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■夏の日の想い出・辞める時(16)

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3月1日。△△△大学の最終学期の成績発表および卒業判定結果が公開されたが、私も政子もきちんと卒業OKになっていた。落としたはずはないとは思っていたが、ホッとした。
 
3月5日、ローズクォーツ++の『Rose Quarts Plays Sakura』が発売になったが「桜」がテーマということで別れを象徴する歌が多い。それで、結構ネットも騒然とし、こちらの予想通り
 
「このアルバムはケイちゃんがローズクォーツを卒業する記念のアルバムですか?」
という問い合わせがかなり、★★レコードやUTPに入った。むろん両者ともそれを否定したが、否定したことでよけい話題になった感もあった。私たち(私、タカとサト、大宮さん、町添さんや加藤さん)は、その噂をむしろ放置して浸透するのを待った。
 
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この3月5日にはワンティスの『フィドルの妖精』も発売された。これは2002年11月に私と高岡さんが川のそばで偶然遭遇した時に、一緒に作った作品で、この楽曲の制作を始めた時点では高岡さんの遺作になるのではと思われていた。
 
(制作している最中に大量に高岡さんの詩が高岡さんが愛用していたヴァイオリンの胴の内側から発見された)
 
この作品はこの年のRC大賞を取ることになる。
 
3月8日(土)にはスイートヴァニラズのEliseが女の子を出産。ミュージックというところから瑞季(みずき)と名付けられた。彼女は後にローズ+リリーの3代目バックバンド・フラワーガーデンズのメンバーになる。
 

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3月11日(火)には、震災復興支援イベントを東京都内でおこなった。これはRose+Lily, KARION, XANFUS の08年組合同イベントで「お代は見てのお帰りに」の方式で、入場料は好きな額を入れてもらい、その全額を被災地に寄付するというものである。ただし入場者を制限する目的で、入場券自体はぴあのシステムで1000円で発売しており、ライブを見た後で各自払ってもいいかなと思った額と1000円との「差額」を入れてもらうことにした。そしてこの集まった入場料と同額を出演者の8人で出し合って、倍にして被災地に寄付しようという主旨であった。
 
私はここで約5年ぶりにKARIONの一員として和泉・小風・美空と一緒に並んでステージに立った。
 
なお、頂いた入場料総額はぴあ経由の分も含めて1600万円弱になったので、私たちは1人200万円ずつ出すことにしたが、実際にはKARIONでは和泉と私が300万、小風と美空は100万出したし、XANFUSは神崎と浜名が180万ずつ出し、音羽と光帆は20万ずつ出した。(イベントの開催費用はサマーガールズ出版が主として負担したが、★★レコードも少し協力してくれた)
 
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3月18日には、ローズ+リリー『Flower Garden』の英語版・スペイン語版が発売された。
 
そして3月25日、私と政子は△△△大学を、和泉・小風・美空はM大学を卒業した。
 
「これで学生生活は終わりかぁ〜」
と政子は感慨深げに言った。
 
「これからは歌手の専業だね」
と私は言う。
 
「それがずっと続くのかな」
「うん。生涯現役にしよう」
「100歳記念でライブやろうよ」
「さすがにそれは自信が無い」
 

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リダンダンシー・リダンジョッシーの写真集の撮影は3月3日から始まった。
 
この日の昼前の飛行機で成田からグアムに移動する。飛行時間は4時間弱である。なお、ハワイなら日付変更線を越えて日付が複雑なことになるのだが、グァムの場合は日付変更線より手前にあるので、日本と普通に1時間の時差があるだけである。向こうには日本の時計で16時頃着いたが、グアムでは同じ3月3日の17時頃になる。
 
その日は先行して現地入りしていた写真家の室田英之さん、ビデオ作家の川渕春男さんと打合せする。この日はひとりずつカメラテストのようなことをしたが、信子は
 
「おどおどしないで」
「カメラをしっかり見て」
「スマイルスマイル」
 
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とかなり注意されていた。
 

デビュー曲は当初バンド結成初期から演奏していて観客の受けもよく、自主制作CDでもタイトル曲にした『Sky Music』という曲と、信子が先日出雲に行った時に書いた『Hesper』という曲の2曲の予定だったのだが、信子は日本出発直前に新たな曲を書き、グァムへの機内でだいたいまとめあげ、到着した日の夜にホテルで手書きのスコアをまとめた『Inner difficulty, Outer tenderness』という曲を使いたいと言った。
 
レコード会社の担当となった森尾さんは突然の楽曲変更に難色を示したものの、信子が書いた楽曲のスコアを見ると、
「こちらがいいかも知れない」
と言った。
 
そこでPVに関しては3曲とも作り、最終的には帰国してから調整することにした。
 
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Hesperというのは「宵の明星」のことである(明けの明星はPhosphor)。これは信子が日御碕で夕日を見た時、西の空に宵の明星が輝いていたことから、そのビジュアルを歌ったものである。
 
困ったことに今の時期は明けの明星になってしまうのだが、グァムの明けの明星は充分に美しいので、それを撮影して代用することにした。
 
島の西側にあるタモンビーチでの夕日の中でメンバーが演奏している風景を撮影しておき、一方東側にあるタロフォフォの高台で撮影した早朝の明けの明星の写真をうまく混ぜて、それっぽく構成した。
 
『Sky Music』はスタジオでブルーバックの前で撮影した演奏映像と、グァムでのヘリコプターによる遊覧飛行で撮影した映像を合成して、空中でメンバーが演奏しているかのような映像に仕上げる。なお、スタジオではメンバーはピアノ線で吊られて逆さまとか横向きとかにされながら演奏し続けるということをやらされた。
 
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「カメラを回転させちゃダメなんですか〜?」
「だってそれでは髪の向きが不自然になる。影の出来方もおかしくなる」
 
