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■夏の日の想い出・辞める時(3)

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2013年12月13日(金)。政子が1年半付き合った恋人・道治君と別れてしまった。政子は実は彼と付き合っているのと並行して、高校時代のクラスメイト貴昭君とも「友だち以上」の関係を続けており、実質的に二股状態にあった。それで結局悩んだ末、貴昭君の方を選んだのかな?とも思っていたのだが、政子は貴昭君とは「今まで通り」で、「お友達」としての関係を続けていくと言っていた。
 
政子のことはちょっと心配だったのだが、15日(日)には毎年恒例となっている蘭若アスカのリサイタルで、私はピアノ伴奏、政子は司会をすることになっていた。ふたりで一緒に出かけて行き、14日のリハーサル、15日の本番としている内は、政子も結構元気な感じであった。
 
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15日のリサイタルが終わり、簡単な食事をしたが、この時、政子が「ごく普通の女の子並み」の食欲しか無いようだったので、やはり彼氏と別れたショックは大きいのかなとも思った。政子が疲れているようなので先に帰し、その後、私はアスカの自宅に寄ってから帰宅したのだが、マンションに戻ってみると、政子はボーっとした感じで居間に座っており、TVは砂嵐の状態で放置されていた。
 
「ただいま」
と言って私は政子にキスする。
 
「あ、おかえり、冬」
「明日ちょっと遠出しようか?」
「どこ行くの?」
「ちょっと富山まで」
「青葉に会いに行くの?」
「鈴鹿美里の鈴鹿ちゃんが去勢手術を受けるんだよ。その付き添いというか、お見舞いというか」
と私が言うと政子はいきなり元気になって
 
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「行く!」
と笑顔で言った。
 
「そうか。美里もとうとう女の子になるのか」
「手術を受けるのは鈴鹿の方だよ」
「あれ?男の娘なのは美里じゃ無かったっけ?」
「鈴鹿だよ。それと性転換手術ではなくて去勢手術。睾丸を取るだけ」
「おちんちんは取らないの?」
「そこまでは倫理委員会の許可が下りてないし、ご両親も最低18歳になってから考えようよと言っている」
 
「鈴鹿、何歳だっけ?」
「15歳の中学3年生」
「青葉は15歳で性転換手術を受けたよね?」
「あれは物凄く特殊なケースだったから。普通は18歳以上でないと手術してもらえない」
「なんで?こんなの出来るだけ早く手術した方がいいのに。できたら第2次性徴が出始める前の10歳くらいまでに手術すべきだよ」
と政子は言う。
 
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「当事者の気持ちとしてはそうなんだけどね〜」
と私はため息をついて答えた。
 
「冬だって実際10歳か11歳くらいで手術してるんでしょ?」
「あんまりそれ言われているんで自分でも自信が無くなって来た」
 

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それで私たちは鈴鹿のお母さんとも連絡を取った上で、12月16日(月)の朝から富山県に向かった。
 
東京1012-1127越後湯沢1138-1352高岡
 
お昼は越後湯沢駅で買った駅弁を《特急はくたか》の車内で食べた。駒子弁当、いくらたらこめし、かにずし、雪国弁当、などと買ってシェアする。
 
「駒子って誰だっけ?」
「川端康成の『雪国』のヒロインだよ」
「あ、あの話、この付近だっけ?」
「うん。湯沢温泉の話。国境の長いトンネルってのは清水トンネルで今は上越線も上下1本ずつ通っているけど、当時は単線で運用されていた」
 
「長いの?」
「10km近い」
「長いね!」
「このトンネルが出来る前は、高崎から新潟に行くには、碓氷峠(うすいとうげ)を越えて直江津から回り込むしか無かったんだよ」
「うっそー!?そんな遠回りするの?」
 
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「それを谷川岳の下を突っ切る大トンネルを掘って直結したから、東京−新潟間はそれまで11時間掛かっていたのが4時間も短縮されて7時間で行けるようになった。それで川端康成もこのトンネルを通って湯沢温泉にやってきたんだね」
 
「なんか今だと当たり前にある物が昔は大変だったんだね」
と言ってから政子は言った。
 
「でも昔は蒸気機関車でしょ?10kmもトンネル走ってたら、むせない?」
 
「いや、むせるどころか窒息死するよ。だから清水トンネルは開通当初から電気機関車」
「電気機関車があったんだ!?」
「日本最初の電気機関車は、その直江津方面の信越本線・碓氷峠で使用されたドイツ製の電気機関車。あまりにも急勾配で、蒸気機関車では物凄いノロノロ運転を強いられていたから」
「おぉ」
 
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「清水トンネルに投入されたのはアメリカ製の電気機関車を参考にして、国内でこの区間のために新たに製造されたものだよ」
「国産第一号か」
「第一号ではないけど、ごく初期の型だね」
 
「丹那トンネルはいつできたんだっけ?」
「清水トンネルの3年後。あちらは悲惨な難工事になったね。距離は向こうが短いのに費用は10倍くらい掛かっているし、殉職者も多い。向こうも当初から電気機関車で運用された」
「へー」
 
「でもロンドンの地下鉄は当初蒸気機関車だったんだよね。あれは電気機関車が実用化されるより前に開業してるから」
 
「それどうなる訳?」
「当然煤だらけになる。しばしば火事も起きていた」
「なんて危ない乗り物なんだ」
 
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「煤って発癌物質だよね?」
と政子が確かめるように私に訊く。
 
