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場面が変わる。広瀬みづほは再び「フレデリック邸控えの間」と書かれた板を持っている(原作第1幕第3場)。
「ロザリンド、あんたどうしちゃったの?ぼんやりして」
「何だかまるでトゲが刺さっているみたい」
「ああ。野道を歩く時は気を付けてないと、すぐスカートに草の実とかトゲとかささっちゃうよね」
「スカートにささったトゲなら払い落とせばいいけど、このトゲは私のハートに刺さっているの」
「咳をしたら飛び出さないかな?」
「咳をしてあの人が今ここに駆けつけて来てくれるなら、咳をする」
「どうして、突然そんなに夢中になってしまうのかね」
「私の父もあの人の父ローランド様を敬愛していたもん」
「遺伝だっていうの?だったら、私の父はローランド様を嫌っていたから私はオーランドを嫌わないといけない」
「お願い、オーランドを嫌ったりしないで。私が好きなんだから。シーリアも好きになってあげて」
「もちろん私も好きよ。素敵な人じゃない」
そこにフレデリック(光山明剛)が入ってくる。
「おい、ロザリンド」
「はい、何でしょう?公爵様」
「貴様、ただちにここから出て行け」
「私がですか?」
「今日から10日の後、お前の姿がこの邸から30km以内(*11) で見つかったら命は無いものと思え」
「公爵様。一体何があったのです。私が何か悪いことでもしましたでしょうか?」
「お前は謀反人だ」
「そのようなことをした覚えはありませんが」
「お前は謀反人の娘だ。だからお前も謀反人だ」
「私は3年前からずっとジョージの娘です。なぜ今になって突然そのようなことをおっしゃるのでしょう」
とロザリンドは言う。
シーリアが言う。
「お父様、考え直して下さい。ロザリンドは何も悪いことなどしません。この3年間のロザリンドの行動でお父様は分かっておられるはずです」
「シーリア、お前はこの性悪娘に欺されているのだ。お前こそしっかり物事を見なさい。ロザリンド、いいか。10日だぞ。それより長く留まっていたら、ほんとに死刑にするぞ」
フレデリックはそう言うと、退出した。
(*11) 原作では「20マイル(twentie miles)」だが“アメリカで公開した版”以外ではメートル法に換算して「30km」とした。英国版も"30km"と発言している。20 miles を正確に換算すれば32km であるが端数を省いた。
“マイル(mile)”という単位は元々"mille passus"(1000ペース)という意味で、歩く時に左足が1000回地面に着くだけの距離を表す。歴史的・地理的にかなりのばらつきがあったのだが、エリザベス1世時代の英国議会が定めた度量衡法(Weights and Measures Act)」により、下記のように定められ混乱が収拾された。
1 mile = 8 furlongs, 1 furlong = 40 pole(=rod)s, 1 pole = 16.5 feet.
従って、1マイルは5280フィートということになる。これを“法定マイル”(statute mile) という。後にアメリカもこれに近い(微妙に長い)マイルを採用しており、現代のメートル法から再定義されたマイルもこれをベースにしている。
英国の法定マイルは実は“フィート”に曖昧さが残るのだが、仮に1フィートを現代の定義で0.3048mとすると 1 mile = 1.609344km ということになる。
"As You Like It" は、上記の法律(1593)が定められた直後の1599年に執筆された。
「ああ、なんてことでしょう。どうしたらいいの?」
とシーリア(姫路スピカ)が嘆く。
「仕方ないから出て行く。シーリア、今までありがとね」
と言って、ロザリンド(アクア)は荷物をまとめ始める。
シーリアは言った。
「お父様は自分の娘を追放したのよ」
「どういうこと?」
「だって私とロスは見も心もひとつよ(*12)。離れられない関係だもん。だからロスが出ていくなら私も出て行く」
「それはいけない。邸を出たらどんな危険が待っているか分からない。リアはここに残りなさい」
「ロスと別れるなんてありえない」
と言って、シーリアはロザリンドにキスをした(*12).
