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■春化(2)
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「ちゃんと機能するおちんちんを作れないのなら、いっそ女の子に変
えることはできないのでしょうか?」
「昔はこういう患者さんの場合、機能するペニスを作ることが困難だが女性器なら何とかなるということで女性器を形成して女性として生きるように推奨していたらしいです。しかし今日では性別というのは、本人の精神的な発達を最も重視すべきで、その精神的な発達に合わせて身体を調整すべきであると考えられています。ですから極端な話、身体が男性に近くても精神的に女性であるなら身体の方を女性的に調整すべきだし、身体が女性に近くても精神的に男性であるなら身体の方を男性的に調整すべきだし、また身体の性別が曖昧で、本人の精神的な性別も中間であり、本人が特に男か女かにはならずに曖昧な性別のままでいいというなら、その曖昧なままにしておくべきとされています」
「曖昧なままでいいんですか?」
「本人がそれを望むなら、そのままでいいし、無理に男か女かに決めつける必要は無いと現代では考えられています。昔はそういうケースでは割と無理矢理女に変えてしまい、結果的に本人が社会的な不適合を起こして自殺してしまうようなケースも多かったんですよ。本人がどう生きたいかという意志がいちばん大事です」
医師が自殺という言葉を使ったので母親はハッとしたように言った。
「あの子、まさか自殺したりするようなことは?」
「それは御両親がよくよく見てあげていてください。必要ならいつでもこちらに連れてきてください。うちには精神的なケアをする心理士やカウンセラーなどもいますので。あるいは信頼できるお医者さんとかが他にあったら、そこでもいいですし」
自分の病院にこだわらず信頼できる病院に行ってくれという医師の言葉に、母親はむしろ信頼感を感じた。
「分かりました。ではあの子、どうしたらいいんでしょう」
「念のため精神的な発達状態も検査させて抱きましたが、H君は完全に男の子として精神的に発達しています。機能的に天然の男性器並みにはならなくても男性器の再建手術をなさることをお勧めします」
「臓器移植みたいにどなたかのおちんちんを移植とかすることは無理なんですよね?」
「移植した例は外国にはありますが、拒絶反応が起きたりして、なかなかうまく定着しないようです。そもそもペニスのドナーというのが普通無いですね。それにペニスはまだいいですが、睾丸は他人の睾丸を移植した場合、それでできる子供は遺伝子的には全く他人の子供になるので、倫理的な問題が発生します」
「あ、それは困りますよね。自分とは全然似てない子が生まれたりすると」
「ドナーがお金持ちだったような場合、遺産相続で揉める可能性もあるんですよ」
「まずいですね、それって」
「その問題があるのでペニスの移植はしても睾丸の移植には慎重な医師が多いです」
「だったらペニスだけでも移植してもらうわけには?」
「その場合、睾丸が無いと、ベニスは勃起しないんですよ」
「困りましたねぇ」
医師は母親とかなり突っ込んだ話し合いをした上で本人も呼んだ。それで基本的にはペニスの再建手術、陰嚢の形成手術をした上で、陰嚢には本物そっくりのシリコン製の睾丸を入れる方向で考えたいと説明した。本人も、たとえ形だけであってもチンコとタマが戻るなら、とりあえずそれでいいと言った。
ちなみに女の子の形にする方が簡単だけどとも言ってみたが
「女の子になるなんて絶対嫌です。俺は男です」
と本人は言った。それでいっそ女の子にするという選択肢は消えた。
次回以降は、男性器の再建方法について、いくつかの案を説明して手術の日程などについても話し合うことにした。医師は次回は父親も連れて来て欲しいと言った。この手のケースでは両親の双方の同意を取って進めないと、しばしば片方の親が治療方針に納得せず揉めたりしがちなのだと言った。母親もそういうケースありそうですねと理解を示した。
アクアは11月にドイツのロマンティック街道で写真集の撮影をすることになっていたが、このツアーの事務を統括することになる桜木ワルツ(最近彼女自身もタレントであることを周囲から忘れられつつある)が、渡航することになる、アクア、今井葉月、姫路スピカの3人に言った。
「あんたたちパスポートを確認させて」
それでアクアと葉月はいつも持ち歩いているバッグに入れているパスポートを出すが、スピカは持って来ていなかった。
「家にあるので明日にも持って来ます」
「それはいいけど、できたら常時携帯しておいて欲しい。テレビの企画とかで突発的に海外に行くことになる場合ってあるから」
