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■夏の日の想い出・辞める時(1)
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(C)Eriko Kawaguchi 2017-02-03
「とうとう手術するんだ?おめでとう」
と私はその日電話を掛けてきた鈴鹿美里の鈴鹿に笑顔で祝福した。
「まだちょっとドキドキしてるんですけどね」
「ためらっている訳ではないよね?」
と私が尋ねると
「それは無いです。早く手術してもらいたいです」
と鈴鹿は言っている。
「しばらくはホルモンバランスが崩れて辛いかも知れないから、あまり仕事を入れないようにした方がいいよ。事務所に言いにくいなら、私が言ってあげるけど」
「はい。それは3月くらいまで少し控えめにしてくださるそうです」
「うんうん。新しいホルモンバランスを回復するのに、結構時間が掛かる子もいるからね」
信一は洗面道具を前に「うーん・・・」と考えた。一応冬子さんたちのおかげで松江の宿に泊まり、そこで深夜に入浴したものの、その翌日は京都のPAの片隅で寝て、昨夜は結局正隆、三郎、三郎の姉の小枝の4人で徹夜麻雀をしている。やはり疲れてもいるし、お風呂に入りたい。
しかし問題は・・・・。
昨夜はひたすら負け続けた。信一は麻雀するのは好きではあるものの、無茶苦茶弱いという問題点がある。だいたい正隆たちと麻雀をすると4割くらいの確率で負けているのだが、特に昨夜は信一の負け率が7割くらいあった。昨夜は物真似麻雀ということで、AKB48, ももいろクローバーZ、SUPER☆GIRLS, FLOWER, Dream5, など女性アイドルユニットの歌をひたすら物真似で歌ったが
「可愛い!」
「ほんとに女の子が歌っているみたい」
「信ちゃん、もうこのまま女の子になっちゃおう!」
「性転換手術の予約してあげようか?」
などといった声まで掛かっていたので、信一も乗って
「じゃ、信一(しんいち)改め信子(のぶこ)ということで」
と言っちゃう。
「OKOK。明日からは信子ちゃんね」
とみんなも言ってくれた。
(結局信一は朝まで女装のまま過ごし、結局女装のまま明け方自分のアパートに帰った)
さすがに疲れたので16日は土曜日で大学も休みなのをいいことに夕方近くまで寝ていた。松江から送った荷物を届けてくれた宅急便屋さんに起こされる。何も考えずに寝ていたそのままの格好で玄関に行き、荷物を受け取ってハンコを押したが、自分がスカート穿いたままであることに気付いて
「あらぁ〜」
と思ったものの、
「ま、いっか」
と思い直した。
そして、疲れたからお風呂行ってこようと思い(信一のアパートにお風呂は無い。トイレはある)、洗面道具を用意してから、ハッと思ったのである。
ぼく、もう男湯には入れないよね?
じゃ女湯に入る?
それで考えていたものの、女湯に入ろうとすると、まず番台のおばちゃんから何か言われそうだ。番台で何も言われなかったとしても、脱衣場に自分を知っている人がいたら、そこで悲鳴をあげられるかも知れない。
と考えると、女湯には入れないという結論に達する。
しかし男湯に入ると、服を脱いだ時点で騒ぎになる。
それで10分くらい考えていたものの、自分を知っている人の居ない銭湯まで行けばいいという結論に達した。
それで洗面道具(シャンプー・コンディショナー・ボディソープ・バスタオル・フェイスタオル)と替えの下着(パンティ・ブラジャー・キャミソール)を外からは見えない厚手のポリエステルの袋に入れると小銭入れとPASMOのケースを持って結局、スカート姿のままアパートを出た。
この替えの下着は松江で千里さんと一緒にしまむらに行って買ってもらったものである。あの時下着を4セット(但しパンティは6枚)買い、その内の1セットは松江の宿で使い、2つ目を夜を過ごした京都のPAで着換えた。それで今2セット残っている。
みんなには内緒だが、実は元々若干の女物の下着を持っていたには持っていた。しかし実は持っていたブラジャーはサイズが合わない。持っていたのはA65のブラジャーだが、今自分の胸は千里さん(?)に貼り付けてもらったブレストフォームのおかげでDカップくらいある。千里さんが買ってくれたブラはD70であった。
買ってもらった時、こんな大きなカップ?と思ったものの、その後貼り付けられたブレストフォームのおかげで大きな胸になっているので、結果的にちょうどよくなった。しかし、千里さんはそもそもこのブレストフォームを貼り付けるつもりで、Dカップのブラを買ったのだろうか?? しかしあの夢のような現実のような出来事は、どこまでがリアルなのだろう??そもそもあれは本当に千里さんだったのだろうか?
