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■春逃(13)
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(C) Eriko Kawaguchi 2022-10-15
3月7日(月).
邦生はその日は同じ投資課の同僚女子・長野珠枝(他店から異動してきた、この道6年のベテラン。主任にするというのを断り続けているらしいが、話し方も上手い)がお客様と話しているところをモニターで見ていた。この日は様々な金融商品のこと、人気の投信のことを学ぶとともにお客様があると、彼女や他の人の応答を見て相談の受け方の勉強をしていた。
そして仕事が終わり、帰ろうとしていたのだが、ここで峰代から電話が掛かってくる。
「さくらの送別会をするよ」
「それ峰ちゃんもじゃないの?」
「まあ私は御近所だからね」
それで、この日、邦生のマンションに、さくら・峰代を含む同僚女子9名が集まったのである。
「だけど女子でも遠くまで飛ばされたりするんだね」
「まあ女子は市内かせいぜい近隣の町までというのが多いけど、私はあまり女子扱いされてないから」
と、さくらは言っている。
「いや元々うちの銀行は、男女の差があまり無いと思う」
「長谷さんが支店長になるし、崎田さんも支店長になるし」
「女性の支店長もわりと居るよね」
「さくらも10年後には支店長だな」
峰代とかも明らかにキャリア志向だし、ビジネスパーソンとしての意識の高い子が多い気もするよなあと邦生は思った。
「そういえば、そちらは4月からうちに入るというくにちゃんの妹さん?」
などと、さくらが真珠を見て言う。
うーん。。。うちの妹(瑞穂)がH銀行に入ることはみんなに知れ渡っているのか。
「ぼくはくーにんのパートナーで〜す」
と真珠は言った。
「パートナー?もしかしてカップルなの?」
「そうそう。今年か来年には結婚式も挙げますよ」
「すごーい、女の子同士でカップルなんだ?」
と、さくらは感動している?
「トイレとか温泉とかでも一緒に入れるから便利ですよ」
待て。俺は女湯には入らないぞ、と邦生は思った。しかし、さくらは
「それいいね!」
と言っている。
「でも、さくらちゃんも女の子が好きでしょ?」
という声がある。
「女の子からラブレターとか、バレンタインとかもらったことはある」
「むしろバレンタイン、たくさん来そう」
「さくらちゃんも、女の子と結婚すればいいよ」
「うーん。自分が分からない」
などと、さくらは言っていた。
ひとりの子が、
「私、今年結婚して退職するかも」
などと言っている。
「別に結婚しても退職する必要は無いと思うが」
という声多数。
「でも相手はどんな人?」
「かっこいいし、話は面白いし、デートも毎回楽しくて。まだ26歳なのよ」
「何回デートしたの?」
「まだ2回だけどね」
みんな顔を見合わせる。2回しかデートしてなくて結婚を意識しているということは既にセックスしているのだろう。
「彼ビーエムダブリューX5に乗ってるのよ。すごくない?去年新車で買ったんだって」
全員顔を見合わせる。
「**ちゃん、あまり深みにはまらない内にやめときなさい」
「なんで〜?」
「だって、彼が本当にお金持ちなら、**ちゃん絶対“遊ばれてる”」
「え〜〜!?」
「だっていい所の息子なら、自由恋愛なんてできない。親が決めた相手と結婚させられる。きっと結婚させられる前に女の子を摘まみ食いしてるんだよ」
みんな頷いてる。
「そうかなあ」
「そして彼が貧乏人だったら“遊んでる”」
「うむむ」
「きっと借金漬けだよ」
「え〜〜!?」
「だって26歳の男の子の財力でそんな高い車買える訳無い」
「うーん・・・」
BMW X5は新車なら1000万円くらいする。
(この子は結局、翌週「振られた〜」と言って泣いていたので、みんなで慰め会をしてあげた。デート現場に別の彼女が来て、その彼女に平手打ちされた上に、彼氏と凄い喧嘩始めたらしい)
「そうだ。車といえばさぁ、誰か中古車高く買ってくれそうな所知らない?」
と、さくらが言った。
「何?車売るの?」
「七尾は車が無いと生活できないよ」
「いや、新しい車買うことにしたんだよ」
「へー!」
「実は今スペーシアに乗ってるんだけどね」
「可愛い!」
「さくらちゃんらしくない」
という声多数!
