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■夏の日の想い出・辞める時(11)
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「ところで名前なのですが、ベージュスカに関しては、ベイジョースターというパンクバンドがййプロダクションというところに登録されていまして、また、ホーン女子に関しても、ボーン女子というのが、実はボーンチャイナを作っている会社の女性で作ったユニットらしいのですが、こちらも九州の方でライブ活動などをしておりまして、どちらも類似した名前があるのでできたら変えて頂けないかと」
とζζプロの法務担当者が言う。
「ああ、僕らは名前にはこだわりませんよ」
とベージュスカのリーダー中村正隆(Gt)は言う。
「元々はイエロースカという名前だったのを、ベースが重複しているということでベースじゅうふくスカ→ベージュスカという名前に変えたしね」
「私たちも名前にはこだわりません」
とホーン女子のリーダー葛城詩葉(Tb)も言う。
それでどんな名前がいいかというので、みんなで色々意見を出していたものの、あまりパッとしたものが出てこない。たまにいいかなと思うものが出ても、チェックしてもらうと類似のアーティスト名が見つかる。
その時、信子が
「マリさん、何かアイデアがあるみたい」
と言った。
マリはさっきから、何か言いたそうにしていたのだが、マリは色々問題のある発言をしやすいので、停めていたのである。しかし青嶋さんまで
「マリちゃん、何かアイデアがある?」
と訊いた。
するとマリは言った。
「最初リダンダンシーというのを考えたのよ」
「ほほお」
マリにしては随分まともな名前である。
「ベースが重複してたからベースジュウフクでベージュだったんでしょ。だから重複を英語で言うと redundancy。でもどうせなら、重なっているというのを強調して、リダンダンシー・リダンダンシーと重ねてみた。でもここでリズムセクションは女の子1人と男の子3人、ホーンセクションは男の子1人と女の子3人だから、その対称性を取り入れて、リダンダンシー・リダンジョッシーとする」
「あ、けっこういいかも」
とドラムスの織田三郎が言う。
「男子と女子ならリダンダンシー・リダンジョシーかも知れないけど、ジョッシーにした方がリズムがいい」
「確かに確かに」
「略称はリダン♂♀と書いて、これでリダンリダンと読む」
「面白いかも」
とユーフォニウムの春日菊代。
「ちょっと類似の名前がないか調べてみます」
と言って法務担当者があれこれ検索していたが、15分ほど掛けた検索で
「類似のものは無いようですね」
という結論になる。
「強いて言えば、リダンリダンという略称はデュランデュランと語感が似ている」
「うーん。。。そのくらいは大丈夫だと思うよ」
と青嶋さんは言う。
「そこまで言い出すと、ギランイランにも似ている」
「イランイランにも似ている」
「ロマン・ロランにも似ている」
「カランコロンにも似ている」
「ガラムマサラにも似ている」
「逆に似ているものが多数あるのは問題が無いということ」
「じゃそれで行こうか」
「なんかリズミカルでいい名前かもと思った」
「しかしそれなら、私は男ということで確定?」
と今日もほとんど男装に近い服装で来ている葛城詩葉(ことは)。
「コトちゃん性転換してもいいよ」
と霧島花純(かすみ)は言った。
「コトちゃんはちんちんあるという噂が昔からあった」
「でも私、普通に女湯に入っているよ」
「たぶん女湯に入る時は必死で隠している」
「それ私、小学生の頃から言われてたよ。修学旅行でみんなでお風呂入った時もちんちんあるのバレないようにしろよとか」
鮎川ゆまが、額を手で押さえて苦しそうにしていた。
「ところで、メンバーの中で女性の皆さん、もし良かったらスタイルをチェックさせてもらえないかしら?」
と青嶋さんが言う。
「えっと裸になればいいんですか?」
と葛城詩葉がやや不快そうに答える。
「あらためて日時を設定して水着姿を見せて頂いてもいいし、今下着姿でもいいし。見るのは私だけ」
詩葉は他の女子と視線を交わしている。
「青嶋さんにでしたら、下着姿くらいお見せしますよ。安物の下着しか着けてないですけど」
