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■夏の日の想い出・星導きし恋人(8)

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龍虎は2014年夏、友人に誘われて一緒にロックギャルコンテストに出場した。友人も龍虎も2次予選まで通過したものの、友人は親の承諾書を得られず本選には出場できなかった。龍虎の場合は、親権者である支香が「あんたはそのうちやりたいと言うと思ったよ」と言って承諾書を書いてくれた。
 
そして優勝してみて初めてこのコンテストが女子のコンテストであることを知り、龍虎も支香も仰天したのだが、審査した側もまさか男の子だとは思いもよらず仰天した。そして紅川社長(当時)は、龍虎の保護者として長野支香が出て来たので再度驚き、龍虎の両親が、高岡猛獅・長野夕香であると聞いて三度(みたび)超絶仰天した。(紅川の心臓に悪い1日)
 
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紅川と上島の会談で、龍虎のことについては、上島が責任を持つということ、龍虎の親については20歳になるまで発表しないことを決めた。
 
これは龍虎本人が、有名ミュージシャンの子供として注目されて売れたりするのは嫌だと言ったので、その気持ちを尊重したものである。工藤夕貴がデビューした時に、父親が伊沢八郎であることをしばらく伏せていたケースを先例とした。
 
また紅川は龍虎の音楽的才能が高いので、親が誰か明かさなくてもこの子は充分売れるともくろんだ。その紅川の予想は当たった、というより紅川の想定範囲を遙かに超えるものとなった。なお“アクア”という芸名の本当の名付け親は上島である。
 
この業界における龍虎の後見人は、上島の不祥事の後は一時的に東郷誠一が引き継いだが、実際には東郷先生と龍虎の絡みはあまり大きくないので、醍醐春海が更に引き継いで現在に至っている。
 
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龍虎の父親問題について越春氏はアクアがデビューした後の2015年11月に龍虎側と和解した。アクアがテレビに出ているのを見て、猛獅の10代の頃とよく似ているのを認識し、やはりこの子は猛獅の“娘”だと確信したという。
 
「すみません。ボク“娘”じゃなくて“息子”なんですけど」
「また冗談を」
 
取り敢えず性別問題は置いといて話を進め、越春は龍虎の父親が猛獅であることを認めるという同意書を書いた。しかし龍虎はその提出を待って欲しいと言った。
 
自分はこれまでずっと田代夫妻に育ててもらったので、今更父親欄に名前を入れるのは田代夫妻にとっては子供を取られてしまうような感覚になるのではないかと言ったのである。
 
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それでこの件は当面保留されることになった。ただ、龍虎とはこの後は、孫と祖父としての付き合いをしていくことで双方合意した。
 
但し越春は遺言書を書き、そこで龍虎と猛獅との親子関係を認めるとしたので、将来越春が亡くなった場合は龍虎の父親欄が記載されることになる。また越春が最初に書いた同意書は龍虎が所持しているので、龍虎がその気になったら(越春が生きている限り)いつでもそれを裁判所に提出してよいことになっている。
 

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龍虎に関する長い説明を聞いて白河も本当に驚いているようだった。
 
「アクアちゃんは精神的におとなだね」
「やはり幼くして親を失ったことで、おとなにならざるを得なかったんだと思う」
と雨宮先生が言った。
 
「しかし結局アクアちゃんは僕の親族でもあるわけか」
「そうなんですよ」
と言って、千里が先日の系図を取りだして見せる。
 
↓高岡家系図(再掲)

 
「これよく調べたね!」
と白河社長も驚いている。
 
「社長のご子息と、私の従姉が先日結婚したので、私もアクアの親戚になりました」
と私は言う。
 
「なんかこの世界は複雑に親族関係がつながっている気がする」
「ひょっとしたら、芸能人は全員親戚だったりして」
「それ本当にあるかも」
「時々、あちこちと絡むハブ空港みたいな人もいますね」
「うん、いるいる」
 
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「だけどアクアはここまで売れたら、今更、親が高岡猛獅だと発表したって、世間の人はむしろ『それ誰だっけ?』と言う人の方が多いよ。高岡が亡くなってから18年も経ってるしさ」
 
「子供の方が遙かにビッグになってしまいました」
と私も言う。
 
「藍より青し(*2)だよ。性別のこともアクアが女の子であることを発表しても世間の人は今更だと思うから、ちゃんと公表しなよ」
 
「あはは」
 
白河社長は、アクアの親の件も“性別の件も”、公式発表までは誰にも言わないと約束してくれた。
 
(*2)「青は藍より出でて藍より青し」「荀子:勧学」の中の言葉。青という染料(indigo)は藍(草の名前)から作るが、藍よりずっと青いということで、子供や弟子が親や師匠より優秀であることの例え。「鳶が鷹を産む」にも似ているが、鳶が鷹のパターンは、例えば平凡なサラリーマンの息子が大作曲家になるような話。龍虎の場合は父親も一流のミュージシャンだったが、親より売れているということで「藍より青し」の例えの方が適切。
 
