[*
前頁][0
目次][#
次頁]
広瀬みづほが「翌日。アーデンの森近くの田園地区」と書かれた板を持っている(原作に無い場面)。
フィービー(七浜宇菜)が道を歩いていると、昨日助けた女羊飼い(栗原リア)が待っていた。
「マーガレットだったね?どうかした」
「あのぉ、これを」
と言って少女は恥ずかしそうに花束を差し出した。
「何か?」
「昨日私、一目惚れしてしまって。私をあなたの彼女にしていただくことはできませんか?」
フィービーの心の声「またかい!」(こういう経験は多い)。
「悪いけど、ぼくは女の子とは付き合わないから」
「どうしてですか?」
「ぼくも女だから」
「うっそー!?」
それでフィービーは彼女の手を取って自分の胸に触らせた。
「ほんとに女の子だ!」
「女同士でお友達にはなるよ」
「はい!」
とマーガレットは嬉しそうである。
「お花はもらっておくね」
と言ってフィービーが花束を受け取って去って行く(フィービーは女の子には優しい)と、少女はまだ憧れるような目でその後姿を見送った。
広瀬みづほが「田園地区の別の場所」と書かれた板を持っている(原作第3幕第5場)。
フィービー(七浜宇菜)が左手(下手)から歩いてくる。それを追うようにシルヴィアス(鈴本信彦)が急ぎ足で歩いてくる。
「ねぇ。フィービー。僕の思いを受け取ってよ。僕のことを嫌わないで。そしてもう少し優しくしてよ」
とシルヴィアスは言う。
「私は別にあんたのこと嫌いじゃ無いよ」
とフィービー。
「ほんと?」
と嬉しそうな顔のシルヴィアス。
「単に興味無いだけ」
「そんなぁ」
(フィービーは男には冷たい)
「ね、お願い。聞いてよ。ほんとに僕は君に夢中なんだ。だから僕に冷たくしないでくれよ。首切り役人だって罪人の首を斧で切り落とす時は必ず許しを乞うというじゃないか」
とシルヴィアス。
「私を首切り役人だとでもいうの?私があなたを殺すとでも?そもそも私の態度であなたが傷つくなんてナンセンス。私は私の勝手よ。私が何をしようとあなたには関係ないでしょ?それであなたが死にそうな思いがするなんて、ありえない」
とフィービー。
「ああ、愛しいフィービー。君だってどこかの美しい若者に出会って胸をときめかせたりしたら、こんな気持ちがきっと分かるだろうに。そうしたらきっと僕の気持ちが分かるんだ」
「じゃ、その時が来るまで私に近づかないで」
と言ってフィービーは行こうとするが、そこに右手(上手)からギャニミード(ロザリンド:アクア)とエイリーナ(シーリア:姫路スピカ)にコリンが歩いてくる。フィービーはギャニミードと目が合う。
「まあ何て素敵なお方!」
とフィービーは言う。
「ぜひお名前を教えてください。私はフィービーです」
「私はギャニミードと言うが」
「最近こちらに来られたのですか?」
「まあそうだけど、君はそこの青年と恋人なのではないのか?」
とギャニミードが言うと
「はいそうです」
とシルヴィアスが言うが
「いいえ違います」
とフィービーは言う。
「この人、勝手に私に言い寄っているだけで、私はこの人のことなんか知りませんから」
とフィービー。
「随分冷たいことを言うね。もう少し優しくしてあげなよ」
とギャニミード。
「ああ、なんて素敵なの。私、あなたのことを好きになってしまいました。私をもっと叱って叱って」
とフィービー。
「勝手にそんなこと思われるのは迷惑だ。退散しよう。妹よ、おいで」
と言って、ギャニミードはエイリーナ・コリンと一緒に右手(上手)へ退場する。
(この場面、シーリアとコリンのセリフは全く無い)
フィービーがギャニミードの去って行った方角を見詰めているのでシルヴィアスが声を掛ける。
「ねぇ、フィービー?」
「世の中にはあんな美しい男の人も居るのね。私初めて恋というものを知ったかも」
とフィービー。
「ねぇ、フィービー。僕をいっそ哀れと思ってくれたりはしない?」
「そうね。少しは気の毒かも知れないね」
「だったら、同情ついでに僕のことを好きになってくれない?」
「もちろん好きよ。お友達としてね。シルヴィアス、あの人知ってる?」
「うん。アーサーさんの土地を買った人だよ」
「へー。だったら住んでる所分かる?」
「分かるけど」
「だったら頼みがあるの。聞いてくれる?」
「もちろんいいよ」
「じゃ、ちょっとこっちに来て」
と言って2人は左手に退場する(*58).
