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■夏の日の想い出・星導きし恋人(4)
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目次 8
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そして3日目、母と姉が出かけていく。シンドルはサンドラがくるのを待った。ところが・・・
『あれ?』
『今日はサンドラは休みなんだよ。代わりに私が来た』
『サンドラの・・・お母さんでしたっけ?』
『取り敢えずあんたを女の子に変身させるよ』
と言うと、サンドラの母は小さな杖のようなものを取り出すと、シンドルの前でそれを振った。
髪が伸びた?
『短い髪ではまるで男みたいだからね。女はこのくらい髪が無くちゃ。服も変えよう』
と言って杖を振ると、仕事用のシャツとズボンがあっという間に真っ白なドレスに変化する。
『わっわっわ』
『今日はこれを付けなさい』
と言って、ダイヤモンドの首飾りを渡す。
『これはあんたのお母ちゃんが、お父ちゃんと結婚式をあげた時につけた首飾りだよ』
『わあ』
『今日の馬車はこれにしよう』
と言って、サンドラの母は台所にころがっていたカボチャを取ると。それに杖を当てる。するとかぼちゃが豪華な馬車に変身した。
『昨日のより一昨日のより大きい』
『昨日の馬車はりんごで、一昨日のはみかんだったからね』
『そうだったの!?』
『御者と馬が必要ね』
というとサンドラの母は台所にいる大きなネズミと小さなネズミを捕まえ、それに杖を当てて6頭の馬と御者にしてしまった。
『まるで魔法みたい』
『魔法だよ』
『そうだったんですか?』
『今日も11時半で帰っておいで』
『はい、そうしないと母たちが帰宅しますし』
『万一12時を過ぎると魔法が解けて、ドレスも男物の服に戻るし、馬車もかぼちゃに戻るから』
『それは大変』
サンドラの母がシンデレラに可愛くお化粧をしてくれた。そして今日は透明な靴を渡される。
『これは?』
『ガラスの靴だね』
『ガラスでできた靴なんて初めて見た!』
しかしその靴はピタリとシンデレラの足にフィットした。
『これ結構履きやすい』
『あんたの足にピタリの形に作られているからね』
『へー。それも魔法?』
『魔法でもなきゃビタリと填まる靴にはならない。世界中であんただけに合う靴さ』
『へー』
それでシンデレラは今日はひとりで馬車に乗って、お城へ出かけた。馬車は宮殿に着くと、昨日までのように馬車駐めではなく、建物のそばまで進む。
『いいの?』
と御者に訊くと
『平気、平気』
とネズミの御者は言っている。
建物の前でシンデレラが降りると、そこにフレデリックが待っていた。
『シンデレラ待っていたよ。今日も踊ろう』
『はい、フレデリック』
それでフレデリックはシンデレラの手を引いて宮殿の中に入っていった。そして、ふたりは踊り始めた。
フレデリックとは話が弾んだ。
『へー、君はインドに行ってきたことがあるのか』
『はい。10歳の頃から毎年のように行き来してます』
『それでかな。凄くしっかりした感じ』
『女らしくなくてごめんなさい』
『いや、君はとても女らしいと思う』
シンデレラがインドの様々な様子、また航海中に起きたことなどを話すとフレデリックは興味深そうに聴いていた。
あっという間に時間が過ぎて、11:30になる。
『ごめんなさい。11:30になったから帰りますね』
『帰さないよ』
『え?』
『今日は朝まで一緒にいて欲しい』
『ちょっと待ってぇ』
シンデレラは彼の手を振り解こうとしたものの、彼は放してくれない。
『このまま僕の妻になって欲しい』
『妻になるのはいいけど、今日は帰りたい』
『だから帰さないって』
自分が結婚に同意してしまったことにも気付かないほど焦りながらシンデレラはフレデリックと踊っていた。でもこのままだと12時になると魔法が解ける。
11:50。音楽が停まる。
『シンデレラ、こちらに来て』
『はい』
それでシンデレラは不安な気持ちを抱えたままフレデリックと一緒に広間の奥の方に行く。
玉座!?
王様とお妃様が座っている。
『フレデリック、相手が決まったようだね』
『はい、陛下。このシンデレラに決めました』
『おお、それは可愛い子だ』
待って。なんでフレデリックは国王とこんなに親しそうに話しているの?
王様が立ち上がる。
『皆の者。フレデリック王子の結婚相手が決まった。この娘である』
と王様が言った。
王子(Prince)!??
