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■夏の日の想い出・秘密の呪文(11)
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それで2人にはフェラーリ・612スカリエッティ (Ferrari 612 Scaglietti) の後部座席に移動してもらい、私が運転席、政子が助手席に座ったのである。
私は普段AT車ばかりなのだが、昨年秋卒論の取材も兼ねてイギリス旅行に行った(シェイクスピアの生家などを訪ねた)時に、向こうで車を運転する必要性から友人の麻央に教えられてMTも練習していた。その時の記憶が残っていたので、何とかこの車を運転することができた。
そして、私が運転を替わってから少し走った所で、何と警察が検問をしていたのである。
「先生、命拾いしましたね」
「まあ私は強運だから」
「ああ、先生は幸運なタイプじゃなくて、悪運が強いタイプですよ」
「まあ危ない橋は渡っても、うまく落ちない」
「というか、こういう時は代行運転でも呼んで下さいよ」
「あんたか醍醐春海に会う気がしたのよね」
「へー」
私はこの時期、醍醐春海の正体は知らなかったものの、数年前から雨宮先生が私と彼?(この時期私は醍醐春海の性別も知らなかった)を競わせているなというのは感じていた。2010年に出したチェリーツインのアルバムは、私が半分、醍醐春海が半分、アレンジを担当している。彼?の作品を見て、私はこの人は自分と似たような年代で、しかも自分と同様に、正規の音楽教育を受けていない人だというのを感じていた。
「明日の朝、大阪で仕事があるのよ。このまま大阪まで走ってくれない?」
「東京駅までお連れしますから、明日の朝の新幹線で」
「それでは間に合わないのよね〜」
「車で走っても900kmくらいありますから、15時間はかかりますよ」
「それは遅すぎる。この子は時速300kmで走れるはず」
「警察に捕まりたくないので」
「軟弱な」
「だったら羽田にお連れしますよ。確か6:10の伊丹行きがあったはずです」
「うーん。それならまあ何とかなるか」
それで私たちの行き先は羽田空港と定まった。
ちなみに政子が免許を取ったのはこの年の12月なので、この車に乗っている4人の中で運転ができるのは私だけであった。もっとも政子が免許を取った後だったとしても、こんな高そうなフェラーリを政子には運転させられない。
でも1人で運転する場合は休憩が必要なので、私はだいたい2時間単位で休憩させてもらった。
仙台宮城ICから東北道に乗った。雪は降ってきたが、スタッドレスを履いているということだったので、速度を落として慎重に走る。途中でスノータイヤ規制をしていたが、
「ああ、スタッドレスですね」
と言われて、そのまま通してもらった。
「でも先生たちは仙台はお仕事か何かですか?」
「いんや。この子が白身魚の着け丼は食べたことないというから、食べさせに連れてきただけ」
「ああ、確かに他の地域ではあまり見ないかもですね。マグロの丼はどこにでもあるけど」
「そのまま仙台に泊まるつもりだったけど、大阪テレビの横川さんから電話があってさ。明日朝のテレビ番組に出ることになっていたこと思い出した」
「先生はその手の話が多すぎます。誰かスケジュール管理してくれる人を雇うべきですよ」
「他人にあれこれ指示されるの嫌いだから」
「だいたい、雨宮先生って捕まらないですよね。電話しても出ないし、メールしても梨の礫だし」
とカエルちゃんまで言っている。
「あんたたちは劇団・杜のミラノ座の公演でも見に来たの?」
「すみません、その劇団を知りません」
「あら知らないの?すっごく可愛い男の娘がいるのよ。こないだはその子がロザリンドを演じていたけど、ほんとに可愛かった」
「ああ、(シェイクスピア『お気に召すまま』の)ロザリンドは女優さんより男の子にやらせた方がいいです(*1)」
「それが女の子じゃなくて可愛い男の娘にさせなよ、と思いたくなるほど可愛かった」
