[携帯Top] [文字サイズ]
■夏の日の想い出・やまと(9)
[*
前p 0
目次 8
時間索引 #
次p]
(C)Eriko Kawaguchi 2017-02-24
『神秘の里』の音源制作はグランドオーケストラのメンバーが土日しか稼働できないので、時間的には7月中旬まで掛かった。
その最中、7月1日。この日の『ときめき病院物語II』の放送で純一が友利恵を押し倒し、佐斗志は舞理奈と同じ部屋で一晩過ごすという展開がある。政子は興奮して放送直後にアクアに電話してあれこれ妄想じみたことを言っていたのだが、翌日政子は珍しく朝8時に起きた。
いつも昼過ぎまで寝ている政子としてはひじょうに早い目覚めである。そして
「ちょっと変わった詩ができた」
と言って私に見せる。
エメラルドの太陽の、光が響いてくる/
ヒスイの砂浜の、ざわめきが見える/
アメジストの海に、泡立つ波が甘くて/
スミレ色のパパイヤ、白く流れる。
夜になると空には、ダイヤモンドの月が/
アクアマリンの星たちと一緒に/
柔らかに輝く。/
「何この無茶苦茶な色彩は!?」
と私は呆れて声を挙げた。
「だってそういう夢を見たんだもん。冬、これに曲を付けてよ」
「だめだよ。こんなの発表できないよ。発表したら、薬でもやってたんじゃないかって、マーサ、警察につかまるよ」
「薬なんかやってないから捕まらないよ。尿検査でも何でもしてもらえばいいし」
そんなことを言いながら朝御飯を食べている内に、霊能者の中村晃湖さんが来訪した。マンション内に霊的攻撃の仕掛けがされてないかのチェックを定期的にお願いしているのである。
彼女と少し話していたら、そこに青葉も来て、ふたりは一緒に怪しいDMやプレゼントを見つけてくれた。怪しい品は中村さんが持ち帰り処分することになるのだが、この時、中村さんは、自分と青葉と千里が全員親戚であることが分かったという話をしていた。
数代前にウメさんというイタコあがりで一般の人と結婚した人がおり、千里と中村晃湖さんはその人の曾孫、青葉は玄孫になるらしい。だから千里と中村晃湖が又従姉妹で、青葉はふたりの「又従姉妹違い」になるということだった。
この時、政子は、青葉に今朝書いた『エメラルドの太陽』の詩を渡した。
「冬に曲付けてよというのにダメだって言うのよ。青葉曲付けてくれない?」
と言っている。
青葉もその詩の内容に困惑していたようで、
「これ誰が歌うんですか?」
と訊くと、政子は
「アクアだったら歌ってくれないかなあ」
などと言っていた。
青葉は東京で起きた奇妙な事件を処理するために出てきていたのだが、実は先日青葉が東京に出てきて政子と一緒にドライブした時にもその怪異に出会ったということであった。それで政子は当時のことを再度青葉に説明していた。
青葉はその事件の解決のためしばらく東京に滞在し、一方私と政子はその間に伊勢に行き、二見浦で夫婦岩の所から太陽が昇ってくる、美しい日出を見た。政子はこれに感動して『二見浦の夜明け』という、とても美しい詩を書いた。
私はこれに曲を付けたが、詩が美しかったおかげで曲もとても良いものができた。そこで私はこれを『やまと』に入れることにし、代わりに『若狭湾の夕日』は外すことにした。
7月11日、オリンピックに向けての合宿の合間にうちのマンションを来訪した千里が「ローズ+リリーのアルバム以外の仕事はごく少数の例外を除いては全部外した方がいい」とアドバイスした。
千里が例外と言ったのはアクア・貝瀬日南の2つである。
それで花村唯香についてはEliseに丸投げ、SPSには「悪いけど余裕が無いから自分たちで曲書いておいて」と言い、青葉に「うちのアルバムの曲は書かなくてもいいから代わりに鈴鹿美里と槇原愛を頼む」と言い、スリファーズに関しては、雨宮先生!に連絡して、東郷誠一先生から曲を頂けないかと打診し、こちらの状況をおおむね把握していた先生から了承を得た。
