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■夏の日の想い出・辞める時(6)
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「それに関しては異説もあってね」
音羽が言う。
「ケイがローズクォーツを辞めたのは2011年7月ではないかと」
と音羽が言うので、私はさすがに驚いて
「え〜〜!?」
と言った。
「だってその月はローズクォーツのシングル『一歩一歩』とアルバム『夢見るクリスタル』が出た一方で、ローズ+リリーの『Rose+Lily After 2 years』と『夏の日の想い出』が出ている。実際あの時、私と神崎はこれはケイがローズクォーツから卒業する記念のアルバム・シングルと、ローズ+リリーが活動再開する記念のアルバム・シングルだと思ったんだよね。After 2 yearsというのは2年間休んでごめんねというファンへのメッセージかと思った」
と浜名。
「あれは須藤さんは、逆にローズ+リリーの活動はこれで終わりでこれからはローズクォーツをやりますという意味で企画したんだけどね」
と私は一応説明する。
「ローズ+リリーが終わって2年なら、After 2 years from Rose+Lilyになる。Rose+Lily after 2 yearsなら、2年経ったローズ+リリーということになってどう考えても活動再開宣言」
「須藤さん、英語苦手だし」
「でも実際問題として、そのあとケイはローズクォーツから事実上離れている。逆にマリとケイで東北地方に何度もゲリラライブ行っていたのを多数の人に目撃されている」
「あれは何かしたかったんだよ」
「いや、そもそもローズクォーツなんてユニットは存在しなかったという説もある」
とyukiが言うと
「そんなぁ」
とタカが言った。
「要するに元々あったクォーツというバンドを売り出すため、ケイという有名ボーカルをフィーチャーしたキャンペーンをしてみただけという説」
とyukiは説明する。
「いや、それが実態かも知れんよ」
とサトは腕を組んで言った。
「でもどっちみち、もうケイはローズクォーツを卒業していいと思う。でないと死ぬよ。あとは俺たちが何とかするからさ」
とタカは言う。
「じゃその件はあと少しだけ考えさせて」
と私は言った。
某日深夜、都内の高級レストランの一室で、鮎川ゆまは保坂早穂と会っていた。実は一般の営業は終了しているのだが、常連の蔵田さんの「顔」で特別に1室だけ開けてもらっているのである。営業時間外なので、従業員はもう帰してオーナーシェフさん1人で対応してくれている。
「ゆまちゃんは、今何してるの?」
と保坂早穂は鮎川ゆまに尋ねた。
「実は仕事にあぶれています。取り敢えずサックスの先生とかして食いつないでいるんですよ」
とゆまは答える。
「誰かのプロデュースとかのお仕事紹介しようか?いいプロデューサーとか探しているアーティストは結構いるよ」
「そうですね。それはまたそんなお話もしてもらえたら助かりますが、それより実は古い友人のことがひじょうに気になっていて」
とゆまは今日保坂をこの席に招待(軍資金は蔵田さんからもらった)した趣旨を話し始めた。
「ローズクォーツがケイ抜きで、そんなに赤字が出ているというのはおかしい」
と保坂さんは言った。
「あそこの事務所は○○プロの実質的な傘下にあるんでしょ?」
とゆまは言う。
保坂は○○プロの取締役に名を連ねている。
「うん。資本的な関係は無いけど、営業的には○○プロの存在があってこそ、△△社もUTPも仕事ができる。でもなんでそんなに赤字が出る訳?だってローズクォーツってゴールドディスクたくさん出してるよね。それにテレビの素人歌合戦だっけ?あれにも毎週出てるのに。普通ならメンバーに高額の報酬を払えるはず」
「それがあって、結果的にケイは実質ローズクォーツから離れているのに、完全には離れることができずにいるんですよ。結果的にケイの負荷が増えているので、古くからの友人の私としては放っとけない気がして」
「ああ。やはり既に離れているよね?」
「今卒論をまとめるためという名目でローズクォーツを休んでますけど、実際にはローズ+リリーの方では精力的に活動していますし」
「だよね!」
「それでこの件を誰に相談したらいいかというので考えていた時に、披露宴会場で保坂さんにお会いしたので、ちょっとお話してみようと思いまして」
「ちょっとそのあたりの資料、そちらで掴んでる分だけでも、私んちに送ってくれない?」
「はい。私はこの機会にケイにはローズクォーツをきっちり辞めて本来のローズ+リリーの活動に全力投球して欲しいんですよ」
とゆまは言った。
「うん。ケイはロックシンガーじゃない。あの子はポップスシンガーだと思う。ケイはロッカーになるには、優等生すぎるんだ」
と保坂早穂は言った。
08年組のクリスマス会は12月25日の0時半頃から始まり、結局音羽・光帆にタカ・サト・TAKAO,SHINなどは朝まで飲み明かしたようだし、美空と政子は冷凍室の中の食材を勝手に開けては色々料理(?)を作ってかなり食べていたようだったが(牛ロース・ブロックの丸焼きなどといった、後で私が悲鳴をあげてしまったような恐ろしい物を作ったらしい)、私や和泉、七星さんなど“常識派”は2時くらいで休ませてもらった。