「先生の好みですね」
「あの子、何とか説得して性転換させたいな」
「それは個人の問題ですから」
「あのくらい可愛かったら、きっと女の子になっちゃいなよと周囲から唆されていると思うなあ」
「まあ最近は性別の壁が昔に比べて随分低くなりましたからね」
(*1) ロザリンドは親の決めた相手との結婚を拒否し、追っ手から逃れるために男装して森の中で暮らしている。その森の中で偶然彼女の恋人・オーランドと遭遇するが、オーランドは彼女に気付かない。(同性だと思って)恋の悩みを打ち明けるオーランドにロザリンドは、自分を彼女だと思って愛の告白を練習しなよと唆す。それで“男装のロザリンド”が女役をして、オーランドは“彼女”に愛の告白の練習をする。“男装”という仮面を利用してロザリンドは女性ではできないような、大胆な反応をオーランドの前で示す。そこがこの劇の見せ場である。
シェイクスピアがこの劇を書くのにベースにした原作 (Thomas Lodge "Rosalind") では、ロザリンドは好きだよと言われて頬を赤めるなど“女性的な反応”をしており、男装というシチュエーションを利用していない。しかしシェイクスピアのロザリンドは男装によって女としての殻を破っている。現代なら女から愛を語るのは普通だが、シェイクスピアの時代には考えられないことであった。"Woo me, Woo me"(ほらボクをもっと口説いて、口説いて)みたいなセリフは女の姿では言えないことばである。
ここでロザリンドは男装して女役をしているのだが、シェイクスピアの時代には女優さんは居ないので、実際にロザリンドを演じていたのは少年俳優である。
つまり少年が演じる女性キャラクターが、男装して女役をする、という三重の性転換が起きているのがこの劇の魅力であり、現代の多くの劇団がしているように、この役を女優さんが演じるのは、本来の形ではない。
安達太良(あだたら)SAで休憩して1時間仮眠。雪はかなり激しくなり、速度規制も掛かっている。佐野SAでも仮眠する。佐野では私が仮眠している間に、雨宮先生、カエルちゃん、政子の3人でラーメンを食べてきたようである。
私は3人が車に戻って来てから1人でトイレに行ってきたのだが、その時、私は夜空の中にほんの少しだけ、雲が途切れて星が見えている部分があることに気付いた。
私が空を見上げたまま立ち止まっているので、カエルちゃんが車を降りて寄ってきて
「どうしたの?」
と訊いた。
「ノエルちゃん、紙とポールペンか何か持ってない?」
「あ、うん」
それでカエルちゃんは自分のバッグから手帳を出して
「この後のほうの空いてるページに書いて」
と言って、ピンクのマイメロのボールペンを貸してくれた。
「ありがとう」
それで私はその星が見えている一角を眺めながら、ABC譜で曲を書き綴ったのである。
その星空はほんの5分ほどで雲で覆われてしまった。しかし私はその印象の記憶で曲を書き続けた。更に歌詞も書いていく。
結局15分ほどで歌が完成した。
「きれいな歌だね」
と私の書き綴る曲を見てカエルちゃんは言った。彼女もABC譜は読める。
「タイトルどうしよう?」
「アクロス・ザ・スノーとか」
「へー!」
その曲をいつか使いたいと思っていたので、私は『十二月』の次のアルバムは『アクロス』というタイトルにしようと思っていたのであった。
話を2021年に戻す。
ニューイヤーライブが終わって、1月2日に東京に戻ったアクアと西湖の“4人”は各々別の場所に向かった。
アクアFは六本木のΛΛテレビのお正月の生番組に出演し、西湖Mは新橋の◇◇テレビに行って、アクアがΛΛテレビの仕事を終えた後で参加する、バラエティ番組のリハーサルに代理参加する。
アクアMは都内のスタジオに入って雑誌の表紙の撮影とインタビューを受ける。(何でボクのスケジュールって同じ時間帯に2つ入っているの〜?と思う)
そして西湖(聖子)Fは、卒業するのにどうしても不足する授業数分の補習を受けるため、学校に向かった。
