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■夏の日の想い出・辞める時(4)

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「朝起きたら、女の子になってたんだよ」
とその子は言った。
 
「そんな馬鹿な話を誰か信じると思う?」
と彼女は言う。
 
「信じる訳無いと思う。だから誰にも言わない」
とその子は言う。
 
「おっぱいも随分大きい。これシリコン?女性ホルモン?」
「これ、ブレストフォームを貼り付けられた夢を見たんだよ。だからブレストフォームだと思っていた。でも、肌との境目が無いし。そもそも触った時に触られている感じがあるし、数日悩んだ結果、これはブレストフォームではなく、本物だという結論に達した」
 
「これは間違いなく本物のおっぱいだと思うよ。ホルモンだけで育てたのならたぶん3年は掛かっていると思う。年齢を考えたら、中学生の頃からホルモン飲んでなきゃあり得ない」
と言いながら、彼女はおっぱいを揉んでいたが
 
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「これはシリコンじゃ無いよ。このおっぱいは本物の脂肪でできている」
と彼女は言った。
 
「こちらも間違いなく女の子の形だね」
と言って彼女は下の方にも(使い捨て手袋を付けて)触ってみている。あそこに指を入れられてビクッとする。
 
「実はHもしてみたから間違いなく女の子の形」
「Hって誰としたのさ?」
「それは聞かないで。彼と恋人とかになる予定もないし」
「ふーん。でもこの後、どうするの?」
 
「どっちみち私、結婚とかはできないだろうと思ってたし、それなら別に身体は男でも女でも大差ないから、このままかなあ」
 
「大差無いねぇ。戸籍はどうする訳?」
「どうしよう?」
「病院に行って診断書書いてもらいなよ。そしたら性別変更できるよ」
「え〜〜!?」
 
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「取り敢えず年明けからでもいいから、フルタイムになった方がいいと思う」
「フルタイムって?」
とその子が訊くと、彼女は呆れたように言う。
 
「24時間365日女の子の格好でいるということ」
「え〜?恥ずかしい」
「性転換までしておいて、女装を恥ずかしがる意味が分からん。結構な覚悟して手術を受けたんでしょ?」
 
「いやだから手術なんて受けた覚えはないのに、目が覚めたら女の子の形になってて、トイレで見て仰天したんだよ」
 
「うーん・・・」
と彼女は腕を組んで考えた。
 
「ちなみに男の身体に戻りたい訳じゃないよね?」
「それは無い。女の子の身体のままでいいと思っている」
 
「だったら女装生活には移行した方がいい」
「やはりそうかな」
「そのくらいは勇気出して頑張りなよ。私も応援するし、みんなも応援してくれるよ」
 
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「あと少し考えさせて」
「じゃクリスマスまでに決断しなさいよ」
「うん。それまでに決断する」
 

2013年の12月はイベントが盛りだくさんであった。
 
私と政子は12月2日に卒論を提出した。同日、国士館で今月下旬に08年組の3日連続ライブをすることを発表した(21 XANFUS, 22 KARION 23 Rose+Lily).
 
12月4日にはスターキッズの新しいアルバム『Moon Road』が発売されたが、この発表記者会見の席で近藤さんと七星さんは、記者達の前で三三九度をして、この日結婚することを発表、そのあと披露宴を開くことも発表して、記者たちの度肝を抜いた。結婚式当日に発表するという、サプライズ結婚であったものの、多数の人が披露宴会場には来て祝福してくれた。
 
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12月8日にはYS大賞が発表されてローズ+リリー『花園の君』、KARION『アメノウズメ』がどちらも優秀賞を頂いた。この時点では私はまだKARIONのメンバーであることを公表していないので歌唱は和泉・小風・美空ともうひとりはコーラス隊として入った《愛の風》の美奈子が私のパートを歌ってくれている。
 
この日蘭若アスカはドイツで行われたヴァイオリン・コンクールで美事優勝した。彼女は伴奏者の古城美野里とともに12日朝帰国し、その帰国を私と一緒に迎えた★★レコードの大高さんからぜひアスカのCDを出させてくださいと申し込まれていた。
 