25日の午前中も私は年末の挨拶回りも兼ねてあちこちに顔を出し、FM局の番組にゲスト出演したりしてきた。午後からは27日の《ワンティス代理ライブ》の打合せをした。
夕方6時に新宿某所で、政子・千里・ゆま、そしてζζプロの青嶋制作部長と合流した。
「雪になったね」
「ホワイトクリスマスだね」
などと言い合う。青嶋さんが千里を知らないだろうし、政子・ゆま・千里が青嶋さんを知らないだろうからと思い、私が相互に紹介する。青嶋さんとゆまが名刺を交換していた。青嶋さんは政子にも名刺を渡していた。青嶋さんと千里はお互いに会釈をしているが、青嶋さんは千里には名刺を出さない。私は芸能界の外の人だから名刺不要と判断したかな?と思った。
(実際には青嶋さんと千里はチェリーツイン絡みで旧知の仲だったので会釈だけで終わってしまったことを、私は半年以上先に知ることとなる)
みんなで小田急の乗り場に移動するが、「今日はどこから来たの?」という話から、全員が違う路線で来ていたことが判明する。
私はFM局から地下鉄の半蔵門線→丸ノ内線。
政子はマンションから大江戸線。
千里は千葉方面から総武線→中央線。
ゆまは自宅から西武線。
青嶋さんはζζプロから山手線。
それが分かると千里が「まさにクロスロードだね」と言った。
一緒に小田急に乗って下北沢に行き、そこから7-8分歩いて、そのライブハウスに到達した。
「けっこう遠かったね」
と青嶋さんが言うが
「駅近くにある有名ライブハウスは料金も高いんですよ」
と千里が言う。
「なるほどー」
と青嶋さんは言ったが、この時、あれ?千里もこの付近のライブハウスを何かで使ったことがあるのだろうか?と一瞬考えた。
「千里何か楽器とかするんだっけ?」
「ヴァイオリンは弾くけど下手だよ」
「下手なんだ!?」
「移弦するとたちまち音程がおかしくなる」
「それって、単純な練習不足だと思う。なんなら少し教えてあげようか?」
「いや、それでなくても多忙すぎる冬をこれ以上多忙にしてはいけないから」
「うーん・・・実は夕べもそれみんなから指摘された」
そんなことを言っている時に、青嶋さんが、ちょっと不思議そうな表情をした。何だろうと思い、私は青嶋さんに「どうかしました?」と尋ねたが「いいえ」と言って彼女は微笑んだ。
(これも実は青嶋さんは千里が横笛の名手であることを知っていたからである。青嶋さんは守秘義務に従って、そのことを知らない人にわざわざ個人の情報をしゃべったりはしない習慣ができている)
到着したのが18:40くらいで、私は少し遅かったかなと思ったのだが、人はまだまばらであった。
ドリンク代は私がまとめて5人分2500円払い、あとで適当に調整することにする。それで中に入ってドリンクを引き替え、席に座っておしゃべりしていた。ゆまは水割り、千里はオレンジジュース、政子はコーラ、青嶋さんはウーロン茶、私はブラックコーヒーを取った。
ステージ上には既に最初の演奏者の楽器が並んでいる。おそらく「逆リハ」をしたのだろうと思った。対バンの出演者が本番でA→B→Cと演奏する場合、リハーサルは逆順にC→B→Aとする。こうすることでAのバンドはリハーサルの時のままのセッティングで演奏できるのである。
19:00。最初の出演者が出てきて各楽器の位置に就く。
サンタガールっぽい赤いワンピースを着て白いブーツを履いた信子がこちらを見て会釈するので私や千里も会釈を返したが、政子は
「きゃー!信子ちゃーん!!」
と大きな声で声援を送る。すると信子は笑顔で
「Thank you!!」
とお返事をしたが、その声に私も千里もゆまも顔を見合わせた。
彼女の声が充分女声に聞こえる声だったのである。
ステージ上の他のメンバーが驚いた表情で信子を一瞬見た。たぶん“信子”という名前で呼ばれたのに驚いたのではないかと私は思った。
おそらく“信子”という名前はあの出雲の地で生まれた名前だ。
軽く音を出して音の出方とチューニングを確認している。
サンタガールの衣装の信子がベースを持って前面中央に立ち、こちらから見て左側にサンタクロースの衣装(赤いオーバーとズボンに黒い長靴)を着てギターを持った人、右側にもうひとりベースを持ちやはりサンタクロースの衣装を着た人が立つ。その真後ろにやはりサンタクロース衣装のドラムスの人が陣取る。
ドラムスの左側にはトランペット・トロンボーン、右側にアルトサックス・ユーフォニウムが並んでいる。ホーン女子の4人は水色のニットとペールピンクのスカートまたはズボンを穿いている。
1人だけズボンを穿いているのがトロンボーンの人で、この人は髪もかなり短く、充分男に見える。信子が「男1人女3人のユニットと思われる」と言っていたのを納得する。
ゆまが
「あのトロンボーンの子に親近感を感じる」
と言っているが、青嶋さんは
「リズムセクションが女の子1人と男の子3人、ホーンセクションが男の子1人と女の子3人って、面白い組み合わせだね」
などと言っている。
青嶋さんには、変な予断を持たずに実際の演奏を見て判断してもらいたかったので、メンバー構成についても説明していない。
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