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■春逃(8)
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3月4日(金).
邦生はこの日、丸一日“富山市内”の証券会社が開いた投資初心者向けセミナーに“私服で”出席した。わざわざ富山まで行ったのは、金沢でこの手のセミナーに出ていたら、後で金沢支店に来た人が邦生を見て「初心者セミナーに出てた人じゃん」と思い、不安がるかも知れないという配慮である。だから制服も着なかった。
丸一日話を聞いていて、若干頭がパニックになっている。直帰して良いということだったので、そのままで自宅に帰ろうかと思っていたら、神谷内さんから電話があり、話があるので来て欲しいと言われる。
何だろう?まさか『霊界探訪』打ち切りとか?などと思いながら、多目的トイレを借りてフリースジャケットとジーンズのレディスパンツから、ライダースーツに着替え、Ninha1000で〒〒テレビに向かった。
セミナーが終わったのが17時頃で、18時すぎに放送局に到着した。
石崎部長!、神谷内ディレクター、幸花(サブディレクター)、明恵、真珠、初海、そして千里さんも来ている。青葉は現在東京で大会に出ている。
石崎部長がいるので緊張する。まさか本当に番組打ち切りか?
「まあ座って」
と言われるので、さりげなく真珠の隣に座る。
邦生が座ると、石崎部長は言った。
「そういう訳で他のみんなには今説明した所だけど、『いしかわ・いこかな』や『デイタイムかなざわ』のプロデューサー桜坂君が、郷里に帰らなければならなくなって、3月いっぱいで退職するんだよ」
まさか『霊界探訪』だけじゃなく『いしかわ・いこかな』自体が打ち切り??
元々『北陸霊界探訪』は、『いしかわ・いこかな』の1コーナーである。『いしかわ・いこかな』は毎週金曜日の深夜に放送されているが、3ヶ月に一度のスペシャル版として『霊界探訪』は放送されている。ただし同時放送している富山のΦΦテレビでは、富山のローカル深夜番組のスペシャル編として扱われている。
「それで、桜坂君の後任として神谷内君に、『いしかわ・いこかな』全体を取り仕切ってもらうことにした」
ん?
「それで『霊界探偵金沢ドイルの北陸霊界探訪』は、皆山(幸花)さんに制作指揮をお願いすることにした」
へ?
「それに伴い4月1日付けで神谷内君はディレクターからプロデューサー、皆山さんはサブディレクターからディレクターへそれぞれ昇格ということで」
と石崎部長は言った。
「皆山さんもADを7年やっきたから、そろそろ独り立ちしていいね」
と付け加える。
「そういう訳で、僕は『霊界探訪』からは直接的には外れるけど、『いしかわ・いこかな』全体を管理するから、困ったことがあったら、いつでも声を掛けてね」
と神谷内さん。
「大役を仰せ付かって正直自信無いけど、頑張るからみんなよろしく」
と幸花。
幸花が『霊界探訪』のディレクター〜〜〜!?
絶対暴走しそう!と邦生は思った。
「それでぼくは当面バイト資格でAD(アシスタント・ディレクター)に指名された」
と真珠が言っている。
あはは。
確かに、明恵ちゃんは、むしろ金沢ドイルのアシスタント扱いだから、真珠のほうが、制作方だろうなという気はした。しかしこの子、大学卒業したらそのまま放送局の正社員ADになったりして?
4月からの体制変更で各々のすべきことが色々変わるので、石崎さんが退席した後、神谷内さんを含めてあれこれ話した。
「これ絶対まだ漏れがあるよね」
「そもそも制作の手順とか何も文書化してなかったし」
「結構適当だったもんね」
「ともかく何とかやっていくしかない」
それで20時頃、会議は終わった。
千里が邦生に声を掛けた。
「じゃトイレに行ったら出発しようか」
「出発?」
「仙台の震災イベントに出てくれるんでしょ?」
「え〜〜〜!?」
「ローズ+リリーの出番は、3月5日(日)のラスト、19時から21時までだから」
「私、月曜日も仕事が・・・」
「大丈夫だよ。今日これから仙台まで走って、明日は1日ホテルで寝てていいから。それで体力は回復するよ。5日はライブが終わったら、そのまま車で金沢まで送るね」
と千里は言っている。
車で仙台まで往復して、そのまま月曜日銀行に出社するのか?
俺体力持つかなあ、と不安に思った。
「でも楽器が・・・」
と言ったら、真珠が
「ホルン、チューバ、トランペット、トロンボーンは車に積んどいた」
と言っている。
ひょっとして、この件、千里さんと真珠の間で話ができてたんだったりして?少なくとも俺は聞いてない!