どうもあの付近のできごとはよく分からないと信一は思った。
電車を降りて5分ほど歩く。この付近はT大の学生さんが多い町である。T大の学生さんは貧乏率が高いので、銭湯利用率も高い。おかげでこの付近には銭湯が3つも残っている。信一はその内のひとつの銭湯の前まで来た。
うーん。。。。。
と悩む。
実はこの場に及んで、まだ女湯に入る勇気が出ないのである。
しかし男湯には入れないし、といってせっかくここまで来たのに入らずに帰るのは嫌だ。そもそも自分はお風呂に入りたい。
それで1歩前に進むものの、やはり怖くなって立ち止まってしまう。
ところが信一が急に立ち止まったので、後ろから来ていた女の子と衝突してしまった。
「きゃっ」
「あ、ごめんなさい」
「どうかしました?」
「あ、いえ。どっちに入ればいいか一瞬悩んでしまって」
「女湯はこちらでいいよ」
と18-19歳くらい、自分と同世代くらいの女子が言う。
「ですよね」
と言って、結果的には信一は彼女と一緒に女湯と赤い字で書いてある側のドアを開けて中に入ってしまった。
きゃー!女湯に入っちゃったよ。
という思いから信一の心臓は物凄く早い鼓動を刻んでいる。
信一が悩むように立っていると一緒に入った女の子が「450円だよ」と言うので「ありがとう」と言って、信一はお釣りが出ないように100円玉4枚と50円玉1枚を出して番台の所に置いた。後ろの女の子は500円玉を出したので、番台のおばちゃんは、信一の出した50円玉を彼女の方に押して出し、彼女はそれを受け取った。
中に入って空いているロッカーを開け、服を脱ぐ。
「何学部だっけ?」
と隣のロッカーを開けた彼女が訊く。
「あ、私、実は△△△大学なんだけど、友だちんちに寄ったついでに近くのお風呂に入ってから帰ろうと思って」
「ああ、なるほど!友だちって彼氏?」
「あ、いやそういう訳ではないんたけど」
と言って、信一は真っ赤になってしまったので、彼女にはYESの意味に取られた気がした。
「うんうん。そのあたりは詮索しないよ。私、早紀(さき)。T大理学部化学科」
「すごーい。理学部とか。あ、私は信子(のぶこ)。△△△大の法学部です」
「法学部のほうが理学部よりよほど凄い」
「でもT大は△△△大とは格が違いますよ」
「そんなこと無いけどなあ。私、あまり受験勉強もしなかったし」
「受験勉強無しでT大に入れるってとんでもない天才だと思う」
「そうかなあ」
などと言っている内に2人とも服を脱いで裸になってしまった。
「あ、やはり女の子だったね?」
と早紀が言う。
「え?」
「いや、声がちょっと男っぽいから、もしかして女装者?とも思ったけど、身体は間違い無く女の子だから、通報する必要は無いみたい」
「通報は勘弁してください」
「女の子の身体の人は通報する必要無いよ。まあ一緒に入ろうよ」
「うん」
それで信一は早紀と一緒に浴室に入ったが、結果的には彼女と一緒だったことで、女湯に入っているという事実にあまり緊張せずに済んだ。
脱衣場にしても浴室にしても、おっぱい丸出し、お股のところも特に隠さず歩いている女性がたくさんいる(当然だ)。しかし信一はそういう女性の姿を見ても特に何とも感じなかった。
身体を洗い、湯船に入って、早紀とおしゃべりをしていると、なんか普段の入浴と同じだという気がした。
「信子ちゃん、けっこうおっぱい大きいねぇ」
と言って早紀が自分の乳房に触ってくる。
ちょっとぉ、触られたら感じちゃうじゃん。
「あはは。でも早紀ちゃんも結構なサイズじゃん」
と言って、信一も彼女の乳房に触ってしまった。何だか触られた以上こちらも触ってあげないと悪いような気がした。しかし彼女の乳房は凄く柔らかい。私のより柔らかい〜と思う。やはり自分のバストはフェイクだからなあ。これがフェイクってことに、早紀ちゃん、気付かなかったかな?と少し心配してしまう。
「私は一応Dカップではあるけど、信子ちゃんのが大きいと思う。信子ちゃんはD?E?」
「Dカップつけてるよ」
「へー」
しかし・・・・
これまでおっぱいは無くて、ちんちんの付いている人達の裸を見ていたのを、おっぱいがあって、ちんちんの無い人達の裸を目にしているが、そんなの大した差ではないような気がしてきた。
早紀とは15分くらいの浴槽内のおしゃべりで随分仲良くなってしまい、(おっぱいの触りっこもしたし)結局あがって脱衣場にもどってから、スマホのアドレスを交換した。
