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森の中を馬車が走っているシーン。
それにかぶせてタイトルが英日独仏4ヶ国語で並べて表示される。
As You Like It
お気に召すまま(*1)
Wie es euch gefällt
Comme il vous plaira
続いて主演・共演が表示される。これは1人ずつ表示される。
staring AQUA
co-starring Stephan Schmelzer
映画の冒頭で紹介されるキャストはこの2人だけである。
(*1) "As You Like It"(お気に召すまま)は、William Shakespear(1564.4.26-1616.4.23) (*3) が1599年に脚本を執筆し、恐らく1603年に初演されたのではと推察されている牧歌的喜劇である。
初期のドタバタ喜劇と、晩年のロマンス劇との中間に位置する最も充実していた時期の作品のひとつであり、似た時期の作品としては『夏の夜の夢(*2)』、『ヴェニスの商人』、『十二夜』などがある。特にこの作品と『夏の夜の夢』は構図が似ていると良く言われるが、『夏の夜の夢』が一定の流れに沿って構成されているのに対して、『お気に召すまま』は登場人物が各々勝手なことをしていたのを最後にはうまくまとめているし、現実と虚構が交錯していて、現代的に見ると前衛的な作品である。
この作品を鑑賞するには当時の舞台演劇事情も理解しなければならない。当時は女性の俳優というものが禁止されていたので、日本の歌舞伎同様、女性の役は主として若い男性俳優が演じていた。これをドラッグ(drag)と呼んだのが、今日の“ドラッグクイーン”の語源である。彼らは日本の女形(おやま)同様、女装はただの演技であり、女性指向者でも同性愛者でもない。
ロミオとジュリエットのジュリエットも、シーザーとクレオパトラのクレオパトラも、リア王の三姉妹も全て演じていたのは男性俳優である。
だから『お気に召すまま』のクライマックスとなる、オーランドが男装したロザリンドを口説くシーン(来週配信予定)では、“女性キャラクターを演じる男性俳優が、男装して女役を演じる”という、三重の性転換が起きている。
"As You Like It"は直訳すると「あなたたちの好きなように」ということで、観客ひとりひとりが自由な感覚で見てほしいという意味ではないかと筆者は思う。
ここで you というのは二人称複数の代名詞であり、当時は二人称単数の代名詞 thou とは異なっていたことに注意する必要がある。現代英語では二人称単数の代名詞が(神に呼びかける時以外)消滅して you を単数にも代用するのだが、当時の英語はフランス語の tu, vous などと同様、単数・複数を使い分けていた。
使い分けは現代フランス語などと同様、thou というのは、家族・恋人・親友、神様、軽蔑する相手!にのみ使い、通常の会話では相手が1人でも you を使う。日本語の感覚では「そなた」あるいは「きさま」である!
『ロミオとジュリエット』で、ジュリエットはロミオに初対面の時は you を使っていたのに“窓”の場面では thou を使用している。ジュリエットが急速にロミオに夢中になっていった心情変化がよく分かる。『お気に召すまま』で、オーランドは最初ギャニミード(男装のロザリンド)に you で話していたのに途中で彼の正体に気付くと thou に切り替えている。
また、シーリアの父は最初ロザリンドに you を使っていたのに、追放する時は thou と言っている。彼女に八つ当たりして口調がそんざいになっているのである。
(*2) "A Midsummer night's dream" はかつては『真夏の夜の夢』と訳されていたが、この Midsummer というのは夏至のことであり、全然真夏ではない。それで最近は『夏の夜の夢』と訳すのが一般的となっている。
(*3) シェイクスピアの誕生日を4月23日と思い込んでいる人は多いが、定説では4月26日である。シェイクスピアは4月26日に洗礼を受けた記録が残っており、当時の英国では通常産まれた当日に洗礼を受けるのが普通であったことから、誕生日は4月26日と考えられている。
4月23日説が広まったのは、彼の死亡日が4月23日で誕生日に近いため「シェイクスピアは自分の誕生日に死んだ」という俗説が広まったのと、4月23日が英国の守護聖人・聖ジォルジオ (St.George)の祭日であるので、イギリス最大の詩人の記念日として祝うのに ふさわしいとして「シェイクスピア・デイ」に定められていることから、それと混同したものと思われる。
他の多くのシェイクスピアの作品同様 "As You Like It"には元ネタ本がある、シェイクスピアは基本的には小説家ではなく脚本家である。