それで何とか自分たちのアルバムに集中できる体勢ができたのが苗場ロックフェスティバルに出演する直前の7月20日頃であった。
ちょうど京都の祇園祭の時期なので『祗園祭の夜』のPVの素材作りに、撮影隊に京都に行ってもらい祇園祭の映像を収録してもらった。このPVには§§プロの西宮ネオンと、まだデビュー前の姫路スピカの2人に浴衣姿で出演してもらったが、この曲の音源制作は後回しである。
7月17日、リオデジャネイロ五輪に出場するバスケットボール女子日本代表が直前合宿先のブエノスアイレスに行くのに、成田空港からニューヨーク行きの便で旅だって行った。
これには千里も参加しているし、佐藤玲央美などとも交流があるので、私は成田まで彼女たちを見送りに行き激励した。
マンションに戻ると、青葉からFAXが届いていて
「鈴鹿美里と槇原愛の件は了解しました。北川さんが入院中ということで、結局氷川さんに連絡して、そちらの計画は進めることにしまた。それと先日の『エメラルドの太陽』に曲を付けたのですが」
と言って、取り敢えず手書きの譜面を送ってきてくれていた。青葉は歌詞の一部を「こう修正しませんか?」と提案していた。私も、もしこれをどこかに出すとしたら、最低この程度は修正しないと、あまりにもやばすぎると思った。青葉が修正した歌詞はこうである。
エメラルドの太陽の、輝いている海で/
ヒスイの砂浜に、ざわめきが広がる/
アメジストの海に、泡立つ波は優しく/
スミレ色のパパイヤ、そよ風に揺れる。
夜になると空には、ダイヤモンドの月が/
アクアマリンの星たちと一緒に/
きれいに輝く。/
青葉の意図は「五感の混乱」の修正であるというのがすぐに分かった。「光が聞こえる」とか「ざわめきが見える」というのは、政子にとっては普通の感覚の内なのだが、一般的な人にとってはLSDでもやらないと体験しない感覚である。その付近の混乱を修正して「普通に」変えてみたのだろう。
政子は不満を言うかも知れないけどね!
青葉の歌詞修正は細かな字句の修正ではなくかなり大胆なもので、おそらくは政子がイメージした情景を自らの頭の中に展開して、そこから文字を再度書き出したのではないかと思われた。つまり青葉もこの異様な色彩情景をリアルに体験してみたのだろう。そのあたりは青葉の精神力のなせるワザだ。
私がその譜面を見ていたら政子が起きてきた。そして五線譜を見ると
「あ、これこないだの歌だ」
と言って喜んでいたものの、歌詞の修正箇所を見て
「何よこれ〜?」
と言っている。
「だってそこは修正しないとやばすぎるよ」
と私は言う。
それでも政子は不満な様子である。ところがそこに秋風コスモスが来訪した。
「実はひじょうに申し訳ないのですが、アクア主演の『時のどこかで』の件で」
と言っている。
「それどうかしたの?」
コスモス自身がうちに来訪してわざわざその話を出すということは、主題歌か何か書いてということか? しかも日程的にかなり厳しい話ではと私は思った。
「映画の主題歌は実は鴨乃清見さんに書いて頂いたんです。これは山森水絵ちゃんが歌います」
「あ、そうか!歌ってたね!」
彼女が歌う主題歌に乗せた映画の予告編(トレーラー)は、つい数日前からテレビCMで流れている。
(この曲は7月6日の午後、合宿中の千里の所に突然書いてくれと連絡があり、それで夕方までに書き、徹夜で音源制作してCDマスターを7日朝工場に持ち込み、その音源を使用したトレーラーが7月8日からテレビに流れるという鬼畜なスケジュールだったことを後で千里本人から聞いた)
「しかし挿入歌をアクアに歌わせたいという話が出ていまして」
「それいつまでに必要なんですか?」
「実は7月23日夜までに音源制作を終えて24日朝からプレス始めないと間に合わないんです」
やはりかなり厳しい話だ。23日夜までにということは22-23日に制作することにしてスコアを21日中に用意する必要がある。そのためには19日までには曲を完成させる必要がある。つまり2日で書かなければならない!