「じゃ、女子だけ残して男子はいったん部屋の外に出よう」
と中村正隆が言い、織田三郎と鳴川清史も一緒に席を立つ。私も政子・ゆま・千里を促して「関係無い私たちは出てよう」と言って席を立つ。事務所の法務担当の人も席を立つ。
ところが鹿島信子まで一緒に出ようとしたので
「待て、お前女だろ?」
とリーダーの中村正隆から言われている。
「あれ〜?私もですか?」
などと信子は言っている。
「むしろいちばん大事なのが信子ちゃんのスタイルだと思う」
と春日菊代。
「あんた、女の子になったんだから、女としての自覚を持とう」
と織田小枝。
「きゃー。恥ずかしい」
と信子。
「女同士なんだからいいじゃん」
と霧島花純が言っていた。
「あのバンド、信子ちゃんが女の子になったことで安定したんじゃないかなあ」
と政子はマンションに帰ってから言った。
「どうして?」
と私は訊く。
「同性4人のユニットって揉めやすいんだよ。意見が対立した時に2対2になると収拾がつかない。奇数で3人とか5人なら、対立しても残った1人が調整役になれる。偶数は危ない」
「ほほお」
「異性が入って1+3とか1+5は安定しやすい」
「1+3と言ったらLINDBERGかな。1+5といったら何と言ってもサザン・オールスターズ」
「1+2だと、1人の女の子を2人の男の子で取り合うような形になって潰れやすい」
「それで壊れたパターンは多いよね」
「同性4人のユニットって、4本脚の椅子のようなものなんだよ」
「面白いたとえをするね」
「4人の力量が揃っていると安定する。これはダークダックスとかボニージャックスとかがこのパターンだと思う」
「ふむふむ」
「でもどれか1本の脚が長すぎたり、あるいは短すぎたりすると問題が生じる」
「まあ椅子がガタガタして安定して座れないよね」
「3本脚の椅子は確実に安定する」
「5本脚の椅子は〜?」
「まあそれは置いといて」
「いいけど」
「今回の場合は信子ちゃんが脚を取っちゃって脚のあるのが3人になったから」
「何の話をしている!?」
「ファンにしても男女の数が等しいユニットは詰まらないんだよ。この中で誰と誰がくっつくのかな、と組み合わせを考えるくらいしか妄想できないから。信子ちゃんが男の子だったら、男女同数になってたけど、女の子になって男3女5になった。女が2人余るんだよね。すると自分があの子と・・・と妄想できる」
と政子。
「“余ってる”というのがこのバンドの特徴なのかもね」
と私も言う。
「今日の様子見てたら正隆君が女の子になっちゃった信子ちゃんにドキドキしてる雰囲気だったじゃん。三郎君は漢らしい詩葉ちゃんに憧れている雰囲気で。そもそもこの2人はホモっぽい雰囲気あるから、性別が微妙な子に惹かれるんだよ、きっと。清史君はマザコンっぽくて落ち着いた雰囲気の小枝ちゃんに甘えてる感じで、すると花純ちゃんと菊代ちゃんが余る」
「あのねぇ」
「同性4人で、ビートルズはブライアン・エプスティーン(*1)が生きている間は良かったけど、彼が死んだ後は、ポールとジョンの対立が酷くなって解散に至っている」
と政子は話を戻して言う。
「まあそれは典型的な例かもね」
(*1)一般的にはブライアン・エプスタイン(Brian Epstein)と呼ばれているが、本人は自分の名前をエプスティーンと発音していた。
「アン・ヴォーグは4人で活動していたけど、最初シンディが休養して3人になり、シンディが復帰したかと思ったらドーンが脱退してまた3人になって。その内マキシーンまで脱退して。いったんオリジナルメンバー4人で再結成したけど、ドーンとマキシーンが脱退して、自分たちこそ本物のアン・ヴォーグだと名乗って、分裂状態になり、名前の権利問題で裁判までやってる」
と政子。
「確かにきれいに2対2に分裂したけど。でも最初の8年間はまとまっていたんだけどね〜」
と私。
政子は他にも多数の“偶数ユニット”の分裂や脱退の例を挙げていった。
「でもKARIONも4人なんだけど」
「同性4人とか6人で安定するパターンにはいくつかあって」
と政子は言う。
「ビートルズがそうだけど、メンバー外のまとめ役がいるケース。この場合は実質5人なんだよね」
と政子。
「確かにマネージャーやプロデューサーの力が強いバンドはまとまりやすいね」