ともかくも、それで邦生は千里の Mazda CX-5 に乗り込んだのであった。
仙台に向かう千里と邦生を見送ってから、明恵・真珠・初海は
「何か美味しいもの買って“宿泊所”に行って泊まろうか」
と言い、初海の車・ミラに3人で乗って、まずはケンタッキーに行った。
チキン9本!ポテト・ビスケットを買う。
「初海ちゃんが車を出してくれて、まこちゃんちに泊まるから、ここは私が出すよ」
と言って、お金は明恵が払った。
それから“宿泊所”に行った。
ミラを近くのTimes駐車場に駐めて、コンビニでおやつとビール6本を買った上で、マンションに向かう。
ところがマンション入口に思わぬ人影がある。
「明恵ちゃん、お帰り。東京に行くよ」
と、“丸山アイ”は言った。
「え〜〜!?」
「"Olive Lemon"で震災復興イベントに出るからよろしく」
「オリーブ・レモンって何?」
と初海が訊くので、アイは
「女湯に入れる子で構成したバンドだよ」
とアイは説明する。
(今回のOlive Lemonは、丸山アイ・鹿島信子・フェイ・ヒロシ・夏野明恵・谷崎聡子である。ヒロシが女湯に入るのは犯罪だと思う。またなにげに生まれながらの女が1名混じっている)
「女湯に入れる人って、女とは違うんですか?」
と初海。
「まあほぼ一緒だね」
とアイ。
真珠は「かなり違うぞ〜」と思っている。
「仙台に行くんですか?」
と明恵は訊く。
「ううん。ぼくたちは東京のスタジオから演奏するんだよ。車は近くの駐車場に駐めてるから」
それで荷物を持ったまま真珠と初海も一緒に駐車場まで行く。
「凄い車!!」
と初海が言うと、アイはご機嫌である。
「これ、脇道から飛び出す軽ワゴン車事件(2020.8)で使った車ですね」
と明恵が言う。
「そうそう」
あの時は“おとり”のFerrari J50を幸花が運転して助手席に女装!の邦生が乗り、後続のRX-8を丸山アイが運転して、青葉と明恵・神谷内が同乗した。
「このJ50は、10台限定で発売されたモデルで価格は4億円くらい」
と真珠が言うと
「4億〜〜〜〜!?」
と言って、初海はもはや絶句である。アイはとっても得意そうである。
(Ferrari J50の販売価格は250-300万ユーロ。アイが買った当時の相場では3億4千万だったが、2022.3.4時点の相場では3億8千万円になる)
「ということで、明恵ちゃん乗って。襲ったりしないから」
「浮気したりしたら、奧さんの制裁が恐いですよね」
「あはは。まあね」
初海にはアイは女性にしか見えないので「奧さん」という言葉の意味が分からず混乱している。
でもそれで明恵は自分の持ってる買物の荷物を真珠に渡すと、J50の助手席に乗り込んだ。
そして丸山アイの運転で東京に向かったのであった。
初海と真珠は
「私たちはのんびりケンタ食べて寝よう」
「そだね」
と言って、マンションに戻った。
「でもなんであの人、明恵ちゃんがここに来るって分かったのかなあ」
と初海が疑問を呈すると、真珠が説明した。
「あの人は、青葉さんや千里さんの同類で、人がどこに居るか見つけ出すのが得意」
「凄い人が結構いるんだね!」
そういう訳で、明恵は自分がお金を出したケンタッキーを食べ損ねた!