元ネタとなったのはThomas Lodge (c.1558-1625)が書いた "tale of Rosalynde" という作品である(“ロザリンド”のスペルが違う)。彼は医師だが1586-1593年頃にカナリア諸島の病院に赴任しており、その時期に『ロザリンド』を含む幾つかの戯曲を書いている。しかし彼が書いた作品でそのまま上演されたものは無い。
ただ本職の脚本家に提供して上演に至った作品は他にもあり、彼は原案者としてこの作品をシェイクスピアに提供したのであろう。原案とシェイクスピア版の比較はよく行われているが、心理描写が深くなっており、またシェイクスピアのロザリンドは“男装”という隠れ蓑をうまく利用してひじょうに積極的にオーランドの恋心を刺激している。シェイクスピアの脚本家としての技量の高さがうかがえる。
ロッジの原案の舞台はフランスのアルデンヌだが、シェイクスピアはこれを自分の故郷の田園地帯に設定変更して書いている。“アーデン”はシェイクスピアの母の名前 Mary Arden から採ったのではとも言われる。
元々がフランスを舞台にした作品なので登場人物の名前の多くがフランス風だが、これをフランス語読みすべきか英語読みすべきかは古くから議論がある。例えばロザリンドの従妹の名前 Celia は英語読みではシーリアだが、フランス語読みではセリアである。しかしシーリアと読まないと“韻”がうまくいかないので、少なくとも当時はシーリアと読んだものと思われる。今回の翻案でもだいたいは英語読みだが、一部慣習に従ってフランス語読みしたものもある。
映画が始まる。
走っている馬車の中の映像が映る。馬車にはジョージ・ドゥ・モンド公爵(佐川伝二)と副官のジェイクズ卿(*4) (Linus Richter)が乗っている。2人は訪問してきた国のことで色々話していた。
「旦那様、馬を少し休ませます」
と御者(伊藤春貴)が言って、馬車が停まる。
御者が馬に水を飲ませている。干し草も与える。ところがそこに体格の良い男(イービル小林)が近づいてくる。男はいきなり御者の腹を殴って気絶させる。そして自ら御者台に座ると、馬に鞭を打ち、馬車を急発進させた。
「おい、どうした?ポール」
とジェイクズが声を掛けたのだが
「旦那たちの行き先は変わりました」
と御者席に座る男は言う。
「お前は誰だ!?」
「ジョージ公爵様は引退なさいました。フレデリック参議長様が新たな公爵におなりになります」
「そんな馬鹿な?」
「参議長様がジョージ様の多数の罪を暴かれております。多くの功績がある故に、ただちに手配まではなさらないものの、都から30km以内で発見した場合は逮捕するとのことです。フレデリック様は兄上のことをおもんばかり、都よりずっと遠い場所までお連れしろと私に命令されました」
などと男は言っている。
そして1時間ほど馬車を走らせた所で
「まあこのあたりでいいでしょう」
と言って、男は馬車を停める。
灯りも見えない森の中である。
そして2頭の馬を馬車から外し、1頭はお尻を鞭で打って走り去らせた。そして自分はもう1頭の馬に跨がり
「ではごきけんよう(God bless you)」
と言って、その馬を走らせ、どこかへ去って行った。
(*4) この登場人物の名前 Jaques だが、この名前は一般的にはジェイクィーズと読む場合と、ジェイクズと読む場合があるが、シェイクスピアの脚本の韻の踏み方の問題で、このお芝居では“ジェイクズ”と読んでいたものとされる。
シェイクスピアが書いた『お気に召すまま』の脚本は、45%の韻文(verse)と55%の散文(prose) で出来ている。基本的には韻文中心だった時代から徐々に散文が多くなっていく時期ではあるが、その韻文部分の記述から固有名詞の発音が推測される場合がある。
語り手(今井葉月)「フレデリックによる事実上の無血クーデターの後、新公爵フレデリックは先代公爵ジョージが使用していた東の邸を封印し、自分が住む北の邸を新たな公爵邸と定めました」
封印されている青煉瓦の“東の邸”と、人が出入りしていいる黒煉瓦の“北の邸”が画面に映る。
「東の邸に住んでいた人々は追い出され、使用人は解雇されましたが、娘のロザリンド(アクア)だけは、フレデリック新公爵の娘シーリア(姫路スピカ)が
『私お友だちなの』
と言って保護し、北の邸の自分の部屋に住まわせました。そして3年後」
映像はロザリンド(アクア)のヴァージナル(チェンバロの一種)とシーリアのヴァイオリンで合奏している様が映る(むろん2人とも実際に弾いている)。ヴァージナルを弾きながらロザリンドは歌を歌う。この映画の主題歌『お気に召すまま』(加糖珈琲作詞・琴沢幸穂作曲)である。
この歌に乗せて、ロザリンドとシーリアが仲良くしているシーンが幾つか流れる。
2人がお部屋でお茶を飲んでいるシーン、チェスをしているシーン、一緒に編み物をしているシーン、一緒のベッドに密着して並んで寝ておしゃべりしているシーンなど(*5).
