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■夏の日の想い出・秘密の呪文(24)
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時間索引 #
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この日は仕事も休みにしてもらっているので、西湖は卒業証書やその他学校に置いていた荷物なども持ち、歩いて自宅のある橘ハイツに戻った。
鏡の前に朝置いた指輪は無くなっていたので溜息をつく。
取り敢えず制服を脱ぎ、ブラウスも脱いで下着だけでベッドに潜り込み、ぐっすりと寝た。疲れが溜まっていたせいか、起きたのはもう夕方である。人の気配がする。
「かずちゃん?」
「あ、目が覚めた?まだ寝てていいよ。御飯もう少しかかるから」
「うん」
それで結局更に1時間ほど寝た。
夕飯にちらし寿司(すし太郎)が作ってある。白身魚のフライに、お魚のすりみの味噌汁もある。
「卒業おめでとう」
と桜木ワルツ(吉田和紗)が言う。
「ありがとう。あ、その・・・今日から末長くよろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします」
「あの、これ」
と言って西湖は青い宝石ケースを出す。
「え?見ていい?」
と和紗。
「うん」
中には大きなダイヤが乗ったプラチナリングがある。
「サイズは合うと思うけど」
「じぉせいちゃんが填めて」
「うん」
指輪はきれいに和紗の左手薬指に填まった。
「ありがとう。キスしていい?」
「うん」
それで2人はキスしたが、舌を入れられるので西湖は「きゃーっ」と思った。
和紗が「お稲荷さんも作ったよ」
と奥の方に呼びかけると、おキツネさんたちがぞろぞろ出て来て、
「西湖ちゃん卒業おめでとう。西湖ちゃんと和紗ちゃん、結婚おめでとう」
と言ってから、大皿3つに大量に並べられた稲荷寿司を美味しそうに食べ始めた。
卒業で“解禁”になったので、今日からワルツはここで一緒に暮らす。彼女は2018年に歌手デビューして以来住んでいた板橋区のアパートも解約した。数日中に彼女の荷物がここに届くはずである。
夜のことを考えると少し気が重いが、ワルツはちんちん立たなくても大丈夫と言っていた。そうだなあ。“立たない”のはまだ許容範囲かもね、などと西湖は考えていた。
なお、ここは3LDKなので南側の部屋を和紗専用にすることにしている。
元々は北西の部屋に“鏡”が置いてあり、西湖はそこで寝ていたが、数日前、千里さんが男性3人を連れて来て、簡単な改造をしたのである。鏡を北西の部屋ではなく南西の部屋に移動し、今まで鏡を置いていた北西の部屋を2人の寝室にするように千里さんは言った。千里さんはついでに北西の部屋に豪華なキングサイズのベッドを設置していった。このベッド設置に、千里さん以外に男性が3人必要だったようだ。
(旧レイアウト:再掲)
天月西湖は2002年生で、男だとしたら本命卦は兌、女なら艮で、どちらにしても東四命なので、吉方位は北東・北西・西・南西。実際西湖の寝室は北西にあった。
一方、吉田和紗は1998年生・女なので、本命卦は巽であり西四命。吉方位は北・東・南東・南である。
すると3つの部屋は各々にとってこういうことになる。
北西 M最吉 F大吉 和小凶
南西 M大吉 F最吉 和大凶
南_ M大凶 F小凶 和大吉
これを見ると、ふたりの共同寝室にするのは北西の部屋がベストであることが分かる。また和紗の個室は南の部屋が良い。結果的に西湖(聖子)の個室は南西部屋が良いことになるので、ここに鏡を移動することにした。それでこれまで南西部屋と南の部屋はWTC(ウォークスルー・クローゼット)でつながっていたのを壁を設置して通れないようにした(鏡の後ろは壁でなければならない)上で、新たにできたクローゼットに鏡を置いたのである。千里が男性を連れて来て工事させたのはこの壁を設置してWTCを通り抜けられなくする改造である。
木下宏紀は男子寮の自室に戻ると、ふーっと大きく息をついた。
男子制服を脱ぎ、きれいに畳む。取り敢えずベッドに潜り込んで少し寝た。目が覚めると2時だ。そろそろ篠原君帰ってるかなと思う。普段着のカットソーとアクリルの膝丈スカートを穿くと、篠原君の部屋に行き、ノックする。
「お帰りー」
「お帰りー」
「これありがとうね」
と言って“篠原君が貸してくれた”男子制服を返した。彼は在校生(2年生)で卒業式には出席しないので、今日は体操服で登校してくれたのである。
「それからこれよかったら」
と言い、これまでしばしば着て、寮内はそれでウロウロしていたものの、結局一度もこの服では外に出なかった、女子制服を入れた紙袋も彼に渡した。
篠原君は一瞬悩むような顔をしたものの
「もらっとく」
と言って、女子制服を受け取った。
「ウェストはアジャスターを調整すれば穿けると思う」
「了解」
木下宏紀はW59, 篠原君はW63だが、その程度は許容範囲のはずだ。今日借りた男子制服はベルトでずれ落ちないようにしていた。
「写真とか撮った?」
と訊かれると、宏紀は照れ笑いした。
「どうしたの?」
「写真は撮ったんだけどね」
と言って、スマホに入れている、クラスメイトが撮ってくれた写真を見せる。
「結局女子制服着たの〜?」
「ごめんね。折角男子制服貸してくれたのに。クラスメイトにうまく乗せられちゃって」
「まあいいんじゃない?どっちみちこれからはフルタイム女の子生活するんでしょ?」
「どうしよう?男子制服も無くなったから、部屋の中から男物が全く無くなった。ズボンが全く無いし」
「木下君、女の子なんだからいつも女の子の格好してればいいのに」
「ボク男の子なんだけど」
「そんな嘘言っても誰も信じないって」
と篠原君は呆れたように言った。
でもズボンが全く無いのは放送局とか行くのに困るなどと言っていたので、取り敢えず適当なレディス・パンツを2つ貸してあげた。助かると感謝していた。
「取り敢えずフェリシモでパンツ3〜4本頼むよ」
うっかりスカート頼んじゃったりして?