「うん。だから昔のロンドンの煙突掃除屋さんたちは睾丸癌とかで死亡する人も多かったと言うよ。そういう論文が18世紀に書かれている」
 
「睾丸に行くんだ?」
「陰嚢にひだがたくさんあるから、そこに煤が溜まりやすい。昔は掃除した後、お風呂とかにも入れなかったろうし」
「怖いなあ」
 

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高岡からは万葉線に乗り継いで最寄り駅まで行き、その後はタクシーを使った。
 
「これ青葉の家の近くだっけ?」
と政子が訊く。
「そうそう。この川(小矢部川)の向こう側だけどね。青葉も学校が終わってから来て、鈴鹿のヒーリングをしてくれることになっている」
 
「大きい川だね」
「うん。大きな船がけっこう内陸まで入って行けるようになっているから」
「あ?色々工事してるんだ?」
「明治時代には県の予算の半分を注ぎ込んで大改修工事とかしたみたいだよ」
「ひゃー」
「ここだけじゃなくて、黒部川とか神通川とかと合わせてだけどね」
 

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鈴鹿本人と双子の妹・美里にご両親は朝7時の便で富山に向かい、既に入院している。
 
「やっほー。元気?」
などと政子が声を掛けて病室に入っていく。
 
「あ、ケイ先生、マリ先生、おはようございます」
とベッドに寝ている鈴鹿とそばに座っている美里が挨拶する。
 
「両親は今売店の方に行っているんですよ」
「ご両親は何か言ってた?」
 
「母からは1度だけ『ほんとうに手術していいのね?』と訊かれたので、『手術したい』とはっきり言いました。父は『考え直すつもりは無いか?』と何度も言ってますが、『考え直したりしないよ』と言ってます」
 
「こういうのは父親の方が辛いよ。たぶん」
「父の気持ちは分かりますけど、自分の気持ちを優先させてもらいます」
「うん」
 
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「ついでに松井先生からは『一緒におちんちんも取らない?』と言われたんですけど」
と鈴鹿は言う。
「あの先生なら言うだろうね」
と言って私は笑う。
 
「私は取りたいけど、両親の許しが出ないのでと言ったら、取っちゃっえば既成事実は認めるしかないよ、などと言われてかなり心が揺れましたよ」
 
「さすがにそれやっちゃうと、ご両親が松井先生を訴えるよ」
「ですよねー」
 

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「手術同意書はもう書いた?」
と私が訊くと
「書きました。父も署名してくれました」
と鈴鹿は答える。
 
「手術同意書って、親も署名するの?」
と政子が訊く。
 
「未成年の場合は親権者の同意が必要だよ」
と私は答える。
 
「それって法的な問題?」
「手術への同意は《法律行為》ではないらしい。だから、同意書を書いてもらうのは半分は訴訟リスクを減らすためだと思う。だから本人と親権者の双方の署名を求める」
 
「逆に親権者だけが同意してもダメなのね?」
 
「そりゃ本人が去勢するの嫌だと言っているのに親がやってくださいと言って手術しちゃうなんてのはあり得ないよ」
 
「今、一瞬鬼畜な物語を妄想したのに」
「まあ、そういう漫画とかありがちだけどね」
 
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私たちが病院を訪れてから1時間ほどで手術の時間になり、鈴鹿が笑顔で手を振って手術室に運ばれていく。
 
私たちは美里やご両親と話しながら待っていたが、手術は30分もせずに終了して、鈴鹿はまた笑顔で手を振って手術室から運び出されてきた。
 
「すず、どんな感じ?」
と美里が訊く。
「まだ麻酔が効いてて分からないよ」
と鈴鹿は言っている。
 
「お父ちゃん、ごめんね。私、もう男の子じゃなくなっちゃった」
と鈴鹿が父に言う。
 
「まあお前が選んだ道だから仕方ない。変に迷ったりせずにしっかり自分の道を歩みなさい。でも悩んだら母ちゃんでもいいから、遠慮無く相談しろよ」
と父は言った。
 
「うん、ありがとう」
 
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手術が終わってから少しした所で青葉がやってきてヒーリングをしてくれた。
 
「麻酔が切れた後の痛みが小さくなりますかね?」
「あまり変わらないかもね」
「あはは」
「ただ、傷の治りは早くなるはず」
「助かります」
 
「抜糸とかは必要なかったんですよね?」
とお母さんが訊く。
 
「溶ける糸で縫うって先生言ってたよ」
と美里。
 
「あ、そうだったっけ?」
 
どうも一同の中では美里がいちばん冷静なようであった。
 

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17時頃になって麻酔が切れ始めたようであったが、痛みは充分我慢できる範囲のようであった。
 
「性転換手術の時はこんなものじゃないんだろうけどなあ」
と本人は言っている。
 
「まあ痛かったよ」
と青葉は言う。
 
「ちょっと気が重いけど、それを通過しないと女の子になれないからなあ」
と鈴鹿。
 
「朝起きたら女の子になってた、なんてのなら楽なんだろうけどね」
と美里。
 
「それはやはり鈴鹿が眠っている内にこっそり手術室に運び込んで手術してしまうとか」
と政子。
 
「昔はそういう《不意打ち》方式の病院もあったらしいです。患者の恐怖心を煽らないようにというので」
と青葉。
「それは恐怖心は煽らないかも知れないけど、そういう病院には掛かりたくない」
と私。
 
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「それどころか、直前になって患者さんが怖くなって、やっぱり手術やめると言い出しても、男性看護師数人で身体を拘束して強引に手術室に連行して、麻酔掛けて性転換しちゃうなんて病院もあったらしいですよ」
と青葉は言う。
 
「それ日本じゃないよね?」
と鈴鹿の父が嫌そうな顔をして言っているが、政子はその話を聞いてキラキラした目をしていた。
 

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夏の日の想い出・辞める時(3)

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