「あれ?待って。アクアは苗場ロックフェスティバルには出てなかったっけ?」
「23日に出ます」
「それで音源制作を23日までに済ませるの〜?」
「映画の撮影中なんです。23日だけ開けてもらったので、苗場に出て、音源制作して夜中までに撮影現場に戻る必要があります」
「なんて鬼畜な」
「そのアクアのCDのカップリング曲は醍醐春海さん、じゃなかった東郷誠一先生に今書いて頂いている最中で」
「2曲入りなの〜?ってか醍醐は今朝ニューヨーク経由でブエノスアイレスに行っちゃったけど」
「機内で書いてブエノスアイレスからFAXかメールするとおっしゃってました」
千里も全く休む暇が無いな!と私は呆れる。しかし機械音痴の千里が果たしてアルゼンチンからFAXやメールを送れるだろうか?
私がつい千里のことまで心配していたら、政子が言った。
「でもちょうどアクアに歌わせたいと言っていた曲があるのよ」
「わあ、それは凄い!」
とコスモスが喜ぶ。
「これなんだけどね」
と言って政子がさっき青葉がFAXしてきた譜面を見せると
「うーん・・・・」
と言って悩んでいる。
「アクアに可愛いビキニの水着とか着せたらいいんじゃないかなと思うんだけどね」
などと政子は言っている。
「ごめんね。それはさすがに出せないよね。明日くらいまでに何とか書くから」
と私は言ったのだが
「いや、これは使えるかも」
とコスモスは言う。
「ほんと!?」
と言って政子は喜んでいる。
「ちみなにそれ作曲者の青葉が勝手に歌詞を改変しちゃったのよ。元々の歌詞はもっと良いんだよ」
と言って、元の詩を書いた紙を見せる。
コスモスは微笑んで答えた。
「マリさん、すみません。この作曲者さんが改訂した歌詞で行かせてください」
「え〜〜!?」
と政子は不満そうだ。
「実はアクアの芳山和子じゃなかった和夫が、タイムトラベル中に時空の狭間みたいな所に迷い込んで、漂っているシーンがあるんですよ。そこに流すのにこの曲はピッタリなので」
「ああ、そういう状況なら使えるね」
「じゃこれ頂いていいですか?」
「いいよ〜」
「アレンジはこちらでさせてもらっていいですよね?」
とコスモスが言う。
「うん。下川工房の仕事の速い人にやらせれば3日くらいでスコアができると思う。今、その楽譜のデータあげるね」
と私は言って、私は別途青葉からメールされてきている楽譜のデータをUSBメモリでコスモスに渡した。
ちなみに、私が心配したように千里は現地からネットに接続することができず、チームメイトの鞠原江美子に接続作業をしてもらったらしい(やはりソフトハウスに勤めてるなんて絶対嘘だ)。
彼女が書いたのは「もっとオブリガード」という曲で、ポルトガル語(ブラジルはポルトガル語)のオブリガード(Obrigado ありがとう)と音楽用語のオブリガート(Obbligato対旋律:カウンターメロディ)を掛けていて、この曲ではエレメントガードのギタリストがひたすらオブリガートを演奏するようになっていた。
「アクアが2人のユニットならデュエットで編曲したかったけどね」
と千里は後で言っていた。
苗場では(数ヶ月の突然の休養から復活した)ステラジオの物凄くパワフルなステージを見たのだが、その時、私は和泉から言われた。
「冬、KARIONの方は何とかするからさ、今年後半はローズ+リリーのアルバム作りに専念しなよ。本気出さないと、復活したステラジオに負けるよ。私も負けてられないから、旅行にでも行って詩を書きためる」
それで私はKARIONに関しても和泉にしばらくお任せし、貝瀬日南に渡す曲もストックの中から使うことにして、ほぼローズ+リリーに関する作業に集中できる体勢ができたのである。
[*
前p 0
目次 8
時間索引 #
次p]
夏の日の想い出・やまと(9)