一方、千里が運転するCX-5は、金沢の〒〒テレビを出ると、8号線を走って、まずは高岡に向かっていた。
「へー。投資課に異動になったんだ?」
と千里は言った。
「はい。投資とかさっぱり分からなくて。こんなんでお客様にアドバイスできるか心配です」
「まあ投資はプロでもなかなか予想通りには行かないものだけど、まず最初に意識すべきこと、そしてくにちゃんの立場でお客様にも言わなければならないことがある」
「はい」
「ひとつは、投資は余っていて、無くしてもいいお金でするものということ」
「無くしてもいいお金なんですか?」
「たとえ神様でも先の相場の変動なんて分からない。だから大事な資金で投資していて失敗して失った場合、取り返しの付かないことになる」
「はい」
「よくある投資詐欺で、老後の資金をつぎ込んでしまって、この後どうしていいか、みたいな話がよくあるじゃん」
「よくニュースになってますね」
「それはそもそも老後資金を投資にまわすのが間違っている。投資なんて増えるか減るか、誰にも分からないんだから。『必ず儲かる』という話は確実に詐欺」
「ですよね!」
「だから、基本的に自分の資産は4つに分ける」
「4つですか」
「ひとつは生活資金。日常必要なお金。これが無いと食うにも困る」
「ええ」
「ひとつは予備費。突然病気になった時とかに使うお金」
「それ必要ですよね」
「ひとつは手を付けないお金。その人の年代によって目的は違うけど、くにちゃんなら結婚資金。結婚したら今度は子供の養育資金・学資。子育てが一段落したら老後資金。これらは絶対手をつけちゃいけないから、絶対安全な定期預金とかで運用する」
「国債とか投信にしないんですか」
「元本割れする投信なんてザラだよ」
「そうなんですか!?」
「特にソブリン系は危ない」
「国債系?」
「国債自体も危ない」
「そんなものですか!」
「定期預金は比較的安全性が高いけど、これは後で説明する方法を取る必要がある」
「はい」
「そして生活資金、予備費、手を付けてはいけないお金、これらを取り分けた、残りが余裕資金。万一失っても何とかなるお金。投資に使っていいのはこのお金だけだよ」
「なるほどー」
「これを理解できない人は投資をやっちゃいけない」
「確かにそうかも」
「ましてや借金して投資するとかは、もう馬鹿としか言いようが無い」
「それはもう無茶苦茶です」
「だから例えば資産5億の人が」
と千里が言うと
「5億ですか!?」
と邦生は驚いたように言う。しかし千里は続ける。
「子供の学資と老後資金に3億リザーブし、生活費に1000万、予備費に4000万用意しておいたら、残り1億5千万は投資に回していい」
「投資ってそういう世界か」
「そういう世界だよ。若葉なんか凄い。1兆円全部無くしてもいいと思ってるから、惜しげもなく様々なものに投資している」
「あの人、一兆円ありますか!」
「結果はどんどん増えてる」
「そういう人のほうが結果的に財産を殖やせる気がする」
「そうそう。投資は、なけなしのお金でしてはいけない」
「何となく分かりました」
「世の中、10億を平気で普通預金に放り込んだままとかいう人が結構ごろごろ居るんだよ」
「居そう〜!」
「そういう人に、その人の年代や家族構成などをお聞きして、投資先のアドバイスをするのが、くにちゃんのお仕事だね」
「そっかー」
「そういう人たちは証券会社とか行くのが恐いから、馴染みのある銀行に相談してきたりする」
「なるほどー」
「だからアドバイスする前に自分でも投資の練習をしておくといいよ」
「その資金が・・・。ぼくエンゲージリング買っちゃったから、今生活資金しか無いです」
「それは仕方ないね。だったらゲームやってみない?」
「ゲームですか?」
「投資のゲームがあるんだよ。後でidとパス送ってあげるから、それで練習してみない?実際に投資に使うソフトと似た仕様のソフトで操作できるんだよ」
「それはやりたいです。自分で経験してないものをお客様にアドバイスできない」
「ゲーム始めると自分の口座に1000万円あるから、それを運用して増やして行くのが目的。万一全部すったらゲームオーバー」
「なるほど。ゲームじゃなかったら恐いですね」
「うん。実際に1000万円無くしたら、庶民には辛い」
「破産しちゃいますよ」
「そして2つめの投資の基本」
「はい」
「卵はひとつのカゴに盛ってはいけない、という古い格言」
邦生は考えた。
「それ凄く分かります」
「でしょ?」
「大事なことですね。分散しないといけないんですね」
「そうそう。例えば全てを仮想通貨で運用するとか、全てをFXで運用するとかはNG。幾つかの方法に分散させる」
「投資先も分散ですね」
「そうそう。株式でもひとつの会社の株だけに全て注ぎ込んでいたら、その株が下がった時、大損害になる。ジャンルも分けないといけない。IT関係は一般に激しく価格が上下して、凄く儲かる」
「でも凄く損することもある」
「そういうこと。だから株を買う場合も、様々な産業分野に分散する必要がある」
「それ使う証券会社も分散させるべきでは」
「そうなんだよ。万一その会社が倒産した場合、そこの会社の口座に入れていた資産を取り出せなくなる危険がある。保険で保証される場合もすぐには保険金が出ない場合もある」
「だからH銀行に全部財産を預けたらだめなんですね」
「よく分かってる」
「あはは」
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