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■春逃(7)

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3月1日(火).
 
〒〒テレビに、新人アナウンサーが4人、取り敢えずは研修の形で実質入社した。森本メイは
 
「やったぁ!これでやっと辞められる!」
と叫んだので、新人さんたちが顔を見合わせていた。
 
森本メイは昨年春に『体力がもたない』と言って辞表を提出していたのだが、
 
「オリンピックが延期されて、川上さんが時間が取れないので、申し訳無いけど来年の2月まで何とか頑張って」
と言われて、できるだけ負荷を減らしてもらった状態で何とか務めてきたのである(その分、2021入社組の負荷が大きくなっていた)。
 
しかしこの日の新戦力投入により、メイはやっとアナウンサーを辞めることができて“普通の女の子に戻る”ことができた。
 
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メイは
「きつかったぁ。やっと逃げられた」
と思った。
 

メイはその日の夜は、アナウンサー室の同僚たちにネット送別会をしてもらい、2年間(昨年春入社の人とは1年間)の付き合いを惜しんだ。
 
3月2日の朝、メイは久しぶりに寝坊して、10時頃起きてきた。
 
そしたら母に叱られた!
 
「いつまで寝てるのよ。御飯食べたら、すぐ美容室に行って」
「なんかあるんだっけ?」
「だって、午後からはお見合いだから」
 
「お見合い!?」
 
「前から言ってたでしょ?3月1日に退職したら翌日にお見合いしてもらうからって。相手は営業部長の息子さん」
 
待て。父の会社の幹部の息子とのお見合いって、それはお見合いも何も、こちらの意志は無視して、強制的に結婚させられることになるのでは?
 
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結婚なんてまだ嫌だよぉ!!
 
この2年間忙しすぎて全然遊べなかったから、これからたくさんZ世代したいのに!
 

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メイは言った。
 
「お母ちゃん、まだ私仕事辞めないよ」
「え〜〜!?そうなの!?」
 
「2年間のアナウンサーの実績をもとにぜひと言われて、関連会社に出向するんだよ。今日の午後もその打合せがあるから」
 
「嘘!?」
 
いや、こちらこそ「嘘!?」と言いたい。
 
それで、メイはビジネススーツを着て、強引に出掛けた。
 
そして、砂原室長に電話した。
 
「昨日の今日で申し訳無いのですが、何かお仕事無いでしょうか」
「は?」
 

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「私がアナウンサー辞めたと言ったら、早速お見合いだと言われて、それもそのまま明日には結婚式挙げさせられそうなんです」
「それはまた慌ただしいね」
「それで私、関連会社に出向することになってるからと母に言って家を飛び出してきたんです。ほんとに関連会社とかでいいので、どこかお仕事紹介してもらえたりしないいでしょうか。雑用でも何でもやりますから」
 
砂原さんは苦笑していたが
「そういうことなら、仕事はある」
と言って、〒〒スイミングクラブの事務局のお仕事を紹介してくれたのである。主として広報の仕事をしてもらう。彼女は顔が売れているので広報には役立つ。
 
それで結局、メイは結婚からは逃亡できたものの、青葉の近くで働くことになり、近くで見ていて青葉の多忙さに驚くことになる。
 
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「よく体力持つなあ。3人分くらい仕事してない?」
 
そしてメイが“普通の女の子に戻る”のは延期になった。
 
(実際には多分“普通の女の子”になったら、翌日には“普通の会社員妻”になる羽目になる)
 
そして、しばしば、放送局から「人手が足りないから手伝って」と言われて、番組のレポーターなどに駆り出されることにもなった。元同僚たちには
 
「節操なくて済みませーん」
とペコペコ謝っておいたが、先輩が笑っていた。
 
「この業界は、一度足を突っ込むと、だいたい一生抜け出せないのよ」
「恐いですね。まるでブラックホールですね!」
 

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3月1日(火).
 
朝の課内朝礼が終わった後、邦生は支店長に呼ばれた、待合室で少し待ってから支店長室に入ると、いきなり辞令を渡された。
 
「金沢支店・投資課主任!?」
「うん。よろしくね。渉外課のほうは今週中に担当物件を他の人に引き継いで」
「はい」
 
それで課に戻り、投資課に異動になったことを課長に告げた。
 
「おお、主任になったんだ?おめでとう」
「でも投資とか全然分からないんですけど」
「勉強すればいいよ。君が担当していた客先は、取り敢えず大野さんに引き継いで」
「分かりました」
 
それで大野由海と話す。
 
「くにちゃんの案件はやはり私だろうね。女子の案件は女子が引き継がないと、お客様が不安がるから」
 
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やはり俺女子なの?
 