15日はその帰国したばかりのアスカのリサイタルを都内で行い、これは私がいつものように伴奏した。
 
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そして16-17日は富山まで往復して去勢手術を受けた鈴鹿を見舞う。この時、鈴鹿のヒーリングをしてくれた青葉は、お母さん(桃香の実母)とともに21日には東京に出てきて1月5日まで滞在した。
 
その21日から23日は08年組の国士館ライブであったが、私たちは各々他の組の演奏にも参加したので、結局全員が3日間稼働した。
 
23日がローズ+リリーの演奏だったのだが、このオープニングで私たちは2009年以来毎年2枚くらいのペースで楽曲を発表していた謎の4人組コーラス・グループ《ロリータ・スプラウト》が実はローズ+リリーであったことを公開し、観客をそして全国のファンを驚かせた。
 
この後、27日にワンティスの《代替演奏者ライブ》、29日にサトと甲斐鈴香の結婚式、29日篠田その歌の引退ライブ、30日RC大賞、31-1日は年越ライブに新年ライブ、1月4日にトラベリングベルズのDAIの結婚式と続いて、1月5日##放送の《08年組特集》でKARIONが実は4人組であったことを公表して、その後半月ほどにわたって全国のポップスファンの間で大きな話題と議論を巻き起こすことになる。
 
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23日のライブでロリータ・スプラウトの「正体」を明かした件に付いては、24日にあらためて★★レコードで記者会見を開き、当時私たちが名前を隠して音楽活動を続けていた背景について説明したのだが、その記者会見が終わったあと、私と政子は氷川さんから
 
「会わせたい人がある」
と言われ、別室に行く。
 
ここで私たちが引き合わされたのが、ゴールデンシックスの2人、カノンとリノンであった。加藤課長も同席していた。
 
同世代ということもあり私たちはすぐに彼女たちとお互い友だち言葉で話すようになるのだが、当初ふたりは丁寧な敬語を私たちに使った。
 
「おはようございます。ゴールデンシックスと申します」
と声をそろえて言ったカノン・リノンは実際この時、物凄く緊張していた感じであった。
 
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「私はゴールデンシックスのリーダーでカノンこと南国花野子です」
「私はゴールデンシックスのサブリーダーでリノンこと矢嶋梨乃です」
と個別にも名前を名乗る。
 
「ゴールデンシックスって6人組ですか?」
「あ、いえ。最初は6人居たのですが、1人辞め2人辞めで、とうとうこの2人になってしまいまして」
「まあ、それはよくあることですね」
 
この時点ではカノンたち自身も何の仕事をするのか、聞かされていなかったらしい。
 
「まずゴールデンシックスに歌ってもらおうかな」
と加藤さんが言うので、彼女たちは自分たちの持ち歌で、今年リリースしたアルバムの中に入っているらしい『渚の美女』という曲をマイナスワン音源で歌った。
 
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私は途中から思わず指でリズムを取りながら聴いていた。そして歌が終わるとパチパチパチと大きな拍手をした。
 
「ブラーヴァ! 君たち凄いうまいね」
と私は笑顔で言う。
 
「ありがとうございます」
と声をそろえて言って、カノンとリノンも笑顔である。歌ったことでかなり緊張が解けたのだろう。
 
「うまいでしょ?ケイちゃん脅威を感じない?」
と加藤課長。
「負けるつもりは無いですけど、凄く上手いですよ」
 
「『負けるつもりは無い』とわざわざケイちゃんが言うほど上手いということだな」
 
「そうですね。あ、お二人は何歳ですか?」
「ケイさんたちの1つ上の学年です」
 
「ほぼ同世代ですね。それと、この伴奏は生演奏ですよね?打ち込みには聞こえなかった」
と私は訊く。
 
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「はい。生演奏です。私たちで演奏しました」
「楽器の音が6つあった。ギター2つ、ベース、ドラムス、フルート、ヴァイオリン。多重録音ですか?」
 
