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■春化(8)
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女性は志賀町に住む、志浦博美(しうらひろみ)と名乗った。
「ネット上では“高浜アリス”なんて名乗っているんですが」
「可愛い名前ですね」
「実は苗字の志浦(siura)をアナグラムするとアリス(arisu)になるんですよ」
と彼女は書いて説明してくれた。
「なるほどー!」
「それと私が住んでいる所は志賀町なんですが、市町村合併前は高浜町といっていたところで、ここにアリス館って観光施設があるんですよ。それに引っかけて高浜アリスなんです」
「ああ、うまい語呂合わせですね」
それで本題に入る。
「実は私は女として生活はしているものの、法律上は男でして」
と彼女は言った。いきなり核心に入った感じだが、青葉は気づいていなかったかのように驚いて
「嘘でしょ!?女性にしか見えないのに」
と言った。まあ実際、“普通の人”には女にしか見えないだろうね。
「男性の恋人がいて、私が性転換手術を受け法的な性別もちゃんと女性に変更する前提で、結婚しようと言っていたんですが、向こうの親に反対されて」
「それは大変でしたね」
「それで実は思い悩んで、彼、自殺してしまったんです」
青葉はショックを受けた。それって、全然他人事(ひとごと)ではない。
「悲しいですね」
「私ショックで、半年くらい呆然としていました。それで仕事もやめてしまって、しばらく実家にいたんですが、何もできずに、実際その当時の記憶が飛んでいるんですよ」
それって、昨年のちー姉(1番)と似たような状況だよなと青葉は思う。
「向こうの御両親は、こんなことなら私との結婚を認めてあげれば良かったと言って、私のことを受け入れてくれたので、しばしば実家に赴いてはお線香をあげたりしているんです」
「それは本当に大変でした」
「私の性転換手術については、実は費用を彼が出してくれるはずだったのですが、御両親が出してあげるよとおっしゃっているので、来年にでも受けてこようかと思って、今コーディネーターさんと打ち合わせしている所で」
「それは良かったです」
「それで気になっているのてすが、心霊相談の本とか読むと、自殺した人って成仏できないみたいなこと、よく書いてあるのですが、彼は成仏できたろうかと心配で」
青葉はローズクォーツの数珠を取り出すと、目を瞑って霊視してみた。
「彼は大丈夫です。ちゃんと成仏してますよ」
と笑顔で答える。
「よかった!ずっと気になっていたんです」
青葉はその彼が成仏した上で現在は彼女の守護にも入っている(どうも自殺した罰として修行しているようだ)ことにも気づいたが、これは言わない方がいいなと思った。知ってしまった場合、彼の修行が終わった時に、彼女は2度目の別れを体験しなければならない。
「彼・・・あきさとさんかな?もうきれいになっています。そしてあなたのことを案じてますから、しっかり生きて下さいね」
「ありがとうございます。よく名前まで分かりますね!」
と言って、彼女は涙を流している。名前を当てたことで、彼女は全面的に青葉を信用したようである。
そして様々な思いが一気に込み上げてきたようで波だが停まらない。
「実は彼、生前、癌の治療を受けていて」
「はい」
「その時、放射線治療を受けて、睾丸に影響がでるかも知れないというので精液を冷凍保存していたんです」
「ああ」
「本当はこういう冷凍精液は本人が死んだら廃棄しないといけないらしいんですが、私、御両親と話して、この精液で代理母さんに妊娠してもらって、彼の子供を作っちゃおうか、なんて言っているんですが、どう思われます?」
それはルール違反の筈、と青葉は思った。しかし御両親の思い、そして博美さんの思いを察すると、とてもそんなことは言えない。
「法律とか医学界のルールとかはあると思いますが、私は止めませんよ。ただ認知はできないと思いますが」
「それは全然構いません。じゃ、やっちゃおうかなぁ」
と博美は言った。
「あと、彼の菩提を弔うのに、やはりお墓を建てたほうがいいですか?実は、彼の両親は分家だったのでお墓がなくて、今お骨は実家の仏檀に置いているんですよ」
