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■春化(14)

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早矢人は陸上部には入ったものの、元々スポーツの得意な子などとは身体の造りが全く違う。さすがに短距離では“大会運行に支障が出る”ほどの遅さなので、もっぱら長距離を走った。それで中学2年の春頃には10kmくらい全力疾走しても全然平気なほど、体力がついた。
 
早矢人は高校2年まで陸上を続け、高2の夏には八種競技でインターハイ出場も果たした。
 
なお八種競技(octathlon)というのは男子のみの種目で 100m、400m, 110mハードル、1500m、走幅跳、走高跳、砲丸投、槍投、の総合成績で競うものである。女子は七種競技(Heptathlon)になっていて、100mハードル、200m, 800m, 走幅跳、走高跳、砲丸投、槍投、である。
 
ブラジャーを着けているので胸が膨らんで見えるし、女子みたいな髪型にしている早矢人は、実は高校1年の時は誤って七種競技の各種目に呼ばれてしまい、最後までいった所で「私男子ですけど」などと言ったので大会事務局が驚いて、100m, 400m, 110mハードル、1500mを再計測してくれて“参考記録”として男子の3位相当として認定してもらったこともある(「女子と一緒に競技していて気づかなかった訳無い」とチームメイトからは非難轟轟だった)。ちなみに女子としてはぶっち切りの1位相当の記録だった。それで2位だったのが繰り上がりで1位になった他校の選手が「失格になったと聞きましたがフライングか何かですか?」と彼に尋ねる場面もあった。
 
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なお大会の時は、混乱の元だから女子トイレを使うように、早矢人は顧問の先生から言われている。(つまり女子トイレで着替えている!)
 
なおインターハイは(男子には)八種競技しかないので、それに出たのだが、それ以外の大会では十種競技にも結構出ている。これは八種競技の種目に棒高跳と円盤投げが加わったものである。ちなみに女子の場合は七種とは随分種目が違う。
 
男子十種競技 100m 110mH 400m 1500m 幅跳 高跳 棒高跳 砲丸投 円盤投 槍投
 
女子十種競技 100m 100mH 400m 1500m 幅跳 高跳 棒高跳 砲丸投 円盤投 槍投
 
つまり女子の十種は男子と110mH/100mHのみの違いである。
 

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早矢人の母は「父ちゃんには内緒だよ」と言って、小学5年生の時以来、早矢人に女性ホルモンを渡してくれていたので、それを飲んでいたし、母親に言われていつも睾丸を体内に押し込んでいた。おかげで早矢人は声変わりが来ずに女子のような声をキープしていた。
 
父が
「お前まだ声変わりしないんだな。病院で見てもらわなくていいか?」
と訊いたが、早矢人は
「ハイドンは18歳で声変わりしたらしいよ。遅い人もいるよ」
などと答えていた。
 
父親は元々病弱な子だったから、男性的発達も遅いのだろうと解釈していたようである。
 

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早矢人は中学でも高校でも、高い声が出るので、音楽の時間のパート分けはソプラノに入れられていた(むしろテノールとかが出ない)。授業中は男子制服のままソプラノの女子たちの中に座っているが、コーラス部ではだいたい体操服を着ていたし、大会に出る時は親友の巻子が女子制服を貸してくれて、それを着て出場していた。ブラウスやストッキング、ローファーなどは自前である。実は早矢人はそもそも男子制服の下にもブラウスを着ていて、カッターなどは決して着なかった。
 
「大会には制服で出ることと校則には書かれているけど、男子生徒が女子制服を着てはいけないとは書かれていないし」
などと友人たちは言っていたが、一部異説もある。
「そもそもさっちゃんが男子生徒なのかという点に疑問がある」
という意見もあった。
 
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中学時代の友人が「早矢人」の「早」の字ぶ始まる女の子らしい名前として「早百合」というのを考えてくれたので、彼(彼女)のことを中高生時代の友人は「早百合ちゃん」とか「さっちゃん」と呼んでくれていた。その名前で年賀状ももらっていた。高校生の時、文化祭で英語部の劇に出演(シンデレラの姉役)した時、配役表にもしっかり芳野早百合と記載された。
 