(*12) 公開時に非難轟轟。しかし先にも述べたようにシーリアとロザリンドはレスビアン関係にあるように原作は描写されている。
「分かった。一緒に行こう。でもどこに行こうか」
とロザリンドは言う。
「叔父様(ロザリンドの父)のおられるアーデンの森へ」
「そんな遠いところへ?女2人で危険じゃない?強盗や追い剥ぎも出るよ」
「私、タッチストーンに頼んで、みすぽらしい田舎娘の服を用意してもらう。それで顔に泥とか墨とか塗って。それで田舎娘のふりをしてれば、いちいち襲わないと思う」
とシーリア。
「そうか。変装する手はあるか。だったら私はいっそ男装しようかな。男の服を着て腰には剣を下げて」
とロザリンドは言う。
「面白そう!でも男の格好をしたロスを私は何と呼べばいいの?」
「そうね、ジュピター(*13)のお小姓の名前を借りてギャニミード(Ganymede) にしようかな。リアは何て名前にする?」
「そうね、私ももうシーリアではないから“エイリーナ”(Aliena)で(*14)」
「じゃタッチストーンと話して逃走の準備をしましょう」
と言って2人は退場する。
(*13) Jupiter,ジュピターは英語読み。ラテン語読みならユピテル。ローマ神話の主神。ギリシャ神話のゼウスに相当する。実は原文は通称のJove だが日本ではこの呼び方はあまり知られていないので、正式名のJupiter で訳出した。
ギャニミード Ganymede はラテン語読みならガニメデ。トロイの王子であったが、美少年で、あまりに可愛かったのでゼウスが誘拐してきて、自分の給仕係にしたという(もちろん性的目的誘拐)。
天空の水瓶座はガニメデが持つ酒壺。また鷲座はゼウスがガニメデを誘拐する時に変身した鷲の姿とされる。またガニメデは木星(ジュピター!)の衛星の名前にも付けられている。
(*14) 原文は「No longer Celia, but Aliena」。音韻を考えると、この名前は“エイリーナ”と読むべきと思われる。この名前は普通に読めば“エイリエーナ”になるらしい。むろん Aliena は“見知らぬ人”alien (エイリアン)をもじった名前であろう。“誰でもない人”くらいの意図。
翻案作品ではシーリアも男装するパターンも多いが、原作ではシーリアは男装していない。性格的に見ても活発で積極的なロザリンドは男装が似合うが、女性的な性格のシーリアにはあまり男装が似合わない。
この映画では当初シーリア役に七浜宇菜が考えられたが、宇菜の役所ではないということになった。それで演技力があり、アクアの従妹が演じられる年齢の女優、そしてアクアと抱き合うような演技をしてもファンに殺される!?心配の少ない人物として姫路スピカが浮上した。スピカはアクアより1つ年上だが仕方ない。
アクアより若い女優で演技力のある人が少ないのである。坂出モナや白鳥リズムは元気すぎてシーリアには似合わない。羽鳥セシルは背が高すぎる。木田いなほだと今度は線が細すぎて似合わない。それに木田は中性的(無性的)である。ここは“女らしさ”を感じる人が必要なのである。モナやリズムは同じ中性的でも“両性的”であり、木田とは傾向が異なる。
スピカは『八犬伝』でもアクアと抱き合う(アクアを押し倒す!)演技をしている。
シーリアはロザリンドの次に演技力を求められる役どころで、一時はアクアにロザリンドとシーリアの二役をさせる案もあった。しかしふたりと“第三者”が絡む場面があまりにも多く、撮影と編集に手間が掛かりすぎるということから没になった。
ここでオーランドを松田理史とか鈴本信彦が演じるのなら“2人のアクア”を彼らに見せられるので撮影に手間が掛からない。しかし松田や鈴本にレスラーの役は無理である。そもそも今回はオーランド役に逞しい肉体を持つシュメルツァーが指名されていた。
『気球に乗って5日間』では狭いゴンドラの中に4人が乗っていたので必ず片方は後ろ向きになっていた。それでアクアと葉月を使うことで、合成場面がそう多くなくて済んでいる。
