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■夏の日の想い出・辞める時(5)

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(C)Eriko Kawaguchi 2017-02-04
 
「どうしても辞めちゃうの?」
と残念そうに揚羽が言うと、雪子は良心が痛む思いだった。
 
「卒論をまとめあげるのにちょっとかなり本腰入れて取り組まないとやばいのよ」
と雪子は高校時代以来の親友に言い訳をした。
 
「まあ卒業できなかったらやばいしね。だったら、卒論が終わってから復帰するとかは?」
「私自身、ちょっと精神的に疲労が溜まってるからしばらくバスケのことは考えたくなくて」
「でもユキに辞められるのは、私も辛いなあ」
「ごめんねー」
 
それで何とか辞めさせてもらったものの、雪子は小学2年生の時以来続けてきたバスケから離れたことで、大きな喪失感を感じていた。
 
「私、明日から学校が終わった後何をすればいいんだろう?」
などと考え、心の中に暴風雨が吹き荒れているような思いだった。
 
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「失恋したような感覚かなあ」
と雪子はひとりごとを言った。
 

12月12日。ここ数日ちょっとお腹が痛いなと思いつつも、ビオフェルミンを飲んでボイトレのレッスンに出てきた信子は、レッスンを終えてから帰宅する前にトイレに入って、ふっと大きく息をついた。
 
かなりいい感じで女の子っぽい声が出るようになった。またボイストレーナーさんからは、声そのもの以上に話し方やイントネーションの指導を受けたが、
 
「そもそも君の話し方は女の子っぽい」
とも言われた。
 
信子はボイストレーニングには女の子の格好で、お化粧もして通っている。化粧品は最初は正隆たちに買ってもらったダイソーの化粧品(アイカラーとリップを除く)を使っていたのだが、ファンデもいいのを使おうかなと思い、マックスファクターのコンパクトを買ったが、すごく塗った感触がいいし、化粧崩れしにくいので、さっすがマックスファクター!と思った。この会社の製品は、元々ハリウッドの女優さんたちが激しい撮影をしていても、化粧崩れしにくい化粧品が欲しいと言って開発されたもので、結果的には“男の子”の女性よりどうしても脂っぽい肌でも化粧崩れがしにくい、と以前テレビでニューハーフタレントさんが言っていたのである。
 
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化粧崩れのしにくさは、信子も実感していた。
 

便器に座ってからおしっこをして、あのあたりをトイレットペーパーで拭く。この一連の動作もすっかり慣れてしまった。
 
むろん信子は女子トイレを使用している。教室の人からも「普段女子トイレを使用しておられるのでしたら、ここでも女子トイレを使って構いませんよ」と言ってもらっている。
 
信子は女装したまま、デパート、駅、コンビニなど、色々な場所でわざわざ女子トイレを使ってみていた。そして女子トイレの利用に完全に味を占めていた。大学でも(女装はしていないものの)わざわざ他の学部の建物まで行って女子トイレを使っていた。信子は女子トイレに入っても騒がれないように、性別が曖昧な感じの服装をして、眉毛は細くしている。
 
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しかし、自分がほんの1ヶ月ほど前まで男子トイレを使っていたことがもう遙か大昔のことのような気もしてしまう。今はむしろ男子トイレに入ることに心理的な抵抗を感じるのである。
 
この日、トイレットペーパーであのあたりを拭いた時、信子は
 
え?
 
と思った。ペーパーに血が付いていたのである。
 
嘘!?どこか怪我した?それとも性転換手術(を受けた覚えはないのだが)の傷がどこか開いちゃった??
 