何だったっけ、それ?
シンデレラは頭の中が混乱した。
『シンデレラ、この指輪を受け取って』
と言って、フレデリックはシンデレラの左手を取ると、その薬指に大きなダイヤの指輪を填めた。
待って、待って、これどうなってるの?
シンデレラは状況が飲み込めずに混乱した。
その時、広間の時計が12時を告げる鐘を鳴らし始めた。
シンデレラは我に返った。
シンデレラの指に指輪を填めるためにフレデリックの手が自分から離れているのを認識し、シンデレラは走り始めた。
『あ、待って』
と言ってフレデリックが追いかけてくる。
時計の鐘が鳴る。3つ。4つ。。。。
フレデリックが追いかけてくるが、捉まったら大変なことになるのでシンデレラは必死で走った。階段を駆け下りる時に、靴が片方脱げてしまった。しかし構っていられない。もう片方の靴も脱いで手に持ち、裸足で階段を駆け下りる。そして、馬車に飛び乗る。
『出して』
『へい』
ネズミの御者が馬車をスタートさせる。もう十二時の鐘は10個まで鳴ってしまった。
そして、お城の門を出た所で最後の12個目の鐘が鳴った。
魔法が解ける。
馬車がかぼちゃに戻る。御者が大ネズミに、6頭の馬は小ネズミになってどこかに走って行ってしまう。道に投げ出されたシンドルは自分が男の格好に戻っていることに気付いた。
『逃げよう』
シンドルはガラスの靴の片方を抱えたまま、大急ぎで家に走り戻った。
フレデリック王子は必死でシンデレラの馬車を追いかけたものの、門を出た所で見失う。
『どこに行ったんだ?』
王子があたりを見回すが、それらしき馬車は見ない。ひとり若い男が走って行くのが目に入っただけであった。
シンドルは何とか家に帰り着く。幸いにもまだ母と姉は帰宅していないようだ。暖炉に火を入れ、急いで顔のお化粧を落とす。昨日・一昨日と化粧を落としたので、やり方は分かっている。
『あれ〜?髪が長いままだ』
仕方ないので、髪は服の背中の中に押し込んで隠した。左手薬指に指輪をしていることにも気付いたので、外してポケットに入れる。
そしてお湯を沸かしていたら、母と姉が帰宅した。
『お帰り。今日は遙か東の国の日本のお茶だよ』
と言って、シンドルは母と姉に日本の宇治産のお茶を入れてあげた。
『日本って黄金の国とかいうの?』
『そうそう。金が豊かだから、家も金で出来てて、道路にも金が敷きつめられていて、人々が着てる服まで金でできているらしいよ』
『すごいなあ。シンドルも行ったことあるの?』
『まだ日本までは行ったことない。その手前のシャムまでは1度行ったんだけどね』
『でもどうしたのかしらねえ』
と母と姉が言っている。
『何かあったの?』
『王子様のお相手が決まって発表しようとしたんだけどさ、相手のお嬢さんが逃げ出しちゃって』
『なんで?』
『恥ずかしくなったのかもね。平民の娘さんだから王子と結婚するという話に急に恐くなったのかも』
『ああ、なるほどね』
ボク、恐くなるも何も、フレデリックが王子様だったなんて知らなかったよぉ、とシンドルは思っていた。
王様はパーティーで王子とずっと踊っていた娘の消息を求めた。主だった貴族、軍人などの娘に該当する者がいないか調べさせるが、誰もその娘のことを知らなかった。王様は国民一般に情報提供を求めたが、娘の行方も身元も全く分からなかった。外国の王室の姫君ではというので、隣国に照会するも、やはり分からない。
その内誰からともなく、娘が落として行った“ガラスの靴”(Pantoufle de verre, Glass slipper) が、とても可愛くて、こんな可愛い形の足をした娘は、まず居ないのではないかという意見が出る。
学者たちの意見を聞いた。
そもそもガラスで靴を作るというのは異例だ。革の靴は伸び縮みするから、多くの人に合うがガラスは伸縮しないから完全にその人の足の形に合わせて作る必要がある。つまり、この靴に足が合う人は本人以外には少ないだろう。
しかも娘はこの靴で走ったのに割れなかった。これは石英成分の多い材料でかなりの高温で熔融したたものと思われる。透明度も高いし、ヴェネツィアの腕の良い職人の手によるものだろう。
靴のサイズは一般的な女性のサイズではあるものの、フォルムが美しい。足のアーチがとてもしっかりしていて、これは小さい頃からたくさん歩き回っている女性でないとあり得ないという。