「分かりました」
「スピカちゃん、パスポートの有効期限分かる?」
「2016年に作ったから、2021年までだと思います」
「だったら大丈夫ね。あ、アクア、これ来月切れるじゃん。更新しなきゃ」
「はい。更新しておきます」
3人の内誰か手が空いてる子が申請に行けばいいなとアクアは思った。
このパスポートはデビュー前の2014年11月にハワイで写真集を撮影することになり、作成したものである。あの撮影でも、女の子と思われて苦労したなあと思い出していた。あれから5年経つわけだ。あの時まさかこんなに売れるとは思いもよらなかった。
「葉月ちゃんのは2023年まであるから大丈夫ね」
とワルツは言った。
葉月はその時は今のまま、性別女性でパスポートは更新されることになるのだろうかと悩んだ。その時点で自分が男に戻っているか女の子のままになっているか、凄く微妙な気がした。高校卒業までに自分の性別をどうするか決めますと先日醍醐先生に言ったものの、本当にそれまでに決めきれるか自信が無い。女の子になるつもりなんか無かったはずが、自分はあまりにも女の子ライフにはまりこみ過ぎていると思う。
その日、テレビ局のクルーは今年度1年間(2019.4-2020.3)、ローズクォーツの“代理ボーカル”を勤めているローザ+リリンのケイナとマリナを連れて、東京都内棒那(ぼうな)市の女化稲荷(おなげ・いなり)前に来ていた。
「このあたりなんですか?」
「このあたりで出るそうです」
ケイナとマリナはいつも女装なのだが、今日は2人とも女子中学生のようなセーラー服を着せられている。テレビ局では徳大サイズのセーラー服なども用意していたらしいが、日々節制をしている2人は普通に少女タレント用のセーラー服(11A)が入ってしまい、テレビ局のスタッフが感心していた。
実は最近、この神社の付近で痴漢が出没しているという噂があったのである。普通の痴漢なら、わざわざテレビ局がとりあげるまでも無かったのだが、この痴漢は女子からは脅してパンティやブラジャーを取り上げるのだが、ここにもし男子が来て、痴漢を撃退あるいは邪魔しようとした場合、“ちんちんを取り上げる”らしいという噂なのである。
それでちんちんを取り上げられて男を廃業した人が既に40-50人居るとか、中には女として暮らし始めた人もあるとか、性別を変更した人もあるという噂であった。ただしこの“痴漢”は男性器を取ってしまうだけで女性器をつけてくれる訳ではないので、女になりたい人は女性器を形成する手術をあらためて受ける必要があるらしい。
それでもふつうの性転換手術とは違い、男性器を手術で除去するわけではないから、倫理的にはかなりゆるく、ある程度大きな病院でなら手術してもらえるらしい。それで最近は“ちんちんを取られたい”男の娘たちが、随分ここに来ているらしいが、男の娘たちからは、この“痴漢”は女の子同様パンティやブラジャーを寄こせと言い、ちんちんはなかなか取ってくれないとも言う。
今回この深夜番組“夜中のサンドイッチ”ではこの噂を聞きつけ、ネットで被害者たちに取材を試みたものの、本当に被害にあって“ちんちんを取られた”人と確信できる相手には接触できなかった。しかし取材する中でこの“痴漢”の様子がかなり分かってきたので、番組として構成してみることにした。
ローザ+リリンは、ローズ+リリーのそっくりさんの男芸人で、ローズ+リリーがデビューした直後の頃からどさまわりで売っている。2008年に彗星のごとく現れたローズ+リリーは、ケイとマリの内のケイが男の子だった!というので全国に衝撃を与えたのだが、ローザ+リリンは「実は2人とも男でした」というネタで温泉街とか、地方都市のホテルとかでショーをしていたのである。
当時は可愛く歌を歌っていたのが、最後は裸になって、何も無い胸や更には男性器まで露出させて笑いを取っていた。その存在は(ローズ+リリーと契約する)★★レコードと関連の深い◇◇テレビ以外の多くのテレビ局にも取り上げられたが、あくまで「取材」の範囲だった。ちなみに、あちこちで警察から呼ばれて、最近は男性器を露出する演出は控えるようになった。
しかし今年春に2人が今年度のローズクォーツ代理ボーカルに就任したことから、「取材される」立場ではなく、「番組の出演者」としてもお呼びがかかるようになった。多くは“体当たり芸人”的な使われ方で、バンジージャンプをさせられたり、熱湯の風呂に入れられたり、アメリカのゲイバー潜入レポートをさせられたり(貞操の危機を感じたらしい)、毒蛇と同じ箱に放り込まれたり(マジで生命の危機を感じたらしい)、さんざんな目に遭っている。それでも月収が昨年の10倍になり驚いていると言っていた。しばしば“タカ子”と一緒に3人で呼ばれて“薔薇のオカマ三姉妹”などとまで言われている。