語り手「一方追放されたジョージ公爵は、彼を支持する数人の者たちと一緒にアーデンの森に行き、洞窟で寝泊まりし、森で鹿を狩って暮らしていました」
ここで『お気に召すまま』の歌は、アミアン卿(中山洋介(*6))の歌にリレーされる。彼はリュート(ギターの原型になった撥弦楽器)を自ら弾きながら歌っている。
映像には、ジョージ公爵(佐川伝二)、ジェイクズ卿(Linus Richter)、アミアン卿(中山洋介)、ルブラン卿(松田理史)、アルジャン卿(江藤レナ)が森の中でバーベキューをしている映像が映る。
楽しそうである!!
彼の歌が終わると、画面は次のシーンに進む。
(*5) 公開時に非難多数。しかしロザリンドとシーリアについて、原作はかなりレスビアンっぽく描いている。恐らくはお互いの処女までは傷つけないものの、かなり濃厚な行為をしている雰囲気がある。2人の出奔は実は“駆け落ち”に近い。
ロザリンドやシーリアの感覚では、男女の恋愛関係と女同士の“親密関係”は別チャンネルということのようである。(男性の衆道が恋愛と別なのと同じ)
シェイクスピアは、他の作品でもかなりレスビアンっぽい描写がある。恐らくは観客の貴婦人たちに、熱い需要があったものと思われる。それもその女性同士の“親密”な所を演じているのは当時の美少年俳優たちである!
女性の“やおい”好きは永遠である!!
(*6) 中山洋介というのは、ハイライト・セブンスターズのヒロシのこと。この映画ではステージ名を使用せず、本名でクレジットしている。彼はアルトボイスが出るのでアクアと同じピッチで続きを歌うことも可能だが、それを知らない特に日本国外の人が混乱するので、自粛してアクアのオクターブ下で歌った。
どこかの邸宅のどこかの部屋(原作第1幕第1場)。
男 (Stephan Schmelzer) がベッドに寝転がっていると、別の男 (Christof Hennig) が入ってくる。
「おい、お前何やってんだ?」
「何もしてないよ」
「働くとか何とかしたらどうだ?」
「働きようにもなあ。俺学校にも行かせてもらえなかったし、働きようが無いよ」
「それでうちに居候して、飯だけ食ってるのか?」
「ああ。俺は兄貴の家畜同然だよ。飯食わせてくれるだけで他はなーんにもしてくれない」
「貴様、言わせておけば」
と言って、兄は弟を殴ろうとする。
「ふーん。喧嘩するかい?喧嘩なら俺のほうが兄貴よりずっと強いぜ」
と弟は言う。
アダム(山村俊朗)(*7) が飛び出してくる。
「おやめくだささい。おやめください」
と兄に取りすがって言う。
「俺は自分の正当な権利を要求しているだけだ。親父が死んだ時、親父は兄弟3人に均等に財産を分けてくれた。そして親父は兄貴に、俺にちゃんとした教育を受けさせるように言い残した。でも俺は何の教育も受けさせてもらってない。お金ももう1000クラウン(*8) しか残ってない。俺は何の教育も受けてないから宮廷に出仕するようなこともできない」
と弟は言う。
「ふん。だから金を寄越せとてでも言うのか?とうとうたかりになったか」
と兄。
「おやめください、おふたりともおやめください」
とアダム。
「もうお前のことは知らん。ここが気に食わないのなら出てけばいいだろう。老いぼれ、お前もついでにこいつと一緒に出ていけ」
と兄は言う。
「ああ。出て行くよ」
と言って弟は退場する。アダムが
「オーランド様、お待ちください」
と言って追いかけていった。
(*7) この老僕アダムの役は、初演時にはシェイクスピア(当時39歳)自身が演じたらしい。
この2人の言い争いは、オリバーがオーランドから搾取しているのか、それともオーランドが単に怠け者なのか、どちらとも取れてよく分からない。
(*8) クラウンcrown は銀貨の名称。この当時は鋳造貨幣ではなく、ハンマーコインであり、重量を計測して取引された。このクラウンという貨幣自体は1971年まで使用されていた。廃止された当時は重量28.2759g、銀純度92.5%だったので銀の重量は 26.1552 gということになる。2023年現在、銀1gは100円くらいなので、それから単純計算すると2600円くらい。1000クラウンは260万円ということになる。
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お気に召すまま2022(1)