常滑舞音が歌う、常滑焼(とこなめやき)のキャンペーンソングは2月中に完成し、3月3日(水)に発売された。実を言うとこの日は、高崎ひろかのCDの発売とぶつかっていたのだが、こちらはそれほどは売れないだろうと思って同じ発売日にしたのだが、一週間前の時点でAmazonから「予約が3万件入っているがこちらに在庫が5000しか無いので用意して欲しい」という連絡が入り、私たちは仰天した。私とコスモスは話し合い、無駄になってもいいからと、思いきって20万枚プレスすることにした。いくつかのプレス工場に分散し、割増し料金を払って頑張って量産してもらった。金曜日には大手CDショップからも「予約が全国で1万件入っている。今3000しかないのでもっと納入して欲しい」と連絡がある
そして当日、高崎ひろかのCD『春風のプロローグ』が初日10万枚に対して、常滑舞音の『とことこ・なめなめ・招き猫』が9万枚も初日に売れて(実は売切れ)、私たちは肝を潰した。翌日以降も私たちは各CDショップにどんどん納入した。実は車を走らせたり、G450とA318まで飛ばして、全国各地のプレス工場から各地のショップまで、TKRの社員が運んだ。
そして一週間の統計でも高崎ひろか18万枚に対して常滑舞音16万枚。いづれも§§ミュージックで1位・2位独占である。万が一にもひろかを抜いたら申し訳ないので、本当に肝を潰した。ひろかは笑っていたが内心は穏やかではなかったのではという気がする。
要するにいきなりゴールドディスクになってしまったのである。
後から状況を確認すると、常滑市出身の“新人歌手”が歌う、常滑焼のキャンペーンソングというので、常滑市の商工会関係者がかなり頑張って宣伝したらしい。それを見た人たちが、どんな子だろうと思いネットで検索すると、ブルボンのクッキーのCMを歌う常滑舞音のビデオがひっかかり
「可愛い子じゃん」
ということで、口コミで更に噂が広がり、実はそちらのCM曲のCDも品切れが相次いでいたことも後で判明する。
そういうわけで、ネットショップとリアルショップで合計6万枚の予約が入っていたらしい。
このCDは最終的には50万枚越えのダブルプラチナを達成。実際に常滑焼の売上げも上昇して、2021年のRC大賞・企画賞を獲得する。
歌番組からもお声が掛かり、たまたま空いていたカチューシャのメンツに伴奏させることにして送り出した。カチューシャは経験豊かな子が多いので、歌番組にしかも生で出るなんて初体験の舞音にも安心だろうし思ったが、舞音は全くあがりもせず、堂々と生歌唱した。本当に度胸の据わっている子である。この番組の録画がしばらく常滑市役所のロビーのテレビに繰り返し流れていたらしい!