(ローズクォーツと薔薇族を掛けたもの)
「だけど、ここの女化(おなげ)稲荷って不思議な名前ですね」
「これには伝説があるんですよ」
と案内役として出演してくれた、地元の郷土史家さんが語った。
昔、このあたりで毎年人身御供を要求する山の神が居た。それで毎年、村の中で誰か年頃の娘が人身御供に選ばれ、生きたまま白木の棺に入れられて山の神社の神殿前まで運ばれた。翌日行ってみると、棺の中の娘はいなくなっていて、棺には大量の血が付いていた。
ある年の夏、ある家の娘が人身御供に選ばれ、両親と最後の食事をしてから、棺が運び込まれるのを待ちながら泣いていた。
そこに1匹のキツネが姿を現した。
「娘よ、なんで泣いている?」
「私は今夜人身御供に出され、山の神に食べられてしまうのです」
「なぜそんな理不尽な?」
とキツネが聞くと、この人身御供の由来を娘は語った。
以前ずっと日照りが続き、多数の村人が死ぬ事態があった。その時、村に神と名乗る大男が現れ、お前達を救ってやるから、毎年若い娘を人身御供に出せと要求した。それで村長の娘が人身御供になった所、山の中腹から水が湧き出し、川となって村に流れるようになり、村は救われたのである。その川は山神川と呼ばれた。また大男のために、川の湧きだし口のそばに立派な屋敷も建てたので、その“神”はそこに住むようになった。村人たちは毎日のように猪や鹿を供えたが、夏至の日の夜には、毎年誰か村の娘が人身御供になることになったのである。
キツネは言った。
「そんなことをするのは神ではない。魔物に違い無い。私が退治してやる」
「でもどうやって?」
「娘よ。床下に隠れていなさい。私がそなたに化ける」
とキツネは言うと、娘そっくりの姿に変身した。そして床板をあげて娘をその下に隠すと娘に渡されていた白装束を身につけて死化粧をした。
やがて時間が来て、運び役の村の若者たちがくる。
「○○ちゃん、ごめんな」
と言う若者たちに怪しまれないよう悲しそうな顔で頷いて答え、泣いている両親にも別れを告げ、娘に化けたキツネは棺の中に入った。娘が怖がって逃げ出すと困るので棺はご丁寧にも釘で蓋を打ち付けられる。そして山の神社まで運ばれていった。
やがて何かがやってくるのを感じる。釘など、ものともせず荒々しく棺の蓋が開けられる。
「おお、今年の娘はきれいだ」
と感動するように言ったのは、身の丈4-5mありそうな、猿のような化け物だった。キツネは棺から自ら飛び出すのと同時に、隠し持っていた剣で魔物の心臓を一突きにした。キツネが少し離れて見ていると、魔物はかなり暴れたものの、やがて動かなくなった。
翌日、棺を回収して娘の葬儀をしようとやってきた若者たちは、巨大な魔物が倒れて絶命しているのを見て驚く。キツネは人々に言った。
「魔物は私が倒した。お前たちはこのような魔物ではなく代わりに我を祀れ。私が村を守ってやる。私は人身御供など要求しない。油揚げでよいぞ」
それで村人たちは半信半疑で魔物の遺体は建物の奥の洞窟そばに埋め、その後は山の神社はお稲荷さんに変更して、そのおキツネさんを祀るようになった。
その後、他の村が日照りで苦しんでいる年もこの村だけは、神社の所から湧き出る川のおかげで助かっていた。それでおキツネさんが村を守ってくれているんだと人々は考え、この神社を深く信仰した。人身御供になるはずが助けられた娘はその神社の巫女として奉斎し、その娘が産んだ子供の子孫が代々神社を守っていったともいう。
ここは、キツネが女に化けて娘と村を守ったので、女化(おんなばけ)稲荷と呼んだ。川の名前も山神川から女化川と改められた。そして「おんなばけ」という名詞が、時を経て音が短くなり「おなげ」と呼ばれるようになったらしい。
(別の説では、おキツネ様の名前が稲毛(いなげ)だったのが、いつの間にか「おなげ」に変化し、当て字で「女化」になったとも)
またこの神社に奉納するのにみんな油揚げを作ったので、この地の油揚げは棒那油揚げといって多摩地方に広く売られるようにもなったという。
なお地質学的な調査ではこの町の後背にある棒織山の広い森で蓄えられた地下水が、伏流水として流れているのが、このポイントで湧出して川(女化川)となっているらしい。この神社の付近より下側では地質が粘土質なので地下水が通りにくいのだという。それでこの川の流量は少なくともこの町付近では降水量とは無関係に安定している(この川は下流の玉貫で棒那川に合流する)。
そのような原理が分からなかった頃には山の上の方に大きな湖でもあるのではと調べ回った人たちが居たものの、それらしき湖や池を発見することができた者は誰もいなかった。実際には森自体が巨大な湖を兼ねているのである。
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