ΛΛテレビには(新年ということもあり)コスモス社長が一緒に行った(東京ヘリポートに自身のロードスターで迎えにきていた)のだが、コスモスは鳥山編成局長から言われた。
「ね、ね、コスモスちゃん、3月くらいでいいからさ、アクアちゃんでロミオとジュリエットを撮りたいんだけど、時間取れない?ギャラは5000万円くらい払うからさ」
「単発ドラマですか?」
と言いつつ、その金額なら長時間ドラマだろうか?などと考える。でも今アクアには“レギュラー”以外の仕事はさせたくない。
「6回くらいの短期連続ドラマで考えている。放送はゴールデンウィークに初回をぶつけて」
ゴールデンウィークから6回のドラマをすれば、その後7月の番組改編期から新しい番組を入れられるわけだ。
「まあ連続ドラマなら考えてもいいですが、相手役は?」
「まだ決まってないけど、佐原春樹くんか溝内武士くんあたりを考えている」
コスモスは一瞬悩んだ。
「あのぉ、佐原春樹さんとか溝内武士さんか女装でジュリエットするんですか?」
「まさか。ロミオだよ」
「アクアがロミオじゃないんですか?」
「アクアちゃんはジュリエットに決まってるじゃん」
「すみません。アクアは男の子なので、女役は困るんですけど」
「また何を今更な。アクアちゃんは昨年春、コロナでテレビ収録とかがお休みになった時期を利用して、栃木大学医学部で性転換手術を受けて正式に女の子になったんでしょ?その記念に女の子水着の写真集を出したのだとか。でもまだ20歳前で戸籍上の性別が変更できないんで今回まで紅白は白組から出たけど、来年からは紅組になるって聞いたけど」
そんな話、初耳だ!
どっから栃木大学なんて名前が??
アクアは小学生の時に渋川市の病院で腫瘍摘出の手術をしているので群馬県とは多少の縁があるものの、栃木県とは必ずしも縁が無い。
「アクアは別に性転換もしていませんし、するつもりもありませんので」
「そうなの?でも心は女の子なんでしょ?無理して男役させることないと思うけどなあ」
取り敢えずこのお話は断っておいた。
しかし最終的にアクアはジュリエットを演じることになるのである。
(2021年)1月6日(水)は、§§ミュージックから今年デビューする新人の第1号、七尾ロマンの『私のサンタさん』が発売された。
当日はロマン本人、コスモス社長、作曲家の水野朝観さん、の3人が出席してあけぼのテレビのスタジオからネット記者会見を開いたが、記者チケットを請求してこの会見に参加した記者は50組を超え、まずまずのスタートとなった。全てあけぼのテレビて(無料)ネット中継したが、接続回線数は5万回線を越えていた。youtubeにはこの日の朝からPVを揚げている。
「タイトルを聞いた時は、クリスマスの時期から外れているのにと思ったのですが、元々、遅れてきたサンタさんからのプロポーズということだったんですね」
「そうなんですよ。ちなみに私にエンゲージリング下さる方、歓迎です」
とコスモスは言って笑いを取っていた。
中継を観ていた政子が訊く。
「コスモスちゃんって彼氏いないの?」
「いないと思うよ。アクアと結婚したいくらいだなんて言っているし」
「バージンだっけ?」
「そこまでは知らない」
コスモスは過去に数回“筆降ろしさせてあげるよ”などと言ったりしてアクアを実際に誘惑したようだし、何度も一緒に泊まったりしているものの、ふたりは“少なくとも性交はしていない”というのがアクアの弁である。もっとも、そもそもアクアのちんちんが立つのかというのは微妙な気もする。
他にコスモスに彼氏あるいは彼女がいないかまでは知らないが、実際問題としてあれだけ忙しかったら、とても彼氏あるいは彼女と付き合う時間は無いのではないかという気がする。
副社長の川崎ゆりこの方は「2021年中に結婚したい」と言っていたので、アテがあるのだろう。「赤ちゃんできた場合、出産前後には旦那に女装させて代理を務めさせます」などとも言っていたし。(彼氏の仕事は大丈夫か?)
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