と言って川渕さんは、結構こだわった撮影をした。
 

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そして問題になったのが『Inner difficulty, Outer tenderness(内闘外優)』のPVである。このPVは公開後も物凄い反響があった。
 
このシナリオは信子の発案に川渕さんや他のメンバーが意見を出し合って組み立てたものである。
 
メンバーがステージで笑顔で演奏している映像から始まり、楽曲の制作をしている場面に移るのだが、ここでメンバーが途中から言い争いになり、殴り合ったり、女子メンバーが夜食(?)に作っていたラーメンの鍋を頭から男子メンバーに掛けたり(むろん実際に掛けたのはぬるくしたもの)、ピザの投げ合いがあったりと、無茶苦茶な様子が描かれる。しかし最後には納得のいく線に落ち着いたのかみんな握手したりハグしたりしていて、ラストはまたステージで笑顔で演奏しているシーン、ファンの少女(現地のチャモロ人の少女タレントを起用した)にサインをして握手しているシーンで終了する。
 
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私は帰国後この3本のビデオを見せて頂いた時、特に『Inner difficulty, Outer tenderness(内闘外優)』のビデオは、★★レコードとか〒〒レコードとかでは絶対にあり得なかった映像だと思った。物事にとらわれない制作をする%%レコードならではの映像だ。
 
森尾さんはこのバンドにあれこれ関わることになった私にどれを採用すべきに関しての参考意見を求めてきたのだが
 
「私なら『Hesper』と『Inner difficulty, Outer tenderness』を選びます」
と笑顔で答えた。
 
「やはりそうですか。実は別の若手作曲家の方にも聞いたのですが、その方も同じ意見だったんですよ」
 
「へー!」
 

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写真集の撮影の方では、みんな色々な服を着せられていた。特に信子は着せ替え人形のように実に多くの服を着せられていた。
 
「なんか私、他の人の倍か3倍着換えている気がする」
「フロントマンはそういうもの」
 
水着での撮影も行われ、信子はビキニの水着姿を披露したが、
「ノブって、こんなにスタイル良かったのか!」
「曲線美を持ってるじゃん」
などと言われていた。
 
ちなみにビキニになったのは信子だけで、他の4人の女子はワンピース水着にラッシュガードまで着ている。男性メンバーはTシャツとトランクス状の水着である。
 
(ハワイ風に男性がアロハシャツとホワイトスラックス、女性がムームーというバージョン、また女性がスペイン風チャモロダンス衣装のミスティーシャを着たバージョンも撮影したが、なぜか信子だけは水着を着せられた!)
 
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「だけど信子ちゃんの女声はだいぶ安定してきたね」
「かなり長時間女声を維持して話せるようになったよ。逆に男声の出し方が分からなくなっちゃった」
 
「いや、男声はもう使わなくていい」
とみんな言っていた。
 
「信子はもう男は辞めたんだから、男声は出なくても問題無いよ」
「そうだね〜。何か最近は自分って本当に4ヶ月前まで男だったんだっけ?と記憶が定かで無い気がしてしまう」
 
「なるほどね〜」
「劇的だったもんね」
「生理まであるって凄いね」
 
「声質もこの女声のほうが響きが豊かで魅力的だし、音域も広い気がする」
「うん。男声では2オクターブ半くらいしか出てなかったけど、女声では今3オクターブちょっと出てる」
 
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「それは凄い」
 
「元々の曲のオクターブ上が出ないとまずいからと練習してたら、結果的に3オクターブ越えてしまった」
 
「いや、容易に越えてしまう所が凄い」
 
「だいぶレッスンに通ってるでしょ?」
「うん。ボイストレーナーさんのおかげだよ」
 
信子は帰国したら、またレッスンに行く時、グァムのお土産とかも持って行ってよくよくお礼言っておこうと思った。
 

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リダンダンシー・リダンジョッシーの一行が帰国したのは3月8日(土)の夜である。信子は3月12日(水)に、またボイストレーナーの木崎さんのレッスンを受けたが、「ほんとにきれいに女声を出せるようになった」と褒められた。木崎さんにもグァムのお土産のラッテストーンクッキーを渡したのだが、信子は尋ねた。
 
「私に木崎さんを紹介してくださって、ずっとレッスン代も出して下さっているユーさんにこちらの状況の報告とお礼をしたいのですが、お名前とご存知でしたらご住所、もし良かったら教えていただけませんか?」
 
すると木崎さんは目をぱちくりさせた。
 
「まさか、知らなかったの?」
「はい。カラオケ屋さんで偶然遭遇して、レッスンを受けることを勧められたもので」
 
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本当はカラオケ屋さんではなくラブホテルなのだが、さすがにそんなことは他人(ひと)には言えない。
 
「作曲家の上島雷太さんだけど」
「え〜〜〜〜!?」
 
と言ったまま信子は絶句した。
 
「で、でも、上島雷太でユーなんですか?」
「ユーコーヒー上島に引っかけたシャレらしいよ。ユーバン(*1)とかユーカヒなんてのもあるよ。女の子をナンパする時によく名乗るみたい」
「あはは」
 
確かにナンパされました〜!
 
(*1)波无(ばん)も可否(かひ)も明治時代に作られたコーヒーの訳語。現代でも波无はよく喫茶店の名前として使用されている。
 

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信子は頭の中が空白になりつつあった。
 
ローズ+リリー、ラッキーブロッサムの鮎川ゆま、鴨乃清見、それに上島雷太?
 
なんで私こんな大物にばかり会ってるの〜?
 
ここまで出てきたら、ついでに雨宮三森とか蔵田孝治とか東郷誠一とか東堂千一夜とかにもどこかで会ってたりして!?
 
 
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■夏の日の想い出・辞める時(16)

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