣はプリムがとっさに根音を弾き直してネオンに合わせてCメロに行く。しかしこのままでは飛ばした24小節のぶん(約1分)早く終わってしまう。何とかしなければならない。
ベースのプリムがネオンの傍まで出て行き「Cメロサビの後、もう1回Cメロ・サビ行きましょう」と小さな声で言う。ネオンも頷いた。プリムはその後、ギターのホルンとキーボードのルミナにも伝えたようである。ドラムスの所には遠いし、管楽器・弦楽器にまでは伝えられなかったものの、日和は何らかの対応をするのだと思った。
それでCメロ・サビの後、プリムは2拍前にCメロ最初の根音を弾いた。それで全員理解した。伴奏は全員Cメロに戻る。ネオンもCメロを繰り返す。そしてサビを歌った。
それからコーダに行くが、コーダは本来4小節なのをプリムとホルンのアイ・コンタクトで12小節も演奏した。ホルンのギターアドリブ4小節まで入った。日和は「ひぇー」と思いながらも必死に何とか合わせて行く。
そしてオーケストラ・ヒットでエンド!
大変だったけど何とかなったぁ!!
物凄い拍手。ネオンが観客席に深々と頭を下げる。そして拍手の中照明が消え、スピーカーの音も止まった。
司会者の女性が「お疲れ様でした!」と言う。ネオンが
「皆さんごめんなさい」
と謝っていた。
司会者も
「もし早めに終わってしまったら何とか数十秒場を持たせねばと思って必死でネタを考えていましたが、バンドの皆さんのおかげで助かりました」
と言っていた。
ホルンとルミナが
「いや、プリムちゃんのおかげ」
と言っていた。
実際彼女がすぐに対策をネオンとホルン・ルミナに伝えたので、リカバーが上手くいった。プリムちゃんまだ中学生っぽいけど、凄い対処能力だなあと日和は思った。
向こう側のステージで恋珠ルビー&花貝パールのステージが始まる。こちらは楽器の撤収が始まる。日和たちはいったん117スタジオに戻った。
「皆さん、お疲れ様でした」
「疲れましたぁ」
「でもみんな素晴らしい対応能力だったよ。何が起きるか分からないのがライブだからね」
と川内部長が言う。
「やはり色々起きるものですか?」
「それについては、はい美津穂ちゃん」
「間違いは演奏の間違い、ボーカルの間違い両方ありますね。間違って半拍早く出ちゃったとかもよくある。そもそも予定と違う曲の伴奏が始まっちゃったというのもよくある」
「ああ」
「本番直前になって伴奏者が居ないとか、歌手本人が居ないとか」
「本人居なかったらどうするんですか?」
「本人が来るまで何とか場を持たせるしかない。そのあたり、デビュー前のケイ会長の得意技だったみたいね」
「へー」
「野外の公演で落雷があって電気系統全部落ちた中、アコステティック楽器と生歌唱で歌い続けたとか」
「ひゃー」
「天井から吊ってた人形が落ちてきたとか、台風で樹木が倒れて来て会場の壁が壊れたとか」
「色んなことがあるなあ」
「有吉佐和子さんの『一の糸』とかは舞台の上で三味線弾きが亡くなっちゃうんだよね」
「病気ですか?」
「そうそう。病死。ある意味、音楽家にとっては本望かもね」
と川内さんは言っている。
「他に観客の投げた紙テープがドラムスのタムの上に乗っちゃったとか」
と美津穂さん。
「わっ」
「ステージに包丁持った女が乱入してきたとか、ピストル持った女が入ってきたとか」
と川内さん。
「怖〜!」
「アクアのライブでは爆弾仕掛けられたこともあるからね」
「恐ろしい」
「なんかそんな話聞くと、今日のトラブルくらいは大したことない気がしてきました」
「まあこの程度の間違いはよくあることだね。じゃ川内みねかの譜面配りまーす」
と言って川内さんは全員にまた総スコアとパート譜を配った。
「4曲なんですね」
「そそ。最後の曲は本人がピアノで弾き語りをする」
「なるほどー」
「では自分の部屋に戻って練習してください。15時にこの部屋に再集合で。夕方は私は練習を見てあげられないので醍醐春海先生にチェックをお願いしています」
と川内部長は言って解散する。
萌花はプリムちゃんの首に後ろから抱き付くと
「ひかりちゃん、一緒に練習しよっ」
などと言っている。
プリムは萌花に抱き付かれて恥ずかしがるような仕草をした。あまりこういう女の子同士のスキンシップに慣れてないのかな。ぼくなんかいつも五月ちゃんとか和菜ちゃんとかに抱き付かれて、おっぱい揉まれたりしてるから平気だけど、などと思う(←それは慣れすぎ!)。
「まあいいけど」
「じゃ、2人でうちのお姉ちゃんの部屋に」
と萌花が言う。
萌花が「一緒に練習しよ」と言った時は「ん?」という顔をしていた川内さんが、ホッとしたような顔をした(*13)。何だろう?と日和は思った。
しかし結局ぼくの部屋に来るのか、
(*13) 花ちゃんとしては、男の子である可能性が1%ほど残っているプリムを女子と2人だけにすることはできないと思った。しかしお姉さんが一緒なら、“ホルンも”無茶はしないだろうと考えた。
つまりホルンがプリムを逆?レイプする事態を一瞬心配した。プリムが女の子をレイプする可能性は全く考えていない。万一プリムにペニスがまだ残存していたとしても、どう考えても女性ホルモンをやっているとしか思えないプリムに勃起能力があるはずが無い。
そもそも彼女(多分既に“彼”ではない)を数ヶ月見ていて、男性的衝動が存在しないことを確信している。早幡そらには男性的衝動があるみたいだけど。そらには小学1年生並みのサイズだが男性器が存在しているという話なので、そこから衝動が生まれるのだろう。
プリムは1ヶ月ほど女子寮に滞在しているが、隠しカメラを仕掛けた子たちも彼女のヌード覗き見に成功していないようである。物凄く用心深い(それに多分少し霊感がある)ようだが、それは“男性器がまだ残っている”のを見られないようにするためという可能性と、“既に女の子の身体になっている”のを見られないようにするためという可能性の両方がある。
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