「でもこれで私はあと1年はここで仕事することになるのかな」
「急にごめんね」
 
「佐藤係長の担当案件は、前野君が一時的に引き継いで来週くらいに来る新しい係長に再度引き継ぐというので、今客先挨拶に飛び出したところ」
 
「佐藤係長も異動なんだ!」
「小田君も異動で、これは梶田君が引き継ぐ」
「ひゃー。そんなに異動が発生するんだ!」
「まあ渉外課はそもそも不正が起きやすい部門だから、だいたい異動サイクルが短いもんね」
「お客様から凄い大金預かったりすることあるから、あれマジ恐い。心の弱い人にはできない仕事だよね」
「だからダークサイドに墜ちる人もあるんだと思う」
 
それで3月1-2日は、大野さんと2人で合計40軒ほどの客先を廻ることにする。
 
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邦生は引き継ぎの挨拶なら、ちゃんとスーツを着なければと思った。それで女子更衣室内の自分のロッカーからスーツを出そうとしたのだが・・・
 
スカートスーツしか無い!?
 
なんで?と思っている内に、由海に声を掛けられる。
「どうしたの?」
「スーツ着ようと思ったら見当たらなくて」
「スーツ?そこにあるじゃん」
と彼女が指差すのはスカートスーツである。
「いやこれじゃなくてズボンのを・・・」
 
「スカートスーツを着るなら分かるけど、ズボンのスーツはお客様の前では微妙だよ。そんなの着るよりは制服の方がいいと思う」
 
「そうかなあ。じゃこれで出るか」
ということで、邦生は普段着ている制服のまま、客先に出掛けて由海と一緒に挨拶をしてきた。
 
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そして3月3日(木)には、投資課に顔を出して挨拶した。
 
「投資に関しては私もこれから勉強しますので、よろしくお願いします」
「うん、がんばってね」
と投資課の沢本課長は邦生に言うと
 
「取り敢えず来週中くらいまでにこれ読んで」
と言って、10cmほどもある大量の資料を渡された。
「頑張ります!」
 
「それとこれ君の名刺ね」
と言って
《H銀行金沢支店投資課主任・吉田邦生(よしだくにお)》
という名刺を渡された。
 
角丸四角形の女性仕様の名刺で、ご丁寧に“くにお”という振り仮名まで振られている。あはははは。もしかして俺って、ほとんど女子行員になっているのでは?
 
(とっくの昔にそうなっていると思うが?)
 
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内情としては、本当は邦生は3月から、新神田支店の渉外課主任に転任する予定だった。
 
(“新神田(しんかんだ)”という地名。つまり新・神田支店ではなく新神田・支店)
 
新神田店は邦生の現在のマンションから4kmほど離れており、歩いての通勤は辛いし、実は朝夕渋滞必至の地区を通るので、車を使うと時間が読めない!へたすると2時間かかったりする。だから市内なのに、現在のマンションからの通勤自体が厳しかった。
 
ところが、邦生が青葉から80億円の融資の話を持ち込んで、これが完璧に青葉と邦生の個人的なコネに基づく案件だった。そこで、最初は邦生を融資関連物件に近い、津幡支店の主任にする案もあった。しかし80億は津幡支店の案件としては大きすぎる。金沢支店の処理にする必要がある。それなら邦生は青葉を“逃さない”ために、金沢支店に置いておくしかない。
 
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しかし異動の時期に掛かっている。
 
ということで、邦生は支店内の別の部署に異動させることになったのである。融資課も検討されたが、邦生は性格が温和すぎて、融資課には向かないという意見が圧倒的だった(窓口課や渉外課に向いている)。
 
「主任ともなれば融資課の場合、結構客と喧嘩する必要もあるし。「貸してもらえないと一家心中しかない」とか泣き付かれても耐える必要がある。時にはヤクザと対峙することもあるし」
 
「女の子には荷が重いよね〜」
 
(女性差別発言!だいたい、さくらの立場は?:でもさくらはヤクザの若頭に“眼力対決”で勝ったことがある!)
 
「特に彼女は優しいタイプだもん」
「なんかいいお嫁さんになりそうだよね」
「実際彼女結婚するとかで、結婚資金にするからと言って定期を解約しましたよ」
 
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(完全に“彼女”にされている)
 
「へー。いつ結婚するの?」
「まだ決まってないらしいですが、結婚しても勤め続けるそうです」
「そうしてもらわないと困る」
 
それで邦生は投資課に異動されたのである。
 

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新神田支店の渉外課主任には、小田君が行くことになった。また金沢支店投資課の主任さんは小松市の小松支店の係長に転任した(彼は転居が必要)。
 
なお、河合さくらは七尾市の七尾支店の融資課主任になった。当然転居が必要で、引越の費用も出るらしい。完璧に“転勤”である。彼女はほぼ男子扱いのようである(多分先日の研修に参加した3人の中で出世も最速だろう)。
 
窓口課の伊川峰代は小立野(こだつの)支店の窓口課主任になった。彼女は現在のアパートからでもここに通える。小立野支店から邦生のマンションまで歩いても20分程度で来られるので、以降もしばしば来そうである(一応彼女は“真珠に”!鍵を返した)。
 
また入社以来、邦生の“性別に理解を示してくれていた”長谷知香課長は、とうとう支店長を拝命し、小さな店だが、光が丘支店の支店長になった。彼女は正式辞令は4月1日付けで、それまでに窓口課の仕事は後任予定者(野々市(ののいち)支店の課長さん)に来てもらい作業を行なう
 
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(長谷さんが居なくなると、邦生は「ちゃんとスカートを穿きなさい」と言われるようになったりして)
 

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