その時、なぜ自分がそんなことを言ったのか、青葉は分からない。
「そうですね。お墓はいづれ建てた方がいいですが、それよりお遍路に行ってこられませんか?できたら歩いて」
「お遍路ですか!」
「それが彼の菩提を弔うのにはいいと思います。歩いて回れば、2ヶ月近くかかりますし、その間の食費・交通費で結構なお金もかかりますけど」
そこまで言った所で青葉は、これは今彼女の守護に入っている彼にとっても修行になることに気づいた。お遍路を満願したら、きっと彼は次の段階に進むことになるのだろう。彼女は少し寂しくなるかも知れないが、彼(の魂)にとっては必要なことだ。それで私は彼女にお遍路を提案したのかと思い至る。
「構いません。性転換手術代については彼の御両親が出してくださるんですが、その代わりと思って、代理母とか頼むお金は私も貯金しているので、それをそっちに転用しちゃいます。代理母の代金はまたあらためて貯金します。お墓はその後かな」
「ええ。お墓は後回しでいいと思いますよ。生きている人優先です」
と青葉は笑顔で言った。
青葉はその後、彼女の胸の内をいろいろ聞いてあげて、結局1時間くらい話していた。彼女はたくさん泣いていたが、その泣いたことで随分心が軽くなったようであった。食料品を買った時に入れた氷が融けちゃうかもという気はしたが、この人の人生のほうが大事だ。車のクーラーは入れているからお肉などが傷むことはないはずと思う。
彼女は鑑定料は30万円くらいでいいですか?と尋ねたが、青葉は「お遍路の資金としてとっておいた方がいいですよ」と答え、3万円だけ受けとった。
なお、買物の荷物だが、実際には青葉が時間が掛かっているようだったので、吉田君がアクアを運転して、荷物は全部取り敢えず吉田君のアパート
(ここから一番近い)の冷蔵庫に置いて来ていた。
「こないだから何悩んでんの?」
と学は尋ねた。
「しばらくローズクォーツの仕事してるから、あまり無いと思うけど、来年の春でこのお仕事終わったら、またドサまわりじゃん。その時、今の身体では男湯にも女湯にも入れないなあと思ってさ」
と慶太は答えた。
「ああ、確かに。チンコ無いと男湯に入れないし、おっぱい無いと女湯にも入れない」
と学。
「だよな?」
「でも誤魔化して女湯には入ったじゃん、俺たち」
「あれはとても男湯には行けない雰囲気だったからやむを得ず入ったけど、見つかれば逮捕されて、へたすればムショ行きだよ」
「まあそのリスクはあるにはある」
と学は答えてから言った。
「何ならシリコン入れておっぱい大きくする手術する?」
「おっぱい・・・?」
慶太は言葉を切った後、夢想状態に入ってしまったようだ。
「Cカップバストが自分のもの」
「C?」
「いっそどーんとGカップくらいにする?」
「それは大きすぎるかな」
「でも、おっぱい欲しいだろ?」
と学が尋ねると、慶太は悩むような顔をしながらも
「そんなことないよ!」
と即答した。
満利はホームセンターであれこれ見ていて、結局、子供の水浴び用の、空気で膨らませるビニールプールを買ってきた。ヤカンで沸かしたお湯を溜め、そこで入浴したのである。髪の毛は台所の流しで洗った。
「ああ、気持ちよかった」と思いながら身体を拭き、服を着る。
平らな胸を見ながら
「でもこれ不便だなあ」
と思うが、豊胸手術とか美容外科の値段表見ると恐ろしい価格である。
80万円とか払えないようと思う。ちなみにお股に女性器を作る手術もまたお値段が高い。
なんでこんなに高いんだろう。みんなどうしてるのなあと思った。
それでともかくも入浴後プールのお湯は洗濯機の排水口から流し、濡れた髪をタオルでしっかり拭いてから寝ることにする。
ピンポンが鳴る。
こんな時間に誰だろう?と思った。ドアスコープで見ると、宅配便屋さんの制服を着た女性である。
なんか頼んだっけ?とは思ったものの、女性だったこともあり、あまり警戒せずにドアを開けた。
「りで・まりさん?」
「はい」
下の名前(満利)は割と「まり」と読まれる。実は図書館の登録カードなどちゃっかり「まり」の読みで作ってしまった。むろん性別は女で登録している。苗字(里出)もたまに「りで」と読まれることがある。しかし「りで・まり」だと“マリー・リデル”に似てると大学の友人女子に指摘された。
「誰だっけ?」