「実は音源製作の時だけ、旧メンバーに協力してもらっているんです」
とカノンが説明する。
「多重録音すると、それだけ長時間スタジオを使うからお金も掛かるので」
とリノン。
「昔の友人たちだったら、タダで使えるもので」
とカノン。
 
「なるほど、なるほど。でもそういうのいいね。特にフルートとヴァイオリンが物凄く上手かったけど」
 
「ヴァイオリン弾いているのは芸大の大学院に在学中でプロのヴァイオリニストとしても活動している人です。彼女はピアノも物凄く上手いです。フルートを吹いているのは専門の教育を受けた訳ではないですが、横笛の名手でフルートの他、龍笛・篠笛なども吹きこなします。実は商業的にプレスされた歌手の音源製作にも多数関わっている人なんです」
 
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「どちらもプロなんだ!それが君たちのユニットの元メンバーなの?」
「正確にはゴールデンシックスの元になったDRKというバンドのメンバーで、実はゴールデンシックスの曲の大半は、この2人が書いているんですよ」
 
「なるほどー。曲を書いているのはプロなのか。曲自体が凄くいい出来だと思った」
と私は笑顔で言った。
 

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「まあそういう訳で、実は春のローズ+リリーのツアーで、こういう悪戯をしようよという提案が出ていたんだよ」
 
と言って加藤課長は初めてその計画を明らかにした。
 
「ローズ+リリーのステージが途中の休憩をはさんで前半・後半が終わり、ローズ+リリーは最後の曲を演奏して下がる。そこでお客さんがアンコールの拍手をする。それで幕が開く」
 
「はい」
「ところがそこに居るのはローズ+リリーではなく別の女の子2人組」
「ほほぉ!」
「それで勝手に1曲歌っちゃう」
「面白いですね」
と私は言う。
 
カノンたちも興味深そうに聞いている。
 
「それでケイちゃんたちが出て行って『君たち誰?』と言う。それが南国さんたちが『私たちはゴールデンセックスだ。私たちはローズ+リリーに勝負を挑むぞ』と言う」
と課長が言うと
 
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「すみません。ゴールデンシックスです」
とカノンが言う。
 
「あれ?今僕何て言った?」
「ゴールデンセックスとおっしゃいました」
と氷川さん。
 
「ごめーん!」
と言って課長が赤くなっている。
 
政子は面白がっている。
 
「あのアドレスに郵送したよと言う所を間違ってあのドレスで女装したよと言う程度の間違いだよね」
 
などと言うが
 
「それはマリさんだけです」
と氷川さんから言われている。
 
「まあそれで、カノンちゃんとケイちゃんで勝負して、勝った方がアンコールの演奏をするという趣旨なのよ。実はアンコールまでお客さんをあまり待たせないようにするための仕掛けなんだけどね」
と氷川さんは課長の後を引き継いで説明した。
 
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「待たせないのはいいことですね。それで何(なに)で勝負するんですか?」
 
「カラオケ。ローズ+リリーの曲でもゴールデン・・・シックスの曲でもない曲で勝負する。カラオケの採点機で出た点数で勝敗を決める」
と加藤課長が言う。“シックス”の所を慎重に発音した。
 
「それ、勝負はガチですよね?」
と私は確認した。
 
「ガチ。ケイちゃん負けないよね?」
と加藤さんが言うので
「負けません。その勝負受けます」
と私は厳しい顔で答えた。
 
「南国君、この勝負やる?」
と加藤さんが訊く。
 
カノンはその内容に驚いているようであったが、笑顔で答えた。
 
「ぜひ挑戦させてください。そしてケイさんに勝ってアンコールはゴールデンシックスが演奏させて頂きます」
 
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「じゃ勝負」
と言って私は笑顔でカノンに握手を求める。
 
「はい、頑張りましょう」
と言ってカノンは私の手をしっかり握って握手した。
 

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「ゴールデンシックスは今制作途中のアルバムがあって春頃リリース予定と言ってたよね?」
と加藤課長が訊く。
 