早矢人は中学までは地元・呼子の学校、高校は唐津市中心部近くの高校に通ったが、大学に進学するのに福岡に出た。そして福岡に出て来たのを機会に、フルタイム女として過ごすようになった。むろん大学にも女の格好で出て行く。
 
大学では、同じ高校から進学した友人・宏花に誘われて、大学の女性合唱サークル・ラフムーベに参加した。部長さんは最初男の子と聞いて「え〜〜!?」と声を挙げたものの、本人の歌唱を聴くと「あんた5月の演奏会の出場者に決定」と言った。
 
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早百合はサークルの制服の白いサテンドレスを着ると、凄く華やかな気分になった。靴はパンプスだが、ヒール5cmと言われたのを「無理です〜。歩けません」と言って3cmで勘弁してもらった。1年生には他にも3cmにしてもらった子が数人いた。
 
なお「ラフムーベ(Lachmöwe)」とは福岡市の市鳥“ユリカモメ”のことである。
 

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見た目も女子だし、声も女子なので、大学入学後は普通に女子としてバイトもした。バイトは最初塾の先生をしようかとも思ったが(むろん“女性講師”になる気満々)、大学の授業との両立が難しそうなので結局、ロイヤルホストのフロア係に応募して採用された。ロイヤルホストの女子制服を着るのが、早百合には快適だった。なお、名前はもちろん「早百合」を名乗った。
 
「芳野早百合」という名前を見たロイヤルホストの店長さんは
 
「苗字がヨシノじゃなくてヨシナガだったら良かったのにね」
などと言った。
 
「ヨシナガだと何かあるんですか?」
「吉永小百合を知らない?」
「済みません。知りません」
「今の若い子は知らないかぁ!」
と店長さんは嘆いていた。後で調べてみると美人の女優さんだったみたいで、へーと思った。そのファンのことはサユリストというのだと聞いた。
 
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でも店長さんも、同僚たちも早百合が女でないとは思いもよらないようだった。早百合は堂々と女子トイレを使用し、女子更衣室で着替えていた。
 
なお。早百合はバイト身分でもあるし学生なので、健康保険や年金の対象ではない。そのため本人確認書類も提出していないし、バイト代は「現金で受けとりたい」と言ったらそれで払ってくれたので、銀行口座も提示していない。
 
ファミレスのバイトの内容は、お客様の案内、料理の配膳、簡単な調理、片付け、店内を巡回してお水を交換したり追加注文を受けたりする、そして掃除など多岐に渡っている。早百合は授業時間とぶつからないように、深夜中心にシフトを入れてもらったので、特に深夜はひとりで様々なことをしなければならず大変だったが、元々実家では(姉弟の人数が多いこともあり)様々な手伝いをしているので、気が利くねと褒められた。またコックさんにも「料理のセンスがある」と言ってもらった。
 
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元々人当たりが柔らかいので、お客さんの受けもよく、店長さんは早百合を評価してくれたようであった。
 

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ところで、通常大学生は毎年春に健康診断を受けるのだが、この年(2016年)は大学の医療サービスセンターが建て替え工事をしていて4月の段階では設備が使用できなかった。そのため運動部の学生など、どうしても健康診断を受けておかなければならない学生は市内の病院などで対応することにして、一般の学生は建て替え工事が終わる6月に健康診断を行いますということだった。
 
そのため、早百合も健康診断を4月には受けていなかっった。
 

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6月上旬、早百合は勤め先から「試用期間を終えて早めに本採用に移行したいから、健康診断書を提出して」と言われた。しかし大学の設備の事情で4月に健康診断を受けていないと言うと、病院か保健所で受けてきてと言われた。
 
それで早百合は住んでいる所の近所にある総合病院に行き、健康診断を申し込んだ。受付で芳野早百合 1998.2.27生・女と記入する。
 
芳野早百合の名前で性別・女と記された診察券(QRコード付)を発行してもらい、紙コップと小型のタブレットを受取って、まずはトイレ(女子トイレ)に行く。この時、トイレのドアを開けるのに診察券をかざす必要があった。もしかして女子トイレには女性クライアントしか入れないようにコントロールしているのかなと思った。だったら、ちゃんと性別女で診察券作ってもらってよかった!
 