「色は?」
「ピンク」
「かっわいい!」
「女の子らしい」
「全然さくらちゃんらしくない」
「実は姉貴が乗ってた車を実質もらって乗ってた」
「へー」
「姉貴はスペーシアに5年乗ってて、一昨年“アクアのアクア”に乗り換えたんだよ。招き猫パッケージで」
「それはまた可愛い」
「それでスペーシアは売ろうとしたけど、査定が安かったから、そんな安い値段で売るくらいなら、あんた5万で買わない?と言われて、ぼくも社会人になって車は欲しかったけど、新車なんてとても買えないじゃん。それで姉貴から5万円で買ったのよね」
「なるぼどー」
「で今度七尾支店の主任で行くのにさ、スペーシアみたいな可愛い車に乗ってたら舐められそうじゃん」
「そうか?」
「だから中古だけどハリアー買った」
「すごー!」
「かっこいー」
「さくらちゃんらしい」
「H銀行のマイカーローン。12ヶ月払い」
「おお、しっかり仕事してる」
「それでスペーシア売ろうとしたけど、みんな1万とか2万とか言われて」
「うーん・・・」
「それ走行距離は?」
「12万km走ってる。それで査定が低いみたい」
「ああ」
「8万kmくらい越えると厳しくなるよね」
「修復歴は?」
「修復歴は無い。何度かぶつけて塗装は直してるけど。フレームには響いてない」
「車検は?」
「去年の12月にした。だからまだ1年9ヶ月ある」
「どこか7-8万くらいで買ってくれる所ないかなあと思って」
などと言っていた時、真珠が言った。
「7-8万なら、ぼくが買ったりしちゃダメ?」
「おぉ!」
「でもまこ、軽自動車なんか買ってどうするの?」
「雨や雪の日に使う」
「確かにそれは正しい使い方だ」
「バイクは雨や雪の日が辛いもんね〜」
「まこちゃんが買ってくれるのなら、4万円でいいよ」
「じゃマジで買います!」
「だったら、明日夕方とか、イオン示野あたりで待ち合わせない?」
「はい」
それで真珠は、さくらとスマホの電話番号・メールアドレスを交換していた。
邦生は言った。
「こいつが買うならさ、名義上はぼくが買ったことにしていい?こいつよりぼくの方が保険代が安くなるから」
「うん。それは全然問題無い。じゃ、くにちゃんの名義で売買契約書作っておくよ」
送別会は、19時頃から21時頃まで続いた。例によって、3つの部屋に分かれて座って飲食している。宴会が終わった所で“他の女子と同室にできない”さくらを含めて、女子5人をタクシーに乗せて帰し、窓口課の峰代と保波、渉外課の由海、投資課の小梢の4人だけが残って泊まりの態勢である。泊まるのが4人だけなので今夜は邦生と真珠はリビングではなく部屋で寝られるようだ。
今、各部屋は窓を開け、サーキュレーターを回して換気中である。
「ところで、君たちは指輪を買ったという噂が」
と峰代は言った。
「そんなの噂になってるの?」
「えへへ、もらっちゃった」
と言って、真珠はティファニーのジュエリーケースを金庫から取り出すと、自分で左手薬指に装着した。
「すっごーい。石がでかい」
「しかもティファニーじゃん」
「羨ましい」
などという声。
「給料の6ヶ月分くらい?」
「うん、そんなもの。ローンとかも抱えてないし、東京に行ってた2ヶ月間は忙しくてお金使う暇も無かったから、ほとんど手つかずだったんだよね。それに冬のボーナス、銀行で作らされた定期を解約したのまで入れて何とか払ったけど、さすがに貯金全部無くなった」
峰代が指を折って計算しているようだ。
「なるほどー。それで給料6ヶ月分が使えたのか。普通ならそんなに資金が使えない。まこちゃん運がいいよ」
と峰代が言うと。
「そうかもー」
と真珠も答えていた。
この日はこの後、この6人で、おやつ無し(実際満腹している:ストローを差した蓋付きコップや紙パックの飲み物のみ)でおしゃべりし、23時頃に各自の部屋に戻って寝た。
邦生は夜中起きた時、千里からメールが来ていることに気がついた。
「投資ゲームのid/pass送るね」
と書かれている。それで邦生は指定のURLにアクセスし、id/passを入れてログインした。
名前は“吉田邦生”と既に入力されている。ふりがなが“よしだくにお”で、性別女になってるのは気にしない。口座残高が1000万円ある。これを色々なものに投資して増やしていけばいいのだろう。
ゲームとはいうが、かなり本格的なもののようで、様々な金融商品が並んでいる。邦生は、取引専用アプリがあるようなのでまずはそれをダウンロードしてみた。このアプリで24時間相場の動きをウォッチングできるようである。
邦生は取り敢えず、円安はこの先もかなり進むだろうと思い、1000万の内の200万円をドルに換えておいた(恐い物知らず)。3/7の“円→ドル”相場は 116円で、これが 17240ドルになった)。株とかについては明日以降考えることにする。
3月8日(火)18時半、真珠と邦生は、示野のイオンタウンで、さくらと待ち合わせた。
「この車なんだけどね」
とっても可愛い車である。邦生はこの車を見たことがあるような気がした(1月中旬の夢で見たもの!)。
真珠と邦生で車のまわりをひとまわりしてみる。塗装を直しているというけど目立った傷は無いように見える。ちゃんとプロに塗装させたのだろう。
「ちょっと運転してみていい?」
「OKOK」
それで、真珠は助手席に邦生、後部座席にさくらを乗せて、イオンタウンの周囲をぐるっと一周してきた。
「全然問題ないです。買います」
「じゃ手続きに必要な書類渡すね。これ売買契約書」
ということで、売買契約書に邦生がサインし、印鑑証明を含む書類をさくらが渡す。真珠が4万円を支払い、さくらが領収書を渡して取引は成立した。さくらは、近くに駐めているハリアー(荷物がたくさん載っている)にお母さんと2人で乗り、七尾に旅立って行った。
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