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■夏の日の想い出・秘密の呪文(14)

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そして共同で“湯河原レコード”を設立したのである。
 
この名前は本社を神奈川県湯河原町に置いたからである。土地の安い所を探したら、ここになった。
 
湯河原町の場所を知らない人のために説明すると小田原市の西側、箱根町の南側にある町である。小田原とか箱根といったら静岡県?と思う人もあるかも知れないが、小田原市(しばしばニュースなどで“静岡県小田原市”と書かれた記事も見るが)も箱根町も神奈川県である。この湯河原町までが神奈川県で、西隣の熱海市は静岡県になる。
 
湯河原温泉がある町である。
 
ここで建面積わずか20坪ほどの中古住宅を3月に500万円で購入。ここを本社とした。
 
実を言うと、アーティストを本社の近くに住まわせようという構想があり、その場合、首都圏から外れた町にそういうものを作ると、コロナの折、嫌がられるだろうということから、東京・神奈川・千葉・埼玉の範囲で探していて、ここを見つけたのである。町長さんに内々に打診して感染対策を条件に“口頭”での承認も得ている。
 
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しかしいきなり大都会の一等地に広いオフィスを借りたMSMとは対照的である。
 

新会社の役員については、結局鬼柳さんがトップになることになり、★★レコードを退職して、社長になる。副社長として、★★レコード初代社長・星原博秋の娘で、2019年株主総会でクーデターを演出した鈴木片子さん、専務として松前さんの腹心でTKR社長室長の溝口海夢が入る。
 
鬼柳に心酔していて「愛人にして欲しい」といつも言っている、佐田ゆうき(佐田博栄前副社長の息子(?))も当然付いていったが、佐田さんの息子(?)というのは、とても便利な存在なので、営業部長に任命され張り切っていた。
 
実際各アーティストと交渉した時に、佐田が「父が迷惑掛けました」と挨拶すると、向こうが結構軟化したのである。みんな★★レコードには顔向けできないと思っているが、佐田さんの息子さん(娘さん?)ならと話を聞いてくれた。元々、佐田副社長がMSM幹部の中では唯一“音楽の分かる人”だったのもある。村上社長なんて、演歌とフォークの区別が付かない人であった。
 
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資本金は、TKR社長の松前さんが個人で2000万円、★★レコードが2000万円、松前さんのコネ(仙台のTKRスタジオ絡み)からムーランが2000万円(若葉の感覚では普通の人が1円くらい出資する感覚)、◇◇◇銀行とMHメディアプレスが500万円ずつ、∞∞プロの鈴木社長、○○プロの丸花社長、ζζプロの兼岩会長、それに§§ミュージック会長として私が250万円ずつ出資して合計8000万円の資本金で設立した。
 
MHメディアプレスには大手レコード会社の多くが出資しているので、これは結果的にはレコード業界全体で彼らを救済しよういうプロジェクトなのである。
 
この会社は★★レコードが25%出資する実質的な関連会社である。そのため実は★★レコードが所有する様々なシステムをそのまま使うことができた。特に制作や販売に関するシステムは、ゼロから作ろうとすると膨大な時間と費用が掛かる。それを安価な使用料を払うだけで利用できたのである。これもMSMとは大きく異なる点であった。
 
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湯河原レコードは2020年4月3日に設立された。
 
最初の段階では鬼柳・鈴木・溝口・佐田と他に4人★★レコードやTKRから移籍した社員の合計8人だけで営業開始に向けての準備を進めた。音源制作はスタジオを作るのには高額の初期費用がかかることから、★★スタジオを利用させてもらうことにした。但し本社の中古住宅の近くに、練習用のスタジオを2棟建てた。正確には、町の好意で貸してもらった土地にユニットハウスをポンと置いて、自分たちで防音板を貼り付けたものである。ここはあくまで練習用であり、音源制作は東京の青山で行う・・・はずだったが、自分たちで録音までするからと言って、ここでマスターを作ってしまう人たちも現れることになる。
 
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CDのプレスはMHメディアプレス(愛知県常滑市)が行うほか、ネットで★★チャンネルでもダウンロード販売する。CDの流通は★★レコードに全面的に委託することにした。
 
