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■春化(11)
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理都は結果的に朝のジョギング、午前中の筋トレ、夕方のジョギング、と、毎日たっぷり運動しているので、夜8時には寝て朝4時くらいまで熟睡した。
筋トレは自宅でする日もあった。母がダンベルを買ってきてくれたので、それをたくさんする。父が理都の部屋の壁に腹筋をしやすいように足を留められるスティールの棒(実は百均のタオル掛けハンガー)を取り付けてくれたので、それで腹筋をしたり、側筋・背筋に、腕立て伏せ、V字腹筋、押し入れの段に手でつかまってのスクワット(こうしないと膝を痛めると言われた)、それに柔軟運動などもたくさんした。柔軟運動では姉が背中を押してくれたりもした。
「女の子は身体を鍛えなきゃね」
と姉。
「そうだよね!」
「今時はたくましい女の子が魅力的なんだよ」
「日本人は男が弱いから女が頑張らなきゃ」
千里1は8月4日の夕方、青葉から緊急に石川県まで同行してほしいと頼まれ、青葉・瞬法と一緒にアテンザに乗って石川県X町まで走った(実際には緊急事態ということだったので、青葉たちが眠っている間に小杉IC近くまで、くうちゃんに頼んで“ワープ”させている)。
事件は青葉と瞬法の力ですぐ解決(千里的解釈)したが、8月5-6日の2日間かけて後処理に追われた。そして6日の夕方、千里は瞬法を乗せてアテンザで東京に戻った。これは普通に走ったので7日朝東京に到着した。その日は2日間留守にしたので早月と由美にたっぷりサービスしていたら夕方京平が来て“痴漢”の対処を頼まれる。それで取り敢えず行ってみることにした。
(2019年)8月7日の夕方、変な痴漢が出るという女化神社のそばまで京平と一緒に行った千里(千里1)は、暗くなってきた通りを、身長3mほどの大きな男に追いかけられている中学生くらいの少女を見かけた。車を停めて飛び出し、少女と大男の間に立ち塞がった。
しかし千里がその巨大な男を睨んだ次の瞬間、男は弾けるようにして消滅してしまった。拍子抜けした感じで何だ?と思っていたらスカートを穿いている京平が車から降りてきて
「お母ちゃん、凄い」
と言った。
千里は倒れている少女の手をとって起こしてあげた。女の子にしては筋肉質だ。むしろ触った時、一瞬男の子の手のような気もした。きっとスポーツ少女なのだろうと解釈する。少女がひざをすりむいていたので消毒してあげる。
「私を襲ってきた奴、どうなったのかな?」
と少女が言うと、京平は
「一瞬で消滅した」
と言った。
「ああ。京平が倒したのね。さすがだね」
と千里は言った。
少女は「理都」と名乗った。こちらも名前を「千里」と「京平」と教えた。京平が神社の中で待っていると言うので、千里は少女を車で家まで送って行ってから、京平を迎えに神社に戻った。
神社の前に車を駐めたら、40歳くらいに見える女性が出て来て
「そこに駐めておいたら駐車違反の切符切られるから、こちらへ」
と言ってチェーンも下げて誘導してくれたので、千里は車を神社の境内に駐める。
京平と、京平より1-2歳年上かなという感じの男の子が出て来た。京平がスカートを穿いているので、一見兄妹のようである。
「こちらは、信濃命婦(しなののみょうぶ)様だよ」
と京平が40代っぽい女性を紹介した。“しっぽ”が5本見えるので、結構なランクのお姉様のようである。
「初めまして。お世話になっております」
と千里は挨拶する。
「千里殿、悪いが私にちょっと付き合ってくれまいか?」
と命婦様は言った。
「いいですけど、何か?」
「実は私の娘が体調が悪くて今夜は休んでいるのだよ。それでそなたにその代行をしてもらえないかと思ってな」
「いいですけど、何をすればいいんでしょう」
「バイトの掛け持ちかな」
「へー!」
京平と一緒にいた男の子はトマトちゃんと言った。随分可愛い名前だ。トマトなどという名前なら女の子でもいい気がするが彼は男の子である。念のため訊いてみたが、女の子になるつもりは無いらしい。トマトは
「女の子にはなりたくないです」と答える時、なぜか恐怖におびえるような表情をしたので、何だろう?と千里は思った。
遅くなりそうなので、桃香に放置されているだろう早月と由美のお世話は《たいちゃん》に頼んだ。それで《たいちゃん》もこの夜のことは知らない。(この夜、千里1をガードしていたのは《とうちゃん》と《りくちゃん》のみだが、2人はこの夜起きたことの意味が分からなかった)
「ではまずこれを着て」
と命婦様は言った。
「白衣とか着て何するんですか〜〜?」
「看護婦のバイト」
「私、看護婦の資格とか持ってないですけど」
「平気平気。バイトだから」
いいのか?と思ったが、千里はその命婦様に付いていった。
それでひとつの病院に入っていき、トマトちゃんの誘導で、ある病室に入る。そこに居た小学6年生か中学1年生くらいの男の子の検温をした。
「30分後にまた来るね」
