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■夏の日の想い出・星導きし恋人(17)

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(C) Eriko Kawaguchi 2021-06-06
 
『わらしべ長者』の撮影は6月2日まで5日間かけて集中的に行われた。
 
初日の撮影は21時頃終わったが、そのあと各自食事もしてお風呂も入ってということで、22時半頃に、モナ・宇菜・イルザがアクアの部屋にやってきた。
 
アクアがきちんとした上着にズボンを穿いているので
 
「もっとリラックスした格好してればいいのに」
などとモナから言われる。
 
イルザは普通の昼間の格好だが、モナと宇菜はホテルのガウンを着ている。
 
「いや“脱がされやすい”格好してたら、しばしば解剖されるから」
「ああ、だいぶやられてるね」
「数えたらキリがない」
 
「アクアを解剖しちゃうのは女の子だよね?」
「男の人にやられたらレイプだよ」
「それでたくさんの女の子たちから、アクアが確かに女の子であることを確認されているわけだ?」
 
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「まあボクの性別問題は置いといて、8月20日に公表することにしているのはボクの両親のことなんだよ」
 
「ああ、小さい頃に交通事故で亡くなったんだっけ?」
「大変だったね」
 
「でその両親なんだけど、実は2人ともミュージシャンだったんだよ」
「なるほどー。アクアの音楽的な才能はその遺伝もあるのか」
 
「もしかして何か有名な人?」
「みんな知らないかもだけど、ワンティスというバンドをやっていて、父はギター兼ボーカルの高岡猛獅、母はコーラス担当で長野夕香という人だったんだけどね」
 
「うっそー!?」
と声をあげたのがイルザである。モナと宇菜は
 
「ワンティスって、上島雷太や雨宮三森のバンド?」
と訊いただけで、やはり高岡猛獅・長野夕香の名前は知らないようだ。
 
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千里さんが言っていた通りの反応だな、とアクアは思った。
 

イルザがどうも知っているようなので、モナがイルザに尋ねる。
 
「その高岡さんという人がワンティスに居たんですか?」
 
「高岡さんはバンドの創設者のひとりで元リーダーだよ」
「へー!」
 
「上島先生、雨宮先生、高岡さんの3人がやっていたバンドがワンティスの母体」
 
「じゃアクアちゃんの両親は、そのバンド内恋愛?」
 
「逆だね」
とイルザは言う。
 
「女声コーラスが欲しかったから、高岡さんが恋人の夕香さんと、その妹の支香さんを連れてきた」
「なるほど」
 
「上島先生はその付近の話をどうも誤魔化してる感じだったのよね。でもそうか。その2人の間に生まれたのがアクアちゃんだったのか」
 
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とイルザは納得するように語る。
 

「それで交通事故で亡くなったんですか?」
 
「あれは物凄い衝撃的な事件だったんだよ。私今でもその時のニュースを覚えてるよ。私まだ小学3年か4年くらいだと思うけどさ。お昼頃に速報が入って。年末だよね?」
 
とイルザがアクアに確認する。
 
「2003年12月27日なんです」
「ほんとに押し迫ってる」
「2003年か。だったら私は小学4年か。そのまま大晦日までこのニュースばかりでさ。ワンティスは紅白に出場予定だったんだけど、NHKがこの扱いをどうするか大揉めしたらしい」
 
「へ?」
 
「ボクの両親はかなりのアルコールを飲んで、そしてかなりのスピード超過で中央高速を走っていて事故を起こしたんです。幸いにも誰も巻き込まない単独事故だったのですが」
 
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「わぁ」
 
「NHKでは不祥事として出場禁止にすべきという意見と、亡くなった人を追悼しようという意見で真っ二つに割れて」
 
「なるほど」
 
「結局NHK会長のトップ決断で、ビデオ出演することになった。紅白史上唯一のビデオ出演となったけど、この放送時間の視聴率が90%越えという凄いことになって、この記録はいまだに破られていない」
 