そのような意見を聞いて王子は「彼女は小さい頃から何度もインドに行っていたと言っていた。それでたくさん歩いたのだと思う」と言った。これでほとんどの貴族の娘が脱落した。貴族の娘はあまり運動しないので、いわゆる扁平足が多い。
『平民であることは間違い無い』
『たぶん豊かな商人の娘だと思う』
『身分違いを恐れて名乗り出ないのかも』
『王子が追ったのから逃げ切ったのだから、とても運動能力の高い娘だ』
『そういう娘はきっと丈夫なお世継ぎを産んでくれますよ』
確かに母がひ弱だと子供もひ弱になりやすい。
それで
『この靴がピタリと合う女性を探してみてはどうでしょう?』
という意見が出るので、王様はすぐにこのガラスの靴のレプリカを多数作らせ、それを家来に持たせて、国中に派遣した。
そして、全ての20歳以下の女はこの靴が合うかどうか試してみることとしたのである。
やがて、シンドルの家にも王様の使いが来た。
『この家の娘は?』
『ひとり居ますが』
『この靴を履いてみて』
と言ってレプリカの靴を渡される。姉は履こうとしたが、入らない!姉の足はこの靴には大きすぎるのである。
『だめなようですね』
と言って帰ろうとしたが、その時家来は、ドアの向こうから覗き見するように見ていたシンドルに気がつく。
『その子は?』
『それは、うちの息子ですが』
『男の子かぁ!残念。いや一瞬女の子かと思ったよ』
『この子、顔立ちが優しいから、しばしば女の子と間違われたりするんですよ。でも優しい顔に似合わず、毎年海を渡ってインドまで行って香辛料とかお茶とか染料とか宝石・貴金属を買い付けてくるんですよ(*3)』
(*3) 他の物語でも書いたが昔の西洋で青の染料はラピスラズリを粉砕したウルトラマリンしかなく、ラピスラズリはアフガニスタンでしか産出しないので極めて高価だった。つまり初日に着た青のドレスはとてもレアな品である。しかし貿易商人のシンドルはアフガニスタンのラピスラズリも入手できるし、もっと安価な東洋のインディゴも入手できて、青のドレスを容易に作ることができた。赤い染料はカメ虫を粉末化したものから作られるケルメスやコチニールだが、これもスペインが南米に進出してサボテンでエンジ虫を大量養殖するまでは高価なものだった。
『インド?』
『はい?』
『君、インドに行くの?』
『そうですね。これまで7回行ったかな』
とシンドルは答える。
王様の家来は“インド”という言葉に引っかかりを覚えた。王子が娘はインドに何度も行ったと聞いた、と言っていたではないか。
『ね、君、この靴をちょっと履いてみない?念のため』
『男の子にも履かせるの〜?』
と母が驚いているが、シンドルはどうも年貢の納め時のようだと思った。
ドアの所からこちらに入ってくると、足をレプリカの靴に入れる。
ビタリと納まる。
『おぉ!』
と家来。
『うっそー!?』
と母・姉。
シンドル、いや、シンデレラは服の中に隠していた長い髪を外に出した。
『あんた、そんなに髪長かったっけ?』
いつの間にかサンドラが家の中に入ってきている、
『これあげる』
と言って、白いドレスを渡すので、シンデレラは男物の服の上からそのドレスを着た。誰が見ても女にしか見えない姿になる。
『おお、まさしくあなたは王子が選んだ人だ』
シンデレラは微笑んでガラスの靴の片方を家来に見せた。
『おお、これがあの靴の片割れですね』
そして指輪も見せる。
『これを王子様から頂きましたけど、私、あの方が王子様だなんて全然知らなくて。それで混乱してしまって逃げちゃった。ごめんなさい』
とシンデレラは言った。
『いや、お気持ちは分かります。すぐこちらに馬車を寄こします。どうぞ宮殿においでください。お母様とお姉様も一緒に』
と家来は言う。
『でもあんた男なのでは?』
と母が言ったが、シンデレラは微笑んで答えた。
『ごめんね。私本当は女の子だったの』
と言って、シンデレラは母の手を自分の胸に触らせた。
「あのぉ、このラストのセリフ、とってもとっても、引っかかりを覚えるんですけど」
とアクアは鳥山に言った。
「大丈夫だよ。これはあくまで絵本の中のお話だから」
と鳥山は平然として答えた。
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