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個室に入っておしっこを取る。これを検査室の棚に提出する。それから検査室に入り、身長、体重、脈拍、酸素量を計り、血圧を測ってから採血する。タブレットの指示に従い耳鼻科に行く。
 
待っている間にタブレットで問診票を表示させ記入する。様々な既往症を尋ねる所は全て「いいえ」を選択しておく。
 
下の方に女性のみの質問と思われるものが並んでいる。紙の問診票なら『女性の方だけお答えください』などと書かれている部分だろうが、タブレットだし、早百合は性別女性で申し込んだので表示されているのだろう。
 
「生理中ですか?」「いいえ」。生理になりたーい!
「性交経験はありますか?」「いいえ」男の子との交際経験が無いし。
「妊娠していますか?」ドキドキ。「いいえ」妊娠できる自信無いなあ。
「授乳中ですか?」ドキドキ。「いいえ」授乳してみたーい!
 
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全部チェックし終えた所で登録ボタンをタップする。
 
やがて名前を呼ばれるので中に入って、聴力を計る。終わった後はタブレットの指示に従い、眼科に行き、ここで視力を測る。次はX線検査に行く。
 

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刀剣乱舞をやりながら待つ。
 
「芳野早百合さん、2番検査室に入ってください」
と言われるので中に入るが、まだ前の人(女性)が服を着ている最中である。会釈して、隣の籠を使い、カットソーを脱ぎ、ブラジャーを外す。前の人は面倒な服を着てきたようで、まだ服を着終わっていないが「服を脱いだらカーテンの中へ」という案内で中に入る。機械の上に顎を乗せ、機械に抱きつくようにする。
 
「息を吸って止めて」
「はい。終わりです。服を着て退出してください」
と言われるとすぐに次の人の名前が呼ばれる。
 
どうもここは時間短縮のため、撮影が終わったらすぐ次のクライアントを入れる方式のようである。X線検査を受ける人は多い。たぶん、1号室を男性、2号室を女性にして、着替え中を他人に見られる問題をパスしているのだろう。
 
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早百合は脱ぎ着しやすい服を着てきているので、さっと服を着て、次の人が服を脱ぎ終える前に退出した。
 
心電図に行く。ここも検査室は2つあり、やはり男女で分けているようだが、ここは前の人が終わってから次の人を入れる方式のようである。心電図検査はそんなに人が多くないからだろうか。名前を呼ばれて中に入る。服を脱いで籠に入れ上半身裸になってベッドの上で横になる。女性の技師さんが、手足および胸の数ヶ所にクリップを取り付ける。ちょっとこそばゆい(方言?)。
 
すぐに終わるのでクリップを外してもらい、服を着て退出したら次の人が呼ばれた。タブレットの指示に従い、婦人科に行く。この時点で早百合は婦人科でどういう検査をするのか全く知らなかった。問診票を受付に提出してから待つ。
 
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名前を呼ばれて診察室に入る。女医さんである。上半身の服を脱いでと言われるので脱いで医師の前に座る。乳房を掴んで揉まれる!?
 
「問題無いようですね。生理は乱れていませんか?」
「ええ。特に乱れていません」
 
(実際には生理など来ていないので“乱れていない”)
 
医師はモニターを見ながら言った。
「ああ、あなたは性交経験は無いですね」
「はい。もてないもので」
「いえ。18歳なら経験が無い方が普通ですよ。だったら経膣エコーはせずに、経腹エコーにしましょう」
「はあ」
 
話の内容がよく分からないのだが、早百合は言われるままに、ベッドに寝てスカートを脱ぎ、服をめくった。女性看護師さんがお腹の下の方にジェルのようなものを塗る。まるでエステみたい!
 
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(この時点でもまだ早百合は何の検査を受けるのか全く分かっていない)
 

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