「なんか凄い」
 
「でも高岡さんと長野夕香さんの間に子供がいたなんて全然知らなかった。あれ?でもアクアちゃんの苗字は長野だと言ってたね?」
 
「両親は婚姻届を出してなかったんです。それで私は母の戸籍に入ったんですよ」
「なるほどー」
 
「でも実はその母の戸籍に入るまでが大変で。上島先生が物凄く頑張ってくれたんです」
 
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と言って、アクアは自分の戸籍が“作られるまでの話”をした。みんな本当に驚いていた。
 
「弁護士さん、すっごい頑張ったね」
「ほんと感謝です」
 
「いや、日本には多分アクアちゃんみたいに、戸籍の無い子供というのが、結構いると思う。様々な理由で出生届けを出せなくて」
 
「ボクの場合は、偶然の重なりがあって幸いにも戸籍を獲得できましたけど、両親が既に亡くなっていたり不明というケースでは、単独の戸籍を作る方向で作業を進める場合もあるらしいです」
 

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その日は結局3時間くらいこの話をしていた。
 
「ごめんなさーい。みんな遅くまで引き留めてしまって」
「いや、もっとたくさん色々聞きたいけど、これ以上遅くなると明日に響く」
と言ってその夜は2時近くに解散した。
 
「じゃアクアを解剖して性別を確認するのは明日の夜ということで」
「え〜〜〜!?」
 

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幸いにもアクアは翌日以降も解剖はされなかったものの、その後はアクアの個人的なこと(特に病気のことや田代さんちの里子になった経緯など)について、かなり根掘り葉掘り訊かれた。
 
「結局その病気の治療で男性器も除去したのね」
「してません」
「じゃやはり半陰陽だったんだ?」
「違いまーす」
「とすると最初から女の子だったという選択肢が残る」
「そういう訳ではないですよー」
 
「やはり解剖してみよう」
「勘弁して下さい」
 
モナと宇菜だけだったら、マジで解剖されていた気もするが、イルザがブレーキ役になってくれたので、アクアは今回のつくばみらい市のホテルでは何とか裸に剥かれずに済んだのであった。でもアクアが女の子であることは間違い無いと3人とも確信したようでもあった。
 
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「おっぱいこんなに大きいし」
と胸に触られ
「ちんちんなんて無いし」
と(服の上から)お股!に触られる。
 
「だいたいこうやって近くに居るとアクアからは普通に女の子の香りがするからね」
「それだけでもう性別は確かだよね」
 

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「アクアの襲撃的な過去が大きかったから、そこまであまり話が行かなかっけど、『わらしべ長者』ってラッキーだけでお金持ちになったという話じゃなかったのね」
 
と宇菜が言っていた。
 
「広い田畑を譲られて、それを頑張って耕作して豊かになったとか、娘と結婚した後、たくさん働いたから豊かになったとか、そういう筋だったみたいよ」
とイルザは言っていた。
 
「つまり努力が実を結ぶという話ですか」
「わらしべとの交換で得たのは財産を形成するための環境にすぎない。そこから本当に財産を形成したのは本人の物凄い努力」
 
「その環境を得るまでが幸運なんだろうけどね」
 
「幸運だけの人は財産を偶然得ても、それをすぐ無くすだろうね」
「それって宝くじで何億とか当てた人の多くが辿る道だ」
 
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「お金は作るより維持する方が難しいんだって、証券マンしてる従兄が言ってましたよ」
「まあ作るのも難しいけどね」
 

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6月。
 
多くの学校では衣替えでこの日から夏服になる。中学の場合、女子は夏用のセーラー服に切り替わるが、男子は多くの場合学生服を脱いでワイシャツ姿になる。
 
もっとも上田雅水(中2)はサイズの合うワイシャツが存在しないので中学に入った時からワイシャツの代わりにブラウスを着ており、これは本当は違反なのだが、先生たちも黙認してくれていた。
 
しかし昨年はまだ良かったのだが、今年は雅水は“目立ち過ぎ”た。
 
担任の先生は見て見ぬふりをしていたものの、とうとう生活指導の先生が注意した。
 
「上田、バストパッド入れるにしても、もう少し小さいのにしろよ。それあまりにも大きすぎる」
 
雅水は答えた。
 
「すみません。バストパッドは入れてません。これ本当の胸です」
「え?そうなの?」
 
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生活指導の先生は雅水を保健室に連れて行き、保健室の先生に彼(?)が言ったことが本当なのか確認してもらった。
 