と言って病室を出ると、また別の病院に行く。
「なんであちこちの病院に行くんです?」
「うちの娘はあちこちの病院を掛け持ちしていたんだよ」
千里は結局5つの病院で5人の患者さん(全員男性で年齢は小学生?から40代まで)の検温をした。そのあと別の服を渡される。
「西和急便の制服にみえるのですが」
「うん。荷物の配達をして」
「看護婦しながら、宅配便のバイトもしてるんですか?」
「どちらも給料安いからね。掛け持ちなんだよ」
千里は疑問は持ったもののまあいいかと思い、あちこちに荷物を配って回った。結局7箇所のアバートやマンションを回り、各々の人(今度は全員女性だった)に荷物を届け、ハンコをもらった。
その後、また白衣に着替える。
「行き先は分かったから、あんたたちは帰ってなさい」
と命婦様が言ったので、京平とトマトは神社に戻ったようである。
それで千里は命婦様と一緒に白衣姿で最初に回った5つの病院を回り、5人の患者の検温を再度した。
それでこの日の“バイト”は終わった。
「千里ちゃん、ありがとね。これ今日のバイト代」
と言って、命婦様は封筒を渡した。
「ありがとうございます」
「京平殿もお疲れであった。新幹線の切符をあげるから、明日母上殿と一緒に帰宅なさるがよい」
と命婦様が言うと、トマトが
「命婦様、ぼくも新幹線に乗っていい?」
と尋ねる。
「いいよ。あんたにも切符あげるね。あんたたちついでに伏見にご挨拶しておいで」
それで命婦様は、千里にチケットほ渡した。大人1名と子供2名で、大人と子供1名は東京都区内から神戸市内までの往復、子供1名は神戸市内まで片道である。指定席になっていた。
命婦様はどこかに帰っていった。千里はその夜はその神社に泊めてもらった。神職はさんは80歳をすぎた人でトマトのことも認識していたので「トマト殿のお知り合いですか。こちらの部屋を使ってください」といって親切にしてくれた。
翌日(8月8日)ヴィッツは神社に置かせてもらったまま、京平・トマトと一緒に、棒那駅までタクシーで行く。そしてまず電車で東京駅に出る。それから新幹線で京都まで行くが新幹線の旅を京平もトマトも喜んでいた。男の子はやはり電車が大好きなようだ。京都で途中下車して奈良線に乗り換え、稲荷駅まで行く。
伏見稲荷にお参りする。
本殿でお参りした後、京平たちを連れてお山を一周ぐるりと回った。京平たちはお山の中でどうもたくさん“お友だち”とお話ししていたようである。
山を下りてから、境内の食堂で稲荷寿司を頼んだら、ふたりともたくさん食べていた。京平は20個、トマトは21個食べた。千里はその様子を楽しそうに見ていたが、ふと千里は昨日命婦様から渡された“バイト代”が気になり、バッグの中から封筒を取りだしてみた。
なんか凄く厚い気がする。
中身を数えたら36万円もあった。
「うっそー!これ何かの間違いでは?本当は3600円だったということは?」
と千里はひとりごとのように言ったが、トマトは言った。
「本当は1200万円くらい払わないといけない所だけど、予算がないからそれで勘弁してと命婦様が言っていたよ」
「だって私、検温したり荷物届けたりしただけなのに」
「でも千里さんはたくさんの人を救ったんだよ」
千里は考えたが分からないので、いいことにした。
千里たちは京都駅まで戻ってから新幹線の自由席で新神戸まで行った。新神戸で降りたのは11時頃である。タクシーで京平を家まで送り、阿倍子には会わずに帰る。会うと京平と一緒だったことを説明できないし、そもそも阿倍子は午前中は寝ていると京平も言っていた。朝御飯はだいたい京平が自分で作って食べているらしい。
京平と仲の良い《げんちゃん》などが食事を作ってくれることもあるということだった。《げんちゃん》は、かなり京平の手助けをしてくれているようだ。そういえば近くに居ないこと多いなと千里(千里1)も思った。
(げんちゃんは小樽でせいちゃんの手伝いをしていることが多いが、京平と仲良くなってしまったので週に1度は新千歳−神戸の飛行機で神戸まで往復している。せいちゃんは大抵ついでに大阪の電器店で買い出しを頼んでいる)
京平と別れた後、千里はトマトを海遊館に連れて行き、たっぷり遊ばせてから一緒に東京に戻り、棒那市の女化神社まで行った。海遊館で買ったジンベエザメのぬいぐるみと京都で買ったおたべさんを神職さんにはお土産に渡したが
「神様からお土産を頂くとは」などといって感激していた。その後、この神社の神殿にはジンベエザメのぬいぐるみが、まるで御神体のように置かれることになる!
それでトマトとは別れて、千里は1人でヴィッツに乗り経堂のアパートに帰還した。
女化神社前の通りの痴漢はこのような経緯で出なくなったのだが、神職さんは地元の自治会と話し合い、痴漢がまた出たりしないよう、神社前の街灯の数を増やすことにした。街灯の光も、犯罪防止に効果があると言われる青色に変え、光量も明るいものにした。この工事には千里も篠田京平の名前でわずかながら寄進させてもらった。
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春化(11)