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昔NHKの連続テレビ小説で「藍より青く」という作品があった。厳格な教師の娘に生まれたヒロインが親の反対を押し切って結婚したものの夫は戦死。戦後、女手ひとつで中華料理店を作って成功させるというもの(連続テレビ小説って昔からパターンが変わらない気がする)。本田路津子(ろつこ)が歌った主題歌『耳をすましてごらん』は今でも歌う人がある名曲である(後に南野陽子がカバーした:南田陽子ではない)。“ろつこ”という名前は旧約聖書『ルツ記』から取られたもの。本当は“るつこ”だったのだが、それでは読んでもらえないので“ろつこ”ということにしたらしい。本曲以外のヒット曲としては『秋でもないのに』、『風がはこぶもの』などがある。特に後者は合唱部などで長く歌われている曲である。
 
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さて、強制隔離されてしまったラピスラズリの2人であるが、コスモスは彼女たちに電話して言った。
 
「大変だったね」
「こちらこそ御迷惑お掛けしてすみません」
と電話を取った町田朱美が言う。
 
「でも2週間何も仕事しないと暇だよね」
 
(コスモスの誘導尋問なのだが、ウブは朱美は気付かない)
 
「ほんとですよね。狭い部屋からずっと出られないと、エネルギーがありあまってしまいますよ」
「じゃ、その2週間の間にアルバム1枚作ろうか」
「え〜〜〜〜!?」
 
コスモスは松本花子に依頼して、ラピスラズリ用の楽曲を12曲書いてもらうことにした。通常の松本花子は音域が10度以内(8度以内に制限可能)だが、ラピス用の専用システムは15度(2オクターブ)以内に拡大され、また通常のシステムでは使用が抑制されているブルーノートも使用する。
 
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その曲をバックバンドの『愛の十字架』に演奏させ、伴奏音源を送信する。そして倉橋の指導の下、ラピスの2人に歌わせて音源を制作することにした。このため、播磨工務店の黄組を動員してラピスが隔離されている部屋に隣接して、スタジオを1日で作ってしまった。機器は郷愁村のスタジオの機器を持って行った。
 
「14日間で12曲吹き込むんですかぁ?」
「他にすることもないし、エネルギーも余っているみたいだし、頑張ろう」
「ひぇ〜」
と町田朱美は情けない声をあげた。なお、愛の十字架が伴奏を作成する時の仮歌係としては、七尾ロマンと恋珠ルビーを指名した。
 
歌唱力があり、声域の広い東雲はるこの代役は、七尾ロマンのレベルの歌い手でないと、完全には務まらないのである。東雲はること同程度の音域を持つのはロマン以外ではアクアくらいで、常滑真音・水谷妹が少し惜しい程度である。
 
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またコスモスとしては、七尾ロマンの仮歌を聴いたら、東雲はるこが「負けるもんか」と思うだろうという、戦略的な動機(作戦)もあった。
 

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常滑真音はその後も毎週のように複数の歌番組に呼ばれては、毎週別の歌を歌っていた。ある歌番組では、司会のベテラン・コメディアンから
 
「マネちゃん、ひょっとして毎週何か曲を出してない?」
などと言われる。
 
「私たくさんCM撮ってるから、CMの歌で毎週新しい曲歌っているかも」
と本人も答えていた。
 
その週、舞音はまた新しいCMを撮った。化粧品メーカーの新しいカラーリップのCMだった。舞音自身がモデルを務めた。化粧品メーカーはお金があるので、いつもの松本花子ではなく、作曲料が少し高い夢紗蒼依の曲だった。でも舞音はこの歌詞、難しいなあなどと思った。
 
商品名は“ちょっとだけ大人のプレルージュ”と言い、まだルージュを付ける前の高校生のカラーリップだから“プレ・ルージュ”というネーミングである。それに合わせて楽曲の名前も『プレルージュ』という曲であった。
 
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この曲はシングルで出すと言われた。アルバムを出したばかりなので、続けてアルバムという訳にもいかないということのようである。
 
カップリング曲にはアクア主演!『シンデレラ』の主題歌『ガラスのエンブレム』と挿入歌『風読みシンドバッド』であった。つまり3曲入りのシングルである。
 
この2曲は本来主演予定だったラピスラズリが歌うはずだったが、ラピスラズリが隔離されてしまったので、ドラマはアクアが代役を務めることになった。しかしアクアに歌まで歌わせるのは負荷が大きすぎるので舞音ちゃん代わりに頼むということらしかった。
 