「メンバー全員が凄くて、優劣の差が無い場合。これはクイーンがその典型的な例だと思う。この場合《大人のグループ》になるんだよ」
「奇数だけどYMOも近いパターンだね」
「うんうん。YMOも大人のユニット。あとメンバーの中核になるリーダーあるいはメインボーカルが凄く温和な性格であるパターン」
と政子は言う。
「確かにバンドの分裂って多くがリーダーとフロントマンの対立や確執、あるいは他のメンバーが収入とかに不満を持ってというパターンが多いから。リーダーとボーカルのどちらかが温和なら対立が起きにくいし、他のメンバーの不満をうまく吸収してくれるだろうね」
「ローズクォーツもマキさんがああいう性格だから、あのバンドは4人になっても、結構長く続いていくかも」
「マキさんが怒った所って見たことないよ」
と私。
「代わりにタカさんが怒るでしょ?」
「まさにそう。以前、不祥事を起こしたメンバーをクビにした時もタカさんが主導でやったらしいから」
「マキさんはあまり深く考えないよね」」
「いや。彼は考えるけど、結論が永久に出ないんだ」
「ああ」
「で結局、マリちゃんの意見としてはKARIONの安定性は?」
「和泉と小風が対立して一瞬緊張しても、美空がとぼけたこと言って、うやむやになると思う」
「いや、それはデビュー直前にまさにそういうことがあったよ」
と私は当時のことを懐かしく思った。
「蘭子ちゃんも喧嘩しない人だしね」
「まあね」
2013年末、§§プロの海浜ひまわり が引退コンサートを行った。彼女は2011年春にデビューしたのだが、デビューCDがいきなり東日本大震災のため発売延期になるという不運に見舞われた。CDは5月になってやっと発売できたものの、当時の自粛ムードの中でイベントの中止も相次ぎ、思うように活動できず、完全に出鼻をくじかれた状態になった。
その後も3ヶ月程度に1度CDを出すものの、なかなか売れず、ライブチケットも売れ行きが伸び悩んだ。それで結局、全くヒット曲のないまま引退に追い込まれてしまった。
§§プロでは翌2012年にデビューした千葉りいな が今度は体調を崩して長期入院し、そのことで親権者と事務所の関係が悪化して、現在限定的な活動になっており、実際問題として引退は秒読み状態になっている。
しかしかろうじて2013年デビューの神田ひとみ は、秋風コスモスや桜野みちるに比べればセールスがずっと少ないものの、何とか売れている状態で、紅川社長もホッとしたようである。
そして2014年2月、昨年のフレッシュガール・コンテスト優勝者・明智ヒバリがデビューすることになった。
私は§§プロとの関係も深いので年末の海浜ひまわりの引退ライブのチケットも紅川社長から頂いていたものの、どうしても時間が取れず、親友の琴絵と仁恵に私と政子の代理で行ってもらい、私自身は別の日時に事務所を訪れて、本人に直接餞別を渡した。
「なんか分厚い〜」
と彼女は言ってから、紅川社長を見る。
「ご祝儀と同様だから、全額君がもらっていいけど、税務申告はきちんとするように。脱税とかで報道されると、うちも困るから」
と社長は言っている。
「はい、分かりました。ケイさんありがとうございます」
「それと1年遅れで住民税が掛かることを忘れないように」
「それコスモス先輩からも言われました!」
「引退ライブ終えて、泣いた?」
「涙が止まらなかったです。とうとう私、歌手辞めちゃったんだなあと思うと、すごく寂しい気分で」
紅川さんは頷いている。彼女のこんな早期の引退は紅川さんにとっても辛い思いだろう。
「ひまわりちゃん、この後はどうするの?」
「フリースクールに通いながら、高認(高等学校卒業程度認定試験)を受けて、その後また更に受験勉強して、3年後くらいに大学進学を目指そうかと思っています」
「うん。頑張ってね」
「それと同時に音楽の勉強もして、アレンジャーとかになれないかなあと思っているんですよ」
「そういうのもいいと思うよ。その手のコネだったら、きっとあるよ」
と私が言うと紅川さんも
「うん。そのあたりしっかり勉強した後で、声を掛けてくれたら仕事紹介するよ」
と紅川さんも笑顔で言っていた。
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