「アリス・リデルの妹」
「アリス・リデル?」
「不思議の国のアリスのモデルだよ(*1)」
「へー!!」
(*1)三姉妹の名前は年齢順に、Lorina Charlotte Liddell, Alice Pleasance Liddell, Edith Mary Liddell である。実はその他にもあと7人の兄弟妹がおり10人きょうだい。
それで満利は受取印を押して荷物を宅配便屋さんから受けとった。
「ありがとうございます」
と言ってドアを閉める。
伝票を見ると化粧品会社からの発送である。
「あ!こないだ応募したビギナーズセットが当たったのか!」
開けてみたら、化粧水・乳液・ファンデーション・口紅・頬紅・アイカラー・アイライナー・ビューラーのセットである。
「嬉しい!買えば1万円以上するのに」
と言って、満利はさっそく使ってみることにし、まずは顔を再度洗った。
翌朝、満利は気分爽快で目が覚めた。
やはりお風呂に入ったのが良かったかなあ。あのプール2500円したけど、これからもあれで入浴できるし、いい買い物したなと思う。毎日はお湯を沸かすの大変だから週に2回入るようにしようかな、などと考えていた。
今日もお化粧の練習をしようと思ったが、まずはトイレに行ってくることにする。
いつものように便座の蓋を開け、腰を下ろしながらネグリジェの裙をめくり、パンティを下ろしながら便器に座る。ネグリジェの裙で実はお股がみえないのだが、見えないのがいいのである。これがズボンだと、どうしても見たくないものが目に入ってしまう。
おしっこの出てくる感じが変だ。
ん?
満利は裙をめくってお股を覗き込んでみた。
え〜〜〜!?
満利は2500円出して買ったビニールプールを、結局1度しか使わなかった。
H君は明日、お父さんのちんちんを移植してもらう手術を受けることになり、その日は様々なことを考えながら病院のベッドで『5分後に意外な結末』を読んでいた。
そこに小さな男の子と女の子、40歳くらいと25-26歳くらいの白衣を着た女性が入ってきた。子供2人は見舞客かな?と思う。
40歳くらいの女性が「検温して」と言うので、25-26歳くらいの女性は
「失礼しまーす」
と言って体温計を出し、H君の脇に体温計を入れた。15秒ほどでピピッと鳴るので、体温計を取り出し「36.1度です」と言う。40代の女性が数値を書き留める。
「30分後にもう一度来ますね」
と言って4人は出て行った。
ん?あの子供2人は今の看護婦さんたちの連れ??看護婦さんの子供が来てお母さんの仕事に付いて回っているのだろうか???
H君はまた本を読んでいたのだが、急にお腹の調子がおかしくなった。何だか下腹部でお腹の中身が動き回っている感覚なのである。何これ?と思ったが、取り敢えず本を読むのをやめて目を瞑りじっとしていた。
すると10分くらいで落ち着いてきた感じである。
良かった。治った、と思う。お腹冷やしたかなあ、などと思い、取り敢えずトイレに行ってくることにする。
スリッパを履き、病院の廊下を歩く。トイレまで来て、当然男子トイレに入る。H君は今暫定的に、ちんちんが無いのだが、自分の意識は男なので、男子トイレにしか入らない。そして個室に入る。ちんちんが無いから小便器は使えない。明日手術が終わるとまた使えるようになるという期待感と、お父ちゃん、俺にちんちんをくれた後、不便にならないかなと心配する。
お父ちゃんは、H君にちんちんを提供した後、1ヶ月ほど置いてから、性器の再建手術をするらしい。お母ちゃんは「男性器を作っても女性器を作ってもいいよ」なんて言っていたか、たぶん男性器を作るんじゃないかな?お父ちゃん少し迷って?いたみたいだけど、お父ちゃん、ひょっとして女になったりして?それでお化粧してスカート穿いて仕事に出かける??お父ちゃんって呼んでいいのかな?お母ちゃんって呼ばないといけない?だったら、お母ちゃんが2人になっちゃう?などと変なことを考える。
個室でズボンを下ろし、トランクスを下ろして便器に座り、おしっこをしたのだが、その感覚が変だ。
え?
と思ってみると、お股の様子が変わってる!
何これ〜〜!?
と思わずH君は声をあげそうになった。
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