それでだいたい準備ができた所で★★レコードの分裂から1年少し経った2020年8月に社員も12人まで増やして本格的な活動を始めた。
 
色々なものを★★レコードから提供してもらっても、新しいレコード会社を始めるにはそのくらいの期間が必要だったのである(実際の準備はMSMの倒産直後から始めている)。
 
村上さんたちのようにいきなり何百人もの社員を雇ったら、させる仕事も無いまま、給料や家賃だけ払い続けることになる。あれは下手な経営の見本である。
 
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鬼柳社長は佐田営業部長を伴い、1年前の分裂騒ぎの際に★★レコードを飛び出してしまったアーティストの中で、現在でも何らかの活動を続けている人たちの所を訪問してまわった。彼らは本当に困っていたので、多くが関心を示した。
 
2019年の7-8月に★★レコードからMSMに移籍したアーティストは100組ほどあったが、その半数は既に解散していた。セミプロ状態に戻りライブハウスなどで活動していたバンドもあったが、コロナの影響でライブハウスが使えなくなり、活動は停滞していた。
 
結局可能なら復帰したいと鬼柳たちに表明したアーティストは30組ほどだった。
 
ちなみに佐田ゆうき営業部長の“素性”を知らない人たちは
「へー。女性の営業部長さんですか。凄いですね」
などと言っていた!
 
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鬼柳が「性別曖昧な格好は混乱をもたらすからスカート穿いてろ」と言ったので、ゆうきは「ボク女装はしないんだけど」と言いながらも可愛いスカートを穿いていた(ちゃんと持ってる:スカートは200枚あると言ってた←枚数がありすぎ!)。鈴木片子副社長からは「可愛いよ」と言われて照れていた。
 
「ボクをいつでも押し倒していいからね」
「だからそんなことしないって」
 

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ただ復帰の条件はなかなか厳しい。
 
資金的な負荷(違約金の支払い)と作業する人の問題で、復帰させるアーティストは月間4組までとすることにした。復帰作のアルバムができても、多い場合は順番待ちである。
 
それぞれのアーティストの過去の営業成績に応じた違約金の支払いが必要で、その支払いは湯河原レコードが代行するのだが、各アーティストにはその補償をしてもらう必要がある。
 
バンドが自作曲を演奏してCDを制作した場合、作曲印税と演奏印税を合わせると、出荷額の8.1%をアーティストは受け取ることができる。湯河原レコードはその半額を向こう1年間にわたり、レコード会社に納めるよう求めた。またライブ収入に関してもギャラの半額を納めるよう求めた。
 
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それをいわば保険料のようにして、直接の違約金支払いを免除しようということなのである。ただ、それでは生活できないアーティストも多いので、半額徴収期間の1年間に限り、メンバー1人につき15万円/月を限度に生活費の融資をすることにした。返済は出世払いで請求もしない(10年で時効!):他社に移籍しない限りは!!
 
なお、ムーランの協力で湯河原町内に寮を作ったので、そこで生活してもらうと生活費が大幅に節約できる。それを聞いて、多数のアーティストが東京から湯河原に引っ越してきた。入寮希望者が多かったのでムーランは結局寮を年内に3棟建てて、ひとつは女性専用・男子禁制にした。
 
「男子が女子寮に入ろうとしたら、レーザー光線でアソコを燃やしますのでご注意を」
と若葉は言った。みんな冗談だろうとは思ったが、試してみる勇気のある男子はいなかった。
 
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この“湯河原レコード”による復帰大作戦は2020年9月から始まり、2020年内に16組のアーティストが現役復帰を果たした。
 
★★レコードとしては回収が困難と思われていた違約金を少しでも回収することができたし、いったん廃盤扱いにしていた、彼らの★★レコード時代のCDを再発売したり、ネットストアに登録したりすることもできて、ひじょうに美味しい取引となった。
 
違約金は湯河原レコードと★★レコードの交渉の結果、正規の金額の半額で勘弁してもらえることになった。アイダラコンの違約金も半減され、4億円が彼らに返還されたので、彼らはそのまま銀行への返済に回し、借金はあっという間に2.7億円まで減った。
 
MSM幹部に損害賠償を求めていた人たちは、軒並み訴訟を取り下げた。そんな勝訴しても実際には取れそうにないお金を求めて法廷闘争をするより、湯河原レコードを利用して活動再開させる方が得策と判断したのである。
 