(*58) 今回の映画はほとんどのシーンが固定され固定方向を向いたカメラで撮影しており、いわゆるカメラワークをほとんど行っていない。まるで舞台上演を中継するかのような感じで撮影している。
だから俳優は下手、時に上手から出てきて、下手・上手のどちらかに去るのである。
広瀬みづほが「ロザリンドの家の前」と書かれた板を持っている(原作第4幕第1場)。
背景に2階建ての煉瓦の家が映っている。現代風にいえば 5LDKか6LDKくらいの感じ。広い俄があり、周囲には多数のオリーブの木がある。
語り手「ここはロザリンドとシーリアが住む家です。ふたりの部屋は2階にあり、1階にタッチストーンが住んでいます。食材などの物資はタッチストーンやコリンが調達してきて、調理はロザリンドがしています」
ギャニミード(ロザリンド:アクア)とエイリーナ(シーリア:姫路スピカ)が庭にある横にした木(簡易なベンチ!)に腰掛けてジェイクズ (Linus Richter) と、おしゃへりしていたら、画面左手(舞台なら下手)からオーランド (Stephan Schmelzer) が、やってくる。
「やあ、こんにちは。愛しいロザリンド」
とオーランドは声を掛けるが、ギャニミードは返事もしないし彼の方向を見もせず、ジェイクズと話している。
やがてジェイクズが
「ではまた」
と言って、右手(上手)に退場する。
するとギャニミードはオーランドに今気付いたかように彼を見る。
「やあ、オーランド君か。どこに居たんですか?こんなに時間に遅れるのなら、もう二度と来なくていいよ」
とギャニミードは男声で言う。
語り手「実はロザリンドとシーリアはいつまでもオーランドが来ないので探しに行ってフィービーと遭遇。彼女がうるさいので逃げて来て、そこでジェイクズと出会って少し話していた所です。つまり約束の時刻から随分遅れています。それでロザリンドはかなり怒っています」
(この映画で語り手の今井葉月は菫色のドレスを着ている)
「ごめんねー。でも約束の時刻から1時間も経ってないと思うけど」
語り手「いや、絶対2時間は過ぎてる」
ギャニミード(ロザリンド)は彼を非難して(男声で)言う。
「恋人との約束に1時間遅れるなんて! 1/1000分でも遅れるような人はキューピッドの矢がハートには当たらずに肩をちょっとかすめただけなんだよ」
「本当にごめん。愛しのロザリンド」
「こんな時間にルースな人はもう見たくも無いね。カタツムリに口説かれるほうがまだマシだよ」
「カタツムリなの?」
「カタツムリは、のろいけどまだ自分の家を持っているからね。財産を持っているし、妻の名誉のためにツノを生やしているから」
「ツノ??」
「だって妻が浮気した亭主にはツノが生えるって言うじゃないか。ところがカタツムリは最初からツノが生えているから、妻が浮気していても分からない。それで妻の名誉を守ってくれているんだよ」
「ぼくのロザリンドは浮気なんてしない」
とオーランドは言う。
「(女声で)そしてあなたのロザリンドはこの私」
とギャニミード。(ギャニミードはオーランドに youで話している)
シーリアが言う。
「オーランド様は、お兄様をロザリンドと呼ぶと嬉しいみたい。でもオーランド様の心の中にはもっと色っぽい目をしたロザリンドが居るみたい」
広瀬みづほが「ここからこの劇最大の見せ場」と書かれた板を持ち画面を通り過ぎる。
ギャニミードは言った。
「(男声で)さあぼくをロザリンドだと思って口説いて口説いて。(女声で)今私は春の気分なのよ。あっという間にプロポーズに同意してしまいそう。(男声で)ぼくに何て言うの?もしぼくがあなたの素敵なロザリンドだったら」(*59)
(ギャニミードはオーランドにあくまで youで話している)
ここでアクアは挿入歌『私を口説いて』(阿木結紀作詞作曲)を歌う。
(*59) 以下、アクアは“ギャニミード”役の男声と“ロザリンド”役の女声を細かく切り替えて1人2役を演じる。この部分は特に海外で高く評価された。
フランスの映画評論家がこのように述べた。
「このような演出はCOVID-19の流行下という状況が生み出した“セリフ先録り撮影”という特殊な制作方法が可能にした、奇蹟の演出だ。アクア姉弟はまるでひとりの俳優が男声と女声を切り換えながら話しているかのような話し方をしている。さすが双子の姉弟は息が合っている」
一方、日本の評論家はこう言った。
「この場面は、常々自分は男だと主張している女優のアクアが、女性キャラクターを演じ、その女性キャラクターが男装して女役をするという四重の性転換になっていて、“三重の性転換”を描いたシェイクスピアの原作以上に複雑なことが起きている。アクアという奇蹟の女優が無ければ成立しなかった映画だ」
「言葉で口説く前にキスしたい」
とオーランド。
ギャニミードは答える。
「(男声で)だめです。最初は言葉から始めなければなりません。そしてふたりでおしゃべりしていて、ふと言葉が途切れた時、キスをするのです。慣れた演説家もずっと演説していて一瞬話すことが無くなった時にコップの水を飲む(*60)。恋人たちも話していて一瞬話すことが無くなった時にその“間(ま)”を切り抜ける最大の手段がキスなんだよ」
(この付近のラブトーク事情は当時から現代まで変わっていないようである)
「もしキスを拒否されたら?」
とオーランドが訊く。
「その時はキスを今はまだ受け入れられない理由を彼女は話すだろうし、彼はキスしようよとかお願いしたりして、そこからまた会話が続いて行く」
「でもそもそも恋人を前にして話すことが無くなったりすることあるのかなあ」
とオーランド。
「話のネタが尽きないのは良いことだけど、わざとそういう間(ま)を作るんだよ。でないとぼくがもしあなたの恋人なら貞操が邪魔して、いつまで経っても仲が進行しない」
「そういうのわざとらしくならないかなあ」
「それを自然にやるんだよ。でもちょっと待って。これ第三者との会話になってる。ぼくがあなたのロザリンドだったんじゃなかったっけ?」
「うん。そうだった。でも僕は彼女のことをあなたと話しているのも楽しくて」
[*
前頁][0
目次][#
次頁]
お気に召すまま2022(11)