信子はこれどうすればいいんだろう?病院とかに行くべきなんだろうか?と大いに焦っていた。
 

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彼女はその娘に錠剤を見せてから言った。
 
「このお薬は今まで月に1度注射してもらっていたお薬よりずっと強い。この薬を飲んだら、あんたはもう男の子には戻れなくなる。後で気が変わっても女の子として生きて行くしかない。そしてこの薬は一生飲み続けなければいけない。私はこの薬を飲むかどうかの判断をあんたができる年齢になるまで待っていた。あんたが、この薬を飲んでも後悔しないと思うなら、この薬を取って飲みなさい」
 
娘は黙って薬を取ると
「何錠飲めばいいの?」
と訊いた。
 
「当面は1日2錠。もう少しおとなになったら1日3錠に増やす」
「ママ、お水ちょうだい」
 
「うん」
 
彼女がぬるま湯をコップに入れて持ってくると、娘は錠剤を2つ出して飲み、コップのぬるま湯で流し込んだ。
 
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「これで私、男の子を辞めることができたよね?」
 
と言ってニッコリ微笑む。
 
「うん。もうあんたは女の子だよ」
と彼女も微笑んで言った。
 
そして娘は更に言った。
「私も女の子になったから、ママもちゃんと女の子になりなよ」
 
すると彼女は少し考えてから言った。
「そうしちゃおうかな」
 
「うん」
と娘は笑顔で言った。
 

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暢子はじっと彼と見つめ合っていた。
 
「この点が妥協できない限り、私たちの結婚は無いよね?」
「いやだから何もバスケを辞めろと言っている訳じゃない」
「私はバスケが第1優先でなければ嫌だ。その条件では私は月に2回程度しか練習ができん。そんな生活をする気にはなれん」
 
彼は答えなかった。
 
「私に7年間夢を与えてくれてありがとう。でも私はバスケを辞めるより君の恋人を辞めることにする」
 
彼はすぐに返事をしなかったがやがて言った。
「僕は君と結婚したい」
 
暢子は言った。
「私はバスケがしたい。これ返すね」
 
暢子はバッグの中から青い宝石ケースを取り出すと、彼の前に差し出した。
 
「じゃ、さよなら」
 
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と言って自分の飲んだコーヒー代をテーブルの上に置き、席を立つとまっすぐにお店の出口へと向かった。
 
「待って。僕は君が好きなんだ」
と彼が言ったが、暢子は振り返らなかった。
 

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2013年12月4日に近藤さんと七星さんがスターキッズの新譜発表に合わせて、記者会見の席で三三九度を敢行。《記者前結婚式》を挙げた上で、今夜披露宴やります!と突如発表した。
 
突如発表したわりには多数の人が来てくれた。
 
私たちの盟友ともいうべき、KARIONの和泉・小風・美空、XANFUSの光帆・音羽、mike, noir, yuki, kiji, 神崎美恩・浜名麻梨奈、AYAのゆみ、それに色々関わりの多いスリーピーマイスの3人、スイートヴァニラズの5人、そして私たちが楽曲を提供している坂井真紅・山村星歌・富士宮ノエル・小野寺イルザなどのアイドル歌手、また私の「元先生」である松原珠妃、その経歴と年代の類似性から私たちのライバルのひとりとみなす人もある貝瀬日南、そのほか秋風コスモス、川崎ゆりこ、桜野みちるなどの§§プロのアイドルたち、またローズクォーツグランドオーケストラのメンバーで都合のついた人たち。
 
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このほか、上島雷太・雨宮三森・後藤正俊・蔵田孝治・田中晶星・東郷誠一・ゆきみすず、といった作曲家の先生たち、今の歌謡界のトップスターともいうべき、松浦紗雪・保坂早穂といった面々まで来てくれた。
 
七星さんや近藤さんの交友範囲の広さを表す感じである。
 
私と政子は「仲人」を仰せつかって、来てくれた人たちとたくさん挨拶を交わしていたのだが、ふと見たら保坂早穂さんと鮎川ゆまが何か話している様子だったので、あの2人何か関わりがあったっけ?と私は考えていた。
 

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12月24日。私は夕方からFM局の生番組に出演した後、鶏肉や牛肉など食材を大量に買ってきて、自宅マンションで料理を作り始めた。政子が邪魔をするので困っていたら、美空と小風がやってきて、美空は政子の相手をしてくれて、小風は料理の手伝いをしてくれた。
 
21時頃にローズクォーツのタカとサト、トラベリングベルズの相沢さん・黒木さんがほとんど同時に来た。
 
22時頃になって七星さん、23時すぎに仕事を終えた和泉が来る。そして0時すぎてから、XANFUSの光帆と音羽、神崎美恩と浜名麻梨奈、パープルキャッツのmike, kiji, yuki, noir が一緒に来た。
 