「あ、はい」
 
「それでさ。その中から2曲ピックアップして先行シングルの形でローズ+リリーのツアー前にインディーズからリリースしてもらえないかな。それをこのローズ+リリーのツアーで宣伝していいから。それで6月までに5000枚売れたら、君たちもメジャーデビューというのはどう?」
と加藤さん。
 
「課長、インディーズで5000枚は厳しいです。せめて1000枚にしませんか?」
と私は言った。
 
リュークガールズでさえ1000枚プレスしたCDを売り切るのに数年かかっている、
 
「いえその条件で頑張ります。5000枚売れるように知り合いとか通して情報を流します」
とカノンは言う。
 
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「メジャーデビューなんて、めったに無いチャンスだし頑張ります」
とリノンも言っている。
 
その表情を見て彼女たちは、ひょっとして3000-4000枚程度なら売るかも知れないという気がした。そのくらいの水準まで行けば条件付きデビューに話が進むのはあり得る。
 
「ケイちゃんたちは特に彼女たちの広報はしないということで」
と課長。
 
「分かりました。あくまで勝負ですね」
 
と言いつつ、私はここに《自分たちを追いかけてくる強力なライバル》が誕生しかかっていることを感じた。
 

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「でもどこでこんな歌の上手い2人組を見つけたんですか?この企画って、このくらい上手い人で、名前は知られていなくて、しかも私たちと似たような世代の2人組でないと成り立ちませんよね?」
 
と私は訊いた。ただの女の子2人組のセミプロ歌手ならたくさんいるだろうが、最低でも音程やリズムを外さない人でないとカラオケ勝負が面白くなくなる。しかし実に困ったことに、セミプロどころかプロ歌手として活動している人の中でも、そのレベルの歌唱力を持つのはごく一握りにすぎない。お客さんが「ひょっとして向こうが勝つかも」と思うくらい上手い子でなければならない。
 
またあまり下の世代だと、「勝負」という感じにならない。こちらも高校生とか相手ではさすがに全力ではやりにくい。
 
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「それが私が1階のカフェで偶然相席になってお話ししてたら、彼女たちがユニット組んでてインディーズでCD出していると聞いたので、聴かせてと言ってCD1枚頂いたのよ。それ聴いたらすばらしい出来だったから、これは使えると思ったのよね」
と氷川さんは言う。
 
「凄い遭遇ですね!」
 
「正直、夏くらいのケイちゃんだったら、勝負は分からないと思ったよ」
と氷川さんはニヤリとして付け加えるので
 
「こちらも春までにまだまだ鍛錬しますよ」
と私は笑顔で答えた。
 
カノンはじっと私の顔を見つめていた。
 

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「ところで私は勝負しなくていいの?」
と政子が訊く。
 
「じゃ、マリちゃんはリノンちゃんと勝負で、というのはどう?」
と氷川さんが提案する。
 
「え!?」
と加藤さんが凄く嫌そうな顔をした。
 
しかしマリは
「やります!やります!」
と元気に答える。
 
「私もやりたいです。マリさん頑張りましょう」
と言ってリノンとマリが握手している。
 
「だったら、マリちゃん。卒論も終わったし、これから春まで毎日4時間は歌の練習」
と加藤課長は氷川さんに咎めるような視線を投げかけながら言った。当の氷川さんは涼しい顔である。
 
「はい頑張ります」
とマリは答える。
 
しかしリノンは
「だったら私は5時間練習しよう」
と言う。
 
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それでマリは
「じゃ私は6時間練習」
と言った。
 
「うーん。。。それ以上は今すぐ会社辞めない限り無理だ」
とリノンは悔しそうに言っていた。
 
「リノンちゃんとケイちゃんの勝負でもいいよね」
と氷川さんは言っている。
 
「あ、それでもいいですよー。私頑張ります」
 
「でもカノンちゃんとマリちゃんの勝負はしないということにしない?」
と氷川さん。
 
「大人の事情ですね」
とカノンが言っている。
 
「それが平和だね」
と私も言って、私とカノンはあらためて握手をした。
 
 
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夏の日の想い出・辞める時(4)

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