でも・・・ぼくのことを女の子と思っている人のアドレスがなんか少しずつ増えてきてないか??と信一は帰りの電車の中で思った。
私と政子、千里と鮎川ゆまの4人は11月中旬に出雲まで行き、神迎祭・神在祭を見てきたのだが、その時現地で、ちょっと変わった男の娘(?)信子ちゃんと出会った。
彼女は戸籍上は男性だが、罰ゲームで女装して東京から出雲までヒッチハイクで往復して来いと言われてきたということで、女装したのも初めてということであったのだが、実際には彼女の女装はとても自然で、声さえ出さなければ女でないことには気付かないレベルだった。それは「初めての女装」とは、とても思えないものだった。
そして彼女は実際問題として「女の子として行動する」味を占めてしまった感じであり「あの子、きっと本当の女の子になっちゃうよね?」と私たちは彼女と別れた後、言い合ったのであった。
その信子ちゃんは大学生で友人達と一緒にバンドをしているということで、彼女自身は曲作りもしているということだった。一度作品を見せてよと言ったら、だったら東京に戻ったらCD1枚送りますねということだったのだが、それが11月18日(月)に千里の所に届いたというので、彼女がこちらまで持って来てくれた。
「15日の夕方には東京に戻ってきたらしいよ」
と千里は言う。
「それはスムーズに進行したね!」
「行きは4日ちょっと掛かったのに帰りは1日半だって。上手い具合にいい人に巡り会えたみたいね」」
「へー」
「で、来る途中車内で聴いてきたけど、私の素人感覚からはかなりいいよ」
と千里は言った。
「ほほお」
「録音は素人だけどね。ノイズも入っているし音割れとかもあるし」
「それは仕方ない」
それで私もリビングのCDプレイヤーに掛けてみたのだが・・・
「上手いじゃん」
と私は言った。
「曲もいいと思わない?」
「思う。センスがいい。ただ、もう少しリファインできる」
「まあきっと、そのあたりがまだまだ素人なんだろうね」
「でもこれプロのアレンジャーにきちんと編曲させたら、凄くいい曲になるよ」
CDはミニアルバムという感じで6曲入りである。
ホーンセクションが入っている曲が3つと、入っていない曲が3つ。つまりベージュスカだけで演奏したのが3曲と、ホーン女子まで入れたのが3曲である。歌は全て、信子が1人で歌っており、他の男性メンバーのコーラスが入っている。ホーン女子の4人は管楽器を吹いているので歌うのは不能だろう。
「信子ちゃんの声域はバリトンかな?」
と千里が言う。
「うん。そう思った。音域的にはテノールの音域まで出ているけど、これはバリトンの発声法なんだよ」
「練習すれば女の子の声が出ると思わない?」
と微妙な微笑みで千里が訊く。
「うん。こういう感じの声を出す人は割と女声の獲得が容易」
「きっと練習するよね?」
「この子が女声出るようになると、ちょっと面白いね」
私は大学のお昼休みくらいの時間を狙って信子に電話を掛けてみた。
「こんにちは。先日出雲で会った冬子です」
「先日は本当にお世話になりました!」
「あのCD聴いたけど、凄くいいね」
「ありがとうございます!」
「信子ちゃんたちのライブも一度聴いてみたいけど、演奏予定とか無いの?」
「わあ、ライブにも来てくださいますか? 実は12月25日に下北沢のライブハウスで演奏やるんですよ。対バンで3つのバンドが出る中のいちばん最初なんですが」
「おお、トップバッターか」
「ほぼ前座ですけど」
と言って少し恐縮しているような感じだ。
「ベージュスカだけで出るの?」
「ホーン女子も一緒に8人で出ます。前座だから華々しくぶっ飛ばしてお客さんを乗せられたらと思っているんですよ」
「ああ、いいんじゃない?スカってお客さんを乗せやすいと思うよ」
「ええ。だからノリのいいナンバー中心に演奏しようと思ってます」
「あ、それで、もしまだチケットあったら買えないかなと思って。5枚くらい」
「それなら先日さんざんお世話になったし、招待ということで、そちらにお送りします!5枚でよろしいですか?」
「うん。じゃ、CD送ってもらった住所、千里の所に送ってもらえる?」
「はい!」
5人というのは、出雲に行った4人のほか、誰かプロダクション関係者に聴かせてみようと思ったのである。
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