場面が変わる。広瀬みづほは「アーデンの森」と書かれた板を持っている(原作第2幕第1場)。
森の中で、焚き火を囲んで、ジョージ公爵(佐川伝二)、ジェイクズ卿(Linus Richter)、アミアン卿(中山洋介)、ルブラン卿(松田理史)、アルジャン卿(江藤レナ)が座っている。
「しかし森の中の暮らしも慣れたら気楽でいいもんだな」
と公爵が言う。
「全くです。ここには人と人の神経をすり減らすような腹のさぐりあいとかも無い。鳥のさえずりに目を覚まし、川のせせらぎに詩を読み、梢の風に時を知り、夜空の星に抱かれて眠る。これは最高に贅沢な暮らしですよ」
「全くです。仕事に追われることもなく、妬みや恨みを持たれることもない。精神的に髄分楽になりましたよ」
「私はここに来てから、今まであちこち体の調子が悪かったのが全部治ってしまいました。食事もほんとに美味しいですし。屋敷にいたころの立派なコックが作ってくれた料理より、自然の中でむさぼり食う飯の方がずっと美味いです」
「私もここに来てから寿命が伸びたような気がしますね」
「ほんとに森の中の暮らしは素晴らしい」
「まあここで辛いことと言えば“アダムが受けた罰”だけだろうなあ」
広瀬みづほが左側(ステージでいえば下手)から歩いて来て焚き火の前で
「“アダムが受けた罰”とは天候の変動を意味します。エデンの園は常夏の楽園でした」という巨大なフリップボードをカメラに向けてから左側に戻る。
「まあ雨風も辛いけど、冬がさすがに辛いよね」
といった声もあがる。
「まあ洞窟の中にはそれほど風が吹き込まないから」
「しかし腹が減ったな。今夜のおかずに鹿を狩りに行くか」
「まあしかし鹿も哀れですね。元々からの住民で何も悪いことしてないのに、他所(よそ)から来た我らに弓矢で射られて食べられてしまうのだから」
「矢を受けて鹿が悲しい声で鳴く時、少し可哀想な気はする」
「まあそれでも鹿は美味い」
「うん。食わないと我らが腹減るし」
楽屋が映されている(撮影者:矢本かえで)。夕波もえこが声を掛ける。
「田園の恋人たちの顔見せ場面です。宇菜さん、モナさんお願いします」
「はいはーい」
と言って羊飼い衣裳の七浜宇菜、田舎娘衣裳の坂出モナが夕波もえこに続いて楽屋を出て行った。
男性用楽屋が映されている(撮影者:田崎潤也)。立山煌が声を掛ける。
「田園の恋人たちの顔見せ場面です。鈴本さんお願いします」
「OK」
と言って羊飼い衣裳の鈴本信彦が立山煌に続いて楽屋を出て行った。
広瀬みづほが「アーデンの森近くの田園地区」と書かれた板を持っている(原作には無い場面)。
羊飼いの格好(*15)をしたフィービー(七浜宇菜)が歩いてくると、そこに花束を持ったシルヴィアス(鈴本信彦)が飛び出して来る。
「ああ、愛しのフィービー、どうかこの花束を受け取ってください」
「あんた何やってんのよ?」
「ぼくは君のことで胸が一杯で夜も眠れないんだ」
「ふーん。夜眠れないのなら昼間寝てたら?」
「どうかこの花束を」
「私はこれから仕事なのよ。そんなもん持って仕事できないから、あんたの口にでも活けておけば?じゃね」
と言ってフィービーが立ち去る。
「あ、待って、フィービー」
と言って、シルヴィアスは花束を放り投げて追いかけて行く。
そこにオードリー(坂出モナ)が出て来て
「あれ?花束が落ちてる。もったいない。もらっとこ」
と言って、嬉しそうに花束を持ち去った。
(*15) この羊飼い衣裳の宇菜があまりにも格好良すぎて、
「フィービーとシルヴィアスは男性同性愛と誤解される危険がある」
という意見が出た。
それでフィービーの衣裳は装飾的なスカートを着けたり赤い色を基調とするものに変更された。
「こんな女みたいな衣裳やだー」
と宇菜本人は言っていたが!
もっとも当時ショートスカートを穿いていたのは男性である。女性はロングスカートである。女性が足を見せるなんてあり得なかった。
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お気に召すまま2022(3)