しかし舞音は台本とかを見てないので、シンデレラの話で“ガラス”は分かるが、なぜシンドバッドなのだ?と首をひねった。
 
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作詞作曲はラピスラズリのメインライター花園光紀さんである。花園さんは台湾在住なので、コロナ下では日本まで来て指導することができない。それで代わりにイリヤ・スタジオの本山さんが指導をしてくれた。木山さんにはつい先日も別の曲で指導をしてもらっていた。
 

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舞音はこの3曲を5/10-14の週に音源制作したのだが、5/26(水)に発売するというので驚く。
 
「凄い短時間でリリースしますね」
「ドラマの放送日程に間に合わせないといけないので」
「大変だ!」
 
ラピスが歌ったマスターも存在するらしいが、それは没になる。後でラピスのアルバムにでも“カバー曲”として収録するという話だった。また、その音源は「舞音ちゃんは舞音ちゃん自身の歌い方で歌って欲しいから」ということで聞かせてもらえなかった。確かに他の人が歌ったのを聞くと、どうしてもそれを意識するよなと舞音も思った。
 
PVもバタバタと撮影した。化粧品会社のCMの撮影は、その化粧品会社に行き、美容社員さんにきれいにベースメイクをしてもらった上でカラーリップを塗られたが「これ私?」と思うくらい美しく、詐欺だと言われないだろうかと不安になった。
 
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『ガラスのエンブレム』はドラマの撮影で使用するガラスの靴の舞音バージョンを作ってもらい、それを履いて歌った、廊下を走ったり階段を駆け下りるのを何度もやらされたので結構ハードだった。ダンスシーンも撮影したが、相手を務めてくれたのは、品川ありさである!
 
「いやラピスのトラブルは事務所全体の問題だから、みんなで何とかしなきゃね」
と言っていたが、ありささんは身長が176cmもあり、元サッカー選手だけあって体格もいいので、母艦に寄り添うような安心感があった。
 
「ありさ先輩、女の子からラブレターもらったりしてませんでした?」
「それ私の場合はデフォルトだよ」
「やはり」
 
「それとうちの事務所は“先輩”とか付けるの禁止。お互い“ちゃん”で呼び合おう」
「“ありさちゃん”でいいんですか」
「“ちゃん”は芸能界では一般的な敬語だよ。花ちゃんもみんなから“ちゃん”付け」
「確かに花さんとは言いませんね!」
「ね」
 
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ちなみに“ガラスの靴”は、足の型を粘土で取り、その型にアクリルガラスを流し込んで作る。アクリルなので軽いし丈夫。そして型を取って作られているのでピタリとフィットし、とても歩きやすかった。むろん耐衝撃性があるので、これで走っても全く問題が無い。むしろシンデレラの時代にそれで走っても大丈夫なガラスの靴とか本当に存在したのだろうかと疑問を感じた。
 
結局、ガラスの靴は、当初の東雲はるこ用に作られたもの、代役となったアクア用に作られたもの、PV制作のため常滑舞音用に作られたものの3種が作られたことになる。
 
「§§ミュージックのトップ3だ」
とイリヤスタジオの本山さんが言っていたが、舞音自身としては、先輩たちがたくさんいるのに、そんなの恐れ多いと思った。
 
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『風読みシンドバッド』はこれもドラマの撮影で使うという船(そんなシーン、シンデレラにあったっけ?と悩む)が作られていたので、その船の船首に男装で立ち、腕を組んだり、空の様子を見たりするシーンを撮影された。
 
服が風でなびくように扇風機で風を送られたが、強風で一瞬バランスを崩し、池に落下しそうになったのを、すんででこらえた。でもそのシーンをしっかり撮影されてPV内に使用されていた(舞音ちゃんらしいと言われた)。
 
他に、舵の前に立ち、舵に手を掛けている所、帆柱(mast)の上の方の帆桁(ほけた:横棒:yard)に腰掛けて望遠鏡を覗いている所なども撮影したが、舞音がひとりでよじ登ったので「君、腕力あるねー」と感心された。
 
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(望遠鏡はガリレオ・ガリレイにより1608年に発明された:それで木星の衛星を発見する。恐らくこの時代の最新鋭機器。実は帆桁で望遠鏡を覗くのは平衡感覚を失いやすいが、舞音は平気だった:一応安全のためレンズ無しの筒だけのものを使用している)
 
舞音は男装がよく似合うので、とても格好良いPVになった。
 
「でもシンデレラが男装するんですか?」
「それは見てのお楽しみ」
 
白雪姫なら男装くらいしてもおかしくないけど、シンデレラの男装というのは新機軸だなと舞音は思った。女装の王子と結婚したりして??
 
 
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夏の日の想い出・星導きし恋人(8)

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