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9月に湯河原アーティストの第1号として復帰した歌手・きゃんてぃの場合、この1年間に作り溜めていた曲ですぐにアルバムを発売した所、32万枚も売る大ヒットになった。それを背景にあけぼのテレビでネットライブをしたら、チケットが40万枚も売れた。きゃんてぃはアルバムの印税とネットライブのギャラの半額、3億3900万円を湯河原レコードに納めた。きゃんてぃに関する違約金として湯河原レコードは★★レコードに3.5億円(本来7億になるのを半額)を支払っていたのだが、そのほとんどを最初のアルバムと1回のライブで取り戻すことができた。
 
9月に復帰した他の3人も年内に違約金のほとんどを取り戻すことができて、その後のアーティストの違約金支払いに回すことができた。
 
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湯河原レコードの営業拡大に伴い社員も増えて2020年末の時点では社員が20人になった。春から夏に掛けて★★レコードやTKRから湯河原レコード移籍した社員は、最初は鬼柳さんとの個人的な関係から「悪いけど当面は月給20万くらいで我慢して」と言われてその覚悟で働いていたのが2020年12月の給料は30万ほどあったし、ボーナスも60万ほど出た。
 
「おかげで子供を安心して大学にやれる」
「おかげで住宅ローンが組める」
「おかげで女房に性転換手術を受けさせられる」
 
などという声もあがっていたとか!?
 
(夏はボーナス代わりに“ポチ袋”と称して一律20万円が支給されていた)
 
鬼柳社長としては、社員はせいぜい40-50人くらいまでしか増やすつもりは無い。TKRやライミューズなど、★★レコード系の他のレコード会社同様、少数精鋭で営業活動した方がメリットが大きいと考えている。
 
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(ここまで長い前提の説明)

湯河原レコードは、最初は★★レコードからMSMに移動したアーティストの救済から始めたものの、彼らの多くは既にピークを過ぎたアーティストであり、将来的には先細りになってしまう。それで鬼柳社長と佐田営業部長は、新人の開拓にも力を入れた。
 
飛び出したアーティストの訪問が一段落した11月から彼らは湯河原から少し足を伸ばして、三島市や下田市、また更に静岡県内で活動をしていた人たちをホームページなどを頼りに訪ねては、演奏を聴かせてもらった。
 
その結果、いくつかのバンドや歌手を発掘したのだか、2人は、やがて、湯河原レコードの柱となってくれるアーティストを発見するのである。
 
女子高校生バンド"KYR”(キール)であった。この名前は浜松市に拠点を置く楽器メーカー、河合とヤマハとローランドの頭文字を並べたものである。実際彼女らはこの3つのメーカーの楽器を使用して演奏をしていた。編成はギター・ベース・キーボード・ドラムス・アルトサックス・ホルンという6人構成で、ベースの子がメインボーカル、ギターの子がサブボーカルで、コーラスはキーボードの子とドラムスの子が入れる。(サックスとホルンはコーラスするのは無理)
 
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使用楽器
 
Gt Yamaha PACIFICA212VQM
B_ Yamaha BB234
KB Kawai ES110
Dr Roland VAD306
Sax Yamaha YAS-380
Horn Yamaha YHR-567
 
彼女たちは最初は湯河原が本社のレコード会社なんてと思ったものの、★★レコードやTKRが設立した会社と聞くと、興味を持ってくれた。
 

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実は私は(2020年)11月22日(日)に鬼柳さんから連絡を受け、ちょっと見て欲しいバンドがあると言われた。今日ならいつでもいいですよと言ったら、鬼柳さんはメンバー6人を(機材も一緒に)ワゴン車に乗せて東京まて連れてきた。
 
それで私は彼女たちの演奏を見ることになったのである。
 
彼女たちは私が見ているので緊張したようだが、演奏を聴いた私は
 
「いいですね」
と言った。それで彼女たちはホッとしたようで顔を見合わせて笑顔になっている。
 
「ただ、誰かプロにアレンジさせた方がいい」
と言う。
 
「ああ、確かに構成がちょっと冗長ぎみだよね。ちなみにケイちゃんはそのあたりするの無理だよね?」
「申し訳無いですけど、時間が無いです。でも誰か心当たりを当たってみますよ」
「助かる」
 
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夏の日の想い出・秘密の呪文(14)

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