保健室の先生は言った。
「この子のバストはCカップあります。この子はむしろ女子制服を着せるべきだと思います」
 

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学校は、上田雅水の保護者を呼び出した。
 
校長・教頭・担任・保健室の先生と母親で話し合う。
 
「この子は物心ついた頃から、女性志向があったので、小学生の頃は本人が望むまま女の子の服を着せていました。学校が認めて下さるのでしたら、ぜひ女子制服で通学させてくださると嬉しいです」
 
校長は言った。
「性同一性障害ですよね?」
 
「こういう傾向を“障害”と呼ぶことには賛成できませんが、確かに現在、そのように呼ばれています」
と母親は言う。
 
「もし可能でしたら、医師に診せて、その旨の診断書を取ってもらえないでしょうか?それがあれば、私たちは上田さんに女子制服での通学を認めたいと思います」
と校長は言った。
 
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「分かりました。病院に連れて行きます」
 

それで(2021年)6月3日(木)、雅水は学校を休み(公休扱い)、母に連れられて埼玉県K市にある、性別問題に詳しい病院の外来を訪れた。
 
雅水は血液と口腔内粘膜を採られ、MRIに掛けられた。また多項目の問診票を書いたほか、心理テストのようなものも受けさせられた。
 
ほぼ丸一日にわたる検査が終了してから、雅水と母は診察室に呼ばれた。医師は言った。
 
「性同一性障害とは思われません。雅水さんはとってもノーマルです」
 
「そんな馬鹿な!」
と母が言う。
 
「この子は物心ついた頃から、ずっと自分の性別への違和感を訴えていました。幼稚園の時もトイレで随分注意されたので、私はもう退園処分覚悟で幼稚園側と凄い議論して、何とか希望するトイレの使用を認めてもらったんですよ」
 
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「しかし雅水さんは染色体にも異常はありませんし、性器にも異常はありませんし、心理的にも完全な女性であって、どこにも男性的な傾向はありませんよ」
 
「ちょっと待ってください。心理的に女であるのなら、性同一性障害ですよね?」
「は?」
 
ここで医師がとんでもない誤解をしていたことが判明した。
 
改めて母親は雅水の保険証を提示し、雅水が法的に男であることを説明した。
 
「すみません。あまりにも完璧に女性だったので勘違いしました」
と医師も謝る。
 
「でも性器的にも女なんですか?」
「そうですよ。普通に卵巣・子宮・膣、大陰唇・小陰唇・陰核があり、尿道口は通常の女性の位置に開口しています。陰茎・睾丸・陰嚢・前立腺などは見られません。男性器など全くありませんし、女性器は完全に揃っています」
 
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「え?ボク陰茎無いんですか?」
と本人が驚いている。
 
「君、ペニスがあるつもりだった?」
「あると思ってましたが無いんですか?」
「無いけど」
「うっそー!?」
「いつまであった?」
「・・・分かりません。もうずっと触ったこと無かったから」
「でもおしっこする時に気付かない?」
「いつも座ってしてるから、無いなんて思いもよりませんでした」
「うーん・・・・」
 
「君、生理あるよね?」
「あります」
「いつから生理始まった?」
「先月の頭かなあ。先週もありました
 
「先月の頭から生理が始まったということは、雅水さんは半陰陽で自然に身体が女性に変化して、その女性としての機能が先月から稼働し始めたのかも知れませんね。その少し前からたぶん乳房も急速に発達したんですよ」
 
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「するとこの場合、性同一性障害の診断は?」
「性同一性障害ではなく半陰陽のケースになります。診断書を書きますから、裁判所に提出して、“性別取り扱いの変更”ではなく“性別訂正”の審判を受けて下さい」
 
「分かりました!」
 
それで医師に診断書を書いてもらい、雅水の母は弁護士に依頼して裁判所に性別の訂正を申し立てた。信貴・雅水の兄弟の女性化にあまりいい顔をしていなかった父親も、半陰陽のケースだと言われると、雅水の女性化に同意せざるを得なかった。
 
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