「クリスマスケーキ買ってきたよぉ」
と言って光帆・音羽がホールケーキの箱両手に1個ずつ抱えていたのをテーブルの上に置いた。
 
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「じゃ始めようか」
 
「メリークリスマス!」
と和泉が音頭を取ってシャンパンで乾杯する。
 
「まあそういう訳で今日はケイが重大な告白をするらしい」
と和泉は言う。
 
「まあ正直そろそろ限界かなとは思っていたんだよね」
と私が言うので
 
「とうとう性転換手術を受けるの?」
と小風が茶々を入れる。
 
「今性転換したら男に戻っちゃうじゃん!」
と私。
 
「何の告白?マリちゃんと結婚するの?」
と音羽。
 
「音羽たちは、私とマリが結婚したら、それを前例に自分たちも結婚しようと思ってない?」
「まあ、それはあるが、現時点では結婚するのは契約違反だ」
 

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「で、何を告白するの?」
と浜名麻梨奈(深見鏡子)が訊く。
 
「1月5日に放送予定のビデオを見てもらった方がいい」
と言って、私は放送局の人にコピーさせてもらってきた、5日の08年組特集で放送される予定のロンダと和泉の対談をパソコンで再生させた。
 
「嘘!?」
という声が多数からあがる。
 
「水沢歌月=蘭子って、実は歌唱にも参加してたんだ!?」
とみんな驚いている。
 
「いや、KARIONの曲には確かに4声の歌が異様に多いと思っていた。ほぼ全てがそうだとは思わなかったけど」
と浜名が言う。
 
「ね、もしかして、その水沢歌月=蘭子って、私たちが既に知っている人?」
とmikeが尋ねた。
 
「この場に居るよ」
と和泉は答えた。
 
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「え〜〜〜〜!?」
と驚きの声が上がったが、美空・政子がニヤニヤしているし、小風が笑いをこらえている。それで多くの人に正体が分かったようである。
 
「ね、あり得ないこととは思うけど、まさか蘭子=水沢歌月って、ケイなの?」
と神崎美恩が訊いた。
 
「正解」
と和泉が答える。
 
「うっそー!?」
「信じられない!」
 
タカやサトなども信じられないという顔をしている。
 
「じゃ、ケイって、ローズ+リリーとローズクォーツを兼任しながら、KARIONまでやりつつ、多数の歌手に楽曲を提供していたわけ?」
と浜名が呆れたような顔をして言う。
 
「うん。まあ。さすがにちょっと限界かなとは思っていた」
と私は正直に告白する。
 
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するとタカが言った。
「前から思ってた。ケイはローズクォーツを辞めるべきだと思う」
 
「私が辞めてもいいの?」
「どう考えても、ケイはローズクォーツよりローズ+リリーの方で売れる。だから、クォーツの方にも出るのはもったいないと思う」
とタカは言う。
 

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「というかさ。私たち言っていたんだよ。ケイって、実はもうローズクォーツを辞めているのではって」
と浜名。
 
「実際問題として、ケイは2012年春のツアーを最後に、ローズクォーツの活動にはほとんど参加してないでしょ?ローズクォーツのリクエスト大作戦にも出てないし、2012年春のツアーでもボーカルだけ担当してキーボードはヤスさんが弾いた」
 
「うん。実はあの時はとても負荷的に耐えられなかったんでヤスさんをお願いした。ラジオ番組も最初はどうしても他の歌手への楽曲提供のスケジュールが間に合わなくて町添さんの判断で欠席させてもらったんだけど、それが常態化してしまった」
と私は答える。
 
「ローズ+リリー+あなたを始めたからリクエスト大作戦は辞退したという説もあった」
「それはかなり真実」
「つまり、ローズクォーツを辞めてローズ+リリーを再開したのではと」
「うーん・・・」
 
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「2012年2月にローズ+リリーの『天使に逢えたら/影たちの夜』が発売されて、4月の沖縄ライブでローズ+リリーのライブ活動が再開された。だから実際問題としてケイは2011年いっぱいでローズクォーツを辞めて2012年からはローズ+リリーを再開したのだろうと思っていた」
と浜名は言う。
 

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