ちなみにこの曲のc/w曲は「マネがマネのマネをした」という曲で、常滑舞音がエドゥアール・マネ(1832-1883)の『笛を吹く少年(Le Joueur de fifre)』のコスプレをしているところをPVにしている。
漢字?で書くと「舞音がManetの真似をした」となる。この曲は作曲は松本花子だが、作詞は松本葉子ではなく“名寄多恵”になっている。実は千里の親友・若生暢子さんのペンネームである。どうも松本花子プロジェクトには千里や青葉の友人がかなり多数関わっているようである。
マネ(Manet)の絵に描かれた少年が吹いているのは、絵のタイトルにもなっているファイフ(フランス語ではフィーフル(fifre) 英語:Fife)である。日本ではファイフというとヤマハやアウロスのプラスチック製ファイフをよく見るが、舞音が撮影時に使用したのはフランスの街の雑貨屋さんで千里が買って来た(いつ?)という木製のファイフで、本当にマネの絵の雰囲気が出ていた。
舞音は実際にこのファイフを吹いており、そのメロディーが曲の間奏に取り込まれている。舞音は篠笛やフルートが吹けるので、このファイフもすぐ吹きこなしてしまった。この木製ファイフは撮影終了後、そのまま舞音に進呈した。
舞音は翌週はこの『マネがマネのマネをした』の方でまた歌番組に呼ばれて、やはりカチューシャの伴奏で生歌唱してきた。むろん笛を吹く少年のコスプレで出演しているし、間奏でファイフの生演奏もしている。
さて表題曲の『とことこ・なめなめ・招き猫』では、「ダルマは高崎、タヌキは信楽(しがらき)、招き猫は常滑(とこなめ)!」という歌い出しで、舞音が最初はダルマのコスプレ、続いてタヌキ(金玉付き!)のコスプレをして、最後は白い招き猫(左手を挙げる)に扮している。
更に2番では「サルボボは飛騨、黒田武士は博多、招き猫は常滑!」と歌い、またまたサルボボのコスプレ(菱形の腹掛けにちゃんちゃんこ:アイドルにさせる格好ではない)、大杯(*1)と槍(日本号のレプリカ *1)を持った黒田武士のコスプレ、そして最後は黒い招き猫(右手を挙げる)にコスプレしている。
(*1)大杯・槍(日本号)ともにΘΘプロ春吉社長の私物。杯は京漆器の特注品、日本号も古い武具のレプリカを作っている職人さんに特注したもの。値段は聞き出せなかったが、多分、両方合わせて300万円くらいか?
このPVを見た人たちは
「この子、既にアイドルを捨てている」
「女を捨ててるな。金玉まで付けてたし」
「もう人間を捨ててるかも」
と、体当たりの演技に感心するというより呆れていた。
歌のラストではアマビエに扮していた(常滑焼のアマビエは実在する)が、常滑市長さんはかなりこのPVが気に入ったようであった。
「コロナが落ち着いたら、ぜひ常滑市でライブを」
などと言っていた。
ちなみにこのPVを監修したのは雨宮先生である!
さるぼぼのコスプレは、レオタードの上に着せるつもりが、雨宮先生はそれでは偽物だと言い、ヌードの上に着せることを主張した。私たちは難色を示したのだが、舞音本人が「面白そうだからやります」と言って、雨宮先生の指導で(着けさせたのはコスモス)本当にヌードの上に衣装をつけた。
雨宮先生は腹掛けだけのつもりだったが、それだとバストが見えてしまうので、私たちの申し入れで、ちゃんちゃんこを着せた。
「ちんちんがあればこぼれるんだけど、あんた付いてないから、こぼれないね」
「小さい頃いじってたら叱られて切られちゃったので、こぼれません」
「それは残念」
先生も舞音が気に入ったようで
「あんた私の愛人にならない?」
などと誘惑(?)していたが、コスモスから「カエルちゃんに言い付けますよ」と言われると「恐いこと言わないで」などと言っていた。雨宮先生は三宅先生以上にカエルちゃんが恐いようである。
(夢路カエルは最近どうも完全に雨宮先生の“妻”の地位を獲得してしまったようである。三宅先生は雨宮先生の“夫”である。更に私の理解を超えるのだが最近、カエルと三宅先生は仲が良い!)
常滑舞音がゴールドディスクを取ったことについて記者から取材された。
「常滑舞音ちゃんのCDがゴールドディスクになっていますが、これは単にキャンペーン曲が売れただけなのでしょうか?」
と訊かれて、コスモスはこう答えた。
「そのはずだったのですが、ゴールドディスクまで取って、そういう話にもできませんね。常滑舞音はもうデビューということでよいと思います。近い内に彼女とは契約をB契約からA契約に切り替える話し合いをしたいと思います」
それで常滑舞音は今年3人目のデビュー歌手となったのである。一度に3人デビューするのは、2016年の西宮ネオン・姫路スピカ・花先ロンド、2019年の山下ルンバ・桜野レイア・原町カペラ以来3度目となる。
そしてこの常滑焼のキャンペーンソングが売れたため、常滑舞音の1枚目のCD、ブルボンのクッキーのCM曲『ちょっとだけ甘い時間』も買い求める人が出て来て、レコード会社は慌てて追加プレスすることになった。
また、常滑舞音が結果的にデビューということになったのに刺激され、Ye-Yo(甲斐絵代子)のファンたちが「エーヨをデビューさせよう」と言って、大量に買う騒ぎになる。それで『美味しい時間/飴のある町』の方も追加プレスするはめになる。
このCDはこれまで4万枚売れていたのだが、3月下旬にはこちらも10万枚を突破してしまった。
記者からインタビューを受けたコスモスは半ば困ったような表情で
「はい。10万枚を超えた以上、彼女もデビューということで。近い内に彼女もB契約からA契約に変更することを打診します」
と答えた。
そういう訳でこの年は一挙に4人もデビューすることになったのである。
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